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オマケ【時系列バラバラ】
ササグとはじめてのお祓い【霊視点】
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この村にはウラメという、変わった娘が居る。
村長の次女なのだが、器量よしの姉と違って痩せっぽちで、死者のように青白い顔をした不気味な 風貌の女の子だ。
まるで自分自身があの世の住人のようだからか、ウラメには霊が見えるという噂があった。
生前の俺は村の大人たちと同様。
「霊が見えるなんて馬鹿らしい」
「何かと話しているように見えるのは、ただの独り言だろう」
と考えていた。
けれど自分が大蛇の生贄にされて死んで分かった。
ウラメには霊が見え、語らうこともできる。
今では俺も、ウラメと語らう無念の霊たちの1人だ。
俺たち村の犠牲者集団とウラメの目的は、まずは大蛇の生贄となり、同じ波長を持つことで怨霊になること。
そして憎い大蛇を祟り殺し、村人たちに復讐することだ。
正直なところ俺たちは、自分たちを犠牲にした村人たちも祟り殺したい勢いだが
「でも君たちも、いざ自分が選ばれるまでは生贄の儀式を受け入れていたよね?」
ウラメはまだ10歳で、普段は怨霊になって人々を脅かしたいとか、子どもらしく愚かなことを言う。
それなのに時折。
「私もすでに3人犠牲にしている。子どもだから無力だから何もできなかったと言うなら、それは他の人たちも同じだから。自分の番になったからって、人だけ責められない」
俺たちが都合よく無視しているズルや矛盾を、サラッと指摘する。
全くの部外者の発言なら「お前に何が分かる」と反発するところだ。
しかしウラメは、このまま行けば俺たちと全く同じ立場になる。
犠牲のもとに生き、自らも犠牲にされた者として。
そのウラメの言葉だと、認めたくなくても考えざるを得ない。
俺たちを犠牲にした村人たちは、かつての自分たち。それを祟り殺せと言えるのかと。
ところが神妙になった矢先。
「だから村の人たちには、死なない程度の恐怖と不安だけ与えよう。これからは大蛇も居なくなるんだし、それならどっこいどっこいだから」
とウラメは目を輝かせた。
妙に達観している時もあるが、基本は自分の理想を叶えるべく、うまいこと俺たちを言いくるめているだけかもしれない。
それでも油断すると、恨み辛みに囚われてしまう俺たちにとっては、馬鹿みたいな夢を無邪気に語るウラメとの会話は心地よかった。
けれど、そこに
「ウラメ様」
傍目には木の棒で地面をほじりながら、1人でぶつぶつ言っているヤバい子どもに、声をかけたのはササグだった。
ササグは村長がウラメの代の生贄として、よそからもらって来た子どもだ。
最初は人形のように無気力だったが
『村人に好かれるように努力すれば、生贄にされなくて済む』
とウラメに励まされた結果、見違えるほど社交的な働き者になった。
親がよほどの美形だったのか見目もいいので
「働き者で気立てもいいのに、生贄にするなんてもったいない」
と早くも村の大人たちに惜しまれている。
しかしどうやらササグがいちばん慕っているのは
「また霊と話していたんですか?」
相手の顔も見ずに「うん」と返すウラメに、ササグは続けて
「いつも、そんなに何を話しているんですか?」
「いろいろ」
「いろいろって?」
「話している時は楽しいけど、終われば忘れちゃうようなこと」
ウラメは大蛇の生贄になり怨霊化する野望を、霊である俺たち以外には隠している。
だからササグにも俺たちとの会話は一切教えないようだ。
一方のササグは、誰の目から見ても明らかなほどウラメが好きだ。
ササグは誰に対しても愛想がいいが、ウラメを前にした時の目の輝きや弾む声。幸福そうに色づく頬が、特別な好意を示していた。
そんなササグからすれば、俺たちとの会話内容を隠されるのは仲間外れにされていると感じるのか
「……ウラメ様は霊と生身の人間、どちらが好きですか?」
見ているこちらが緊張するような硬い声。
『生身の人間』と言ったが、要は「自分と霊、どちらが好きか?」という問いのようだった。
ウラメはその問いに
「霊」
よりにもよって、滅多に見せない良い笑顔で答えた。
ウラメはお化けが大好きだから! お化けの話をすると、自然と笑顔になっちまうんだ!
