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23.ピクニックに行きましょう②
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翌朝、わたしは二人分というには大きすぎる籐籠を持たされ、厩舎まで運んだ。メイドが馬に乗るなど想定外で、わたしはキュロットを持ってこなかったのだ。足首までかかる裾の茶色のワンピース姿。メイド仲間に相談のうえ決めた無難な格好だが、野暮ったさときたら言葉に表しようがなかった。
――急に外出に誘うグラシアンが悪いのよ。見栄えの悪い使用人を連れて恥をかくのはわたしではなく、彼よ。
夏の日差しが照り付ける午前十時。カニア侯爵家の厩舎は武門だけあってかなり広く作られ、一見して明らかな駿馬が四十頭は並んでいる。
「グラシアン様。お待たせしました」
「わたしもちょうど来たところですよ。あなたを待たすはめにならなくて良かったです」
彼はちょうど、奥から鞍をつけた大型の鹿毛を一頭引いてきていた。てっきり二頭で行くと思ったのに。王女のアリスは馬に乗れるが、メイドのキャロルに乗馬の経験はあるだろうか? 一人で乗れると伝えようか悩んでいると、グラシアンが愛馬の鬣を撫でながら笑った。
「ここ数日、構ってやっていなかったので、元気が有り余っているようです」
ラフな上衣にシャツ姿が麗しい。王宮で白い騎士服を颯爽と纏うグラシアンだが、意外なことに私服は黒が多かった。長い足のおかげで、馬にまたがるにも昇降台が必要なくて羨ましい。わたしも後十センチ背が伸びていればできたのに。
「この子の名前はなんていうんですか?」
「イーデンです」
「牝馬ですか? 美しい毛並みですね」
ぶるるるっと鼻を鳴らす馬の大きな目が潤みを帯びて、神秘的な輝きを保っていた。
彼は鐙に足を掛けると難なく、騎乗した。牝馬はわたしに早く乗れとばかりに頭を上下させる。
「グラシアン様の前に乗るなんておそれ多くて、とうてい無理です。もう一頭ご用意していただけませんか?」
「この通り、もう乗ってしまいました。手綱を握っていないと、今にもイーデンが飛び出しそうなのです。走り出さないうちに、キャロルも乗ってください」
笑顔で畳み掛けるように言われ、わたしは仕方なくグラシアンの手を取り、彼が履かなかった鐙に脚をかけ横乗りになった。キュロットを穿いていれば相乗りしなくても良かったのが、つくづく悔やまれる。馬だって乗り手は軽ければ軽いほどいいのに。
わたしの身体を包み込むようにグラシアンが手綱を握ると、木を燃やしたような香りがほのかに立ちのぼった。
「ち、近すぎます」
どうやっても彼の胸に頬をつけることになって恥ずかしい。王太女はこんなことしない。グラシアンは、あろうことか私の頭の上にあごを載せた。
「そうおっしゃらずに、わたしに身体を預けてください」
声も近い。呼吸のたびに上下する胸の動きまで、わたしの左腕に伝わってくるのだ。ジンジンと体が熱くなってきた。出発前なのに、もう離れたい。せめてもの抗いに、わたしは口先をとがらせる。
「馬を貸してくだされば、一人で乗れましたのに」
「横乗りでイーデンのスピードについていくのは、慣れた者でも難しいはずです」
見上げると否が応でも顔が近くなるので、わたしは正面を向いたまま頬を膨らませた。
「グラシアン様がご自分の馬を御せないはずがありません。わたしが世間知らずだからといって、揶揄って遊ぶのはやめてください。他人のおもちゃにされるのは慣れていないし、好きではありません」
強めに言うと、彼は手綱を短く持ち直す。降りた吐息がわたしの髪の毛をふわっと浮かせた。
「そういうつもりはありませんでした。あなたを揶揄うなんて、おこがましいことです。――包隠さず本音を言うと、わたしがキャロルと相乗りしたかっただけです。許してください」
――まったく、もう。
