テイルウィンド

双子烏丸

文字の大きさ
19 / 204
第二章 ティーブレイク・タイム

日常(下)

しおりを挟む


 やがて帆船は峡谷を抜け、一つの大都市へと到着した。
 周囲が深い谷に囲まれた広大な台地の上に都市は建てられており、他からの峡谷も、いくつも合流して谷へと繋がっている。
 この都市は他と比べ、決して高度に発達しているわけでも、秀でて大きいと言えるものではないが、それなりの規模と賑わいがあった。
 それもそのはず。ここは惑星エアケルトゥングの首都。一惑星の中央都市として、行政や商業、産業、そして教育など多くの機能が集中しているからだ。この為、星全体の規模はそこまでなく、加えて田舎であり人口が少ない惑星ではあるが、そこに集まる人間の数は多い。
 また、都市南部には惑星唯一の宇宙港が存在し、テイルウィンドの貸しドックもその敷地にある。
 停留所は崖を大規模に改造して造られ、惑星の各地域から帆船が集まって来るためにその規模は大きく、数多くの帆船が崖一面に接舷して停留されていた。
 他の帆船から乗り降りする大勢の乗客がごった返している中、フウマ達は帆船から降りる。
 
 
 幾らレーサーとして活躍していても、フウマはまだ十八、年頃の少年らしく学校にも通っている。
 彼が通うのは都市部に複数ある高校の一つ。学校としては、それなりに良い学校だ。
 今は授業の最中であり、内容は物理化学。教卓では若い物理教師が、映像が映る大きなパネルの前で、授業を行っている。
「…………よって、恒星間に渡るような宇宙の長距離航行においては一般的にワープ航法が用いられているのは知っての通りだ。その基本原理は宇宙船に搭載される量子化リアクターにより、船体全てを一時的に量子に分解、変換する事により三次元で構成される通常空間から、平行して存在する四次元以上の高次次元へと転移を行うことにある。そこでは通常の空間とは時間的、空間的な間隔は異なる。光速以上の速度を出せない通常航行では何十年とかかる距離でも、ワープ航法ならたったの数時間にまで短縮が可能だ。そもそもワープ原理の内容と言うのは……」
 こんな小難しい内容を、フウマは殆ど理解していないかのように、ボーっとしながら聞いていた。
 そもそも彼はレースでのエネルギー消費量の計算やコース軌道の測定は得意だが、いざ勉強の方になると、とてもではないが良いとは言えなかった。
 フウマがこんな様子でいると、後ろから指で突っつかれた。
「ちゃんと授業、理解しているの? そんな風にボケーっとしちゃって」
 後ろに座っていたミオは、小声で彼に言う。
 フウマは頭を掻きながら苦い顔を向ける。
「そんな事言われても、理解出来ないのは仕方ないだろ。僕だって、それなりには理解しようとしているさ」
 こんな言い訳に、彼女はちょっと意地悪な笑みを浮かべた。
「へぇー、『それなりに』って訳? なら、まだまだ一生懸命さが足りないってことね。丁度良かった、そんな事だろうと思って私、友達のリアンに勉強会を頼んだの。もうすぐ期末試験なんだし、少しはミッチリと勉強しなきゃ」
 それを聞くとフウマはギクッとして、右横に目を移した。
 右の少し離れた席には、委員長系の眼鏡女子が生真面目そうに授業を受けていた。そしてフウマに気づくと、彼に顔を向けて眼鏡をくいっと上げた。
「……それはちょっと勘弁してくれない? 彼女の勉強会ってさ、話によるとかなり厳しいんだ。僕が勉強を苦手なのは分かってるだろ、それなのに行かせる訳? どう考えてもついていけないってば」
「大丈夫よ、リアンだってその事は知っているし、丁寧に教えてくれるように頼んであげたから。フウマだって、また留年はしたくないでしょ?」
 実は彼、学年で言えば高校二年だが、それは一年、単位不足で留年したからだ。
「後、レースに向けて機体の調整や準備だってあるし、トレーニングだって…………。もう、残り三週間もないんだ」
「忘れているだろうけど、今度の定期試験は今週末、それこそ残り五日しかないのよ。レースの事は後にして、今は勉強に集中しないとね」
「そこの二人、無駄話は慎むように」
 授業中の私語が耳に入ったらしく、とうとう教師は二人に注意を入れた。
 ミオは教師に謝った後、最後にフウマへ一言伝えた。
「そう言うことだから、授業が終わったら先に校門で待ってるわ。絶対に来てよ」
 これを聞いたフウマは、うな垂れて頭を抱える。