ササグの奇妙な沈黙にも気づかず、ウラメはふわっとあくびすると
「眠いから帰る。じゃあね」
まだ昼だと言うのに、離れに寝に戻った。
女の霊たちは
「あーあ、残酷だねぇ、ウラメのヤツ」
「坊やの好意にも気づかないでさ」
なんて面白そうに笑っているが
「ひっ!?」
「ん? どうしたんだい?」
今ササグがゾッとするほど暗い目でこちらを見ていた。
それを仲間に伝えるも
「ササグが見ていたって……あの子には、あたしたちの姿も見えなけりゃ声も聞こえないはずだろ?」
「実際に俺たちが見えているわけじゃないだろうが、なんか睨まれた気がして……」
不安を訴える俺に、仲間は「ははっ」と笑って
「あんなチビに睨まれたからって、なんだって言うんだ。こっちも触れない代わりに、向こうだって俺たちには何もできないだろ」
「仮にササグが力持ちの大男だって、見ることも触ることもできないんじゃ何もできないさ」
「まぁ、そうなんだが……」
実際ウラメと同い年のササグは、まだ10歳のガキだ。
対するこちらは18歳のしかも霊体。仲間の言うとおり、恐れるほうがおかしい。
だいたい俺たちはもう死んでいるんだから、これ以上恐れるようなことは何も無い。
と思っていたのだが。
それから2週間ほどして、村に坊さんがやって来た。
この村では大昔から、何度も生贄の儀式を繰り返している。
村の者たちは死者の祟りを恐れて、旅の坊さんが通りかかった時は、食事や宿と引き替えに供養を頼んでいる。
ただ旅の坊さんのお経をありがたがって、成仏した霊は1人として居ない。
だいたい法力みたいなものがあるんだとしたら、まず山の神をどうにかしろという話だ。
しかしこの村を訪れる自称・霊能力者はみな
「人や動物の霊ならともかく、人が神を祓うことは不可能です」
「台風や地震など天地の災いと同様。人間にとっては残酷でも、神のご意思なら従うしかありません」
と試しもしないで断る。
供養だの除霊だの言って、お経を読んではお布施を取るが、けっきょく人の不安と無知に付け込んで私腹を肥やす詐欺のような商売だ。
それは今回の坊さんも同じ。
人のよさそうなおっさんだったが、そもそも修行僧だし、霊を成仏させたり祓ったりする力は無さそうだった。
けれど、そんな坊さんに
「お坊様、夕餉をどうぞ」
「どうもありがとう」
ササグはニコニコと愛想よく、坊さんに食事を届けた。
しかしササグの用は村長のお使いだけではなく
「あの、お坊様。ご迷惑かもしれませんが、俺にお経を教えていただけませんか?」
「お経を教えて欲しいとは、どうして? 君のような幼い子が、わざわざ学びたがるものではないと思うが」
坊さんの問いに、ササグは目を潤ませると
「だってこの村には、俺たちのために犠牲にしてしまった人たちがたくさん居るから。いくら謝っても許してもらえるわけはないけど、せめて自分の手で供養できたらと思ったんです」
ササグの健気な態度に、坊さんは胸を打たれたようで
「そうか。だったら霊たちが安らかに成仏できるように、いちばん効果があると言われているお経を教えてあげよう」
「ありがとうございます」
それから坊さんはササグにお経を教えた。
しかし長ったらしいお経の文句を、1日2日で覚えられるはずがない。
「文字が読めるなら私が居なくなった後も、練習できるように書いていってあげよう」
坊さんはよほどササグを気に入ったのか、自分の経文を紙に書き写してくれた。
ササグは別れ際、坊さんに
「素人でも心を込めてお経を唱えれば、霊を成仏させられるでしょうか?」
ササグの問いに、坊さんは温和な笑みで
「私のお師匠様が言うには、霊的な世界でいちばん大事なのは念の強さだそうだ」
「ねんってなんですか?」
「想いや気持ちのことさ。つまり君が心から霊の存在を信じ、強く成仏を願うなら、きっとこのお経がその念を届けてくれるよ」
その霊である俺たちは、2人の会話を聞きながら
「念ずる気持ちが強ければ、だってさ」
「だとしたら、あたしたちを成仏させられなかったこの坊さんは、霊を信じてないか供養の気持ちが足りないと見えるね」
なまくら坊主とまでは言わないが、仲間の言うとおり、この坊さん自身は心から霊の存在を信じてはいないのだろう。
恐らくは死者ではなく、生者の心の慰めとして経を読んでいる。
ウラメのように霊が見えるならともかく、人は目に見えないものの存在を、完全に信じ切れるようにはできていない。
もし自分の目には見えないものを、誰かの教えや言葉を頼りに、一切の疑いなく信じ切れるとしたら、その思考は狂気に近い。
「それにしてもササグが、そんなにあたしたちを想ってくれていたなんて知らなかったよ」
「坊さんならまだしも子どものお経が効くはずもないけど、せっかく練習しているんだから聞きに行ってやろうか」
俺たちはどうせ暇なのもあり、今日から1人で練習することになったササグのもとに行った。
「ササグのヤツ。どうせお経を読むなら、日のあるうちに練習したほうがいいだろうに。どうして、こんな夜中になって」
「それもウラメの離れの前で読むんだろうねぇ?」
首を傾げる俺たちの前で、ササグはロウソクの火を頼りに経文を広げると
(消えろ! 消えろ! 消えろ! 死者がいつまでも未練がましくこの世に留まって、ウラメ様の気を引くな!)
実際にササグが、そう思って唱えたかは知らん。
しかし
(さっさと、あの世へ逝け!)
