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15.ジルのイベント初日前後
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◆
俺が『ネオ・ヴァラニア』用のゲーミングチェアに座ると、妹は怪訝な顔をした。
「お兄ちゃん、今日もダイブするの?」
「ああ」
「仕事は?」
「長期休暇を申請した。とりあえず1ヶ月」
「1ヶ月も!?」
ネオヴァラは妹に誘われてダイブした世界だが、初日の体験があまりにも衝撃的だった為に、俺はすっかりネオヴァラに嵌まってしまった。
初日のログアウトをした時点で休みを取りたいなと思い、気付いた時には本当に長期休暇申請をしていた。
おかげでイベント期間は、全てネオヴァラに集中できる。
「『第三四五双連星』は?」
「あれは先月、後輩に引き継ぎ終わった」
「『セカンドアース』は?」
「面倒なのを回してくれたよな。俺は仲介して終わりだよ」
「『ラバイバーネからの招待』は? 新しいヤツ来るって言ってたじゃん」
「降りた。それで、休暇申請したら通った」
丁度仕事がひと段落した所で、他に抱えているMMORPGが無いのも幸いだった。
ネオヴァラの戦闘はシンプルでありながら奥が深い。動作サポートやスキルの動きに無理がないので、基本的には剣を振っているだけで楽しくなれる。
だが、突き詰めようと思えば、どこまでも極められてしまう。
どこまで強くなろうか。
とりあえず、ミュラーさんと同じ所までは、絶対に。
あのネオヴァラ屈指のNPCにも負けず劣らぬ美青年。あの世界によく馴染んでおり、親切で、快活で、エロくて強い彼。
ミュラーさんとフィールドを探索するのは、とても楽しそうだ。
実際、初期フィールドのマ・ナイタ平野のボスを一緒に倒した時には、まだダイブしていたいと思ったし。
決して彼しか知人がいないから執着しているとか、あ、アレが気持ち良かったからとか、そういう理由では無い。……いや、全く無いとは言えないが。
と、とにかく。
俺はしばらくネオヴァラを満喫しようと決めた。
「じゃ、そういう事だから」
「へ? うそ、嘘でしょ、あのお兄ちゃんが?!」
俺が一体何だというのだ。
全く、失礼な妹である。
遂にイベント開始日が来た。約束の日。
オッキ活火山の頂に到達出来るかもしれない。
ここに至るまでかかった時間は、振り返ればあっという間だが、内容はとても濃密だった。
スキップしたチュートリアルを受け直す所から始まり、オナニーと戦闘を交互に繰り返してのレベリング。一人ではイマイチBレベルが上がらなかったので装備を新調しようと店探しに奔走。
色々あったが、大変な上に時間も取られる「定期的に射精ボーナスを付ける作業」が中々に辛かった。
VRだからといって無茶をするのは良くないらしく、気持ち良いと感じる範囲に止めなければならない。
だが、俺は早くステータスを上げたいので、ハイペースにならざるを得ない。時間を置いたとしても、日に何度も射精するのは辛いものだ。
そんな辛い状況でも、頑張って股間に手を伸ばすと、彼の声が蘇った。
『ジル?』
ミュラーさんの声が。
俺を呼んでいた彼を思い出す。
想像のミュラーさんは悪戯っ子のように口元を上げて、青い瞳をキラキラと宝石の様に輝かせている。
『オナニーするの? 頑張ってて偉いね。良い子だね』
ミュラーさんが俺の陰茎を撫でる。
そう思いながら扱くと、次第に下は硬さを増してきて、俺の手も早くなる。
『気持ち良い?』
気持ち良い。
脳裏で答えると、妄想のミュラーさんは喜んだ。
『じゃあ、もっと気持ち良くなろう? 舐めて、咥えてあげようか?』
艶かしくも美しい唇が、舌が、俺のモノに触れていた時を思い出す。
あのフェラチオはヤバかった。初めての感覚が気持ち良過ぎて、どうにかなりそうだった。
けれど、妄想のミュラーさんは俺の足元には屈まず、ずいっと俺に身を寄せる。
近い。お洒落なプラチナホワイトの髪がさらりと揺れ、俺の心臓を動かす。
ヤバい。キスしそうな距離。
キス……するのかな。して良いのかな?
