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序章
序章
しおりを挟むざわざわとした大学の食堂の四人席で、私はうとうとと船を漕いでいた。
昨日はよく眠れなかった。
――いや、ただ眠れなかったわけじゃない。
と、額をピンと弾かれる指先に、少しだけ意識が覚醒する。
「そんなんじゃあー、八宝菜の中に顔面から突っ込んでいっちゃうよー? 和香ちゃあん」
にやっと意地悪気に笑うその赤髪ギャルは、諸悪の根源だというのに、酷く楽しそうに笑う。
するとそれに気付いたように、その人の隣にいた女――鞠が、私の頬をつんつんとつついてくる。
「どしたぁ、のど? 寝不足?」
「和香、眠りたいなら食べ終わってからにしなさいよ」
私の隣に座っている緑までもが、私の心配をし始める。
「あーしが、あーんてしたげよっかぁ? ふふっ」
自分のことを、『あーし(あたし)』と呼ぶこのギャルが……ギャルなのに、ギャルだったはずなのに……と、働かない頭で昨日のことを思い出してまた眉間に皺を寄せる。
諸悪の根源の言葉を無視して、八宝菜のゆで卵を箸で持ち上げようとするけれど、つるんと滑ってキャベツの上に逆戻りする。
私の心は早くも折れそうだった。
掴めないこのウズラの卵のように、理解がつるんと滑って手に取れない。
それもこれもみんな、諸悪の根源である――佐藤蜜、アンタのせい。
けれどそのことは他の二人は知らないから、私だけが騒ぎ立てるわけにもいかないし、眠いし、面倒くさいし、眠いし……。
「とりあえずー、今は喉詰まったら危ないから一旦起きときなー? ほい、あーん」
そうして瞼がほとんど落ちている私の口の中に放り込まれたのは。
「!!???!?!?」
口の中がジュワァッと熱くなり、唾液の分泌が強制的に促進されるくらいに塩分濃度の濃い、梅干しだった。
「はい起きた」
満足気に微笑むその顔を涙目で睨んでから、再び八宝菜とにらめっこする。
酸っぱいのを通り越して、もはやしょっぱすぎて口の中が痛い。
早く食べて、休める所に行こう。
「しょっぱすぎて味がわからなくなったんだけど」
「ごめんごめん、でもちゃんと起きられたっしょー?」
「一生恨む」
「ありゃりゃ」
昨日のことと合わせて、絶対一生恨んでやる。
面倒くささで相殺なんてさせるもんか。
相殺されてしまいそうなのが私の怖いところではあるけれど。
「怠惰担当の和香がここまで言うなんて、珍しい。佐藤なんかしたの?」
勘のいい緑が、そうギャル――改め、佐藤に尋ねると、目をまんまるにして緑に目を向けていた。
まて、なんだその「え、なんのこと?」みたいな顔は。
「別になぁんにも? え、和香、あーしなんかしたぁ?」
「……っ」
こんの、諸悪の根源ギャルが。
こんな人の多い所で、怠惰で面倒くさがりな私が説明しないのをわかっててそういう――もういいや、疲れた。
「はやく寝たい」
「そうやってまた面倒くさがるんだから」
早くも食べ終えていた緑が、片肘をついて溜め息を吐く。
「まぁ喧嘩じゃないならいいわ」
むぐむぐ、頑張って味の感じにくくなった八宝菜を口に詰め込んでいく中、私は昨日起きたことをまた無意識に思い出していた。
『あーし、男なんだよねぇ』
『は……?』
大学三年、夏の始まり。
それは飲み会兼カラオケの後、ヘロヘロにそこそこ酔っていた私の頭を覚ますには強烈すぎる告白だった。
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