と言わんばかりの攻撃的な念が
「ぐあああっ!? 一語一語に殺意が籠もっている!」
「全然供養の気持ちじゃない! 全然供養の気持ちじゃない!」
無数の音の粒に宿って霊体を貫いた。
俺は咄嗟に、その場を離れて難を逃れたが
「いちばん近くでササグの経を聞いた連中は、あのまま消えちまったみたいだ……」
俺と同様なんとか逃げ延びた霊たちはガタガタと震えながら
「怖ぇよぉぉ! なんで坊さんでもないただのガキの唱えるお経が、あんなに効くんだよぉぉ!?」
死後はじめての脅威に恐怖する仲間たちに
「それこそ念ってヤツじゃないのか?」
俺はこちらを見る仲間たちに続けて
「あの坊さんが言っていただろう。霊的な世界でいちばん大事なのは念の強さだって」
ウラメがなりたがっている怨霊も、恨みの念が強いほど力が増すと言う。
人間の霊力も同じだとすれば
「ササグは多分、ウラメを通じて霊の存在を確信している。その上で霊体を貫くほど強く、俺たちが消えるように念じている……」
「じゃあ、ササグが読む経には俺たちを消す力が……?」
「間違いなく、その辺の坊さんよりはある」
「はわわ……」
俺の推測を聞いた仲間たちはいっそう震えあがって
「成仏ならともかく、消えるのは嫌だ!」
「ウラメに言ってやめさせよう! もうお経を読まないでくれって!」
すぐにでもウラメに言いつける勢いだったが
「やめろ! かえって危ない!」
慌てて止める俺に、仲間はキョトンと
「危ないって、なんで? ササグはウラメの言うことなら、なんでも聞くだろ?」
「ササグが俺たちを消そうとしていることをウラメに話したら、絶対に揉めるだろ。その時、ササグの怒りが誰に向くと思っているんだ?」
俺の忠告に、仲間たちは「うぐぅ……」と唸ると
「じゃあ、どうするんだよ?」
「もうササグには近寄らない。アイツの顔を見たら、経を読まれる前に逃げろ。それしかない」
幸いササグには霊が見えない。
武器があっても獲物が見えなければ、狩りはできない。
今回のように、こちらから近づかなければ、まずお経の餌食になることは無いはずだ。
しかし俺たちは、もともと役立たずか嫌われ者として生贄に選ばれた集団。
どちらかと言えば、分別や協調性に欠ける者が多いので
「あんなガキに怯えてコソコソ逃げ回るなんて冗談じゃないぜ」
「アイツはまだ10歳のガキだ。ちょっと脅かしてやれば、二度と霊を攻撃するなんて舐めた真似はしないだろうよ」
乱暴ゆえに疎まれて生贄にされた者たちが、懲りずに何か言っている。
コイツらの身勝手は死んでも直らず、例のウラメの怨霊化計画についても
『怨霊になっちまえばウラメの意思なんて関係ねぇ。次は俺たちが大蛇の代わりに、村の連中を苦しめてやろうぜ』
など悪たれ同士でほざいている。
コイツらは霊の間でも嫌われ者だった。
しかし気の弱い者は、こういう横柄な者の意見をつい聞いてしまうので
「でも、ちょっと脅かすって、どうするんだよ」
「寝ているところを襲えばいいのさ。夢現の時はただの霊でも人間に干渉しやすくなる。眠っているところに覆いかぶさってビビらせてやるさ」
「そりゃいい! 寝ている時なら経文も持ってないしな!」
確かに霊側にとっては安全性の高い策だが
「子どもを脅すなんて、やめておきなよ。あの子が飽きるまで、あたしらが気を付ければいいだけの話じゃないか」
俺たちは18で死んだものの、霊としてはもっと長く在る。
彼女の言うとおり、大の大人が子ども相手に恥ずかしくないのかと言いたいところだが
「いいや、先にはじめたのはアイツだ! 例えガキでも、こっちのタマを狙ったからには、やり返さなけりゃ気が済まねぇ!」
村で最も不要な人間として殺された手痛い経験は、コイツらになんの悟りも与えなかったらしい。
しかし霊体同士は触れ合えるので、下手に止めようとすれば俺が危ない。
それでも完全に無視することはできず、俺はササグを襲いに行く霊たちを追った。
コイツらの言うとおり、寝ているところを襲えば真っ暗な屋内。経文を読めないササグは、お経で反撃できない。
殺すまではできずとも、体の自由を奪い、首を絞めるなどすれば、子どもは怖がって二度と霊にケンカは売らないだろう。
そうなれば霊側の勝利だ。
流石のササグも霊が仕返しに来るとは考えなかったようで、暗い納屋の中。無防備に寝ていた。
荒くれ者たちはニヤニヤと、小さなササグを見下ろして
「よくも仲間を消してくれたな」
「霊だと思って舐めるんじゃねぇ。テメェが消えろ、クソガキめ」
そこで起きた変化に、俺は我が目を疑った。
本人たちは気づいていないが、ササグに覆いかぶさったヤツらは溶け合って、黒い塊になった。
あれが怨霊なのか? それとも暴力性を剥き出しにした魂が融合した悪霊か?