分からない。どうして良いか分からないのに、鼓動は早くなって、体が熱くなって、鼻息が荒くなる。
それでもミュラーさんは嫌な顔をせず、相変わらず楽し気に目を細める。
『それとも、僕の下の口で咥えて、筆下ろししてあげよっか』
「…………ッ……」
あ、射精た。
それに伴って、霧散してゆく妄想。
「はー……っ……」
本当に溜息しか出ない。
毎回毎回、一抹の罪悪感と虚無感、そしてそれを上回る性的興奮を覚える。
R18MMOに嵌る人の気持ちが、少し分かった気がした。
繰り返せば繰り返すだけ依存性が増す。
どうりで性交によらない生殖が可能になっても、性娯楽が無くならないわけだ。
そんなレベリングを続けて、ようやくミュラーさんと合流出来た。
だが、彼は初期装備のままだった。やっと追いつけたかなと思ったのに、彼の方がまだまだ先を行っているらしい。
ミュラーさんの装備はすぐに新調する事になったが、装備を変更したらしたでエロいし強い。彼と触れ合った途端に、今まで無反応だった俺の乳首も気持ち良くなるし、本当にあの人は一体何なんだろう。
アナニー目的でネオヴァラを始めたと言っていたが、今時そんな人はいない。
ネームタグからするにプレイヤーなのは間違いないが、お助けNPCと言われた方が信じられるし、プレイヤーはプレイヤーでもサクラかも。
などという発想も馬鹿げているな。
ミュラーさんは誰にでもあんな感じなのだろう。人当たりが良く、明るくて、強くて、エロい。
きっと俺以外にも親しくしている人は山のようにいて、俺以上に深い身体の付き合いをしているのだろう。
そう思うと悲しいが、逆に少しだけ希望も持てる。
俺も、彼とセックス出来るのではないか。
妄想が現実になるような奇跡が起きたりして。
ありえないと思いながらも、彼とのセックスに興味が無いとは言い切れない自分がいる。射精ボーナスのたびに、俺は淫乱なミュラーさんを思い出していた。
それなのに。
「僕は童貞処女だよ? セックスの経験も、アナルセックスの経験もないからね?」
ミュラーさんは衝撃的な事を言った。
童貞でバックヴァージン?
俺の話かと思ったが、見せられたのはミュラーさんのステータス画面で、目を疑った。
童貞、バックヴァージン、ベータテスター、チュートリアル経験済の文字が、はっきりと並んでいる。
嘘だろうと思ったが、何度見直しても称号欄は嘘をつかない。
本当に、本当なんだ。
ミュラーさんは童貞処女。
そう理解すると、また別の嬉しさが込み上げてくる。
けれど、その嬉しさに浸れたのは、ほんの一瞬だった。
「残念、僕は童貞処女でここまで来たし、これからも一生童貞処女の予定でーす。つまり、もしジルが童貞を貫いたとしても、物理攻撃力に致命的なハンデにはならないから安心して? なにせ、僕が身をもって実証してるからね」
俺が戦闘時の心配をしていると思ったのか、ミュラーさんは純粋な笑顔を俺に向ける。「貴方に童貞を奪われる妄想をしていたんです」とは、口が裂けても言えなかった。
ミュラーさんは一生童貞処女の予定らしい。
つまり、彼は俺とセックスをするつもりも無いのだ。俺のような、不埒な期待は抱いていない。
彼が誰とも性体験をしていないし今後するつもりもないのは嬉しいが、俺もその範疇なのは寂しい。
サッパリしていて彼らしいといえば彼らしいが、本当にこの人は何なのだろう。
魔性すぎる。一体俺をどうするつもりなんだ。
俺の頭はミュラーさんで埋め尽くされていて、彼の言動に一喜一憂してしまうのに、俺は一体どうすれば良いのだろう?
