御者転生 〜俺が勇者より強いのはわかったから、そんなことより人を運ばせてくれ〜

梓川あづさ

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アイオール皇国〜ニエの村

第52話 嘘泣きのち、歓喜

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 ……解せぬ。

 俺はなぜか今、正座をさせられている。
 戦闘中に負った怪我はすぐにローズが治してくれたのでよかったのだが、その後がよろしくなかった。

 ドラゴンを倒すと、すぐに周りを囲んでいた炎が弱くなった。
 そして炎が消えてすぐに駆けつけてくれたフィズが目にしたのが——。

「何で裸の女の子を泣かせているのよ!」

 と、まぁこういうわけだ。

「いや、だから誤解だっていっているだろう!? その子があのドラゴンだったんだって!」
「だからってこんな女の子を泣かせるなんて……それも裸で! 一体何をしたのかしらっ?」
「うーん、戦って、頭を殴ったら……泣いた……?」
「すぐにローズが手当をしたから良かったものの、下手したら死んじゃってたわ! 裸のままで!」

 いや、でも女の子は倒すべき敵で……あれ、俺が悪いのか?
 なんだかよく分からなくなってきてしまった。

「ヒック、ヒック……いいのじゃ……威嚇のためとはいえ、先に攻撃をしてしまった妾が……妾が悪いのじゃ……ぐすん」
「おい、今ぐすんって口で言ったろ!?」
「こら、ご主人さまっ!」

 フィズの怒気を含んだ”ご主人さま”には背筋を伸ばす効果があるようだ。

「だからこうしてドラゴンちゃんは反省しているでしょ?」
「でも殺されかけたしなぁ……」
「あれは……戦いなどしたことのなかった妾のミスじゃ……。だから妾が全て悪いのじゃ。そうじゃろう? おろろ」

 くそ、こいつやっぱり嘘泣きをしていやがる。
 純粋なフィズは完全に騙されてるし……よし、ここはもっと冷静な人に意見を伺うべきだ!

「なぁリリア、あれは仕方がなかったよなぁ?」
「え、ええ……そうですね。ですがこの国の守り神であるタツガミノミコト様を裸にして辱められたというのはちょっと……複雑です」

 くそ、リリアも懐柔されているのか!
 っていうか辱めたっていうのは完全なるデマだ。風評被害だ。
 みんな”のじゃドラ”の嘘泣きに騙されているだけなのに……。

「まぁよ、ドラゴンの中身が嬢ちゃんだったなら、ああも暴れまわられると倒す他なかったんじゃねぇのか?」
「ゴ、ゴンザさんっ!」

 そうか、神はいたのだ。
 一緒に旅をしていたのに気付いていなかったぜ。

「ふぅ……。まぁそれもそうね。じゃあご主人さまが件はここまでにするわ!」

 やっぱり結局フィズはそこに怒っていたのか。
 つまり嫉妬ってやつだな。可愛い子め。

「それで結局、のじゃドラ……じゃなくてお前は何で生贄なんかを求めていたんだ?」
「のじゃドラ……? 妾はタツガミノミコトじゃ。ミコトと呼ぶが良い」

 なんか急に偉そうな態度になったな。
 さっきまで泣いてたヤツとは思えないぞ。
 まあ、あれは嘘泣きなんだが。
 でもそこを突っ込んだら、藪からヒドラが出てきそうなのでぐっとこらえる。

「妾はの……確かに生贄をさらっておった」
「ああ。それで巣に持ち帰って食ってた、のか?」
「まさか! 妾に人を食うなどという嗜好はないぞ!」

 ミコトのそんな答えにリリアが首を傾げている。

「ミコト様、それでは……それでは生贄になったものはどこへ行ったのですか!?」
「それはな——ニエの村じゃ」
「ニエの……村? そんな村は聞いたことがないのですが」

 フィズをちらりと見るとフィズも首を横に降っているので、どうやら知らないようだ。

「それはそうじゃろう。あれは妾が作った隠れ里じゃ」
「隠れ……里? そ、それは……な、ななんの……た、為に……ですか?」

 リリアは信じられないような話を聞かされて、ちょっとしたパニックをおこしかけていた。

「おい、リリア落ち着け。深呼吸、深呼吸だ」
「すー……はー……すー……ふぅ、もう大丈夫です。ありがとうございます。では、続きを聞いてもいいでしょうか?」
「うむ。妾が生贄の者をさらっていたのはもちろん……皆を守るためじゃ」
「「「守るためっ!?」」」

