101 / 204
幕間 遭遇
飛翔
しおりを挟む
ジンジャーブレッドは、一度、自分達に用意された客室へと、戻って来た。
「只今戻りました。身体は……大丈夫でしたか?」
客室のベッドには、彼の父親と思われる、老人が治療用ベッドに横たわっていた。身体につながるチューブの先には、幾つもの点滴や栄養剤がぶら下がっている。
老人は、呼吸器のせいで聞き取り辛いが、何かを言った。ジンジャーブレッドにはそれが、聞き取れるようだ。
「……問題はなかったみたいですね、それは良かった。
私は、散々なものだ。あのゲルベルトめ……、レースについて何も知らないくせに、言うことだけは一丁前だからな」
再び、老人は何かを言う。
「確かに、嫌な人間ではあるが、奴がいなければ……私はこうして居ることはなかった。それに約束もある。もし優勝すれば……再び正式なレーサーとして、宇宙レースに復帰出来ると」
ジンジャーブレッドは老人の様子を確認した。
「……問題は、ないみたいですね。貴方を置いていくのは少し心苦しいですが、私は先にブラッククラッカーで開催地に向かう。いつまでもあの男の傍にいるのは、御免ですから」
老人は、小さく頷く。
「では、行って来ます。貴方のために――そしてジンジャーブレッドの名にかけて、私はレースに勝利してみせます」
クイーンギャラクシーから、ブラッククラッカーの姿が飛び立つ。
漆黒の機体が、宇宙の闇の中へと溶ける。
――さて、今から向かうわけだが――
ジンジャーブレッドはコンピュータに、航路図を見せるよう指示を出す。
航路図の情報が、直接意識の中へ流れ込む……。そして目的地への、最適なルートを導き出す。
宇宙航行で彼方の星系へと向かうためのワープ航法だが、何処でもワープが可能、と言うわけではない。
ワープ航法は通常空間と、それと繋がる亜空間を行き来して行う、空間航法である。……が、実際そう空間を、行き来可能な場所は決して多くない。
いくら繋がっていると言え、通常空間と亜空間は、本来別々の法則、時間軸を持つ異空間同士、普通であれば時空の隔たりがあり、存在に触れることすら不可能だ。
だが、宇宙においてはその隔たりが薄い、ほんの僅かだが通常空間と亜空間の間に、隙間が生じた場所が、幾つか存在する。
例えるなら、網の網目みたいなものだ。宇宙船を乗員ごと量子変換し、その網目を抜けさせることが、ワープ航法の大分大まかな仕組みとなる。
目的地によって異なるが、基本何度もワープ航法で二つの空間を行き来して、目的の星へと到達する。つまりその為の航路である。
銀河を模した地図に、ワープ可能な座標とワープ航路を示す、無数の光点と、それを繋ぐ線のビジョンが見える。
ビジョンで見えるそれは、到底数え切れない程で、複雑に入り組んではあるが、銀河規模で考えれば、多くはない。
そもそも全体的な空間規模を考えれば、ワープ不可能な場所の方が圧倒的であり、いくら銀河全域に広がったと言え、その踏破率は0.01%にすら遠い。
また、ワープとワープの間を通過する通常空間の距離や、そもそも銀河そのものが途方もない巨大さもあり、星々へと渡る時間も、位置によって大分異なる。
ワープ航法により何千光年の距離でも半日足らずで行けるほどにはなったが、それでも位置の関係では、数週間、長くて数か月かかることもある。
まぁ――――それでも宇宙を渡る事と考えると、驚異的に短い航行時間であるのは、疑いようもなく確かなのだが。
そして、ジンジャーブレッドが導き出したルート候補は、二つあった。
一つは、このクイーンギャラクシーが進むルート。計三回のワープを挟み、目的地へと向かうルートだ。ただ……この道は、少し遠回りになり、丸一日かかる。一応、レースには間に合いはするのだが……。
そこで、もう一つ――、こっちは宇宙船の総質量的な問題により、一定以下の小型機しか通過出来ない、ワープ航路を使用するルートだ。ここならワープは二回で済み、時間も二分の一の、半日で到着する。
ただ……そのルートでは、二度目のワープの際に、宙域座標『SC―899CW』を通ることになる。
そう、先ほどゲルベルトが近づくことを禁じた、あの宙域だ。
――何故、ゲルベルトがあんな事を言ったのか……、まぁいい、あの男の言う事を素直に聞くのも癪だ、構うことはない。いざとなった時に逃げるくらいの性能は十分にある上、護身用の武装も、標準装備らしいからな――
ブラッククラッカーには護身用として、機体下部に二門のレーザー砲門が取り付けられていた。当然、レースでは使う事は、禁止されている。
しかし、まだ起こらない出来事の心配は、とりあえず後回しだ。