合体した分、人間への影響力が強まっているようで、霊に体を押し潰されながら首を絞められるササグは苦しそうだ。
ヤバい。このままじゃアイツら、ササグを殺すかもしれない。
ササグが先に仕掛けたことだが、相手はまだ10歳の子ども。それもウラメの友だちだ。
ササグが死んだらウラメが悲しむと
「おい。待て。そのくらいに……」
けれど俺が止める前に
「ギャアッ!?」
優勢だったはずの悪霊が、急に苦痛の声をあげてササグから離れる。
その声が上がる寸前、まるで小さな雷のように光がバチッと散った。
いったい何がと目を見張る俺の前で
「……頭の中でお経を唱えて苦しみが解けたということは、今のは霊の仕業か」
ササグは暗闇の中でむくりと起き上がると
「じゃあ、このお経はちゃんとお前たちに効くんだ」
コイツは今しがた、見えない者に殺されかけた。
それなのに目の前の子どもは、恐怖よりも邪魔者を消せる喜びに笑うと
「ぐわぁぁッ!? なんでお経が!?」
「こんな暗闇の中で! 紙も持ってないのに!」
悪霊は混乱しているが、答えは簡単だ。
ササグはすでにお経を暗記した。それも霊に寝込みを襲われながら、頭の中で冷静に唱えられるほど完璧に。
恐らく俺たちが見ていない時も、口にしていないだけで頭の中では、お経を覚えようと何千回と繰り返していたのかもしれない。
ササグの執念にゾッとしながら、俺は悪霊たちの末路も見届けず、急いで死地から逃げた。
翌日。俺たちの姿を見たウラメは首を傾げて
「今日はなんか人数が少ないね? 他の人たちは、どこに行ったの?」
消えたヤツらがどこに行ったのか、俺たちのほうが聞きたい。
坊さんによれば、『霊を成仏させられるありがたいお経』とのことだが、ササグは殺意の念で唱えていたし、俺たちは苦痛と恐怖を感じた。
成仏したと思いたいが、実際はどうなのか、やはり分からなかった。
その気まずい沈黙を破るように
「ウラメ様」
ピョコッと顔を出したササグに、俺たちは「ひぃっ!?」と悲鳴を上げた。
前はササグがウラメのもとに駆けて来る様子を子犬か野兎のようだと思ったが、今は蛇か熊でも見たような気持ちだ。
「ササグ。その首、どうしたの?」
ウラメの指摘どおり、ササグは首に包帯を巻いていた。
ササグは困り笑いで首を押さえながら
「虫に刺されたのか、なんか痒くて。掻きむしっていたら血が出てしまったので、念のために巻いているだけです」
実際は霊に首を絞められた痕を、隠しているのだろう。
普通は憐れむところかもしれない。
しかし翌日も痕が残るほど強く首を絞められながら泣きもせず、冷静にお経を唱えたのかと思うと、やはり恐怖しかない。
一方、何も知らないウラメは、心配そうに眉をひそめて
「血が出るほど掻いたって……大丈夫? 痛くない?」
「全然大丈……」
ササグはなぜかハッと言葉を止めると
「本当はちょっと痛くて、ウラメ様がよしよししてくれたら治るかも……」
頬を染めて、もじもじしながら、よしよしをねだった。
怖い。その年相応の幼さと、邪魔者に対する容赦の無さの落差が。
震撼する俺たちをよそに
「そっか。じゃあ、おいで」
ウラメはササグを手招くと
「よしよし。痛かったね。大事にしてね」
姉か母のようにササグを抱きしめ、優しく頭を撫でてやった。
繰り返しになるが、2人は同い年なのに。
まるでウラメのほうが本当に、ササグより10も20も年上のようだった。
ウラメに優しくよしよしされたササグは
「ウラメ様に撫でていただくと、痛いのも悲しいのも、全部どこかに飛んでいきます」
ほわっと顔を綻ばせ、幸福そうに呟いた。
ササグの境遇は知っている。孤児で、生贄として、この村に連れて来られた。
不要な人間として生贄にされる孤独と絶望を、俺たちは誰よりも知っている。
そんなササグが唯一、自分を生かそうとするウラメに執着するあまり、時に狂暴化するのは仕方ないのかもしれない。
ササグを理解しようとした矢先。
「……そう言えばウラメ様。この間、お坊様が来ていましたが、ウラメ様のご友人の霊たちは大丈夫でしたか?」
ササグの問いに、ウラメはハッとして
「あっ、あれって、そういうことなのかな?」
「あれって?」
「実は何人か姿の見えない霊が居るんだ。ちょうど供養の後だったし、もしかして成仏しちゃったのかも……」
ウラメから姿が見えない霊がいると聞いたササグは、邪魔者が消えた事実に人知れず微笑んだ。
俺たちは、その暗い笑みにゾッとしながら
「ど、どうする? ウラメに言うかい? 霊を消したのはササグだって」
身の危険を感じた女が不安そうに問うが
「よせ。余計なことを言うな。俺たちのせいでウラメと仲違いでもしたら、ササグが何をするか分からん」
仲間を止める俺の横で、気弱な男の霊がえぐえぐと泣きながら
「なんで死んだ後まで、こんなおっかない思いをしなきゃいけないんだよぉ。怖いよぉ……」
とにかくササグについては、触らぬ神に祟り無しということになった。
神と言えば例の大蛇だが、ウラメの計画が成功すれば、生贄はササグではなくウラメになる。
しかしウラメが生贄になると知って、ササグが大人しく許すだろうか?