 俺たちはつい声をハモらせながら聞き返してしまった。
 守るためにさらうというのは一体どういうことなのだろうか。

「<生贄>という忌まわしい天職を授かったものは、魔獣に好かれるのじゃ。魔獣は<生贄>のおなごを好いて好いてどうしようもなく好いて……そして喰らいたくなるのじゃ」
「ああ、だから魔獣が寄ってくるってことなのか」
「そうじゃ。だから一定期間経つと生まれてしまう生贄たちはさらって妾が作った村に匿っておるのじゃ」
「な、なんという……」
「村には結界のようなもので気配を遮断しておるからあそこなら安全じゃ。<生贄>を放置しておくと多くの魔獣を呼び寄せてしまって国が滅びかねんからの」

 リリアは口元に手を当て、驚きに目を見開いている。
 正直いうと俺もかなりびっくりしているところだ。
 ん?ってことは国を守っていたというのは正しくその通りだったわけか。
 じゃあそんな守り神をぶっ倒してしまった俺は…………か、考えないようにしよう。

「<生贄>という天職はの、まさしく呪いじゃよ。あいつが打ち込んだ楔じゃな」
「あ、あいつってのは誰だ?」
「ふん、あんなヤツのことなぞ口にしたくもないわ!」

 ミコトは思わせぶりな事をいうと、すぐにそっぽを向いてしまった。
 どうにか聞きだそうと思案していると、その前にリリアが口を開く。

「ではっ! 連れて行かれた者たちはどうなったのです?」

 そんなリリアの問いかけに、ミコトはふにゃりとした笑顔を返す。

「みんな楽しく暮らしておるよ。あくまでも小さな箱庭の中で、ではあるがの」
「そんな……それじゃリムレットさんも、ライラさんも……?」
「もちろん元気にしておるぞ! 確かリムレットは村で料理長をやっておったな。それからライラは確か狩猟班のリーダーだったはずじゃ」

 ——ガタリ。

 俺の後ろ側でそんな音がしたので振り返ってみると、そこにはミルカがいた。

「おい、まだ寝ていたほうがいいんじゃないか!?」
「大丈夫だ。こんな時に寝ていられるか! それより母さんが……母さんが生きているというのは本当なのですか!?」
「おお、そこにおるのはライラの子であろう? よく似ているのじゃ」
「っ!? まさか……本当に……?」

 ミルカはよろよろとした足取りでリリアに近づくと、その足元に跪いた。
 そんなミルカのことを、リリアはそっと抱きしめて——二人は静かに歓喜の涙を流した。
 二人はいつまでもいつまでも泣いていたが、邪魔をするのも無粋だ。
 今はそっとしておこう。

 そういえば俺もミコトへ聞きたい事があったんだった。

「なぁ、そういえばあの時なんで急に動きを止めたんだ?」
「ん? あぁお前に思い切り打たれる前か。あの時はな、急に<生贄>の……あの娘の匂いが消えたから探っておったのじゃ」
「リリアの……? ああ、なるほど。それは馬車にリリアが入ったからかもしれないな」
「馬車に……? あ、そういえばこの馬車はなんなのじゃ!? 一度ひとたび入ればここは……まるで屋敷ではないか!」

 幻獣種のドラゴンとして長く生きているはずのミコトですらこの馬車に驚いたらしい。
 やっぱりこんな馬車はこの異世界においても一台だけだけなんだろうな。
 ちょっと得意になった俺は胸を張っていってやった。

「まぁこの馬車は特別製だからな!……ぐぅ~」

 格好をつけて言おうときに腹がなるなんて……。
 思わず親指をびしっと立てた決めポーズのままで固まってしまい、食堂には一瞬冷たい空気が流れた。

「ふ……ふはははは。お前は愉快なヤツじゃ。おっ、そういえば妾も腹が減ってきたのじゃ」
「そ、そうか。それじゃリリアを助けた後にみんなで食べようと作っておいた『とっておき』のやつを持ってくるか」
「お、それは楽しみじゃの」

 俺はちょっと気まずい食堂を出た。
 ついでに食堂にいなかったルシアンとクーリアも呼んできてやろう。
 食事はみんなでしたほうが何倍もうまいからな。


「さて、俺が作ったからあんまり形はキレイじゃないけど……」

 そういいながら大皿を机の中央にドンと置いた。

「なんと……ライヌボールだっ!」

 俺はロールヒルの街を出る前に、米……いや、ライヌを密かに買っていた。
 ちょっとしか手に入らなかったから、大事な時に食べようと大切にとってあったのだ。

「やったぁ! ライヌボールは美味しいわよねっ!」

 喜ぶフィズの横でがたん、と椅子を倒す音がした。
 その主は——。

「おお、これはっ! ではないか!」
「……え……?」
「まこと久々に見たぞ! まさか|この世界にも(・・・・・・)あったとは! 嬉しいのぅ、懐かしいのぅ」

 おい、こいつ……ミコトのやつ、ライヌボールを見てむすびって……。
 それにこの世界にも、とまで言っていた。
 ま、まさか……いや、でもそうとしか考えられない。

 ミコトは俺と同じ——転生者なのか!?
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