ブラッククラッカーは航路を定め、最初のワープの宙域座標に向かい、飛行する。
「只今戻りました。身体は……大丈夫でしたか?」
客室のベッドには、彼の父親と思われる、老人が治療用ベッドに横たわっていた。身体につながるチューブの先には、幾つもの点滴や栄養剤がぶら下がっている。
老人は、呼吸器のせいで聞き取り辛いが、何かを言った。ジンジャーブレッドにはそれが、聞き取れるようだ。
「……問題はなかったみたいですね、それは良かった。
私は、散々なものだ。あのゲルベルトめ……、レースについて何も知らないくせに、言うことだけは一丁前だからな」
再び、老人は何かを言う。
「確かに、嫌な人間ではあるが、奴がいなければ……私はこうして居ることはなかった。それに約束もある。もし優勝すれば……再び正式なレーサーとして、宇宙レースに復帰出来ると」
ジンジャーブレッドは老人の様子を確認した。
「……問題は、ないみたいですね。貴方を置いていくのは少し心苦しいですが、私は先にブラッククラッカーで開催地に向かう。いつまでもあの男の傍にいるのは、御免ですから」
老人は、小さく頷く。
「では、行って来ます。貴方のために――そしてジンジャーブレッドの名にかけて、私はレースに勝利してみせます」
クイーンギャラクシーから、ブラッククラッカーの姿が飛び立つ。
漆黒の機体が、宇宙の闇の中へと溶ける。
――さて、今から向かうわけだが――
ジンジャーブレッドはコンピュータに、航路図を見せるよう指示を出す。
航路図の情報が、直接意識の中へ流れ込む……。そして目的地への、最適なルートを導き出す。
宇宙航行で彼方の星系へと向かうためのワープ航法だが、何処でもワープが可能、と言うわけではない。
ワープ航法は通常空間と、それと繋がる亜空間を行き来して行う、空間航法である。……が、実際そう空間を、行き来可能な場所は決して多くない。
いくら繋がっていると言え、通常空間と亜空間は、本来別々の法則、時間軸を持つ異空間同士、普通であれば時空の隔たりがあり、存在に触れることすら不可能だ。
だが、宇宙においてはその隔たりが薄い、ほんの僅かだが通常空間と亜空間の間に、隙間が生じた場所が、幾つか存在する。
例えるなら、網の網目みたいなものだ。宇宙船を乗員ごと量子変換し、その網目を抜けさせることが、ワープ航法の大分大まかな仕組みとなる。
目的地によって異なるが、基本何度もワープ航法で二つの空間を行き来して、目的の星へと到達する。つまりその為の航路である。
銀河を模した地図に、ワープ可能な座標とワープ航路を示す、無数の光点と、それを繋ぐ線のビジョンが見える。
ビジョンで見えるそれは、到底数え切れない程で、複雑に入り組んではあるが、銀河規模で考えれば、多くはない。
そもそも全体的な空間規模を考えれば、ワープ不可能な場所の方が圧倒的であり、いくら銀河全域に広がったと言え、その踏破率は0.01%にすら遠い。
また、ワープとワープの間を通過する通常空間の距離や、そもそも銀河そのものが途方もない巨大さもあり、星々へと渡る時間も、位置によって大分異なる。
ワープ航法により何千光年の距離でも半日足らずで行けるほどにはなったが、それでも位置の関係では、数週間、長くて数か月かかることもある。
まぁ――――それでも宇宙を渡る事と考えると、驚異的に短い航行時間であるのは、疑いようもなく確かなのだが。
そして、ジンジャーブレッドが導き出したルート候補は、二つあった。
一つは、このクイーンギャラクシーが進むルート。計三回のワープを挟み、目的地へと向かうルートだ。ただ……この道は、少し遠回りになり、丸一日かかる。一応、レースには間に合いはするのだが……。
そこで、もう一つ――、こっちは宇宙船の総質量的な問題により、一定以下の小型機しか通過出来ない、ワープ航路を使用するルートだ。ここならワープは二回で済み、時間も二分の一の、半日で到着する。
ただ……そのルートでは、二度目のワープの際に、宙域座標『SC―899CW』を通ることになる。
そう、先ほどゲルベルトが近づくことを禁じた、あの宙域だ。
――何故、ゲルベルトがあんな事を言ったのか……、まぁいい、あの男の言う事を素直に聞くのも癪だ、構うことはない。いざとなった時に逃げるくらいの性能は十分にある上、護身用の武装も、標準装備らしいからな――
ブラッククラッカーには護身用として、機体下部に二門のレーザー砲門が取り付けられていた。当然、レースでは使う事は、禁止されている。
しかし、まだ起こらない出来事の心配は、とりあえず後回しだ。
