わたしは怨霊になりたい

知見夜空

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馴れ初め編

生贄の座は譲らない

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 生贄になれと父に告げられてから、私は勝手に逃げないように蔵に監禁された。

 もともと母屋ではなく、私だけ離れに住んでいた。でも今は蔵の中に造られた座敷牢ざしきろうに閉じ込められて、庭を歩くことすら許されない。

 生贄役から逃げないように、実の家族に監禁されるなんて……大怨霊の過去として相応しいエピソードだ。いかにも民話に出て来る『村』らしい仕打ちにワクワクする。

 ついでに言えばホラーオタクの私は、座敷牢にも並々ならぬ憧れがあった。だから生贄として閉じ込められている状況が楽しくてしょうがない。

 けれど転生者であり霊能者でもある私の感覚を、常人が理解することは難しいらしい。

 監禁がはじまった夜。本来生贄になるはずだったササグが、人目を忍んで私に会いに来た。

 この村の人たちは、いい意味で素朴。悪く言えばあか抜けない顔立ちやスタイルの持ち主ばかりだが、ササグは現代風のスラッとした体型だ。

 おまけに顔も孤児とは思えないほど美しく整っている。単に目鼻立ちがいいのもあるが、子どもの頃から苦労して来たササグは、素直で謙虚な働き者に育った。

 その内面が目や顔つきに表れて、粗末な服を着ていても、まるで名家の子息のように上品な美男になった。

 しかしササグは今、その綺麗な顔を悲しみに歪めて

「俺の代わりにウラメ様が生贄にされるって本当ですか? あなたは自分が身代わりになるつもりで、今まで俺に助言してくれていたのですか?」

 ササグとの出会いは今から12年前。お互いに6歳の時だった。

 3年ごとに1人出される生贄には、18歳の若者から最も価値の低い者。要するに嫌われ者や役立たずが選ばれる。

 この時はまだ娘の私に愛情を持っていた父は、万が一にも我が子が生贄にならないように

『山の神は出身や血筋までは気にしない。生贄にするための子どもを、よそからもらって来よう』

 そう言って、孤児として飢え死にするところだったササグを拾って来た。

 ここで死ぬくらいなら村に来い。18になるまでは飢えからも寒さからも護ってやるという条件で。


 山の神への捧げものとして拾われて来た彼は、そのままササグと名付けられた。

 村に来た頃のササグは、とても無気力な子どもだった。あらゆる努力は未来の幸せのためにするものだ。その未来がササグには無いのだから、意欲的に生きろと言うほうが無理だ。

 しかし幸い、この村には私が居た。ササグと違って無理やりではなく、怨霊になる手順として自ら生贄になりたいと望む者が。

 私は『生贄になる運命は変えられない』と思い込んでいるササグに

『人が決めた絶対なんて信じちゃダメだよ。人が決めたことなんて、状況次第でいくらでもくつがえるんだから。君が努力して素晴らしい人になれば、誰も君を殺せなくなるよ』

 など様々な助言をした。

 人間の価値は主に愛されること。優れていること。役に立つことで決まる。

 だから私はササグに、そのようになれと勧めた。自分を殺そうとする者たちに笑顔を向け、雑用を手伝い、知識や技術を身に着けるようにと。

 幸いササグは素直な子で、私の助言どおりに努力した。

 私はその逆を行くように、あえて皆に嫌われるように不吉に振る舞い、誰の力にもならず、無知で役立たずのフリを通した。

 お互いの努力が実を結び、こうして生贄役は入れ替わった。

 全ては計画どおりなのだが、ササグはまさか自分の代わりに、村長の娘である私が生贄にされるとは思わなかったらしい。

 不遇な生い立ちにもかかわらず優しく育ったササグは、私を犠牲にするくらいなら予定どおり自分が生贄を務めると言ったが

「私は食われて死ぬんじゃなくて、もっといいものになるだけだから心配しないで。君の犠牲になるわけじゃないから」

 私の言葉に、ササグは戸惑いの表情で

「もっといいものって、死後の世界の話ですか? ウラメ様は村のために命を捧げて、神や仏になるんですか?」

 私に対する様付け&敬語からも分かるように、ササグは同い年にもかかわらず、私をまるで師匠か巫女のように敬っていた。

 こんなに敬意を払われると、イメージを壊すのは躊躇われて「いや、怨霊になるんだ」とは言えずに黙っていると

「もし人間としての生を終えて、もっと尊い存在になるのだとしても、霊が見えない俺にとって死は喪失でしかありません。ウラメ様のように、死んでも大丈夫とは思えません……」

 湿った声音から、ササグが本気でこの決定に胸を痛めているのが伝わって来た。

 この村に来た頃は、死ぬための『もの』として村人たちから放任されていたササグにとって、この子が生きられるようにあれこれ指示した私は親代わりのようなものなのだろう。

 私にとっても6歳から成長を見守って来た男の子など、ほとんど我が子同然だった。

 泣きそうな顔をされると胸が痛んで

「本当にそんな深刻なことじゃないから悲しまないで。君はいい子だし、幸せになって欲しい」

 ササグは『神への捧げもの』としての運命を、自らの努力で覆した。

 怒りや憎しみでは無いが、自分を無価値なものとして殺そうとする者たちに、こちらから笑顔を向けること。歩み寄る努力がどんなに辛く難しいことだったか。

 私はその苦しみと努力をずっと見て来たから、この子には本当に幸せになって欲しい。

 だからササグへの最後の助言として

「姉さんと結婚して婿養子になる話が出ているみたいだけど、もし嫌だったら買われた子どもだからなんて思わないで逃げて」

 私の1つ上の姉は、外見性格能力ともに、村でいちばんの若者になったササグを伴侶にしたいそうだ。

 村長である父にとっても、有能かつ勤勉なササグは、村と家を護る跡継ぎとして最適だろう。

 姉は勝ち気だが、面倒見のいい常識人で、村いちばんの器量よしだ。悪い話どころか好条件だが、選択の自由はあるべきだ。

 自分自身の財産を持たないササグに、身一つで出て行けと言うのはあまりに無責任なので、この日のために子どもの頃から、家から金目のものを盗んで密かに貯めていた。

「もし村を出るなら旅の資金に。村に留まるなら父に返して」

 金目のものの隠し場所をササグに教えると、彼はハッとして

「ものを盗んでいたのは、俺にくれるためだったんですか?」

 厳密に言えば、私が家族に見放されるための活動の一環として『盗癖とうへき』を演じるついでだ。

 でも同じ家で育った彼は、私が盗みを働くたびに

『なんでお前は、そんなにも俺たちを困らせるんだ!? 少しはマトモになれないのか!?』

 父に激しく叱られ、ぶたれるのを見ていた。その様子を思い出したのか、とうとう涙した。

 私はササグの深刻な反応に、やや面食らいながら

「君のためじゃないよ。私も皆に嫌われる必要があったから、そのついで」

 彼が気に病まないように訂正すると

「ササグは真面目だから、勝手にうちのものを持ち出すのは気が引けるだろうけど、もし村を出るなら遠慮なく使って。金で子どもの命や自由を買うなんて、自分の身内にはさせたくないから」

 必要なことはだいたい言い終えたので

「さぁ、もう行って。私は本当に大丈夫だから。ササグは誰にも気兼ねせず自由に生きて」

 私は生贄の座を誰にも譲る気が無いので、ササグにごねられないように強引に追い返した。
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