arcadia

深町珠

文字の大きさ
25 / 93

怖い

しおりを挟む
記憶を失ったら、どこに戻るかは
本人でもわからない。

自分が誰かもわからない。

ただ、心は
何等かの形で残るかもしれない。
魂の生まれ変わり。

そういう可能性もある。


珠子の 「珠」=魂、soul  nirvana の意である。



そんな風に、珠子を慰めながら
神流は、ゆっくり歩いて
珠乃家の前まで来た。


珠子の父が、様子に気づいた。
店の外まで来て「なんだ、珠子。どうした。」

珠子は、「少しヘンなの・・・・。」と言っただけ。

お父さんに心配をさせたくないのだろう。
優しい子である。

神流は「少し、疲れたみたいですね。」とは言いながら
珠子の父の様子が少し・・なんというか
言葉にしにくいけれども、ちょっと怯えたような。

普段、そういう顔を見せない人である。




珠子を部屋に休ませて「私は、やっぱりホテルに行きます。」と
神流が言うと

珠子は「神流ちゃん、傍に居て。怖い。」と。

そういえば、この事を話せるのは神流くらいだ。
他の人には、まあ、話せない。


神流は「はい。それでは・・・お電話。」と

階下に下りる。

詩織に電話しようと思ったのだった。
家族に聞かれたくないから、外に出て

アーケードの反対側へ。

河原に出て。「あ、詩織ちゃん。神流です。」と

今日起こった事と、推論を話す。



詩織は黙って聞いていた。「そんな事・・・。でも、見たのでしょう?。」


神流は「はい。」と、朴訥に。



詩織は「その環境が、あの商店街のあちこちに起こるのかもしれないわ。
神隠しだと、信じられている現象の幾つかは、それかもしれない。
あ、神流ちゃん。あのね。お父さんの何か、サンプルがあれば・・・
細胞の。」

