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第二部
19.魔女、人間の美魔女さまとお茶をする①
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――指輪をはずされた。
イルヴァは、そのことにショックを受けていた。
服従の指輪から解放されるのが、一番の願いだった。だというのに、彼女は御領の森へ行くわけでも、あるいは何事もなかったように国王の寝室を訪ねるわけでもなく、新たに与えられた部屋でぐずぐずと過ごしていた。
ヘイニに来客があると言われ、読み始めのページに栞を挟む。会うか会わないかの確認がないということは、相手はそれなりの権力者ということだ。
「魔女はお伽話の住人だと思っていたけれど、してやられたわ。アンチエイジングもいらないまま、何百年も生きられるなんて、存在自体が悪ね。そんな非常識な輩、即刻滅びるべきよ」
内容のわりに言葉尻は柔らかく、イルヴァは相手に合わせて苦笑を浮かべた。
「……その代わり、わたしたちは家族を持つことを許されないわ」
「ぜいたくな悩みね。子どもを産むのは、死んでいく者が生きた証をこの世に残すためよ。不老長寿の身で、そのサイクルに加わる理由がどこにあるかしら?」
「あなたみたいな、魔女より魔女らしい人間は久しぶりに見たわ」
令嬢をヒキガエルに変えて以来の対面である。今日は、マスタード・イエローの絹のドレスを着こなしていた。ブルネットを高い位置で結った気品のある姿からは、先日の慌てぶりはみじんも感じられない。クラーク侯爵夫人は、座椅子にドレスの裾を広げるなり本題を切り出した。
「マデリーナの輿入れは、辞退させていただいたわ」
「わたしがヒキガエルに変えたから?」
思い出したくもない記憶がよみがえったのか、夫人の顔に青筋が浮かぶ。羽飾りのついた扇子が開いて、ひきつった口元を隠した。
「もちろんよ、と言いたいところだけど、わたしはマデリーナがあんなに子どもだなんて、気が付かなかったのよ。あれで王妃を務めあげることは、とても無理ね。わたしにほかに娘はいないし、陛下の姑の立場をいただくことを潔くあきらめるわ」
「……そう」
夫人がウルリッヒの昔の恋人なら、イルヴァの存在はさぞ煙たいだろうに、わざわざそれを言いに来た理由が分からない。
ヘイニが紅茶とアップルパイを運んできて、ダージリンの薫香がテーブルいっぱいに広がった。
「陛下は今後一切、廷臣たちが妃候補を挙げることを禁じられたわ。これで、縁談は白紙に戻ったわね」
「そんなことをして、ウルリッヒは大丈夫なの?」
「大丈夫なわけがないわ。非嫡出子の相続権を認める法律をつくろうとされているけれど、議会は最初から否決で一致しているのよ。もとは艶福家で何の欠陥もないのに、いきなり現れたあなたに貞潔を捧げたいとか、そんなわがままが通るわけがないわ。後進国の辛酸を舐めてきたわが国にも、ようやく発展の兆しが見えてきて、それを推し進めるには、陛下の絶対的なリーダーシップとカリスマが必要なの。非嫡出子の相続を禁じている近隣諸国や教皇庁を敵に回している場合ではないわ」
一息で話したクラーク侯爵夫人は、ダージリンティで上品にのどを潤し、アップルパイに手を伸ばす。だが、はたと我に返って、テーブル越しのイルヴァに関心を移した。
「あなたなら、陛下に媚薬を盛って若い娘を抱かせることも、簡単でしょ?」
「……朝飯前よ」
代わりに、彼の信頼と愛情を失うだろう。ウルリッヒは一途な愛を捧げたはずのイルヴァに裏切られて、ひどく悲しむ。自分は魔女であること以外、すべてを失うのだ。それを想像して、無性に話題を変えたくなった。
「ウルリッヒは、あなたをファンニと呼んでいるのね。『大事な人』だから粗末に扱うな、と怒られたわ」
「あら、陛下がそんなことを?」
侯爵夫人はとたんに微笑みを浮かべた。頬は色づき、瞳は輝く。政治家としての気配は失せ、まるで恋に浮かれる少女のようだった。イルヴァは、自分の想像が確信に近づいていることを意識して、顔色を隠すためにカップに口をつける。
「魔女のイルヴァさん。昔話をしてもいいかしら?」
「え、ええ。どうぞ」