ウラメを連れて村から逃げるか。それとも自分からウラメを奪う者は神でも殺すか。
その時は「いやまさか」と一蹴したそのまさかが8年後に起こることを、この時はまだ知る由も無い。
村長の次女なのだが、器量よしの姉と違って痩せっぽちで、死者のように青白い顔をした不気味な 風貌の女の子だ。
まるで自分自身があの世の住人のようだからか、ウラメには霊が見えるという噂があった。
生前の俺は村の大人たちと同様。
「霊が見えるなんて馬鹿らしい」
「何かと話しているように見えるのは、ただの独り言だろう」
と考えていた。
けれど自分が大蛇の生贄にされて死んで分かった。
ウラメには霊が見え、語らうこともできる。
今では俺も、ウラメと語らう無念の霊たちの1人だ。
俺たち村の犠牲者集団とウラメの目的は、まずは大蛇の生贄となり、同じ波長を持つことで怨霊になること。
そして憎い大蛇を祟り殺し、村人たちに復讐することだ。
正直なところ俺たちは、自分たちを犠牲にした村人たちも祟り殺したい勢いだが
「でも君たちも、いざ自分が選ばれるまでは生贄の儀式を受け入れていたよね?」
ウラメはまだ10歳で、普段は怨霊になって人々を脅かしたいとか、子どもらしく愚かなことを言う。
それなのに時折。
「私もすでに3人犠牲にしている。子どもだから無力だから何もできなかったと言うなら、それは他の人たちも同じだから。自分の番になったからって、人だけ責められない」
俺たちが都合よく無視しているズルや矛盾を、サラッと指摘する。
全くの部外者の発言なら「お前に何が分かる」と反発するところだ。
しかしウラメは、このまま行けば俺たちと全く同じ立場になる。
犠牲のもとに生き、自らも犠牲にされた者として。
そのウラメの言葉だと、認めたくなくても考えざるを得ない。
俺たちを犠牲にした村人たちは、かつての自分たち。それを祟り殺せと言えるのかと。
ところが神妙になった矢先。
「だから村の人たちには、死なない程度の恐怖と不安だけ与えよう。これからは大蛇も居なくなるんだし、それならどっこいどっこいだから」
とウラメは目を輝かせた。
妙に達観している時もあるが、基本は自分の理想を叶えるべく、うまいこと俺たちを言いくるめているだけかもしれない。
それでも油断すると、恨み辛みに囚われてしまう俺たちにとっては、馬鹿みたいな夢を無邪気に語るウラメとの会話は心地よかった。
けれど、そこに
「ウラメ様」
傍目には木の棒で地面をほじりながら、1人でぶつぶつ言っているヤバい子どもに、声をかけたのはササグだった。
ササグは村長がウラメの代の生贄として、よそからもらって来た子どもだ。
最初は人形のように無気力だったが
『村人に好かれるように努力すれば、生贄にされなくて済む』
とウラメに励まされた結果、見違えるほど社交的な働き者になった。
親がよほどの美形だったのか見目もいいので
「働き者で気立てもいいのに、生贄にするなんてもったいない」
と早くも村の大人たちに惜しまれている。
しかしどうやらササグがいちばん慕っているのは
「また霊と話していたんですか?」
相手の顔も見ずに「うん」と返すウラメに、ササグは続けて
「いつも、そんなに何を話しているんですか?」
「いろいろ」
「いろいろって?」
「話している時は楽しいけど、終われば忘れちゃうようなこと」
ウラメは大蛇の生贄になり怨霊化する野望を、霊である俺たち以外には隠している。
だからササグにも俺たちとの会話は一切教えないようだ。
一方のササグは、誰の目から見ても明らかなほどウラメが好きだ。
ササグは誰に対しても愛想がいいが、ウラメを前にした時の目の輝きや弾む声。幸福そうに色づく頬が、特別な好意を示していた。
そんなササグからすれば、俺たちとの会話内容を隠されるのは仲間外れにされていると感じるのか
「……ウラメ様は霊と生身の人間、どちらが好きですか?」
見ているこちらが緊張するような硬い声。
『生身の人間』と言ったが、要は「自分と霊、どちらが好きか?」という問いのようだった。
ウラメはその問いに
「霊」
よりにもよって、滅多に見せない良い笑顔で答えた。
ウラメはお化けが大好きだから! お化けの話をすると、自然と笑顔になっちまうんだ!
