56 / 204
第五章 深紅の炎
シロノの不審
しおりを挟む二人がそんな接戦をしていた、その頃――
〈これはこれは、シロノ・ルーナ君。お初にお目にかかれて光栄だ。
いやぁ……さすが若いながらにプロの、宇宙レーサー。アッと言う間にもう三位にまでリードとは、なかなかやるじゃないか〉
通信用ディスプレイには灰色髪の細見な優男が、気の緩んだような笑みを浮かべている。
シロノは正直、何か捉えようのないこの男を、少し不審がっているところだ。
それに、一見緩んだ表情だが、まるでどこか探りを入れているような感じがするようで、やや不快な感じを覚えていた。
親善試合はすでに中盤に差し掛かり、シロノはちょうど、ツインブルーの半周に差し掛かる。
あれから更に先頭の二機を追い抜き、彼は三位にまで達した。
辺りにいた機体も殆どいなくなり、周囲には後ろを飛ぶ一機、ジョセフ・クレッセンの玄武号ただ一機だけ。
そして今、このジョセフから通信が届いていた。
「……そう言うあなたの方も、ここまで来れるとは、大したものだと思いますよ。
パイロットとしての腕も、その機体もね」
〈ハハハハッ! お褒めいただいて嬉しいね! まぁこちとら、探偵として色々と面倒な仕事を、それなりにこなして来たものだ。こうでも技量がなければ、やって行けないだろう? 俺の玄武号も、何年も使い続けた相棒だからな、今まで色々と手を加えた結果ってことさ。まぁ……それでも年代物のオンボロ船ってことには、変わらないんだがな!〉
さも愉快そうにヘラヘラ笑うと、ジョセフは続ける。
〈それに引き換え、シロノ君の機体、ホワイトムーンは実にいい! とても美しく洗練され、そして高性能だ! さすがは大企業、スリースター・インダストリーをスポンサーに持つだけのことはある」
「ええ……そうかもしれませんね」
相手のペースに持っていかれているようで、やや戸惑い気味のシロノ。
〈そう言えば、このG3レースで一番の優勝候補、ジンジャーブレッドのブラッククラッカーも、彼の昔の機体をベースに、ゲルベルト重工が開発をした機体らしい。あちらはあちらで、どれ程の性能を持っているやら……
シロノ君は知っているか? 君のスポンサーとは違いゲルベルト重工は、違法取引に不正、賄賂に産業スパイなどと、黒い噂が付きまとっている事を。
銀河捜査局もそれには目に付けているが、なかなか尻尾は捕まえていないみたいだ。
そして彼らが今手にしている情報は、このG3レースでゲルベルト重工が何か企んでいると、まぁ大まかなもの程度さ。役所仕事って奴は――どうも手続きばかりで、動きが遅くなっていけない!
さてと、シロノ君は銀河捜査局がどこまで知っているか、聞いてはいないかな?
内緒でこっそり教えてくれたら、ジョセフおじさんは嬉しいなー〉
「ふふっ、さぁ――? ご想像にお任せしますよ、探偵さん」
――本当に、捉えようがなくて、胡散臭い男ですね――
内心そんな風に思いながらも、シロノは質問をはぐらかす。
――しかし、このジョセフという男がただ、レースをしに来ているだけではない、それは分かります。問題は、彼が敵か味方かどうか。探偵と言うことは、雇われさえすればどちら側でも有り得る。捜査局の動向を探るための、ゲルベルト重工が雇ったのか、それとも捜査局とは別に、重工の調査を行っているのか――
分からないからこそ、こうしてはぐらかす……。それが現状でベストの選択だと、シロノは考えた。
〈これは随分と、手厳しい。しかし……いくら捜査局でも、レースでの企みと、スポンサーとして援助しているジンジャーブレッドが無関係だと分からないほど、鈍間ではないはずだろう? ハハハッ! だからこそレースに参加すれば、何か繋がりでも分かるかもと思ってな。
もしかするとシロノ君も、その内知ることもあるかもだ。
そう肝に命じて、せいぜい気を付けるといい。…………せっかくのレースを、台無しにされたくなければな〉
緩い雰囲気から一転、急に鋭い表情をジョセフは見せる。
これにはシロノも、黙ってはいられなかった。
「それは……脅しているのですか?」
画面越しに、シロノは睨む。
するとジョセフは、元の緩い感じに戻り、彼をなだめる。
〈まぁまぁ、少しきつく言い過ぎたが、ただの警告だけさ。何もそう、怖い顔をすることはないだろう?〉
「……」
〈とにかく、せっかくの俺からのアドバイス、覚えておいて損は無いはずだ。……ハハハ!〉
「くっ!」
とうとうシロノの方が、我慢の限界に達した。
通信を一方的に切断すると、彼はホワイトムーンも出力を高く上げ、一気に玄武号を
突き放した。
元々一部の性能しか出していなかった、ホワイトムーンにとっては、それくらいは容易い。