魔女の心境など知らないファンニが、パタンっと扇子を閉じて、テーブルに落とした視線を今度は、イルヴァに向けた。
イルヴァは、そのことにショックを受けていた。
服従の指輪から解放されるのが、一番の願いだった。だというのに、彼女は御領の森へ行くわけでも、あるいは何事もなかったように国王の寝室を訪ねるわけでもなく、新たに与えられた部屋でぐずぐずと過ごしていた。
ヘイニに来客があると言われ、読み始めのページに栞を挟む。会うか会わないかの確認がないということは、相手はそれなりの権力者ということだ。
「魔女はお伽話の住人だと思っていたけれど、してやられたわ。アンチエイジングもいらないまま、何百年も生きられるなんて、存在自体が悪ね。そんな非常識な輩、即刻滅びるべきよ」
内容のわりに言葉尻は柔らかく、イルヴァは相手に合わせて苦笑を浮かべた。
「……その代わり、わたしたちは家族を持つことを許されないわ」
「ぜいたくな悩みね。子どもを産むのは、死んでいく者が生きた証をこの世に残すためよ。不老長寿の身で、そのサイクルに加わる理由がどこにあるかしら?」
「あなたみたいな、魔女より魔女らしい人間は久しぶりに見たわ」
令嬢をヒキガエルに変えて以来の対面である。今日は、マスタード・イエローの絹のドレスを着こなしていた。ブルネットを高い位置で結った気品のある姿からは、先日の慌てぶりはみじんも感じられない。クラーク侯爵夫人は、座椅子にドレスの裾を広げるなり本題を切り出した。
「マデリーナの輿入れは、辞退させていただいたわ」
「わたしがヒキガエルに変えたから?」
思い出したくもない記憶がよみがえったのか、夫人の顔に青筋が浮かぶ。羽飾りのついた扇子が開いて、ひきつった口元を隠した。
「もちろんよ、と言いたいところだけど、わたしはマデリーナがあんなに子どもだなんて、気が付かなかったのよ。あれで王妃を務めあげることは、とても無理ね。わたしにほかに娘はいないし、陛下の姑の立場をいただくことを潔くあきらめるわ」
「……そう」
夫人がウルリッヒの昔の恋人なら、イルヴァの存在はさぞ煙たいだろうに、わざわざそれを言いに来た理由が分からない。
ヘイニが紅茶とアップルパイを運んできて、ダージリンの薫香がテーブルいっぱいに広がった。
「陛下は今後一切、廷臣たちが妃候補を挙げることを禁じられたわ。これで、縁談は白紙に戻ったわね」
「そんなことをして、ウルリッヒは大丈夫なの?」
「大丈夫なわけがないわ。非嫡出子の相続権を認める法律をつくろうとされているけれど、議会は最初から否決で一致しているのよ。もとは艶福家で何の欠陥もないのに、いきなり現れたあなたに貞潔を捧げたいとか、そんなわがままが通るわけがないわ。後進国の辛酸を舐めてきたわが国にも、ようやく発展の兆しが見えてきて、それを推し進めるには、陛下の絶対的なリーダーシップとカリスマが必要なの。非嫡出子の相続を禁じている近隣諸国や教皇庁を敵に回している場合ではないわ」
一息で話したクラーク侯爵夫人は、ダージリンティで上品にのどを潤し、アップルパイに手を伸ばす。だが、はたと我に返って、テーブル越しのイルヴァに関心を移した。
「あなたなら、陛下に媚薬を盛って若い娘を抱かせることも、簡単でしょ?」
「……朝飯前よ」
代わりに、彼の信頼と愛情を失うだろう。ウルリッヒは一途な愛を捧げたはずのイルヴァに裏切られて、ひどく悲しむ。自分は魔女であること以外、すべてを失うのだ。それを想像して、無性に話題を変えたくなった。
「ウルリッヒは、あなたをファンニと呼んでいるのね。『大事な人』だから粗末に扱うな、と怒られたわ」
「あら、陛下がそんなことを?」
侯爵夫人はとたんに微笑みを浮かべた。頬は色づき、瞳は輝く。政治家としての気配は失せ、まるで恋に浮かれる少女のようだった。イルヴァは、自分の想像が確信に近づいていることを意識して、顔色を隠すためにカップに口をつける。
「魔女のイルヴァさん。昔話をしてもいいかしら?」
「え、ええ。どうぞ」
魔女の心境など知らないファンニが、パタンっと扇子を閉じて、テーブルに落とした視線を今度は、イルヴァに向けた。
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