やっぱり、わたしを揶揄って遊んでいるのだ。グラシアンといると、心臓に悪い。早く噓くさい笑顔の真相を暴いて、王宮に帰りたい。わたしは自分のダサいワンピースに視線を落として、足をプラプラと振って見せた。
「早く行きましょう。このままでは日が暮れてしまいます」
――急に外出に誘うグラシアンが悪いのよ。見栄えの悪い使用人を連れて恥をかくのはわたしではなく、彼よ。
夏の日差しが照り付ける午前十時。カニア侯爵家の厩舎は武門だけあってかなり広く作られ、一見して明らかな駿馬が四十頭は並んでいる。
「グラシアン様。お待たせしました」
「わたしもちょうど来たところですよ。あなたを待たすはめにならなくて良かったです」
彼はちょうど、奥から鞍をつけた大型の鹿毛を一頭引いてきていた。てっきり二頭で行くと思ったのに。王女のアリスは馬に乗れるが、メイドのキャロルに乗馬の経験はあるだろうか? 一人で乗れると伝えようか悩んでいると、グラシアンが愛馬の鬣を撫でながら笑った。
「ここ数日、構ってやっていなかったので、元気が有り余っているようです」
ラフな上衣にシャツ姿が麗しい。王宮で白い騎士服を颯爽と纏うグラシアンだが、意外なことに私服は黒が多かった。長い足のおかげで、馬にまたがるにも昇降台が必要なくて羨ましい。わたしも後十センチ背が伸びていればできたのに。
「この子の名前はなんていうんですか?」
「イーデンです」
「牝馬ですか? 美しい毛並みですね」
ぶるるるっと鼻を鳴らす馬の大きな目が潤みを帯びて、神秘的な輝きを保っていた。
彼は鐙に足を掛けると難なく、騎乗した。牝馬はわたしに早く乗れとばかりに頭を上下させる。
「グラシアン様の前に乗るなんておそれ多くて、とうてい無理です。もう一頭ご用意していただけませんか?」
「この通り、もう乗ってしまいました。手綱を握っていないと、今にもイーデンが飛び出しそうなのです。走り出さないうちに、キャロルも乗ってください」
笑顔で畳み掛けるように言われ、わたしは仕方なくグラシアンの手を取り、彼が履かなかった鐙に脚をかけ横乗りになった。キュロットを穿いていれば相乗りしなくても良かったのが、つくづく悔やまれる。馬だって乗り手は軽ければ軽いほどいいのに。
わたしの身体を包み込むようにグラシアンが手綱を握ると、木を燃やしたような香りがほのかに立ちのぼった。
「ち、近すぎます」
どうやっても彼の胸に頬をつけることになって恥ずかしい。王太女はこんなことしない。グラシアンは、あろうことか私の頭の上にあごを載せた。
「そうおっしゃらずに、わたしに身体を預けてください」
声も近い。呼吸のたびに上下する胸の動きまで、わたしの左腕に伝わってくるのだ。ジンジンと体が熱くなってきた。出発前なのに、もう離れたい。せめてもの抗いに、わたしは口先をとがらせる。
「馬を貸してくだされば、一人で乗れましたのに」
「横乗りでイーデンのスピードについていくのは、慣れた者でも難しいはずです」
見上げると否が応でも顔が近くなるので、わたしは正面を向いたまま頬を膨らませた。
「グラシアン様がご自分の馬を御せないはずがありません。わたしが世間知らずだからといって、揶揄って遊ぶのはやめてください。他人のおもちゃにされるのは慣れていないし、好きではありません」
強めに言うと、彼は手綱を短く持ち直す。降りた吐息がわたしの髪の毛をふわっと浮かせた。
「そういうつもりはありませんでした。あなたを揶揄うなんて、おこがましいことです。――包隠さず本音を言うと、わたしがキャロルと相乗りしたかっただけです。許してください」
――まったく、もう。
やっぱり、わたしを揶揄って遊んでいるのだ。グラシアンといると、心臓に悪い。早く噓くさい笑顔の真相を暴いて、王宮に帰りたい。わたしは自分のダサいワンピースに視線を落として、足をプラプラと振って見せた。
「早く行きましょう。このままでは日が暮れてしまいます」
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