あやめ祭り~再び逢うことが叶うなら~

柿崎まつる

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第二章

37.四年ぶりの対面(2)

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 やがて、ディン内侍が歩みを止めた。

「……っ!」

 浩海ハオハイは息を呑み、その物々しさにぞっとする。他の側室たちの宮と違い、周囲を松明に照らされ、幾人もの見張りの兵が張り付いていた。満月が悠然と俯瞰ふかんするなか、まるで大罪人か疫病患者を封じ込めているような緊迫感があった。
 道中、温めてきた溪蓀シースンとの再会への期待が、急速にしぼんでいく。鼻と口を覆う布巾を手渡され、言われるまま頭の後ろで結んだ。

――溪蓀シースンに、いったい何が起きたんだ?

 同じように顔の下半分を覆ったディン内侍が、門番に目線だけで命じる。彼等は、交差に組まれた丸太を除き鍵を開けた。庭の奥の書院造のなかで、蝋燭の灯りがほのかに浮かんでいる。ここが、溪蓀シースンの住む宮。一歩近づく度に、浩海ハオハイのなかの緊張と不安が肥大する。
 ディン内侍が、宮のなかに声をかけると両扉が開き、一人の医女が顔を覗かせた。こちらも手ぬぐいで目から下を隠している。
 
「ご苦労。ホワン恵嬪様の具合はどうだ?」
朱砂すさ是丸を投与しましたので、今は落ち着いていらっしゃいます」

 朱砂すさ、と聞こえ、浩海ハオハイは目を丸くする。朱砂は水銀と硫黄の化合物。微量なら、鎮静や睡眠の効果のある劇薬だ。
 
――誰にそんなものを処方する? 

 もちろん、溪蓀シースンにだ。浩海ハオハイはすぐにでも彼女の許に駆け寄りたい気持ちを抑えた。ディン内侍がその動きを読んだのか、さりげなく彼の前をふさぐ。
 最初に入った部屋は応接間、頼りなげな蝋燭が僅かに照らす。奥の寝室に入ると紗のかかった寝台の向こうに、もう一人の医女の姿があった。

「ご苦労だった。引継ぎの者を連れてきたから、お前達は休みなさい」

 労をねぎらう内侍に、煎じ薬を片付けていた医女が尋ねる。

「では、そちらの方が……?」
「……たとえ、罹患しても問題のない天涯孤独の宦官だ」

 医女はその言葉を聞きながらも、何故か一安心したように浩海ハオハイを見あげた。それから、ディン内侍を含め二人に話し掛ける。

「先程、五苓散ゴレイサン麻黄マオウ湯を投与しました」

 五苓散は胃腸炎に効く薬、麻黄湯は熱を下げる薬だ。

「御医師の指示通りに、身体に入ったものを全て出させ、手は尽くしました。後は、ホワン恵嬪様の回復力に頼るしかありません。口にしたのが少量だったのが、幸いでした」
  
 ひたと視線を向けられ、浩海ハオハイはますます背中を丸めた。皇帝の妃達は、意外にも使い捨ての感がある。婦女子は夫以外に肌を晒すのは好ましくないとされ、健康を病んでも、医女が投薬や針治療を行うばかりで男の医者にはまず診せない。宮殿の秘め事を外へ漏らされては困るので、実家に帰してやることもない。過去に皇帝の寵を受けた者ほど、その傾向は顕著だ。

 どこから連れてきたのかもわからない宦官一人に看病を任せ、何かあったら家族には死亡した旨だけが伝えられる。浩海ハオハイは、怒りと不安で気が動転しそうだった。

「吐き気と腹痛の症状は治まりましたが、口渇と発熱と意識混濁の症状が見られます。それから、全身に発疹も。……意識は無くとも悪寒がするはずです。寒がったら温めてさし上げてください。水はそちらに」
「わかったか?」

 丁《ディン》内侍が浩海ハオハイを振り返ったので、彼は了解の意に頭を下げた。

「明日の朝まで、お願いいたします。何かありましたら、すぐにお呼びください」

 事務的な口調の割に、女達の声は憂いに満ちていた。
 医女たちが部屋を出て行く。浩海ハオハイは一日千秋の思いで、扉が閉まる瞬間を待った。

「シー……っ!」

 叫びかけた彼は、寝台に横たわる女性の姿に息を呑む。少女から大人の女性へと成長したその姿はろうたけた天女そのもの。しかし、医女達の言った通りに意識はなく、薬の副作用か大量の汗をかいていた。顔色も悪く、ときおり苦悶の表情を浮かべる。

溪蓀シースン

 浩海ハオハイは、ディン内侍を強く睨む。

「一体、彼女は何を盛られたんだ?」
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