それから二人でオッキ活火山を登り、辛勝ながらも9合目ポータルの登録をした。
戦闘中は心を無にして、他のMMORPGと同じ要領で敵を屠った。
相変わらずミュラーさんはエロくて強い。射精ボーナスを付ける為に躊躇なく俺に触れるし、触れさせる。
俺を呼びながら俺の手に吐精する彼を見ると理性が飛ぶが、勘違いしてはいけない。
R18MMORPGだから。『ネオ・ヴァラニア』だから。
そういう気楽で手軽な娯楽なのだから。
「初日は9合目ポータル集合で」
だが、悶々とした思いを抱えながらも、俺はネオヴァラにログインするのをやめようとは思わなかった。
イベントも気になるし、オッキ活火山の攻略はしたいし、ミュラーさんに会いたい。
ミュラーさんがログアウトした後も俺は一人でオッキ活火山を歩き回った。
6合目から9合目の間を当てもなく彷徨い、出会ったモンスターは片っ端から倒していく。
少しでもレベルが上がれば良いと思った。
あわよくば煩悩から解放されないかと期待したが、妄想が「手練れで淫乱なミュラーさん」から「童貞処女なのに淫乱なミュラーさん」に変わっただけだったし、いっそ一般ステータスが上がった分、P感度も上がって快感が増した。
どれだけの間狩っていただろうか。
集中力が切れた所で、草木に囲まれ寝転がる。
そして、そのままログアウトを選択した。
それがイベント開始前の最後のログアウトだった。
そして、今日。イベント開始日。
ネオヴァラにダイブした俺は、精霊フローラに連れられてハイクオリティなイベントムービーを見た後、9合目のポータルへと移動……出来なかった。
「え?」
「あら?」
ついさっき別れたはずの精霊フローラがそこに居る。
ムービー後、ログ間へ移らずに、俺が飛ばされたのは草花が生い茂る山中。
花が増えて楽園のようになっているが、前回のログアウト地点だ。
「あら? どうして既に#花園_ガーデン__#にいらっしゃるの?」
「花園? ムービーが終わったらここに飛ばされたが。前回ここでログアウトしたからか?」
「あら、それは困りましたわね」
精霊フローラが小首を傾げる。
俺は眉を顰めた。
精霊フローラの周りには、ムービーで見たような小さな妖精が沢山ご機嫌に飛び回っている。フローラの髪を引っ張ったり、草の上で飛び跳ねたり、中には俺の肩に乗ってくる者もいた。
『精霊達の春祭』で探して会うはずの下位精霊たる妖精が、そこら中にわんさか存在している今の状況が異常だとは察せられる。
「花園には条件を満たしたプレイヤーしか出入り出来ないようになっていますのに」
「出入り?」
嫌な予感がした。
「ええ。転移なさってみて?」
「……転移機能が使用不可になってる」
フィールドの転移ポータルはおろか、街へも転移出来なくなっていた。
試しにログアウトを選択すると、ログアウトは出来た。ログ間を介する通常のログアウトだ。
だが、再度ログインしてもログイン場所は選択出来ず、強制的に花園に召喚される。
「ここから出られないのか……」
歩いてこの場を離れようにも、木々の間を抜けようとすると蔦が隙間を覆い尽くして通れなくなってしまう。
耐久もかなりの物で、斬ったり燃やすのも難しい。仮に処理出来ても、またすぐに別の蔦が伸びてくるだろう。
「出入りする為の条件は?」
「通常は『下位精霊の招待を受けたプレイヤー』と表現するのですけれど、それでは十全でありませんわね。精霊であるわたくしが居るこの花園は、特別な場所。条件も通常とは異なりますわ」
「勿体ぶらずに教えてくれ。約束がある。早くここから出たいんだ」
「まぁ、お約束。それは大事ですわね。わたくしが設定した花園に入る為の条件は、『春祭期間中の営みランキングで上位3パーセント以内のプレイヤー』又は『花園の入口に到達したプレイヤー』ですわ。そして、出る為の条件は『セックスをする』、それだけでしたのに」
「………………」
俺は絶句する。
精霊フローラはさして困っていない顔で「想定外」だと述べた。
「貴方のログアウトした場所が『花園の入口』でしたのね。まさか、お一人だけで花園に入る条件を満たすプレイヤーがいらっしゃるなんて。簡単には見つからない場所ですのに」
「出る為の条件が、セックス?」
「プレイヤー同士のセックスですわ。わたくしども精霊には、性別も性器もありませんもの。本来ならあって無いような条件でしたのに、一人では、ねぇ?」
「俺はここから出られないのか……」
「花園は春祭限定ですから、春祭が終われば出られますわよ」
セックスしないと出られないイベントエリアに一人で閉じ込められるとか、意識が遠のきそうだ。
モンスターが大量に湧いているモンスターハウスの方がまだマシだった。
「それに、最後にはランクインしたプレイヤーをお招きする予定ですわ。事故的ですが花園に入れた貴方は既にランクインした様なもの。悲観なさらず、お喜びになって?」
「むっ、無理です! ランクインプレイヤーを招くって、ら、乱交ですか!? 無理っ、セックスどころか不特定多数と話すとか無理です!」
「不思議な事をおっしゃいますのね、わたくしとお話ししてらっしゃいますのに。招くと言っても、乱交とは限りませんわ。花園は多数ありますので、個々人に合わせた営みの場を設けますのよ?」
「無理なものは無理です」
NPCとPCでは俺の心持ちが全く違うのだ。慣れもあってNPCとは苦なく話せるが、PCは苦手意識が強く働く。特に初対面は、RPG関係以外では会話を成立させられないだろう。
「何とか出られませんか?」
「既に定めた条件の変更は、わたくしにも不可能ですわ。どなたか、心身を許せるプレイヤーはいらっしゃらないの?」
「それは……」
そう尋ねられて思い浮かぶのは一人しかいないが。
だが、ミュラーさんには頼めない。
頼めるはずがない。
彼は一生童貞処女宣言をしているのだから。
他に頼める人などいないし、一人ではどうしようもない。
……分不相応に、邪な思いを抱いたからこんな羽目になったのだろうか?
もし、オッキ活火山の攻略のみに没頭していたら、真面目にマッピングして変な場所でのログアウトなどしなかっただろう。
というか、「花園の入口」って何処なんだ?
詳細な座標など確認せずに狩り回っていたから、正確な場所が分からない。
場所も分からないのでは、そもそも誰かに来てもらう事すらできないじゃないか。
「……、……諦めます。とりあえず、約束を守れないのは連絡しないとな……」
ミュラーさんとフィールドに行きたかったな。
彼は謙遜して「ジルほどの戦闘技術は無い」と言うが、彼と共闘していてストレスは感じないし、後衛職として申し分ない働きをしている。
そんな彼と歯ごたえのある9合目に挑むのは、やり甲斐があっただろう。
R18が無くとも、彼と共にしたかった。
折角、イベント初日から約束していたのに、申し訳ない。
「あら、想っている方がいらっしゃるのに、諦めになるのですか?」
「想っ、……いや、ここから出るのを諦めるだけで……、そんな、彼を諦めるみたいな言い方は……」
「あら、同じ事ですわ。花園に至るという事は、想いの成果。この場所に来れるくらい、気持ちの良い事をいっぱいしたのでしょう? どなたを想ってなさったの? どうして、その想いを実らせませんの? 花園に一人残るというのは、独りでいるのを受け入れるという事。その想いを諦めるのと同義ですわ」
返事に窮した。
確かに頑張ってレベリングをしたし、その度にミュラーさんを思い出した。彼と一緒に行動している時は当然、彼といない時も彼が思い浮かぶ。
ミュラーさんを想っている。
その表現はストンと胸に落ちた。
彼が好きだ。
恋にも似た親愛の慕情。好意を抱いているのは間違いない。
「でも、彼は俺と同じようには思ってないから」
「あら。そう彼にお尋ねになりましたの? 貴方の想いをお伝えになった上で、彼が『違う』とお答えになられた?」
「問答はしていないが」
「では、言葉にして問うたら良いですわ。そして、私の言も伝えてくださいませ。『貴方の大切な人はわたくしが偶然捕獲してしまいました。返してほしくば、ここまでお越しになって』と。ソロでここに辿り着けた貴方の相棒ですもの、きっとここまで来られますわ」