ササグの奇妙な沈黙にも気づかず、ウラメはふわっとあくびすると
「眠いから帰る。じゃあね」
まだ昼だと言うのに、離れに寝に戻った。
女の霊たちは
「あーあ、残酷だねぇ、ウラメのヤツ」
「坊やの好意にも気づかないでさ」
なんて面白そうに笑っているが
「ひっ!?」
「ん? どうしたんだい?」
今ササグがゾッとするほど暗い目でこちらを見ていた。
それを仲間に伝えるも
「ササグが見ていたって……あの子には、あたしたちの姿も見えなけりゃ声も聞こえないはずだろ?」
「実際に俺たちが見えているわけじゃないだろうが、なんか睨まれた気がして……」
不安を訴える俺に、仲間は「ははっ」と笑って
「あんなチビに睨まれたからって、なんだって言うんだ。こっちも触れない代わりに、向こうだって俺たちには何もできないだろ」
「仮にササグが力持ちの大男だって、見ることも触ることもできないんじゃ何もできないさ」
「まぁ、そうなんだが……」
実際ウラメと同い年のササグは、まだ10歳のガキだ。
対するこちらは18歳のしかも霊体。仲間の言うとおり、恐れるほうがおかしい。
だいたい俺たちはもう死んでいるんだから、これ以上恐れるようなことは何も無い。
と思っていたのだが。
それから2週間ほどして、村に坊さんがやって来た。
この村では大昔から、何度も生贄の儀式を繰り返している。
村の者たちは死者の祟りを恐れて、旅の坊さんが通りかかった時は、食事や宿と引き替えに供養を頼んでいる。
ただ旅の坊さんのお経をありがたがって、成仏した霊は1人として居ない。
だいたい法力みたいなものがあるんだとしたら、まず山の神をどうにかしろという話だ。
しかしこの村を訪れる自称・霊能力者はみな
「人や動物の霊ならともかく、人が神を祓うことは不可能です」
「台風や地震など天地の災いと同様。人間にとっては残酷でも、神のご意思なら従うしかありません」
と試しもしないで断る。
供養だの除霊だの言って、お経を読んではお布施を取るが、けっきょく人の不安と無知に付け込んで私腹を肥やす詐欺のような商売だ。
それは今回の坊さんも同じ。
人のよさそうなおっさんだったが、そもそも修行僧だし、霊を成仏させたり祓ったりする力は無さそうだった。
けれど、そんな坊さんに
「お坊様、夕餉をどうぞ」
「どうもありがとう」
ササグはニコニコと愛想よく、坊さんに食事を届けた。
しかしササグの用は村長のお使いだけではなく
「あの、お坊様。ご迷惑かもしれませんが、俺にお経を教えていただけませんか?」
「お経を教えて欲しいとは、どうして? 君のような幼い子が、わざわざ学びたがるものではないと思うが」
坊さんの問いに、ササグは目を潤ませると
「だってこの村には、俺たちのために犠牲にしてしまった人たちがたくさん居るから。いくら謝っても許してもらえるわけはないけど、せめて自分の手で供養できたらと思ったんです」
ササグの健気な態度に、坊さんは胸を打たれたようで
「そうか。だったら霊たちが安らかに成仏できるように、いちばん効果があると言われているお経を教えてあげよう」
「ありがとうございます」
それから坊さんはササグにお経を教えた。
しかし長ったらしいお経の文句を、1日2日で覚えられるはずがない。
「文字が読めるなら私が居なくなった後も、練習できるように書いていってあげよう」
坊さんはよほどササグを気に入ったのか、自分の経文を紙に書き写してくれた。
ササグは別れ際、坊さんに
「素人でも心を込めてお経を唱えれば、霊を成仏させられるでしょうか?」
ササグの問いに、坊さんは温和な笑みで
「私のお師匠様が言うには、霊的な世界でいちばん大事なのは念の強さだそうだ」
「ねんってなんですか?」
「想いや気持ちのことさ。つまり君が心から霊の存在を信じ、強く成仏を願うなら、きっとこのお経がその念を届けてくれるよ」
その霊である俺たちは、2人の会話を聞きながら
「念ずる気持ちが強ければ、だってさ」
「だとしたら、あたしたちを成仏させられなかったこの坊さんは、霊を信じてないか供養の気持ちが足りないと見えるね」
なまくら坊主とまでは言わないが、仲間の言うとおり、この坊さん自身は心から霊の存在を信じてはいないのだろう。
恐らくは死者ではなく、生者の心の慰めとして経を読んでいる。
ウラメのように霊が見えるならともかく、人は目に見えないものの存在を、完全に信じ切れるようにはできていない。
もし自分の目には見えないものを、誰かの教えや言葉を頼りに、一切の疑いなく信じ切れるとしたら、その思考は狂気に近い。
「それにしてもササグが、そんなにあたしたちを想ってくれていたなんて知らなかったよ」
「坊さんならまだしも子どものお経が効くはずもないけど、せっかく練習しているんだから聞きに行ってやろうか」
俺たちはどうせ暇なのもあり、今日から1人で練習することになったササグのもとに行った。
「ササグのヤツ。どうせお経を読むなら、日のあるうちに練習したほうがいいだろうに。どうして、こんな夜中になって」
「それもウラメの離れの前で読むんだろうねぇ?」
首を傾げる俺たちの前で、ササグはロウソクの火を頼りに経文を広げると
(消えろ! 消えろ! 消えろ! 死者がいつまでも未練がましくこの世に留まって、ウラメ様の気を引くな!)