 そして放課後、フウマよりも先に授業が終わったミオは、友達のリアンとともに校門前で待っていた。
 時間を考えると、とっくに来ていてもおかしくない筈だ。
 なのに、一向に来る気配すらない。
「うーん、おかしいな? そろそろ授業は終わっていると思うけど……?」
 ミオがこう呟く一方で、彼女と一緒にいるリアンは溜息をつく。
「…………思った通り、逃げましたね。だから、こうして待つのは…………止めた方が良いと言ったのに」
「うーん、信じたくは無かったけど、やっぱりね。本当に…………しょうがないんだから」
 こう言っている割には悔しそうでないミオに対して、リアンは少しふてくされた。
「ミオもそう思っていたなら、せめて無理にでも連れて来れば良かったのです」
「けど信じたいじゃない? フウマの事。だって彼――とっても可愛いしね」
 ニコッと笑って衝撃的な言葉を平気で言うミオに、聞いていたリアンは思わず吹き出す。 そしてミオは笑いながら、悪戯心でこう思った。
 ――もしフウマが自分の事をそう話したと知ったら、きっと怒るだろうな。でも、信じていた私を裏切ったんだから、これくらいの仕返しはしてもいいよね――。
 リアンはそれに驚いたせいで、強く咳き込んでいる。
「よくそんな事を平気で…………、聞いている私の身にもなって下さい。もう……こっちが恥ずかしさで気を失いそうです」
「ふふっ、それはゴメンなさい。でも――」
 ミオは軽く微笑んで、続ける。
「今、フウマがどこにいるのか…………察しは簡単につくもの」

しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。

黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。 この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。

妻からの手紙~18年の後悔を添えて~

Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。 妻が死んで18年目の今日。 息子の誕生日。 「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」 息子は…17年前に死んだ。 手紙はもう一通あった。 俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。 ------------------------------

死んだはずの貴族、内政スキルでひっくり返す〜辺境村から始める復讐譚〜

のらねこ吟醸
ファンタジー
帝国の粛清で家族を失い、“死んだことにされた”名門貴族の青年は、 偽りの名を与えられ、最果ての辺境村へと送り込まれた。 水も農具も未来もない、限界集落で彼が手にしたのは―― 古代遺跡の力と、“俺にだけ見える内政スキル”。 村を立て直し、仲間と絆を築きながら、 やがて帝国の陰謀に迫り、家を滅ぼした仇と対峙する。 辺境から始まる、ちょっぴりほのぼの(?)な村興しと、 静かに進む策略と復讐の物語。

日本の運命を変えた天才少年-日本が世界一の帝国になる日-

ましゅまろ
歴史・時代
――もしも、日本の運命を変える“少年”が現れたなら。 1941年、戦争の影が世界を覆うなか、日本に突如として現れた一人の少年――蒼月レイ。 わずか13歳の彼は、天才的な頭脳で、戦争そのものを再設計し、歴史を変え、英米独ソをも巻き込みながら、日本を敗戦の未来から救い出す。 だがその歩みは、同時に多くの敵を生み、命を狙われることも――。 これは、一人の少年の手で、世界一の帝国へと昇りつめた日本の物語。 希望と混乱の20世紀を超え、未来に語り継がれる“蒼き伝説”が、いま始まる。 ※アルファポリス限定投稿

老聖女の政略結婚

那珂田かな
ファンタジー
エルダリス前国王の長女として生まれ、半世紀ものあいだ「聖女」として太陽神ソレイユに仕えてきたセラ。 六十歳となり、ついに若き姪へと聖女の座を譲り、静かな余生を送るはずだった。 しかし式典後、甥である皇太子から持ち込まれたのは――二十歳の隣国王との政略結婚の話。 相手は内乱終結直後のカルディア王、エドモンド。王家の威信回復と政権安定のため、彼には強力な後ろ盾が必要だという。 子も産めない年齢の自分がなぜ王妃に? 迷いと不安、そして少しの笑いを胸に、セラは決断する。 穏やかな余生か、嵐の老後か―― 四十歳差の政略婚から始まる、波乱の日々が幕を開ける。

40歳のおじさん 旅行に行ったら異世界でした どうやら私はスキル習得が早いようです

カムイイムカ(神威異夢華)
ファンタジー
部長に傷つけられ続けた私 とうとうキレてしまいました なんで旅行ということで大型連休を取ったのですが 飛行機に乗って寝て起きたら異世界でした…… スキルが簡単に得られるようなので頑張っていきます

中身は80歳のおばあちゃんですが、異世界でイケオジ伯爵に溺愛されています

浅水シマ
ファンタジー
【完結しました】 ーー人生まさかの二週目。しかもお相手は年下イケオジ伯爵!? 激動の時代を生き、八十歳でその生涯を終えた早川百合子。 目を覚ますと、そこは異世界。しかも、彼女は公爵家令嬢“エマ”として新たな人生を歩むことに。 もう恋愛なんて……と思っていた矢先、彼女の前に現れたのは、渋くて穏やかなイケオジ伯爵・セイルだった。 セイルはエマに心から優しく、どこまでも真摯。 戸惑いながらも、エマは少しずつ彼に惹かれていく。 けれど、中身は人生80年分の知識と経験を持つ元おばあちゃん。 「乙女のときめき」にはとっくに卒業したはずなのに――どうしてこの人といると、胸がこんなに苦しいの? これは、中身おばあちゃん×イケオジ伯爵の、 ちょっと不思議で切ない、恋と家族の物語。 ※小説家になろうにも掲載中です。

処理中です...