精霊フローラの柔らかな声は、予言めいていた。
どの道、ミュラーさんに連絡を取らないという選択はないから、彼女の言葉は伝えるが。
俺を厄介払いしたいような台詞に聞こえるのが、何とも言えないな。
俺が『ネオ・ヴァラニア』用のゲーミングチェアに座ると、妹は怪訝な顔をした。
「お兄ちゃん、今日もダイブするの?」
「ああ」
「仕事は?」
「長期休暇を申請した。とりあえず1ヶ月」
「1ヶ月も!?」
ネオヴァラは妹に誘われてダイブした世界だが、初日の体験があまりにも衝撃的だった為に、俺はすっかりネオヴァラに嵌まってしまった。
初日のログアウトをした時点で休みを取りたいなと思い、気付いた時には本当に長期休暇申請をしていた。
おかげでイベント期間は、全てネオヴァラに集中できる。
「『第三四五双連星』は?」
「あれは先月、後輩に引き継ぎ終わった」
「『セカンドアース』は?」
「面倒なのを回してくれたよな。俺は仲介して終わりだよ」
「『ラバイバーネからの招待』は? 新しいヤツ来るって言ってたじゃん」
「降りた。それで、休暇申請したら通った」
丁度仕事がひと段落した所で、他に抱えているMMORPGが無いのも幸いだった。
ネオヴァラの戦闘はシンプルでありながら奥が深い。動作サポートやスキルの動きに無理がないので、基本的には剣を振っているだけで楽しくなれる。
だが、突き詰めようと思えば、どこまでも極められてしまう。
どこまで強くなろうか。
とりあえず、ミュラーさんと同じ所までは、絶対に。
あのネオヴァラ屈指のNPCにも負けず劣らぬ美青年。あの世界によく馴染んでおり、親切で、快活で、エロくて強い彼。
ミュラーさんとフィールドを探索するのは、とても楽しそうだ。
実際、初期フィールドのマ・ナイタ平野のボスを一緒に倒した時には、まだダイブしていたいと思ったし。
決して彼しか知人がいないから執着しているとか、あ、アレが気持ち良かったからとか、そういう理由では無い。……いや、全く無いとは言えないが。
と、とにかく。
俺はしばらくネオヴァラを満喫しようと決めた。
「じゃ、そういう事だから」
「へ? うそ、嘘でしょ、あのお兄ちゃんが?!」
俺が一体何だというのだ。
全く、失礼な妹である。
遂にイベント開始日が来た。約束の日。
オッキ活火山の頂に到達出来るかもしれない。
ここに至るまでかかった時間は、振り返ればあっという間だが、内容はとても濃密だった。
スキップしたチュートリアルを受け直す所から始まり、オナニーと戦闘を交互に繰り返してのレベリング。一人ではイマイチBレベルが上がらなかったので装備を新調しようと店探しに奔走。
色々あったが、大変な上に時間も取られる「定期的に射精ボーナスを付ける作業」が中々に辛かった。
VRだからといって無茶をするのは良くないらしく、気持ち良いと感じる範囲に止めなければならない。
だが、俺は早くステータスを上げたいので、ハイペースにならざるを得ない。時間を置いたとしても、日に何度も射精するのは辛いものだ。
そんな辛い状況でも、頑張って股間に手を伸ばすと、彼の声が蘇った。
『ジル?』
ミュラーさんの声が。
俺を呼んでいた彼を思い出す。
想像のミュラーさんは悪戯っ子のように口元を上げて、青い瞳をキラキラと宝石の様に輝かせている。
『オナニーするの? 頑張ってて偉いね。良い子だね』
ミュラーさんが俺の陰茎を撫でる。
そう思いながら扱くと、次第に下は硬さを増してきて、俺の手も早くなる。
『気持ち良い?』
気持ち良い。
脳裏で答えると、妄想のミュラーさんは喜んだ。
『じゃあ、もっと気持ち良くなろう? 舐めて、咥えてあげようか?』
艶かしくも美しい唇が、舌が、俺のモノに触れていた時を思い出す。
あのフェラチオはヤバかった。初めての感覚が気持ち良過ぎて、どうにかなりそうだった。
けれど、妄想のミュラーさんは俺の足元には屈まず、ずいっと俺に身を寄せる。
近い。お洒落なプラチナホワイトの髪がさらりと揺れ、俺の心臓を動かす。
ヤバい。キスしそうな距離。
キス……するのかな。して良いのかな?
