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第二章 ティーブレイク・タイム
日常(中)
しおりを挟むフウマ達が住む惑星エアケルトゥングは、文明の進んだ星系社会に較べれば、片田舎の星である。
この星はかつて、大昔の惑星開発によって、草木や海に空気などと言った自然環境が人為的な手により整えられた星だ。それにより、本来有害な大気に荒地のみで生命の欠片の無かった星が、自然豊かな美しい星へと生まれ変わった訳であるが、この星本来の環境の名残も、根強く残っていた。
その名残とは、惑星全土に多く存在する渓谷と、その間を通る、強い気流の流れである。気流は渓谷の間を一定間隔で流れ続け、一日で午前と午後が入れ変わる正午と深夜の二回、その向きは逆転する特徴を持っている。
人々の多くは渓谷より高い高地に住居を築き、そこで暮らしている。そして渓谷に風力発電機を設置して電気をまかない、気流の流れを利用した省エネルギーの交通手段を発展させるなど、その環境を有効活用していた。
また土地そのものにおいても、多くが肥沃な土地で地下水源が豊かであることから、農業や畜産などによって、十分な自給自足を行っている。
そして今、二人は空中帆船の発着場へと、急いで町中を走っている所だった。
この町は巨大な渓谷の脇に存在する、小高い丘に建てられている小さな町だ。
丘の斜面に沿って町は建てられ、周囲には多くの家畜が放し飼いにされている、牧草地が広がっていた。
その風景には目立つ機械類は殆んど見られず、さながら宇宙進出以前の人類文明を思わせるような、ノスタルジックな雰囲気だ
空中帆船の発着場は、町の中央通りの坂道を下った先にある。
発着場と言っても渓谷にせり出た土台と、発着場のホームと思われる質素な建物があるのみだ。
そこに接岸されている空中帆船の姿は、船体は単純な細長い円柱状であり、その前後には、半透明の球体が取り付けられている。
「さてと……出発時刻はもうすぐだ。けど、もう乗ってくる人間は、さすがにいないだろう」
発着場入口前で、係員は辺りを見回す。そんな時……
「待った待った! 後二人っ、これから乗ります!」
見ると若い少年少女の学生二人が、駆け足でこちらに向かっていた。
係員は、気前よく挨拶する。
「おう! ギリギリ間に合ったな。だがもうすぐ出発するぞ、早く乗った方がいい」
二人は係員に軽く礼を言うと、側面の搭乗口から、空中帆船へと乗り込む。
その後すぐに搭乗口が閉まり、空中帆船は発着場から離れる。
やがて十分に距離を取ると、進行方向である前部の球体が薄く膜状に広がり、傘のような帆を形成した。
係員が見送る中、帆に風を受けて、空中帆船は発進した。
さながら横に倒した大きな傘に見える空中帆船は、反重力装置によって宙に浮き、風力により渓谷の中を進んでいる。
切り立った渓谷のはるか下に小川が流れ、岸壁の両端には発電用の風車が、彼方にまで並んで設置されていた。
この星では風力発電に必要な強風には不自由せず、発電された電気の輸出は、星の数少ない重要産業だ。
帆船内部の窓際の座席に、フウマ達二人は座っていた。
「……いつもごめんね、お父さんが変な事を言って。良いお父さんだけど…………悪いくせなの」
やや困った顔で、ミオはフウマに言った。
「べつに、気にしないでいいさ。もう慣れたよ」
そう言うとフウマは、照れ笑いを見せた。
「でもまぁ、そう言われても当たり前さ。朝起こしてくれたり、学校の勉強の手伝いに、機体の修理だとか、色々とミオに助けられっぱなしだからね。ちょっと自分でも……恥ずかしいかも」
ミオはこれを聞くと、少し何かを考えた後、彼に尋ねた。
「ねぇ? フウマは実際、お父さんのあの話…………どう思っているの?」
「ん?」
藪から棒に聞かれた質問に、フウマは彼女に尋ね返す。
するとミオは顔を赤らめて、周囲に聞こえないように小声で呟いた。
「ほら……フウマが私を……その……」
「何だ、それの事! 僕が大人になったらミオを嫁にもらってくれないかって、そう言う話だったね」
この声は少し大きすぎたようで、辺りに座っていた何人かが、二人に振り向く。
「フウマっ! 声が大きいってば!」
「あっ、ごめん。つい……」
恥ずかしそうな表情の彼女に、フウマは謝った。
ミオの父親であるミハエルは、彼女の幼なじみで仲の良かったフウマに、いつの頃からか、時々そんな話を持ち出していた。この話に対して、フウマはいつも、曖昧に誤魔化していた。
「それで、フウマはどう思うの?」
再び訊いた彼女の問いに、窓から外を眺めながら答える。
「……はっきり言って、僕は分からないさ。きっとミオの父さんは、娘の将来を気にかけているから、その話を僕に言うのだろうしね。特に小さい頃から父親一人で育てて来たんだ、ミオの事を思う気持ちだって、深いはずだし……。だけど、まだ僕達は大人じゃないから…………正直、難しいよ」
フウマはここまで話すと、ちらりとミオを見る。
彼女は少し、残念そうだった。
「そっか……ちょっと残念だな。でも、私はね…………」
そしてミオが、思い切って何かを言おうとした。だがそれは、二人の所にやって来た数人の男女によって妨げられた。
彼らは、同じ学校のクラスメートだ。
「やぁ、フウマにミオ! ここにいたのかよ、探したんだぜ」
「そうそう。二人きりの世界に浸るのもいいけど、私達も忘れないでよ?」
結局、クラスメートがやって来たことで、ミオの伝えたかった事は聞けずじまい。
一体何が言いたかったのか? フウマは少し気になったが、仕方がないと諦めた。
そして帆船が目的地に着くまでの間、フウマ達は仲の良いクラスメートと、互いの趣味に流行の音楽やテレビなどと言った他愛の無い話を話しながら、ゆっくりと時間を過ごした。
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