玄武号の姿がすぐに見えなくなると……シロノは溜息をつく。
もう分かっていたことだが、今回のレースは、色々と厄介な事が起こっているらしい。
願わくばそんな事に、巻き込まれないことを、彼は願った。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。
黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。
この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。
妻からの手紙~18年の後悔を添えて~
Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。
妻が死んで18年目の今日。
息子の誕生日。
「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」
息子は…17年前に死んだ。
手紙はもう一通あった。
俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。
------------------------------
死んだはずの貴族、内政スキルでひっくり返す〜辺境村から始める復讐譚〜
のらねこ吟醸
ファンタジー
帝国の粛清で家族を失い、“死んだことにされた”名門貴族の青年は、
偽りの名を与えられ、最果ての辺境村へと送り込まれた。
水も農具も未来もない、限界集落で彼が手にしたのは――
古代遺跡の力と、“俺にだけ見える内政スキル”。
村を立て直し、仲間と絆を築きながら、
やがて帝国の陰謀に迫り、家を滅ぼした仇と対峙する。
辺境から始まる、ちょっぴりほのぼの(?)な村興しと、
静かに進む策略と復讐の物語。
日本の運命を変えた天才少年-日本が世界一の帝国になる日-
ましゅまろ
歴史・時代
――もしも、日本の運命を変える“少年”が現れたなら。
1941年、戦争の影が世界を覆うなか、日本に突如として現れた一人の少年――蒼月レイ。
わずか13歳の彼は、天才的な頭脳で、戦争そのものを再設計し、歴史を変え、英米独ソをも巻き込みながら、日本を敗戦の未来から救い出す。
だがその歩みは、同時に多くの敵を生み、命を狙われることも――。
これは、一人の少年の手で、世界一の帝国へと昇りつめた日本の物語。
希望と混乱の20世紀を超え、未来に語り継がれる“蒼き伝説”が、いま始まる。
※アルファポリス限定投稿
老聖女の政略結婚
那珂田かな
ファンタジー
エルダリス前国王の長女として生まれ、半世紀ものあいだ「聖女」として太陽神ソレイユに仕えてきたセラ。
六十歳となり、ついに若き姪へと聖女の座を譲り、静かな余生を送るはずだった。
しかし式典後、甥である皇太子から持ち込まれたのは――二十歳の隣国王との政略結婚の話。
相手は内乱終結直後のカルディア王、エドモンド。王家の威信回復と政権安定のため、彼には強力な後ろ盾が必要だという。
子も産めない年齢の自分がなぜ王妃に? 迷いと不安、そして少しの笑いを胸に、セラは決断する。
穏やかな余生か、嵐の老後か――
四十歳差の政略婚から始まる、波乱の日々が幕を開ける。
40歳のおじさん 旅行に行ったら異世界でした どうやら私はスキル習得が早いようです
カムイイムカ(神威異夢華)
ファンタジー
部長に傷つけられ続けた私
とうとうキレてしまいました
なんで旅行ということで大型連休を取ったのですが
飛行機に乗って寝て起きたら異世界でした……
スキルが簡単に得られるようなので頑張っていきます
中身は80歳のおばあちゃんですが、異世界でイケオジ伯爵に溺愛されています
浅水シマ
ファンタジー
【完結しました】
ーー人生まさかの二週目。しかもお相手は年下イケオジ伯爵!?
激動の時代を生き、八十歳でその生涯を終えた早川百合子。
目を覚ますと、そこは異世界。しかも、彼女は公爵家令嬢“エマ”として新たな人生を歩むことに。
もう恋愛なんて……と思っていた矢先、彼女の前に現れたのは、渋くて穏やかなイケオジ伯爵・セイルだった。
セイルはエマに心から優しく、どこまでも真摯。
戸惑いながらも、エマは少しずつ彼に惹かれていく。
けれど、中身は人生80年分の知識と経験を持つ元おばあちゃん。
「乙女のときめき」にはとっくに卒業したはずなのに――どうしてこの人といると、胸がこんなに苦しいの?
これは、中身おばあちゃん×イケオジ伯爵の、
ちょっと不思議で切ない、恋と家族の物語。
※小説家になろうにも掲載中です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる