迷宮症候群—Labyrinth Syndrome— <目覚めぬ最愛の妹を救うためならSSランクの迷宮だって攻略してやる>

梓川あづさ

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 何も見えない真っ暗な空間だ。
 これがあいつの言っていた永遠の苦しみってやつか?

 そう思っていると目の前に小さな光の粒が現れた。
 その光はやがて人の形をとり……。

「瑠璃っ!」
「おにちゃん。たすけにきてくれてありがとっ」
「でも兄ちゃん、瑠璃を助けられなかった……」
「ううん、でも瑠璃うれしかったよ。だからもういいの。おにちゃんは、おにちゃんのいきたいようにいきて?」
「瑠璃……何を言って……俺はもうアイツの技にやられて……」
「おにちゃんはなんとかぎりぎりでぬけれたんだよ。あそこに迷宮のさけめをつくれたの」
「それって心の隙間ってやつか……?」

 そんな俺の言葉に瑠璃はこてんと首を傾げた。

「ん? それ瑠璃わからない。でもおにちゃんはもうすぐ瑠璃の迷宮からでられるよ。だからさいごにあいにきたの。こんなことしたらたいへんなことになるかもしれないけど……どうしてもおにちゃんとはなしたかったから」
「妹一人助けられない情けない兄ちゃんだけどな」

 そういうと瑠璃は首を横に振った。

「いつもかみをとかしてくれてありがと。いつもからだをふいてくれてありがと。いつもおはなしをきかせてくれてありがと。いっぱいありがとうあるよ。きょうもたすけにきてくれた」
「瑠璃……お前知ってたのか?」
「あたりまえでしょー。じぶんのからだだよ? おおきくなってからだをふいてもらうのはすこしはずかしいけどおにちゃんならいいよ」
「ぐっ。俺も気にしている事を……」
「あ……。もうそろそろいかないと。瑠璃、おにちゃんとおはなしできてうれしかったよ」
「一緒にいけないのか?」
「うん、これは瑠璃のからだじゃないし。それに……瑠璃があのひとをおさえておかないと……ううん、なんでもないっ! それじゃ、これプレゼント」

 瑠璃はそういって刀を差し出してくる。

「これは……?」
「瑠璃が迷宮でつくったんだよ。おにちゃんはたんさくしゃさんになったんだよね? それってわたしみたいなびょうきをなおすひとだよね? だから、これ」

 そういうと瑠璃は俺の手に無理矢理握らせた。

「おにちゃん、じゃあね」
「ああ、強くなったらまた必ず来る」

 俺のその言葉を聞いた瑠璃は首を横に振り、悲しそうな顔で消えていった。
 どうにか抱きしめてやりたい、と伸ばしたその手は虚空を掻いた。
 それと同時に俺の意識は黒く塗りつぶされていった。


          *


「瑠璃ィィィィィ!」

 ガバっと頭を上げると瑠璃の部屋にいた。
 どうやら本当に現実世界へ戻ったらしい。

「りっちゃん……平気?」

 不意にかけられた声に驚きながら振り向くと、そこにはなずながいた。

「な……なずな? どうしてここに?」
「だって昨日別れる時、あとで連絡するって言ってたのにいつまで経っても連絡来ないんだもん。来てみたらりっちゃん倒れててビックリしたよ」

 そう言われた俺は慌てて時計を確認する。
 うん? 家に帰って来てから30分くらいしか経っていないような……。

「りっちゃん、あれからもう一日以上経ってるんだよ!」
「なっ……じゃあ俺はそんなに瑠璃の迷宮にいたのか?」
「えっ!? 瑠璃ちゃんの迷宮ってどういう事? 行かないって話だったのに……」
「いや、どうやら……みたいでな」

 そういいながら俺はオネイロスとかいう奴の事を思い出していた。
 アイツは憎たらしい程に強かった。
 俺の全力の攻撃をもってようやく薄皮一枚を切り裂く程度か。
 まだ届かない。もっと強くなって、そして瑠璃を……。
 俺はそう考えながら寝ている瑠璃を見る。
 ……ん?いつもと様子が明らかに違う。

 顔色が悪く、頬もこけていて昨日帰ってきてすぐに見た瑠璃の顔とは大違いだ。

「こ、これは……?」
「り……りっちゃん、根津さんならこういう事にも詳しいんじゃない? 連絡してみたら?」
「あ、あぁそうだな」

 俺達は急いで俺の部屋へ行き、パソコンを立ち上げた。

「ええっと、探索者ダイバーズネットだったな」

 俺はそう口に出して確認しながらブラウザの検索窓に入力した。
 すぐに表示された画面には探索者ネットと書かれている。
 どうやらここのようだが、まずはログインしなければ何も見ることが出来ないようだ。

「ここには何を入力したらいいんだ?」
「りっちゃん、昨日帰る前に受付でカードを貰ったでしょ? その裏に書いてあったよ」
「お、そうなのか」

 なずなは昨日家に帰ってから早速試してみたんだろうな。
 ポケットにねじ込んでおいたカードを引っ張り出すと、裏面に書かれている情報を入力した。

「どうやらログイン出来たようだな。お、一時間程前にメッセージが来ているな……ん、根津さん?」

 なぜか丁度いいタイミングで根津さんからメッセージが来ていた。読んでみよう。

「なになに。君のアダプターの反応が瑠璃ちゃんの迷宮から発信された、と本部から緊急アラートが来た。何の間違いだといいが、念の為そちらに向かっている。……だって」

 俺は瑠璃にも聞こえるように読み上げると、同時に玄関のインターホンがなった。
 もしかしたら根津さんか?

 俺は急いで玄関へ向かった。
 誰何すいかをする事もなく急いで開け放った扉の向こうには……予想通り、根津さんがいた。

「おお、いるじゃないか。ふぅ……やはり本部の勘違いだったか」

 根津さんはそういうと安心したように吐息をもらした。

「メッセージは今見ましたけどあの反応、というのは勘違いじゃありません」
「ん、というと?」

 俺の言葉に根津さんは眉をひそめた。

「とりあえずここじゃあれなので……入ってもらえますか?」
「あぁ、こちらもどういうことか詳しく聞かせてもらいたいから上がらせてもらおう」

 そういって俺は根津さんを部屋に招いた。

「お、天堂くんもいたのか! やはり仲が良いようだな」
「なずなは二軒隣に住んでいるんで何かあるとしょっちゅう来るんですよ。今日は俺と連絡が取れないっていうんで心配して来てくれたみたいで……」
「そうだったんだな。連絡が取れなかったというのはやはり……?」

 根津さんはどこかギラリとした目をしながら問いかけてくる。

「ええ。瑠璃の迷宮の中にいました」
「君は、といった俺が信じられなかったのか?」
「いえ、そういうわけじゃないんです。日課になっている瑠璃のブラッシングをしていたら急に手首のアダプターが振動しだして気付いたら……」
「迷宮の中だった、ってわけか」

 根津さんは渋い顔をしながら考え込んでいる。

「そういった話は聞いたことがないが……まぁSSランクの迷宮ともなれば常識は通用しないのかもな。ところで……迷宮に入ってしまったのなら何故ここにいる?」
「それは……瑠璃が……妹が逃がしてくれたからです」
「っ!? りっちゃん、瑠璃ちゃんに会えたの?」

 黙って聞いていたなずなが驚きの声を上げる。

「あ、あぁ」
「ほう。迷宮の持ち主に迷宮の中で出会うなどと言うことは聞いたことがないが……何から何まで常識外れなことが起こるな」
「そうなんですか? それじゃ順を追って話します」



 俺の話を時に唸りながら聞いていた根津さんは話が終わると口を開いた。

「あぁ、それはおそらく心の隙間で間違いないな」
「やっぱりそうなんですか」
「なら迷宮の主は心の隙間を作ることが出来る、という事か?」

 根津さんは顎に手をやり考えている。

「そして外に出て来たらなずながいた、という感じですね」
「そうか……大変だったな。にしても恐らく悪魔系であろう番人と戦って帰ってこれたのは奇跡といってもいいな」

 瑠璃が起こしてくれた奇跡……か。

「あと迷宮を出てから瑠璃の様子がおかしいんです。今まで十年以上体調の変化がなかったのに、突然衰弱したというか……」
「なんだと? 妹さんの様子を見せてもらっても構わないか?」
「ええ、こっちです」

 俺は根津さんを瑠璃の部屋に案内した。

「おお、これは可愛らしい部屋だな」
「はい。瑠璃の小さい時に使っていたおもちゃなんかを全部取って置いてるんです」

 部屋の中はぬいぐるみやおままごとセットなどで飾り付けられている。
 その中にある使われることのなかったピカピカのランドセルを見るといつも心が苦しくなるんだ。

「これは……確かに衰弱、といっていいように見えるな」
「……やはりそうですか」
「迷宮が攻略されるまでは、症状としては眠り続けるだけというのが普通だが。やはり……」
「やはり?」
「いや……すまん、忘れてくれ。確実性のないことを口にすることは出来ない」
「それでも構いません、瑠璃に関することならなんでもいいんです! 教えてください」

 俺はどうにか根津さんに縋ると、根津さんはしぶしぶというように口を開いてくれた。

「……わかった。聞いても焦るんじゃないぞ?」

 俺はコクリと頷いて肯定を示した。

「迷宮攻略にはリミット……制限時間があるのかもしれん、という事だ」
「制限時間……」
「あぁ。考えてもみてくれ。眠りながら成長も老化も続いていくんだからその患者にとってのリミット、というものはやはりあるとみるのが自然だろう。学会でもそういった仮説がいくつもあげられていた。まぁ老衰するまでは大丈夫だろうという意見が多数派ではあるけどな」 

 ——制限時間

 だから瑠璃はあの時……さいごにあいにきた、なんて言っていたのか?
 兄ちゃんはもう瑠璃に何もしてやれないのか?なぁ瑠璃……
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