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14.ミュラーはイベント初日
しおりを挟むいくら気が急いても、メンテナンスは不可避である。
メンテナンス前に僕がやった事は、回復アイテム等の消耗品の買い出しと武器や防具の修復、アナニーチクニーオナニーによるステータスの底上げ。
メンテナンス中にやった事は、有給休暇の申請。
イベントガチ勢にならない予定なのに、初イベントというだけでテンションは上がるらしい。元々の休日と合わせてリアル10日間、イベント日数分しっかり休みをもぎ取りましたとも。
そして、待ちに待ったメンテナンス明け。
ログインすると、いつものログ間……ではなかった。
「わぁ」
足元に広がる青い空、白い雲。
オープニング以来のムービー。
けれど、オープニングムービーとは異なり、視点が一人称のままだ。
ムービー、だよな?
周囲を確認しようと顔を上げた、その瞬間。
――『ヴァラニア』へようこそ。
そう声を掛けられると共に、右腕を引かれた。
平時なら、心臓が飛び出るくらい驚いただろう。
しかし、VRフルダイブシステムの感情制御が働いているのか、僕はビクリともせずに、彼女の存在を受け入れた。
柔らかな微笑みを浮かべる絶世の美少女だ。完成された大人になる一歩手前の女の子。
彼女を一言で表現するのなら、春。
キラキラと輝く新緑色の大きい瞳に、切り揃えられた明るいミルクベージュの髪。緩いウェーブを描きながら腰まである長髪が風になびき、大輪の花のような暖色のドレスを掠める。
小さな唇はふっくらとサクランボのように色付いて、弧の形。
「うっっっっわ。かっっっっわい」
「まぁ。そう言って頂けると、嬉しいですわ。春のお花をモチーフにしておりますのよ」
「ムービーが会話した!?」
「うふふ、賑やかなプレイヤーさんですのね」
柔和でほわほわとした雰囲気の美女は、口元に手を当てて笑ったが、その手は人間のものではなかった。細っそりとした木の枝が、手のフリをしているのだ。
よく見ると、白く滑らかな腕は百日紅の樹皮、爪先の尖ったパンプスに見間違う足は綺麗に絡まった木の根で出来ていた。
「貴方様の案内を務めますのは、わたくし、花の精霊フローラ。短い間ですが、優しくしてくださいね?」
樹皮の肌のはずなのに、ふくよかな胸が谷間を強調する。
女の子が好きなプレイヤーには堪らないだろうなぁ。
精霊には滅多に会えないと聞いていたけれど、イベントムービーでご登場とは。こりゃあ、人によっては精霊目当てでイベントを頑張るだろうな。
「うふふ。ドレスに見えるこちらは服ではなく、わたくしの体の一部なのです。レースのようなあしらいは、葉脈の模様。この身は自在に変えられるのですが、やはり今の時期は『春祭』コーデに限りますわ」
なるほど、僕が春のイメージを抱いたのは正解だったようだ。
「これから開催されます『精霊達の春祭』は、ネオ・ヴァラニアの起源から続く慣習です。ご存じでいらっしゃる?」
「精霊が一堂に会するって聞いたけど」
精霊フローラは頷いた。
そして、疑問を提示する。
どうして精霊達は一堂に会する事になったのでしょう、と。
「新しき理想郷、ネオ・ヴァラニア。精霊達がここに至った理由を、お見せします」
フローラの最初の言葉を思い出した。
『今は亡き理想郷へようこそ』
手を引かれ、足が一歩前へ出る。
途端、視界が変わった。
頭上には、白い雲一つ無い快晴の青空。
そして、その空を突き破らんばかりに高く聳え立つ無彩色の人工建造物。
足元に広がる街並みは計算し尽くして造られたのであろう。良く表現すればスタイリッシュ、偽りなく述べるのなら、あまりにも無機質だ。
「これが、理想郷?」
「ここに住んでいたヒトにとってはそうだったのでしょうね。この住処を理想郷と名付けたのは、他でもない彼等自身。彼等にとっての『理想』とは、『完全な管理統制下にあり、一切の無駄がない状態』だったのです」
精霊フローラは、別の方向を指差した。
それに合わせて、僕の視界も変わる。
山の前、ヒト達が夥しい数の重機を整列させている場面。
揃いの無地の服を身にまとう彼等からは、個の意志が感じられない。
あるのは、総意によって形成された理想的な計画のみ。
リーダーの号令で、山狩りが一斉に開始された。
山狩りというか、山そのものを狩る行為が。
動物、植物、果ては川から小石まで、塵芥を残さぬ勢いでヒトは山を消し去り、大地を制圧してしまった。
こんなの、自然に対する征服戦争だ。
普段僕達が倒しているモンスターも、悲鳴を上げて山から逃げ出している。
いや、彼等はモンスターではなく……。
「あの子達はモンスターではなく、下位精霊ですわ」
