恋人は’77年型

深町珠

文字の大きさ
上 下
4 / 38

びゅんっ

しおりを挟む
なだらかな坂道を楽しく、のんびりと登っていたら

バックミラーに、ヘッドライトのパッシング。

車間距離を取らずに、ぴったりとついてくる


「嫌な車」とわたしがつぶやくと

ラジオの音楽に混じって、ワーゲンちゃんは

「さっきの奴らだね」と、平然と言う。

よく見ると、サービスエリアにいた男の子たちがBMWの5に乗って。

からかいに来たのかしら。

いつも、こういう事があってイヤになったりする。

高速なんだから、追い越していけばいいのに。


「じゃ、アクセルをいっぱい踏んでごらん」

ワーゲンちゃんはそういう。
そういえば、一度もそうしたことなかったな、って
ぐい、と踏んでみる。


エンジンの音が急に大きくなって。

同じばたばたばた、の排気音のまま
まるで景色がワープしたみたいに。


スピードメーターの針がびゅん、って跳ね上がって。


いつのまにか、坂道を登り切って下りにさしかかっていた。


高速の出口はもうすぐ。


「どうなってるの、これ」

呆気に取られたわたし、アクセルを元に戻して。


もちろん、BMWなんてバックミラーにも写らない。



「うん、僕はワーゲン、だけどエンジンはポルシェが作ったんだ」



平然と、ワーゲンちゃんは言う。


「そんなことできるの?」って、尋ねたわたし。


ワーゲンちゃんはくす、と笑って「だって、僕はポルシェが作ったんだし、ポルシェのエンジンはワーゲンがベースだったんだ、もともと」



知らなかった。そんな凄いワーゲンちゃんだったなんて。

かわいいのんびり車だと思ってたけど。



「うん、ふつうのワーゲンはそうさ、でも僕は違う」



物静かで、頼りがいがあって。
やっぱり、理想の恋人かしら....


「おっと、奴らが追いついてくる前に高速降りなきゃ」



わたしは、アルプスの入り口にあるインターを
左に降りた。




しおりを挟む

処理中です...