実際にササグが、そう思って唱えたかは知らん。
しかし
(さっさと、あの世へ逝け!)
と言わんばかりの攻撃的な念が
「ぐあああっ!? 一語一語に殺意が籠もっている!」
「全然供養の気持ちじゃない! 全然供養の気持ちじゃない!」
無数の音の粒に宿って霊体を貫いた。
俺は咄嗟に、その場を離れて難を逃れたが
「いちばん近くでササグの経を聞いた連中は、あのまま消えちまったみたいだ……」
俺と同様なんとか逃げ延びた霊たちはガタガタと震えながら
「怖ぇよぉぉ! なんで坊さんでもないただのガキの唱えるお経が、あんなに効くんだよぉぉ!?」
死後はじめての脅威に恐怖する仲間たちに
「それこそ念ってヤツじゃないのか?」
俺はこちらを見る仲間たちに続けて
「あの坊さんが言っていただろう。霊的な世界でいちばん大事なのは念の強さだって」
ウラメがなりたがっている怨霊も、恨みの念が強いほど力が増すと言う。
人間の霊力も同じだとすれば
「ササグは多分、ウラメを通じて霊の存在を確信している。その上で霊体を貫くほど強く、俺たちが消えるように念じている……」
「じゃあ、ササグが読む経には俺たちを消す力が……?」
「間違いなく、その辺の坊さんよりはある」
「はわわ……」
俺の推測を聞いた仲間たちはいっそう震えあがって
「成仏ならともかく、消えるのは嫌だ!」
「ウラメに言ってやめさせよう! もうお経を読まないでくれって!」
すぐにでもウラメに言いつける勢いだったが
「やめろ! かえって危ない!」
慌てて止める俺に、仲間はキョトンと
「危ないって、なんで? ササグはウラメの言うことなら、なんでも聞くだろ?」
「ササグが俺たちを消そうとしていることをウラメに話したら、絶対に揉めるだろ。その時、ササグの怒りが誰に向くと思っているんだ?」
俺の忠告に、仲間たちは「うぐぅ……」と唸ると
「じゃあ、どうするんだよ?」
「もうササグには近寄らない。アイツの顔を見たら、経を読まれる前に逃げろ。それしかない」
幸いササグには霊が見えない。
武器があっても獲物が見えなければ、狩りはできない。
今回のように、こちらから近づかなければ、まずお経の餌食になることは無いはずだ。
しかし俺たちは、もともと役立たずか嫌われ者として生贄に選ばれた集団。
どちらかと言えば、分別や協調性に欠ける者が多いので
「あんなガキに怯えてコソコソ逃げ回るなんて冗談じゃないぜ」
「アイツはまだ10歳のガキだ。ちょっと脅かしてやれば、二度と霊を攻撃するなんて舐めた真似はしないだろうよ」
乱暴ゆえに疎まれて生贄にされた者たちが、懲りずに何か言っている。
コイツらの身勝手は死んでも直らず、例のウラメの怨霊化計画についても
『怨霊になっちまえばウラメの意思なんて関係ねぇ。次は俺たちが大蛇の代わりに、村の連中を苦しめてやろうぜ』
など悪たれ同士でほざいている。
コイツらは霊の間でも嫌われ者だった。
しかし気の弱い者は、こういう横柄な者の意見をつい聞いてしまうので
「でも、ちょっと脅かすって、どうするんだよ」
「寝ているところを襲えばいいのさ。夢現の時はただの霊でも人間に干渉しやすくなる。眠っているところに覆いかぶさってビビらせてやるさ」
「そりゃいい! 寝ている時なら経文も持ってないしな!」
確かに霊側にとっては安全性の高い策だが
「子どもを脅すなんて、やめておきなよ。あの子が飽きるまで、あたしらが気を付ければいいだけの話じゃないか」
俺たちは18で死んだものの、霊としてはもっと長く在る。
彼女の言うとおり、大の大人が子ども相手に恥ずかしくないのかと言いたいところだが
「いいや、先にはじめたのはアイツだ! 例えガキでも、こっちのタマを狙ったからには、やり返さなけりゃ気が済まねぇ!」
村で最も不要な人間として殺された手痛い経験は、コイツらになんの悟りも与えなかったらしい。
しかし霊体同士は触れ合えるので、下手に止めようとすれば俺が危ない。
それでも完全に無視することはできず、俺はササグを襲いに行く霊たちを追った。
コイツらの言うとおり、寝ているところを襲えば真っ暗な屋内。経文を読めないササグは、お経で反撃できない。
殺すまではできずとも、体の自由を奪い、首を絞めるなどすれば、子どもは怖がって二度と霊にケンカは売らないだろう。
そうなれば霊側の勝利だ。
流石のササグも霊が仕返しに来るとは考えなかったようで、暗い納屋の中。無防備に寝ていた。
荒くれ者たちはニヤニヤと、小さなササグを見下ろして
「よくも仲間を消してくれたな」
「霊だと思って舐めるんじゃねぇ。テメェが消えろ、クソガキめ」
そこで起きた変化に、俺は我が目を疑った。
本人たちは気づいていないが、ササグに覆いかぶさったヤツらは溶け合って、黒い塊になった。
あれが怨霊なのか? それとも暴力性を剥き出しにした魂が融合した悪霊か?