分からない。どうして良いか分からないのに、鼓動は早くなって、体が熱くなって、鼻息が荒くなる。
それでもミュラーさんは嫌な顔をせず、相変わらず楽し気に目を細める。
『それとも、僕の下の口で咥えて、筆下ろししてあげよっか』
「…………ッ……」
あ、射精た。
それに伴って、霧散してゆく妄想。
「はー……っ……」
本当に溜息しか出ない。
毎回毎回、一抹の罪悪感と虚無感、そしてそれを上回る性的興奮を覚える。
R18MMOに嵌る人の気持ちが、少し分かった気がした。
繰り返せば繰り返すだけ依存性が増す。
どうりで性交によらない生殖が可能になっても、性娯楽が無くならないわけだ。
そんなレベリングを続けて、ようやくミュラーさんと合流出来た。
だが、彼は初期装備のままだった。やっと追いつけたかなと思ったのに、彼の方がまだまだ先を行っているらしい。
ミュラーさんの装備はすぐに新調する事になったが、装備を変更したらしたでエロいし強い。彼と触れ合った途端に、今まで無反応だった俺の乳首も気持ち良くなるし、本当にあの人は一体何なんだろう。
アナニー目的でネオヴァラを始めたと言っていたが、今時そんな人はいない。
ネームタグからするにプレイヤーなのは間違いないが、お助けNPCと言われた方が信じられるし、プレイヤーはプレイヤーでもサクラかも。
などという発想も馬鹿げているな。
ミュラーさんは誰にでもあんな感じなのだろう。人当たりが良く、明るくて、強くて、エロい。
きっと俺以外にも親しくしている人は山のようにいて、俺以上に深い身体の付き合いをしているのだろう。
そう思うと悲しいが、逆に少しだけ希望も持てる。
俺も、彼とセックス出来るのではないか。
妄想が現実になるような奇跡が起きたりして。
ありえないと思いながらも、彼とのセックスに興味が無いとは言い切れない自分がいる。射精ボーナスのたびに、俺は淫乱なミュラーさんを思い出していた。
それなのに。
「僕は童貞処女だよ? セックスの経験も、アナルセックスの経験もないからね?」
ミュラーさんは衝撃的な事を言った。
童貞でバックヴァージン?
俺の話かと思ったが、見せられたのはミュラーさんのステータス画面で、目を疑った。
童貞、バックヴァージン、ベータテスター、チュートリアル経験済の文字が、はっきりと並んでいる。
嘘だろうと思ったが、何度見直しても称号欄は嘘をつかない。
本当に、本当なんだ。
ミュラーさんは童貞処女。
そう理解すると、また別の嬉しさが込み上げてくる。
けれど、その嬉しさに浸れたのは、ほんの一瞬だった。
「残念、僕は童貞処女でここまで来たし、これからも一生童貞処女の予定でーす。つまり、もしジルが童貞を貫いたとしても、物理攻撃力に致命的なハンデにはならないから安心して? なにせ、僕が身をもって実証してるからね」
俺が戦闘時の心配をしていると思ったのか、ミュラーさんは純粋な笑顔を俺に向ける。「貴方に童貞を奪われる妄想をしていたんです」とは、口が裂けても言えなかった。
ミュラーさんは一生童貞処女の予定らしい。
つまり、彼は俺とセックスをするつもりも無いのだ。俺のような、不埒な期待は抱いていない。
彼が誰とも性体験をしていないし今後するつもりもないのは嬉しいが、俺もその範疇なのは寂しい。
サッパリしていて彼らしいといえば彼らしいが、本当にこの人は何なのだろう。
魔性すぎる。一体俺をどうするつもりなんだ。
俺の頭はミュラーさんで埋め尽くされていて、彼の言動に一喜一憂してしまうのに、俺は一体どうすれば良いのだろう?
それから二人でオッキ活火山を登り、辛勝ながらも9合目ポータルの登録をした。
戦闘中は心を無にして、他のMMORPGと同じ要領で敵を屠った。
相変わらずミュラーさんはエロくて強い。射精ボーナスを付ける為に躊躇なく俺に触れるし、触れさせる。
俺を呼びながら俺の手に吐精する彼を見ると理性が飛ぶが、勘違いしてはいけない。
R18MMORPGだから。『ネオ・ヴァラニア』だから。
そういう気楽で手軽な娯楽なのだから。
「初日は9合目ポータル集合で」
だが、悶々とした思いを抱えながらも、俺はネオヴァラにログインするのをやめようとは思わなかった。
イベントも気になるし、オッキ活火山の攻略はしたいし、ミュラーさんに会いたい。
ミュラーさんがログアウトした後も俺は一人でオッキ活火山を歩き回った。
6合目から9合目の間を当てもなく彷徨い、出会ったモンスターは片っ端から倒していく。
少しでもレベルが上がれば良いと思った。
あわよくば煩悩から解放されないかと期待したが、妄想が「手練れで淫乱なミュラーさん」から「童貞処女なのに淫乱なミュラーさん」に変わっただけだったし、いっそ一般ステータスが上がった分、P感度も上がって快感が増した。
どれだけの間狩っていただろうか。
集中力が切れた所で、草木に囲まれ寝転がる。
そして、そのままログアウトを選択した。
それがイベント開始前の最後のログアウトだった。
そして、今日。イベント開始日。
ネオヴァラにダイブした俺は、精霊フローラに連れられてハイクオリティなイベントムービーを見た後、9合目のポータルへと移動……出来なかった。
「え?」
「あら?」
ついさっき別れたはずの精霊フローラがそこに居る。
ムービー後、ログ間へ移らずに、俺が飛ばされたのは草花が生い茂る山中。
花が増えて楽園のようになっているが、前回のログアウト地点だ。
「あら? どうして既に#花園_ガーデン__#にいらっしゃるの?」
「花園? ムービーが終わったらここに飛ばされたが。前回ここでログアウトしたからか?」
「あら、それは困りましたわね」
精霊フローラが小首を傾げる。
俺は眉を顰めた。
精霊フローラの周りには、ムービーで見たような小さな妖精が沢山ご機嫌に飛び回っている。フローラの髪を引っ張ったり、草の上で飛び跳ねたり、中には俺の肩に乗ってくる者もいた。
『精霊達の春祭』で探して会うはずの下位精霊たる妖精が、そこら中にわんさか存在している今の状況が異常だとは察せられる。
「花園には条件を満たしたプレイヤーしか出入り出来ないようになっていますのに」
「出入り?」
嫌な予感がした。
「ええ。転移なさってみて?」
「……転移機能が使用不可になってる」
フィールドの転移ポータルはおろか、街へも転移出来なくなっていた。
試しにログアウトを選択すると、ログアウトは出来た。ログ間を介する通常のログアウトだ。
だが、再度ログインしてもログイン場所は選択出来ず、強制的に花園に召喚される。
「ここから出られないのか……」
歩いてこの場を離れようにも、木々の間を抜けようとすると蔦が隙間を覆い尽くして通れなくなってしまう。
耐久もかなりの物で、斬ったり燃やすのも難しい。仮に処理出来ても、またすぐに別の蔦が伸びてくるだろう。
「出入りする為の条件は?」
「通常は『下位精霊の招待を受けたプレイヤー』と表現するのですけれど、それでは十全でありませんわね。精霊であるわたくしが居るこの花園は、特別な場所。条件も通常とは異なりますわ」
「勿体ぶらずに教えてくれ。約束がある。早くここから出たいんだ」
「まぁ、お約束。それは大事ですわね。わたくしが設定した花園に入る為の条件は、『春祭期間中の営みランキングで上位3パーセント以内のプレイヤー』又は『花園の入口に到達したプレイヤー』ですわ。そして、出る為の条件は『セックスをする』、それだけでしたのに」
「………………」
俺は絶句する。
精霊フローラはさして困っていない顔で「想定外」だと述べた。
「貴方のログアウトした場所が『花園の入口』でしたのね。まさか、お一人だけで花園に入る条件を満たすプレイヤーがいらっしゃるなんて。簡単には見つからない場所ですのに」
「出る為の条件が、セックス?」
