背きの秘事

千木

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6話

 麓にある村はこじんまりとしていて、時々来ているらしい列車以外に外部との接触の手段を持たない。更には一部の人間を除いて、列車がいつ何処に止まっているのかすらさえ知らない。この村の人間はここで生まれここで死ぬという思考を、何の疑問もなしに持ち合わせている。わざわざ村から出て行く必要性を感じていないのだ。
 そんな閉鎖的な集落だからこそ、独特の風習を持ち、しきたりを持つ。村社会の序列は厳しく、逆らえば村八分にされかねない恐怖から自分を守るため、気づけば皆が皆、右へ倣え状態に陥る。それが当たり前になる。そして教会の人間もまたこの村の出身で、異を唱える者はいない。
 あの“月守”の迫害の件も、今でこそ断頭台は撤去されたものの、表沙汰にされなくなっただけで未だに根強く残っているらしい。現在この村に金色の瞳を持つ人間はいないが、もし金色の瞳を持った赤ん坊が生まれれば……外から金色の瞳をした人間が現れれば……。
 若年層で“月守”について知っている者は殆どいないが、年配者ーー特に村長やその周辺の人間は今も密かに目を光らせているのだと、レンは溜息混じりに言った。独自に学び、知るたびに、彼がどれだけ落胆し失望したか、セイには計り知れない。
 村にある宿泊施設の一室。夜はどっぷりと更けて、窓の外に見える家の灯りもまばらだ。用意された真っ白な寝巻に着替えて、ベッドの傍にある椅子に腰掛ける。普段黒を纏っているものだから、いつもと違う姿に物珍しさを感じて、セイはじっとレンを見つめる。そして露わになった右腕の傷痕を捉えると、僅かに眉を顰めた。長い時間を要して後遺症なく完治はしたものの、痛々しく残るそれは、あの夜をつい先日のことのように思い出させる。セイの視線に気づいたレンは、苦笑しながらセイと向き合った。その目元は、やはり包帯で覆い隠されている。

「もう治っているのだから、気にしなくていいんだよ」
「なぜわかるのです」
「纏う空気感や、息の詰まり方とかでかな」
「……」
「今は面倒だな、みたいに思ったでしょう」
「……はぁ」
「まぁ、この服装が珍しいというのもわかるよ。此処でしか着ないものね」

 教会の人間は、定期的に村へおりて村人と交流を持たなくてはならない。信仰を確かめるためだとか、村の様子を見るためだとか理由は様々だが、基本はいつも変わらない。教会の人間を信じきっている村人たちは我先にと道を開け、祈り拝む。そして、心からの『おもてなし』を施す。
 それは主に豪勢な食事と、一晩の宿泊。村の豊作や、教会の人間への感謝を表すものだとか。さっさと帰りたいセイやレンにとっては少々迷惑だが、それを言うわけにもいかずに素直に従う。外部の人間が来ることのない宿泊施設が稼働するのはこの時だけだから、此処はほぼ教会の人間専用と言っていい。
 部屋は別に用意されていたが、レンが適当に理由をつけて同室にしていた。いけしゃあしゃあと、と内心笑ってたが、セイにとっても悪い話ではない。昼は人前、夜は寂れた礼拝堂でしか話が出来ないのだ。ゆっくりと話す時間が欲しいと思っていたのだから。
 食事を済ませるまでは、何かと村人に干渉されていたが、部屋に通されてからは実に静かなものだった。「ゆっくりお休みください」との言葉に嘘はないらしい。村人たちの暮らしよりずっと優遇された部屋は設備も充実していて、いつも狭い部屋で過ごしているセイには少し居心地が悪い。レンは何度も来ているのか、何処に何があるかを大体理解しているようだった。服をハンガーに掛けてから、セイの隣の椅子に腰掛ける。

「話を戻しますが……まだ月守の件が片付いていないなら、貴方は此処にいたら危険なのではないですか」

 化物の出現する原因が月守への迫害であったにしろ、それはもはや解決の術は無い。戦うことでいくら消滅させても、生み出した怨念は絶えることはないだろう。だが、まさか未だに迫害自体が残っているとは……セイの生まれはこの村ではないが、長らくここで生きていて、そもそも月守なんて言葉すら人から聞いたことはなかったのだ。それだけ、今は秘密裏で行なっているということだろうか。セイの言葉に、レンは薄く笑んで天井を見上げた。白い天井は、彼には見えていないだろう。