「下位精霊? あれが?」
「下位精霊と一口に言っても、様々ですから。どの要素に属する精霊なのかによって、見た目も気質も大きく異なりますのよ。例えば、あの子はわたくしの所の子ですわ」
あの子と呼ばれたのは手のひらくらいの大きさの妖精だった。真っ赤な肌に橙の花弁を纏ったその子の背には、精霊フローラのドレスを飾っている葉脈模様のレースと似た柄の羽が4枚生えている。
その妖精は宙を飛んで逃げていたが、山から出た所で、力を失って地面に落ちた。
「あの子はハツヒノハナの妖精ですわ。ハツヒノハナという花は、精霊の痕跡がある山にのみ自生します。山を出ると活力不足に陥り、ああなってしまうのです」
あまりにも酷いヒトの行いに眉を顰める。
これがムービーじゃなかったら、僕は妖精を助ける為に魔法のひとつやふたつ、反射的に放っただろう。
妖精に気付いたヒトは、研究対象にしようとでもいうのか、捕獲する素振りで妖精に近づく。
だが、ヒトの手が妖精に触れた、その時。
ヒトの腕が赤く燃え上がった。
驚き、慄き、手を振り払うヒト。
だが、その手には妖精がガッシリとしがみ付いていた。
妖精の触れている箇所から、ヒトの体は赤く燃え上がり、爛れ、やがて萎びて枯れていく。
「えっ、モンスターが使うドレインじゃん!?」
「そう。モンスターとは、元は下位精霊なのです」
そのヒトは、全身の水分が蒸発してミイラのようになってしまった。
反対に、掌ほどの大きさしかなかった妖精は、小児くらいの大きさに成長していた。
力を持て余しているようだ。
無表情だが、その目には憎悪。全身からは敵意が溢れ、花弁の如く美しかった真っ赤な肌には、枯れ葉のような斑模様の爛れが走っている。
「ヒトは精霊すら管理下に置けると判断したそうですが。結果は、この妖精だけでなく他の下位精霊も、数え切れないほどモンスター化してしまいましたの」
下位精霊は自然の中に多くいるらしいから、山一つ分と想像するとその被害は計り知れない。
いや、この苛烈さならば、山一つで済んでいるわけがない。
「下位精霊は精霊を信仰しており、生物を含むありとあらゆる自然物に対して友好的ですが、モンスターは異なります。
先程ヒトを死に追いやったように、攻撃的で排他的。
自己防衛本能に従って敢行された過剰防衛はいつまでも収まらず、遂にはヒトを絶滅に至らしめても、収束する事はありませんでした」
ヒトによる自然への征服行為は、広域殲滅の如くであったが、モンスターによるヒトへの攻撃は、当事者には攻撃の意図が無い天災だった。
ヒトの居住域は自然に囲まれており、そのまま円形に拡大を目論んだのが裏目に出た。
モンスターと化した下位精霊は、住んでいた場所が喪失したから、移動した。
ドーナツの輪にあったものが、穴を目がけて雪崩れ込んでくる。
暴威となった下位精霊達は土砂災害のように、津波のように、ヒトの生活を呑み込んだ。
「ヒトは抵抗も虚しく絶滅して終わりましたが、モンスターは消えずに残りました。こうなってはわたくしども精霊にもどうしようもありません。わたくしどもの力の源もまた自然ですから」
そうして徐々に、だが確実に、全ての精霊が古き理想郷を離れ、新しき理想郷に集結したのである。
「ヴァラニアは単一の島でした。ヒトは不完全性を嫌っていたので、管理し難い多様を避けようと、滅びる前からヒト以外の種を追放していましたの。ヒトならざるヒトと呼ばれ迫害された長命種が住み着いた別の島。わたくしども精霊はそこに集い、その島を新しい理想郷と名付けました」
全ての精霊がネオ・ヴァラニアに揃ったのが春だった。
以来、精霊達は春に顔を合わせるのが習慣になっているらしい。
全精霊が集うというのは、それこそこの上ない祝事である。見方によっては新しい理想の起源祭にもなるし、『精霊達の春祭』と題されるのは当然の流れだった。
「わたくしどもは自然と共にありますわ。生きるも死ぬも自然の摂理。ですが、理想を問われれば『共存共栄、多種多様』と答えますわ」
「ネオ・ヴァラニアの街を散策していても、そんな雰囲気は全く無かったのになぁ」
「ニアマンは基本的に長命でおおらか。今は亡き理想郷の事は、『若い奴がやらかした』くらいにしか思っておりませんわ」
「おおらかの極みじゃん」
ヒトの行いと比べると、ニアマンは無害そのものだろう。街で会うニアマンは皆優しいし、絵に描いたような理想郷の住人ではないか。
僕は何の疑問もなく本心からそう思ったが、精霊フローラは困ったように眉を下げた。
「ニアマンは長命が故に、変化が乏しいのです。新しい命が産まれる事は滅多になく、このままではいずれ多様性が失われてしまいますわ」
ん? 新しい命?