ブラッククラッカーは航路を定め、最初のワープの宙域座標に向かい、飛行する。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。
黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。
この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。
妻からの手紙~18年の後悔を添えて~
Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。
妻が死んで18年目の今日。
息子の誕生日。
「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」
息子は…17年前に死んだ。
手紙はもう一通あった。
俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。
------------------------------
死んだはずの貴族、内政スキルでひっくり返す〜辺境村から始める復讐譚〜
のらねこ吟醸
ファンタジー
帝国の粛清で家族を失い、“死んだことにされた”名門貴族の青年は、
偽りの名を与えられ、最果ての辺境村へと送り込まれた。
水も農具も未来もない、限界集落で彼が手にしたのは――
古代遺跡の力と、“俺にだけ見える内政スキル”。
村を立て直し、仲間と絆を築きながら、
やがて帝国の陰謀に迫り、家を滅ぼした仇と対峙する。
辺境から始まる、ちょっぴりほのぼの(?)な村興しと、
静かに進む策略と復讐の物語。
日本の運命を変えた天才少年-日本が世界一の帝国になる日-
ましゅまろ
歴史・時代
――もしも、日本の運命を変える“少年”が現れたなら。
1941年、戦争の影が世界を覆うなか、日本に突如として現れた一人の少年――蒼月レイ。
わずか13歳の彼は、天才的な頭脳で、戦争そのものを再設計し、歴史を変え、英米独ソをも巻き込みながら、日本を敗戦の未来から救い出す。
だがその歩みは、同時に多くの敵を生み、命を狙われることも――。
これは、一人の少年の手で、世界一の帝国へと昇りつめた日本の物語。
希望と混乱の20世紀を超え、未来に語り継がれる“蒼き伝説”が、いま始まる。
※アルファポリス限定投稿
老聖女の政略結婚
那珂田かな
ファンタジー
エルダリス前国王の長女として生まれ、半世紀ものあいだ「聖女」として太陽神ソレイユに仕えてきたセラ。
六十歳となり、ついに若き姪へと聖女の座を譲り、静かな余生を送るはずだった。
しかし式典後、甥である皇太子から持ち込まれたのは――二十歳の隣国王との政略結婚の話。
相手は内乱終結直後のカルディア王、エドモンド。王家の威信回復と政権安定のため、彼には強力な後ろ盾が必要だという。
子も産めない年齢の自分がなぜ王妃に? 迷いと不安、そして少しの笑いを胸に、セラは決断する。
穏やかな余生か、嵐の老後か――
四十歳差の政略婚から始まる、波乱の日々が幕を開ける。
40歳のおじさん 旅行に行ったら異世界でした どうやら私はスキル習得が早いようです
カムイイムカ(神威異夢華)
ファンタジー
部長に傷つけられ続けた私
とうとうキレてしまいました
なんで旅行ということで大型連休を取ったのですが
飛行機に乗って寝て起きたら異世界でした……
スキルが簡単に得られるようなので頑張っていきます
中身は80歳のおばあちゃんですが、異世界でイケオジ伯爵に溺愛されています
浅水シマ
ファンタジー
【完結しました】
ーー人生まさかの二週目。しかもお相手は年下イケオジ伯爵!?
激動の時代を生き、八十歳でその生涯を終えた早川百合子。
目を覚ますと、そこは異世界。しかも、彼女は公爵家令嬢“エマ”として新たな人生を歩むことに。
もう恋愛なんて……と思っていた矢先、彼女の前に現れたのは、渋くて穏やかなイケオジ伯爵・セイルだった。
セイルはエマに心から優しく、どこまでも真摯。
戸惑いながらも、エマは少しずつ彼に惹かれていく。
けれど、中身は人生80年分の知識と経験を持つ元おばあちゃん。
「乙女のときめき」にはとっくに卒業したはずなのに――どうしてこの人といると、胸がこんなに苦しいの?
これは、中身おばあちゃん×イケオジ伯爵の、
ちょっと不思議で切ない、恋と家族の物語。
※小説家になろうにも掲載中です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる