ブライアンのお気に入り

知見夜空

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別れの時

バイバイ、ブライアン

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 カザネたちの学校は、6月4日に年度末を迎える。カザネは両親の希望で、学校が終わった翌日には帰国する予定だった。

 でも、それはアメリカを離れる日の話。ブライアンとの別れはカザネの帰国よりも1日だけ早く訪れた。

 放課後。いつものようにカザネをマクガン家に送り届けたブライアンは

「悪いけど、俺はここで終わりにするよ」
「ここで終わりって?」

 助手席からこちらを見るカザネから、ブライアンは顔を背けて

「今夜の送別会と明日の見送りには行かない。ここで別れて終わりってこと」

 ブライアンの宣言に、カザネは驚いて

「何か用事があるの?」
「用事じゃなくて気持ちの問題。お前を冷静に見送れそうにないから、ここで終わりにしたいんだ」

 薄情かつ身勝手な態度だと、ブライアンは自分でも分かっていたが

「悪いな。普通はこういう時、ギリギリまで一緒に居るもんなんだろうけど、お前に無様なところを見られたくないんだ」

 「ゴメンな」と重ねて謝った。

 ブライアンは去る人を引き留めることも、心のうちを晒すことも苦手だった。過去どれだけ両親の愛を望んでも得られなかったから。変わらない現実に泣き縋るのは惨めで、二度としたくなかった。

 カザネはブライアンの性質を、全て理解しているわけではない。それでも苦渋の滲む顔を見れば、カザネに情が無いわけじゃないのは明らかだ。それにカザネも

「そんなに謝らなくていいよ。明日も会えると思っていたからちょっと残念だけど、本当のお別れの時に一緒に居たくない気持ち、なんとなく分かるから」

 カザネはけっきょく恋よりも夢を選んでブライアンと別れることにした。それなのに今もうすでに引き裂かれそうなほど心が痛くて、油断すると「離れたくない」「ずっと一緒に居たい」と矛盾したことを言いそうになる。

 そうしないことを選んだのは自分なのに、悲しいなんて言いたくなかったから、カザネは最後にブライアンに抱きつくと

「……今までありがとう」

 彼との別れを選んだ自分には、もう好きと告げる資格は無いと、これまでの感謝だけを述べて

「バイバイ、ブライアン」

 溢れそうになる涙を堪えて「またね」のつかない別れを告げた。


 カザネと別れたブライアンは自宅に戻った。今日からしばらくは誰とも会いたくなかったが、悪いことは重なるもので、滅多に帰らない父親が帰宅した。それから父が家政婦に用意させた普段より豪華な夕食を一緒に食べることになった。

 気持ちが塞いでいるせいか、重い塊を飲み込んだように胸がつかえた。できれば何も食べたくなかったが、父の手前、粘土を詰め込むように無理やり食事を口に運んでいると

「あまり食が進まないようだな。何かあったか?」

 父の指摘に、ブライアンは咄嗟に平静を装って

「別に何も無いよ。実は家に帰る前に外で食べて来たから、やや満腹ってだけ」

 なんでもない顔で笑って見せると、これ以上突かれないように

「むしろ父さんのほうこそ何かあったんじゃない? 息子の1年の労をねぎらいに来たって様子でもないし。もしかして、また兄貴が問題でも起こした?」
「相変わらず、お前は察しがいいな」

 ブライアンの父はグイッとワインを呷ると、テーブルの上にやや乱暴にグラスを置いて

「バーで出会った女を孕ませたそうだ。責任を取って結婚しろと事務所まで押しかけて来た女を、私がなんとか説き伏せて慰謝料をやって黙らせた」

 苛立ちを露にする父を見て、ブライアンはやっぱりなと思った。父が自分と話したがるのは、外の人間には明かせない身内の愚痴を吐き出したい時だけ。父は外の人間には、完璧な成功者を装っているので。

 決して自分から逃げられないだろう我が子にだけ

「なんでアイツはああも馬鹿で、私に面倒ばかりかけるんだ。無能なら無能らしくせめてジッとしていればいいものを、半年に1回は必ず何かしら問題を起こす」

 こうして他人には見せられない醜い本音をぶちまける。

「恋愛なんて一時の感情に惑わされて、結婚なんてするんじゃなかった」

 ブライアンはまるでゴミ箱のような気分で父の愚痴を受け止めた。

 最後に父はブライアンに目を向けると

「幸いお前は私に似て優秀だが、変な女に引っかかって人生を棒に振るなよ。若い時に一時の熱情に流されて選ぶ女なんてろくなものじゃない。遊びは構わないが、人生のパートナーには仕事が軌道に乗ってから、キャリアの邪魔にならない女を選ぶんだぞ」

 自分と同じ失敗はするなと説いた。それはきっと親心で悪意は無いのだろう。だからこそ今こうして自分とともにある人生を、失敗だったと平気で言える。

 父の言葉も教えも、ブライアンにはまるで毒だった。正直これ以上欲しくは無かったが

「俺は兄貴や母さんと違って、ちゃんと後先考えて付き合っているから大丈夫だよ。これ以上、父さんの頭痛の種を増やすことはしないさ」

 理解ある賢い息子の顔で答えると、父はホッとしたように笑って

「オーウェンは怪我で選手生命を断たれてからこっち、一向に立ち直れない負け犬だが、お前はマトモに育ってくれて良かった」

 食事を終えて席を立つと、ブライアンの肩に手を置いて

「これからもよく勉強して、将来は私の仕事を手伝ってくれ」
「……分かっているよ、父さん」
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