「まぁ、露呈してしまったら危ないかもしれないね。そうならないように目を隠しているし、それでいて信用や地位も得たわけだけれど」
「貴方の立ち回りの巧さには感服しますが、そんな危険を冒してまで此処に居る必要はあるのですか」
「それは、君も同じでしょう」
「……」

 そう返されると、セイは口を噤んだ。此処での生活に不便は無い。セイにとって不自由ではあったが、わざわざ波風を立てる必要は無かった。出て行こうとすれば出て行けるのだが、そうしなかったのはまさしく妥協からだった。
 レンにとっては、当初月守の魂の救済、和解の方法を探すという目的があった。今はその行動が無意味であることを自覚しているが、だからと言って完全に捨て置くことが出来ずにいる。そして、レンはセイと同じく身寄りがない。彼もまた、不自由だが不便のない此処での生活に妥協している、ということだろう。

「俺の初めの目的は果たせなかったけれど、その甲斐があって君に会えたわけだから、悪いことばかりではないよ」
「よくもまぁ、口の回ること」
「本心なのに。君と一緒に居たいし、これからも隠し通すつもりでいるよ」
「……そうですか」
「それに、多少のスリルがあった方が、愉しいのでしょう?」

 そう言ってレンは笑う。神の御許で、背信的な言動を繰り返し、同性間の恋愛を貪る。それに加えて命の危険とあっては『多少』では済まない。際を攻めるような背徳行為に、セイは確かに心を躍らせていた。それありきでレンに特別な感情を抱いたのだと思っている。しかし反面、今何かが引っかかったような……ズキリと痛んだ胸に手を当てる。それが何なのか、なにゆえなのか分からずに困惑してレンの言葉に返さないでいると、レンが首を傾げた。

「どうかした?」
「……いえ、なんでもありません」

 わからないのだから、伝えようがない。はぐらかし方でレンはなんとなく察したようで、特に深追いしてはこなかった。

「そういえば、聞いたことがなかったのですが」
「何?」
「貴方、何故私が好きなのですか?」
「あぁ、そうか。ちゃんと伝えていなかったね」

 話を逸らそうとしたのもあるが、せっかく二人きり、誰の邪魔も無く一夜を過ごせるならと、聞いてみたかった問いを投げかける。レンはにこやかに返事をして、何かを思い出すように手をひらひらとさせた。

「教会に行くまでは、そこまで神に対して悪い感情は無かったよ。人間は汚いけれど、そうとしか生きられない時もあるだろうし。そこに神は関係無いとね」
「……」
「けれどあの場所……処刑場の跡地に初めて足を運んで、死してなお苦しみ続ける存在を目の当たりにして……。その時からかな、神を信じないというか、いっそ憎いと思ったのは。彼らを救いもせず、何もしない存在に良い感情なんて抱けるわけもなくて。それを盲目的に信じる人間も嫌だったし、何食わぬ顔で罪を隠す人間も嫌だった。けれど、ずっとそれを秘めて生きてきたんだよ」
「そうでしょうね。私だって気づきませんでしたもの」

 セイの処世術が霞むくらいには、レンは分厚い仮面を被って生きている。品行方正な、皆から信頼される神父を演じている。今でこそやっとその仮面の裏が見られているが、果たしてそれが素顔かは、セイにはまだわからない。レンはセイの顔を覗き込んで、言葉を続ける。

「そんな時、君の歌を聴いたんだよ」
「私の歌……あぁ、確か前にも言っていましたよね」

 レンが神を信じていないと露わにした時のことを思い出す。「君の歌が好きだ」と、そう言っていた。あれだけ冒涜的で、心の無い歌を。『』好きなのだと。

「君の歌を聴いた時、赦された気がしたんだ。あぁ、同じ人がいるって。誰より綺麗で、何より透き通った声なのに、神なんてクソ食らえって感じで歌っていたよね。その時は驚きより、笑いを堪えるのが大変だったなぁ……」
「……貴方にしかわかりませんもの」
「そう。こんなにわかりやすいのに、誰も気づかなくて」
「馬鹿にしてらっしゃいます?」
「まさか。本当に感服したんだよ。そして、君と話したいと思った」