神流は、気づく。「まさか・・・。」

詩織は
珠子が、本当は産まれていない可能性を推論したのだった。

どこかの異なる空間から来たのであれば、そうなる。
生まれ変わりとして。

放射線被曝量が、現代人と異なる事も
遺伝子の複写プロセスが違う事も。

その、実証になるのだろう。


神流は思う。
そこまで、調べない方がいいのではないだろうか。
本人が苦しむだけ、なのではないか。

判ったとして、珠子には
何もしてやれないのだろう。おそらく。


「・・・・。」神流、悩む。



神流は、しかし
検証を得れば、あるいは回避方法が見つかるかもしれないとも
思う。

「わかりました。何か、細胞のサンプルを取ります。」


詩織は「うん。結果は、珠子に知らせないでも。
私達に出来る事をしよう。」


神流と同じ考えだった。「詩織ちゃん、私もそう思ってた。」

電話を切って、神流は珠乃家の方へ戻る。

珠子の父が、なぜか通りに出ていた。

神流を見て「珠子がご迷惑をお掛けしました。」と
きちんと筋を通すひと。職人である。

相手が年下であろうとも、世話になったのだから。
礼節を持っている、日本人。

神流は「いえ、私もいつもお世話になって。
今夜もお世話になるところ。」と、微笑むと

珠子の父は、少し和んだが不安な表情。

神流は「お父さん、何か..ご不安でもございますか?」


父は、しばらく沈黙し「すこし、お話していいでしょうか」と

珠乃家の奥座敷に、神流を招いた。


店から見ると奥になるこの座敷は、普段使われる事がないのか
新しい印象を受けた神流だった。

あまり、ここに入った記憶がない。


珠子の父は「妻の時と似ています。」


神流は、その言葉でなんとなく理解した。
「珠ちゃんのお母さんは....『神隠し』に遭った。」


父は頷く。「付近では良くある事なんだ。」

神流は思う。プロセスは複数だろう。
本当に、帝から逃れた人。
帝が浚った人。
そして、珠子のケース。


「なぜか、うちの家系は代々、そうなる。」と、珠子の父。


神流は、詩織の頼みを思い出す。

「お父さん、何か、あなたの細胞をサンプルにほしいのです。」と。

珠子の父は「それで、何かわかりますか?」

神流は「これは、詩織ちゃんの大学で調べてくれるのですが。
対策が出来るかもしれません。」と、本当の理由は述べなかった。


父が聞いたら衝撃を受けるかもしれないと思ったのだった。
本人よりも、それは。


ふつう、人は何かを愛でる。
脳にそういう構造が出来たのは、進化の過程で得たものであるから
生き延びる為の機能である。

父は、娘を愛でる事で
生きる理由が生まれる。その為に生きている。

神経内分泌で言うと、そのスイッチにオキシトシンと言うホルモンが使われる。

かなり前、脳内麻薬、なんて流行語になったものも
そのスイッチのひとつだ。

オキシトシンに因って得られる充足感のために働くのである。

愛。


故に、対象である娘が居なくなると
愛を感じられなくなる。


それゆえ、過剰に心配することもある。


神流は、それを気に掛けた。




しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

私のドレスを奪った異母妹に、もう大事なものは奪わせない

文野多咲
恋愛
優月(ゆづき)が自宅屋敷に帰ると、異母妹が優月のウェディングドレスを試着していた。その日縫い上がったばかりで、優月もまだ袖を通していなかった。 使用人たちが「まるで、異母妹のためにあつらえたドレスのよう」と褒め称えており、優月の婚約者まで「異母妹の方が似合う」と褒めている。 優月が異母妹に「どうして勝手に着たの?」と訊けば「ちょっと着てみただけよ」と言う。 婚約者は「異母妹なんだから、ちょっとくらいいじゃないか」と言う。 「ちょっとじゃないわ。私はドレスを盗られたも同じよ!」と言えば、父の後妻は「悪気があったわけじゃないのに、心が狭い」と優月の頬をぶった。 優月は父親に婚約解消を願い出た。婚約者は父親が決めた相手で、優月にはもう彼を信頼できない。 父親に事情を説明すると、「大げさだなあ」と取り合わず、「優月は異母妹に嫉妬しているだけだ、婚約者には異母妹を褒めないように言っておく」と言われる。 嫉妬じゃないのに、どうしてわかってくれないの? 優月は父親をも信頼できなくなる。 婚約者は優月を手に入れるために、優月を襲おうとした。絶体絶命の優月の前に現れたのは、叔父だった。

不貞の子を身籠ったと夫に追い出されました。生まれた子供は『精霊のいとし子』のようです。

桧山 紗綺
恋愛
【完結】嫁いで5年。子供を身籠ったら追い出されました。不貞なんてしていないと言っても聞く耳をもちません。生まれた子は間違いなく夫の子です。夫の子……ですが。 私、離婚された方が良いのではないでしょうか。 戻ってきた実家で子供たちと幸せに暮らしていきます。 『精霊のいとし子』と呼ばれる存在を授かった主人公の、可愛い子供たちとの暮らしと新しい恋とか愛とかのお話です。 ※※番外編も完結しました。番外編は色々な視点で書いてます。 時系列も結構バラバラに本編の間の話や本編後の色々な出来事を書きました。 一通り主人公の周りの視点で書けたかな、と。 番外編の方が本編よりも長いです。 気がついたら10万文字を超えていました。 随分と長くなりましたが、お付き合いくださってありがとうございました!

転移先で日本語を読めるというだけで最強の男に囚われました

桜あずみ
恋愛
異世界に転移して2年。 言葉も話せなかったこの国で、必死に努力して、やっとこの世界に馴染んできた。 しかし、ただ一つ、抜けなかった癖がある。 ──ふとした瞬間に、日本語でメモを取ってしまうこと。 その一行が、彼の目に留まった。 「この文字を書いたのは、あなたですか?」 美しく、完璧で、どこか現実離れした男。 日本語という未知の文字に強い関心を示した彼は、やがて、少しずつ距離を詰めてくる。 最初はただの好奇心だと思っていた。 けれど、気づけば私は彼の手の中にいた。 彼の正体も、本当の目的も知らないまま。すべてを知ったときには、もう逃げられなかった。

三十年後に届いた白い手紙

RyuChoukan
ファンタジー
三十年前、帝国は一人の少年を裏切り者として処刑した。 彼は最後まで、何も語らなかった。 その罪の真相を知る者は、ただ一人の女性だけだった。 戴冠舞踏会の夜。 公爵令嬢は、一通の白い手紙を手に、皇帝の前に立つ。 それは復讐でも、告発でもない。 三十年間、辺境の郵便局で待ち続けられていた、 「渡されなかった約束」のための手紙だった。 沈黙のまま命を捨てた男と、 三十年、ただ待ち続けた女。 そして、すべてを知った上で扉を開く、次の世代。 これは、 遅れて届いた手紙が、 人生と運命を静かに書き換えていく物語。

〖完結〗終着駅のパッセージ

苺迷音
恋愛
分厚い眼鏡と、ひっつめた髪を毛糸帽で覆う女性・カレン。 彼女はとある想いを胸に北へ向かう蒸気機関車に乗っていた。 王都から離れてゆく車窓を眺めながら、カレンは夫と婚姻してから三年という長い時間を振り返る。 その間、夫が帰宅したのは数えるほどだった。 ※ご覧いただけましたらとても嬉しいです。よろしくお願いいたします。

どうぞ、おかまいなく

こだま。
恋愛
婚約者が他の女性と付き合っていたのを目撃してしまった。 婚約者が好きだった主人公の話。

次期国王様の寵愛を受けるいじめられっこの私と没落していくいじめっこの貴族令嬢

さら
恋愛
 名門公爵家の娘・レティシアは、幼い頃から“地味で鈍くさい”と同級生たちに嘲られ、社交界では笑い者にされてきた。中でも、侯爵令嬢セリーヌによる陰湿ないじめは日常茶飯事。誰も彼女を助けず、婚約の話も破談となり、レティシアは「無能な令嬢」として居場所を失っていく。  しかし、そんな彼女に運命の転機が訪れた。  王立学園での舞踏会の夜、次期国王アレクシス殿下が突然、レティシアの手を取り――「君が、私の隣にふさわしい」と告げたのだ。  戸惑う彼女をよそに、殿下は一途な想いを示し続け、やがてレティシアは“王妃教育”を受けながら、自らの力で未来を切り開いていく。いじめられっこだった少女は、人々の声に耳を傾け、改革を導く“知恵ある王妃”へと成長していくのだった。  一方、他人を見下し続けてきたセリーヌは、過去の行いが明るみに出て家の地位を失い、婚約者にも見放されて没落していく――。

私が……王太子……のはずだったのに??

#Daki-Makura
ファンタジー
最愛と朝を迎えたら……城下が騒がしい……?? 一体……何が起きているのか……??

処理中です...