あ、待って。着地点そこなの?
え、結構シリアスな歴史を見せたクセに、行き着く先はR18なんですか?
精霊フローラは僕の反応を見てにこにこと微笑む。
彼女は今は亡き理想郷の映像を止め、新しき理想郷の豊かな自然を映し出した。
「ヒトは短命で脆く臆病で。結果、極端な選択と運命を辿りましたが、わたくしはヒトそのものが誤りとは思いませんわ。是非、皆様には新しい人として、ネオ・ヴァラニアに新しい風を吹かせてくださいね」
「え? え? つまり、セックスしろって事だよね?」
「頑張っているプレイヤーの方には、わたくしどもからも応援を差し上げますわ」
急にシステムっぽい事を言うの止めてよ。
新しい命とか生まれないから!
というか、本当に多様性と新しい命を望むのなら、自然生殖に任せる方が遠回りだろ。
理想郷なら、僕の理想に寄り添って、もっとアナニストに優しくしてよ。
「……ん? 春祭中は下位精霊に会えば『春祭の花弁』が貰えるって聞いたけど、下位精霊ってモンスターの事じゃないよね?」
「下位精霊とモンスターは別物ですわ。元は下位精霊ですけれど、不可逆ですもの。お土産を渡したがるのは下位精霊だけ」
「だよね。ってか、ネオ・ヴァラニアとヴァラニアが別の島なら、なんでネオ・ヴァラニアにモンスターがいるの?」
「それは、古き理想郷のモンスターを少しずつ新しき理想郷に召喚しているからですわ」
曰く、今はモンスターが跳梁跋扈し、誰も立ち入れない地になっている古き理想郷だが、モンスターを一掃出来れば、また自然を蘇らせれるらしい。
ヴァラニアへ赴いての討伐は出来ない為、対処可能な数だけをネオ・ヴァラニアに呼び込んでいる。
だから、モンスターは倒しても倒してもリポップするし、「倒せば倒すだけ良い」と言われているのだ。
「既にプレイヤーの皆さまにはモンスター討伐のご助力をいただいておりますが、引き続きご尽力くださると嬉しいですわ。モンスターを倒せば、変わり果てた下位精霊を楽にしてあげられますから」
R18とRPGのどちらに足を広げても良いというのはそういう訳だったのか。
R18は新しき理想郷を繁栄させる行為、RPGは古き理想郷を再生させる行為。
僕の指針は決まっているが、そんな話を聞いたら出来るだけモンスターを倒そうという気にはなる。
「頑張るよ」
「ありがとうございます。ネオ・ヴァラニアが、貴方にとっても理想郷となりますように。それでは、『精霊達の春祭』、心ゆくまでお楽しみくださいませ」
精霊フローラに見送られて『ネオ・ヴァラニア』にログインする。
てっきりログ間に移動すると思っていたが、なんと、風と花の街フロランティアへのダイレクトログインだった。
街は春祭一色。
白塗りの家々から伸びたカラフルな三角旗が空を賑やかせ、バルコニーにはいつもより多くの花が飾られている。
屋台も出ており、客足に隠れてお洒落な赤煉瓦畳が見えなくなる程の活気がある。
僕もすっかりお祭り気分になってしまった。
ジルと待ち合わせをしているオッキ活火山9合目ポータルに飛ぶ前に、ちょっとだけ覗いてみよう。ジルにお土産を買っていけるかもしれない。
そう考えた時、僕の元にメッセージ通知が来た。
ジルだ。
フラフラしてないで早く来いってか?
けれど、僕がメッセージを確認する前に、コールが鳴った。ジルからの着信だ。よほど急ぎらしい。
『はーい。こちらミュラーです』
『ミュラーさん! ジルです』
かけ間違い防止の為にしっかりと名乗る。
ジルは何やら焦っているようたが、いざ用件を尋ねると少し言い淀んだ。
だが、わざわざメッセージに重ねて通話をしてきたくらいだ。程なくして、ジルは口を開いた。
『すみません、行けなくなりました』
『えっ?』
え、ドタキャン?
それは予想してなかったなぁ。
『えっと、……急用?』
『いえ、その……、何故か精霊に捕まりまして』
『は?』
『特定エリアから、出られなくなったんです』
はい?
何それ、どういうこと?
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