 そして、セイが古びた礼拝堂で愚痴を零していること、それを習慣にしていることを知り、機を待って最初の夜に至る。そうレンは言った。

「話すたびに一層知りたくなった。君と秘密を共有する愉悦が好ましくて。それが明確な恋慕になったのは、いつだったか……もしかしたら初めから、歌を聴いた時からだったのかもしれないけれど。わからないな。君が出て行くと言って慌てて引き留めて、君に指越しにキスをされてもしかしたら片恋ではないのかもしれないと期待して。君には結構振り回されているんだよ」
「いいザマです」
「そんな風に言う?」
「私だけ振り回されているのは癪ですからね」

 セイはそう言って笑うと、そっと口づける。それに応えながら、レンはセイの背中に腕を回した。引き寄せて距離を縮めれば、いつもより薄い衣類ごしに体温が伝わる。何度か啄むようなキスを繰り返して、熱の籠った吐息を重ねながら唇を離すと、真っ直ぐ見つめ合う。遮る白い布がもどかしくて、セイはそれに指を掛けた。教会の敷地内では、いくら目の届かない所とはいえ躊躇われるその動作は今は流暢で、レンも拒まない。
 するりと解かれた包帯の下から、金色の瞳が現れる。少しだけ眩しそうに細めてから、ゆっくりと笑んだ。三日月のように弧を描くそれはまるで魔力を持っているかのようで、セイを魅了して離さない。

「本当に、綺麗な瞳」
「気に入ってもらえて何よりだよ」
「見えないのですね。貴方からは」
「そうだね。死ぬ前に一度くらい、君の顔は見てみたいけれど」

 レンは肩を竦めてそう言った。こんなに近くにいて、目が合っているのに、レンには自分は見えていない。不思議な感覚だった。少しだけ意地悪を言う。

「私がどうしようもなく醜かったらどうします?」
「どうもしないでしょう」
「即答ですか」
「君のことを愛していく決心は、ちゃんとしているからね」
「……。……そうですか」
「照れた?」
「……意地の悪いこと」

 自分から仕掛けておいて情けないが、他にどうしようもなくなって。セイは悪態を吐いて目を逸らす。見えていないくせに、的確に視線を追い掛けてくるレンから逃げて、しかしそこまで逃げ場があるわけでもなく。開き直るようにレンを抱き締める。こうすれば顔は見えない。まず見えてはいない筈なのだが。しかしこうしてしまえば、速まる心音が、気持ちを素直に伝えてくれる。人を愛した経験が希薄なセイにとって、口よりずっと伝達能力のある鼓動。そしてレンは、しっかりとそれを受け取って抱きしめ返す。そのリズムは重なって、苦しいくらいに高鳴るのに、何故か安心して落ち着くような、おかしな感覚に見舞われる。しかしそれは、決して嫌ではない。

「そろそろ寝ようか。ね?」
「……はい」

 ベッドは一部屋に一つだけだった。それでも大きさがあり、大人二人でも寄り添えば十分休めるだろう。こんな風に二人で寝具に横たわることは初めてで、なんとなく居た堪れずにセイがレンに背を向けると、レンの腕が伸びてきてセイをゆるりとを抱き締めた。首元に呼吸かがかるのが少し擽ったい。セイは抵抗せずに回された手に自身の手を重ねた。

「(あぁ、これは、)」

 先程の胸の痛みを思い出す。相変わらずひんやりとしているレンの指に触れた。

「(背徳行為を赦してくれるから。同じだから……だから、それが無くてはいけないと思っていた)」

 レンが指を絡ませてくれる。彼の表情は見えない。視界に入る自分とレンの繋がれた手に、セイは一人、自嘲気味に笑う。

「(けれど私は今、平穏を望んでいる。彼とこの穏やかな時間を、ずっと過ごしたいと。……しかしそれは、此処にいる限り有り得ない。そして、彼はきっと平穏を望まない)」

 疚しさを引き摺り、背徳の罪を背負っていく。それがある意味で、二人を繋ぐ芯の部分だと。セイは目を閉じる。

「おやすみ」

 心地の良い声がして、それに誘われるように、セイの意識は落ちていく。
 人肌を感じながら眠りにつくのは、本当に久しぶりだった。それこそ、幼い頃の両親のぬくもり以来で。忘れかけていた心地よさに、夢さえ姿を現さない。
 だから、きっと穏やかな、微睡からゆっくりと目覚めるような。そんな朝が迎えられると思っていた。

 そんな緩んだ思考は、早朝、外から聞こえる女性の悲痛な叫び声によって掻き消されていった。
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