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終章
終章
しおりを挟む人生、何があるかなんてわからない。
誰が、元ギャルだった女装男子の友達と正式に付き合うような学生生活を予想できただろうか。
少なくとも私は、しばらく彼氏は出来ないと思っていた側の人間だった。
ざわざわとした大学の食堂の四人席で、私はまたうとうとと船を漕いでいた。
昨日はよく眠れなかった。
――いや、ただ眠れなかったわけじゃない。
と、額をピンと弾かれる指先に、少しだけ意識が覚醒する。
──────ちょっと待って、このモノローグ、デジャヴなんだけど。
「今度はあんかけ焼きそばに顔面から突っ込む気ですかぁー?和香ちゃあん」
「デジャヴ」
「のどまた寝不足ー?」
「眠りたいなら食べ終わってから――って、これ前の時も言ったわ。今度は何?佐藤がなんかした?」
じっと見つめられる三人からの視線に、私は緩やかに首を横にふりふり、振った。
今回ばかりは彼だけのせいに出来ない。
彼女になったことにドキドキし過ぎて眠気が少しも湧かなかっただなんて……。
「アンタ昨日何してたのよ」
緑が彼に聞くけれど、やれやれのポーズをして私を向く。
「いや、付き合うことになっただけなんだけどね?ちょっと話してすぐ帰ったし?」
「……っ」
公開処刑だ、こんな、今のタイミングで言わなくても……。
そう思ってるのに、思いの外二人の反応は薄かった。
緑はともかく、鞠が大人しいなんて珍しい。
流れるように梅干しを鼻の頭に近付けてくる彼氏のせいで、口の中でみるみる唾液が広がってくる。
なんでいつも持ち歩いてんだ。
「まぁそうなってくれないと、昨日の私が報われないしね」
そう言った緑が私にふっと笑う。
お世話おかけしました緑さん、マジ姉御。
「ふふ!チョコレートケーキっ」
鞠はどうやら私たちが付き合ったことよりもチョコレートケーキをおごってもらう約束の方に意識が向いていて、さほど騒がないで済んでいるらしい。
まぁ、『うまくいったら』なんて、さすがにこれから付き合うよっていう宣言と変わりなかったからね。
口の中に放り込まれた梅を顔中に全力で皺を寄せつつ食べると、多少頭がすっきりした。
なんだこの現象、塩分の力か、それともあまりの酸っぱさに体が危機を感じているのか。
ちなみにタルトとチョコレートケーキは次の日曜日に買って四人で食べる予定になった。
付き合ってもなお四人での関係を大事にしてくれる氷が、大好きで仕方ない。
付き合うと同時に、緑に教わりながら自分を認めるための訓練もすることになった。
曰く、『自信がなくて不安定なままだとすぐ別れることになるわよ』なんて脅し文句に、私は秒で屈したのだ。
身に覚えがあり過ぎたのである。
ファーストステップとして、『~と感じた自分がいる、ということに気付いた』というような、意識と感情の間にワンクッション入れるような客観視の練習から、口酸っぱく指導されている。
つまり、『自分と佐藤が釣り合わない、と感じている自分に気付いた』という感じ。
感情に呑み込まれないための練習からスタートだ。
私だって、氷の為に頑張りたいから。
いつも通り、途中まで四人で一緒に帰り、途中から氷と二人になる帰り道。
手を重ねてきたのは、氷からだった。
それを絡めるようにきゅっと握り返したのは私。
恥ずかしさも込み上げる中、私は氷を見上げる。
その視線に気付いてくれる氷が、優しく微笑む。
「氷、あの」
「なぁに?」
「今日……家、寄ってかない……?」
思い切った私は、提案する。
だって男版の佐藤氷に慣れていなかったから、私はドキドキしすぎて寝られないなんて状態になってしまっていたのだ、きっと。
それなら慣れる時間が必要なのではないか。
──そう思って提案したのに、氷は顔を固めたまま返事をしない。
「ひょう?」
「……誘ってる?」
「……誘っては、いる、けど」
「いや、ニュアンスが……誘惑が……」
どうやら誘惑と戦っているらしい彼に、私はハッと気付く。
そうか、もう友達の関係じゃないから、そういうことも…………。
私は再度、緊張した面持ちで口を開く。
「……ちょっと、なら……いいよ」
「………………それってどれくらい?」
どくどく、激しくなる鼓動、熱くなって求め始めてくる体に、私も、その、そろそろしたい、もので……。
「あ、の……」
「うん」
「……………………キス、なら」
「……わかった、今の覚えとけよ?」
そう、ちょっぴりなにかに怒っているような?彼を不思議に感じていたけれど。
私の部屋に着くなり、今日は深いグリーンのネイルをしていた指先で項を撫でられ、とびきり甘くて深い愛を、息苦しくなるほどに注いでくれたのだった。
「…………ぁ、まっ……、…………っふ……」
「もっと溺れて……のどか」
それはそれは、無茶ぶりの激しい
わがままな佐藤さんのお話
『わがままシュガー』/ fin.
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