「プレイヤー同士のセックスですわ。わたくしども精霊には、性別も性器もありませんもの。本来ならあって無いような条件でしたのに、一人では、ねぇ?」
「俺はここから出られないのか……」
「花園は春祭限定ですから、春祭が終われば出られますわよ」
セックスしないと出られないイベントエリアに一人で閉じ込められるとか、意識が遠のきそうだ。
モンスターが大量に湧いているモンスターハウスの方がまだマシだった。
「それに、最後にはランクインしたプレイヤーをお招きする予定ですわ。事故的ですが花園に入れた貴方は既にランクインした様なもの。悲観なさらず、お喜びになって?」
「むっ、無理です! ランクインプレイヤーを招くって、ら、乱交ですか!? 無理っ、セックスどころか不特定多数と話すとか無理です!」
「不思議な事をおっしゃいますのね、わたくしとお話ししてらっしゃいますのに。招くと言っても、乱交とは限りませんわ。花園は多数ありますので、個々人に合わせた営みの場を設けますのよ?」
「無理なものは無理です」
NPCとPCでは俺の心持ちが全く違うのだ。慣れもあってNPCとは苦なく話せるが、PCは苦手意識が強く働く。特に初対面は、RPG関係以外では会話を成立させられないだろう。
「何とか出られませんか?」
「既に定めた条件の変更は、わたくしにも不可能ですわ。どなたか、心身を許せるプレイヤーはいらっしゃらないの?」
「それは……」
そう尋ねられて思い浮かぶのは一人しかいないが。
だが、ミュラーさんには頼めない。
頼めるはずがない。
彼は一生童貞処女宣言をしているのだから。
他に頼める人などいないし、一人ではどうしようもない。
……分不相応に、邪な思いを抱いたからこんな羽目になったのだろうか?
もし、オッキ活火山の攻略のみに没頭していたら、真面目にマッピングして変な場所でのログアウトなどしなかっただろう。
というか、「花園の入口」って何処なんだ?
詳細な座標など確認せずに狩り回っていたから、正確な場所が分からない。
場所も分からないのでは、そもそも誰かに来てもらう事すらできないじゃないか。
「……、……諦めます。とりあえず、約束を守れないのは連絡しないとな……」
ミュラーさんとフィールドに行きたかったな。
彼は謙遜して「ジルほどの戦闘技術は無い」と言うが、彼と共闘していてストレスは感じないし、後衛職として申し分ない働きをしている。
そんな彼と歯ごたえのある9合目に挑むのは、やり甲斐があっただろう。
R18が無くとも、彼と共にしたかった。
折角、イベント初日から約束していたのに、申し訳ない。
「あら、想っている方がいらっしゃるのに、諦めになるのですか?」
「想っ、……いや、ここから出るのを諦めるだけで……、そんな、彼を諦めるみたいな言い方は……」
「あら、同じ事ですわ。花園に至るという事は、想いの成果。この場所に来れるくらい、気持ちの良い事をいっぱいしたのでしょう? どなたを想ってなさったの? どうして、その想いを実らせませんの? 花園に一人残るというのは、独りでいるのを受け入れるという事。その想いを諦めるのと同義ですわ」
返事に窮した。
確かに頑張ってレベリングをしたし、その度にミュラーさんを思い出した。彼と一緒に行動している時は当然、彼といない時も彼が思い浮かぶ。
ミュラーさんを想っている。
その表現はストンと胸に落ちた。
彼が好きだ。
恋にも似た親愛の慕情。好意を抱いているのは間違いない。
「でも、彼は俺と同じようには思ってないから」
「あら。そう彼にお尋ねになりましたの? 貴方の想いをお伝えになった上で、彼が『違う』とお答えになられた?」
「問答はしていないが」
「では、言葉にして問うたら良いですわ。そして、私の言も伝えてくださいませ。『貴方の大切な人はわたくしが偶然捕獲してしまいました。返してほしくば、ここまでお越しになって』と。ソロでここに辿り着けた貴方の相棒ですもの、きっとここまで来られますわ」
精霊フローラの柔らかな声は、予言めいていた。
どの道、ミュラーさんに連絡を取らないという選択はないから、彼女の言葉は伝えるが。
俺を厄介払いしたいような台詞に聞こえるのが、何とも言えないな。
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