テイルウィンド

双子烏丸

文字の大きさ
上 下
72 / 204
第六章 前哨戦・後半

唐突なる逆転

しおりを挟む

 ディスプレイに映るブラッククラッカーの全身が、突如銀色に発光し出した。
 それは宇宙船がワープ航法を行う時に見られる、量子化リアクターによる物質の量子化によく似ている。
 ――これは、一体何ですか? ――
 今までレースで見たことすらない、この光景にシロノは戸惑う。だが、その戸惑う時間すら、僅かしか与えられなかった。
 銀色の輝きは急激に増加し、そして――機体は『加速』した。
 ブラッククラッカーはその輝きの残像を残したまま、瞬く間にゴールにまで到達した。後には、銀色に輝く一直線の光筋、機体の軌跡が残像となり残った。


 何が起こったのかすらわからないくらいに、急な出来事。ようやくジンジャーブレッドに同列に並んだが、そこから勝負に持ち込む事さえ叶わず、すぐさま決着はつけられた。
 本当に、一瞬に近い出来事……。その速度はあまりにも早く、並大抵のものではない。
 今までのどんな動力機関、出力系、そして機体、宇宙船であったとしても、あれ程の加速と速度は出せはしないし、到底だって及びもしない。
 まさか、これがリッキーの話していた――、シロノは茫然としていた。
 全くもって、訳が分らない。
 ただ唯一分かっていること、それは、この瞬間……シロノがジンジャーブレッドに敗北した事実だけだった。



 その様子は、マリンにも確認されていた。
 ――これは……、私にも想定外だったわね。せっかく上手く行ったと思ったのにな――
 彼女もシロノ同様、驚きとショックを受けてはいた。だが、それは意外と軽いものだった。
 燃料も底を尽き、後は先ほどの加速による慣性のみで、ゴールにまで辿り着くだけだ。
 もはや操縦することもなく、マリンは操縦席にもたれかかり、軽く伸びをしてリラックスする。
 ――うーん、他に後ろから来ないようだし、これなら私の三位で確定ね。実力を知らしめる親善試合としては、まぁ上出来と言えば上出来ね。それに――
 リラックスしたせいか、少し眠くなった彼女は、欠伸を一つする。
 ――あれが、ジンジャーブレッドの切り札って事ね。ふふん、随分強力で、対策は苦労しそうだけど……親善試合で奥の手が分かって良かった。それも良い収穫ね、とりあえず私は、満足だわ――


 ジンジャーブレッドの機体ブラッククラッカー、その全般的な性能、特に機動性の高さ
は十分に脅威だ。そして、最後の最後で繰り出した、あの謎の超高加速。それこそが本当の、ブラッククラッカーの切り札だろう。
 あの時マリンとシロノにより、ジンジャーブレッドが追い詰められたからこそ使用した
切り札。だが、その持続時間と限界速度など、まだ分からない部分はある。クリムゾンフレイムにとっての切り札は、出力系リミッター解除機構であるシステム・スパークラー、それすらも完全には見せることはなかった。ましてやジンジャーブレッドほどの相手なら、尚更なはずだ。
 だが、そんな切り札を、一部だけでも垣間見えた事は、十分にG3レースの助けになる。
 ――さてと、あと少しでゴールインだし、もう少しだけゆっくりしようかな? どうあれ、決着はもう付いちゃったんだし、気持ちも切り換えないとね――
 ゴールするまでの、最早何もする事のない、僅かな時間。マリンはその間にしばらく、くつろいでいることにした。
しおりを挟む

処理中です...