背きの秘事

千木

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8話

 薄暗い、懺悔室に二人の姿。何故か部屋を隔てる仕切りが無く、そうであっても狭い空間で向かい合っている。自分は膝を折り、相手は自分を見下して。動くことを許されない自分は、恐怖と絶望感に苛まれていた。
 後ろ手に拘束された手にも、背筋にも、じっとりと嫌な汗が伝う。口には銃口が奥まで入り込んでいて、呼吸を遮る。
 苦しい。
 何も言わずに、ただ侮蔑を浮かべる金色の瞳。
 何も言えない。何も出来ない。歯が硬いものに当たる。目線を逸らすことも、咽せることすらも許されない。

「ーー」

 何かを言われた。しかしどうしてか聞こえない。安全装置が外されて、そして、そして。


**


「ーー!!」

 破裂音とともに飛び起きた。咄嗟に自分の顔や顎を確認する。
 ……何ともない。

「……夢……」

 速い心拍を落ち着かせる。やたらとリアルな夢だった。銃を突きつけられた口内に違和感が残っている。もちろんそれは気の所為で、現実には起こってはいない。此処は懺悔室ではないし、そもそも寝込みを襲われたところで何かしらの対応は出来る筈だ。
 それより、セイにとって問題だったのは自分に銃を向けていた相手。あれは間違いなくレンだ。月のような瞳に光は無く、あまりに見たくない表情だった。夢であるとわかっていながら、その顔は脳裏に焼きついて離れてくれない。

「……はは、おかしな希望を持ったことが、罪だとでもいうのでしょうか」

 自嘲して、明かりを点ける。外は真っ暗だ。懐中時計を手にとると、針は三時を示している。まだ就寝してから二時間と経っていない。溜息を吐いて頬を伝う冷や汗を拭った。
 今日、任務から帰り、礼拝堂で待っていても、レンは現れなかった。初めの日からずっと、なんの断りもなく来なかったことはなかったのに。彼にだって個の事情があるだろうと、その時は気にしていなかったが……こんな夢を見てしまっては嫌に胸騒ぎがした。

「……」

 セイは部屋を出る。顔を見るだけ、声を聞くだけ。そうすればきっと安心して寝直すことだって出来る。こんな時間に神父の部屋を訪ねるのは説教ものだろうが、説教で自分の気が済むなら安いものだった。
 真っ直ぐレンの部屋へ向かう。明かりの消えた廊下に人気はない。そういえば部屋に来たことはなかったと、扉の前でふと思う。深夜ということを考慮して控えめにノックをするが、反応はない。……そもそも、中から人の気配がしない。試しにドアノブを捻ってみると、なんの抵抗もなく開いた。鍵は掛かっていないようだ。そのまま遠慮がちにそっと扉を開く。

「……え?」

 部屋には誰もいなかった。
 否、《》。
 暗く視界は悪いが、そこが空き部屋になっていることは明らかだった。人がいた形跡がまるで無い。カーテンすら撤去された窓から薄く月光が差し込んでいる。
 セイは硬直した。部屋を間違えた?しかしそんな筈はない。そもそも神父の部屋に空き部屋などなかった筈だ。どういうことがわからずに立ち尽くしていると、隣の部屋の扉が開いた。

「何をしているのかね」
「……主任、」

 セイは僅かに肩を震わせ、声のする方を向いた。主任神父だった。セイがドアノブを持ったままの様子を見て、ぎろりと睨む。分厚い瞼の下の双眸がやたらと気味悪く、セイは彼が好きではなかった。

「こんな時間に、こんな所で。責任でも感じているのかね」
「彼は、……神父様はどちらへ」

 《責任》という言葉が何に対してのものなのか、セイにはわからなかった。とにかくレンの居場所が知りたいと、問いに問いで返す。内心穏やかではなかったが、感情を無理矢理押し込む。それでも歪な声音になっていることは間違いない。主任は訝しげな顔をして、顎を撫でた。

「月守のことかね」
「!!……は……月守、……誰が、」
「彼だよ。レンだ」

 背筋が凍りついた。殴られたような衝撃が全身に走る。
 何故、どうして今、何処から露呈していたというのだ。

「まったく、神の御許に潜り込むだなんて、罰当たりでは済まされないだろう。とんだ狐だったよ」

 主任の声が遠くに聞こえる。今にも卒倒しそうな意識を懸命に呼び戻して、無理矢理言葉を紡ぐ。

「な……何故、彼が、」
「何を言っているのかね。『君が言ったんじゃないか』」
「……は……?」
「君が教えてくれたのだろう?彼が月守だと」

 息がぐっと詰まった。まるで銃を突きつけられているかのようだ。何を言われているかまるでわからない。
 自分が?レンのことを密告した?そんな馬鹿な。
 困惑を隠せないセイの様子に、主任も流石に疑問を抱いたようだった。聞き慣れない固有名詞を出される。

「レレから聞いたよ。それでも彼を救いたい、どうしたら良いか悩んでいたそうじゃないか。いじらしいことだ。実に慈悲深い。そんな苦しんでいる君を見るに耐えなかったそうで、私に伝えてくれたのだ」
「レレ……」

 確かシスターの名前だ。この教会では珍しい女性で、口数が少なく人見知りだった。殆ど話したことはない。香水なのか、いつも彼女からは金木犀の香りがしてーー。

「ーー!!」

 あの母子を逃した日。レンと別れた後嗅いだ花の香りを思い出した。あれが彼女のものだとしたら、あの時彼女は近くにいたことになる。逃したところを見られたのか。そうであっても何故、セイから聞いたような言い回しをしたのか理解出来ない。そもそもあの光景を見たとしても、彼が月守を逃したというだけで、彼自身が月守だとわかる根拠はない筈だが……。こんな嘘を吐いた真意はともかく、彼女が自分の名前を使って密告したことは間違いないようだった。

「彼女は、今何処に」
「レレには、月守の処理を任せている」
「!!」
「もうすぐ山奥の崖へ着くだろう。彼女は任務執行者であり、運搬者でもあるからね。密かに処理をするにはうってつけだ」
「そんな……」
「セイ、君は優しく慈悲深い。しかし、相容れない者は存在するのだよ。……此方に来なさい」

 主任はセイを手招くと、そのまま自室に戻っていった。
 セイは立ち尽くした。どうにか平静を取り戻したいのに、頭が上手く回らない。レンには、自分が裏切ったと伝わっているのだろうか。そうであれば、憎まれているのだとしたら……あの夢はある意味で、正夢なのだろうか。
 ふらふらとした足取りで、主任の後を追う。重厚な机の上には古びたトランシーバーが置かれていた。

「処理の際には連絡を貰う手筈になっている。折角此処に居合わせたのだ。せめて、最後を見届けなさい」
「……」

 返事をすることもままならず無言でいると、トランシーバーがジジッと音を立てた。主任がそれを取り、塗装の剥がれたボタンを押すと、機械の向こうからくぐもった声が聞こえた。

「つ、着きました。神父様」
 レレの声は普段から余裕が無さそうなボソボソとしたもので、古い機械越しでは一層聞き取りづらい。「よろしい」と主任は短く応える。

「レン、月守であることを隠し、我々や村人たちを騙し続けた罪は重い。が、お前の功績は確かだ。何か最後に言いたいことがあるかね」
「……」

 レンの声は聞こえない。

「此処にはセイもいる。何かあるのではないかね」
「……ッ、」
「……」

 レンはやはり何も言わなかった。違う、誤解だと伝えなければならないのに言葉が出てこない。
 苦しい。どうしたら良いかわからない。
 喉奥をごり、と銃口で抉られるような感覚に襲われ続けている。それでも、伝えなければならない。言葉を紡ごうと、喘ぐように空気を吸う。
 その時。

「なっ、何、」

 トランシーバーの向こうで大きな音がした。ノイズの中に、焦ったレレの声が聞こえる。「どうした」と問いかけた主任に、応答は無い。化物とエンカウントしたのだろうことはすぐにわかった。困惑の色を浮かべる主任からトランシーバーを取り上げた。

「レン、……レン!」

 驚いた様子の主任に構っている暇はなかった。レンからの応答はない。代わりに銃声と爆発音がひっきりなしに響く。

「化物が……化物、何故、こんな強、あぁぁ!!」

 断末魔が耳を劈いた。木が倒れる音がする。そうして暫くして、静かになった。ただノイズだけが聞こえる。繋がっている。

「……」
「レン、私は、」

「え……」
「……」

 六。それだけ聞こえた。レンの声だ。それを最後に、ガシャリと通信が途絶えた。切ったというよりは、壊したのかもしれない。部屋は静寂する。主任はトランシーバーを取り返そうともせずに頭を抱えていた。

「悪魔の数字を唱えるなんて、なんという奴だ。化物の奇襲を食らったのか……今すぐにでも他の任務執行者を派遣しなければ、奴を放置してしまう」
「……」
「セイ、君は部屋に戻りなさい。くれぐれも内密にするように」
「……」
「セイ」
「はい」

 いやにはっきりした返事に、主任は眉を顰めたが、そんな彼にそれ以上の反応をすることなく、セイはトランシーバーを置いて部屋を後にした。

「(もしかしたら)」

 セイは必死で頭を回した。六。それだけで、レンの真意を。自分がどう動くべきかを。とにかく考えに考えて、一つの仮説を立てる。確信はなかったが、セイが動くとしたらこうしかない。
 廊下を早足で歩き、自室に戻る。手早く着替え、金と十字架、それから懐中時計を持つと、窓から飛び降りて門を出た。静寂が包む山林を、セイは全力で駆けおりる。

「(私にチャンスがあるのなら、急ぐしかない)」

 既に四時を回っていた。辺りは暗い。台車の跡がのびる道は整備されてはおらず、ほぼ獣道。そして、朝日の昇っていない今は、リグレットの時間だ。
 黒い影がセイの行手を阻む。

「貴方達には同情します。ですが……邪魔をするな!」

 十字架が大きく振るわれた。
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