合体した分、人間への影響力が強まっているようで、霊に体を押し潰されながら首を絞められるササグは苦しそうだ。
ヤバい。このままじゃアイツら、ササグを殺すかもしれない。
ササグが先に仕掛けたことだが、相手はまだ10歳の子ども。それもウラメの友だちだ。
ササグが死んだらウラメが悲しむと
「おい。待て。そのくらいに……」
けれど俺が止める前に
「ギャアッ!?」
優勢だったはずの悪霊が、急に苦痛の声をあげてササグから離れる。
その声が上がる寸前、まるで小さな雷のように光がバチッと散った。
いったい何がと目を見張る俺の前で
「……頭の中でお経を唱えて苦しみが解けたということは、今のは霊の仕業か」
ササグは暗闇の中でむくりと起き上がると
「じゃあ、このお経はちゃんとお前たちに効くんだ」
コイツは今しがた、見えない者に殺されかけた。
それなのに目の前の子どもは、恐怖よりも邪魔者を消せる喜びに笑うと
「ぐわぁぁッ!? なんでお経が!?」
「こんな暗闇の中で! 紙も持ってないのに!」
悪霊は混乱しているが、答えは簡単だ。
ササグはすでにお経を暗記した。それも霊に寝込みを襲われながら、頭の中で冷静に唱えられるほど完璧に。
恐らく俺たちが見ていない時も、口にしていないだけで頭の中では、お経を覚えようと何千回と繰り返していたのかもしれない。
ササグの執念にゾッとしながら、俺は悪霊たちの末路も見届けず、急いで死地から逃げた。
翌日。俺たちの姿を見たウラメは首を傾げて
「今日はなんか人数が少ないね? 他の人たちは、どこに行ったの?」
消えたヤツらがどこに行ったのか、俺たちのほうが聞きたい。
坊さんによれば、『霊を成仏させられるありがたいお経』とのことだが、ササグは殺意の念で唱えていたし、俺たちは苦痛と恐怖を感じた。
成仏したと思いたいが、実際はどうなのか、やはり分からなかった。
その気まずい沈黙を破るように
「ウラメ様」
ピョコッと顔を出したササグに、俺たちは「ひぃっ!?」と悲鳴を上げた。
前はササグがウラメのもとに駆けて来る様子を子犬か野兎のようだと思ったが、今は蛇か熊でも見たような気持ちだ。
「ササグ。その首、どうしたの?」
ウラメの指摘どおり、ササグは首に包帯を巻いていた。
ササグは困り笑いで首を押さえながら
「虫に刺されたのか、なんか痒くて。掻きむしっていたら血が出てしまったので、念のために巻いているだけです」
実際は霊に首を絞められた痕を、隠しているのだろう。
普通は憐れむところかもしれない。
しかし翌日も痕が残るほど強く首を絞められながら泣きもせず、冷静にお経を唱えたのかと思うと、やはり恐怖しかない。
一方、何も知らないウラメは、心配そうに眉をひそめて
「血が出るほど掻いたって……大丈夫? 痛くない?」
「全然大丈……」
ササグはなぜかハッと言葉を止めると
「本当はちょっと痛くて、ウラメ様がよしよししてくれたら治るかも……」
頬を染めて、もじもじしながら、よしよしをねだった。
怖い。その年相応の幼さと、邪魔者に対する容赦の無さの落差が。
震撼する俺たちをよそに
「そっか。じゃあ、おいで」
ウラメはササグを手招くと
「よしよし。痛かったね。大事にしてね」
姉か母のようにササグを抱きしめ、優しく頭を撫でてやった。
繰り返しになるが、2人は同い年なのに。
まるでウラメのほうが本当に、ササグより10も20も年上のようだった。
ウラメに優しくよしよしされたササグは
「ウラメ様に撫でていただくと、痛いのも悲しいのも、全部どこかに飛んでいきます」
ほわっと顔を綻ばせ、幸福そうに呟いた。
ササグの境遇は知っている。孤児で、生贄として、この村に連れて来られた。
不要な人間として生贄にされる孤独と絶望を、俺たちは誰よりも知っている。
そんなササグが唯一、自分を生かそうとするウラメに執着するあまり、時に狂暴化するのは仕方ないのかもしれない。
ササグを理解しようとした矢先。
「……そう言えばウラメ様。この間、お坊様が来ていましたが、ウラメ様のご友人の霊たちは大丈夫でしたか?」
ササグの問いに、ウラメはハッとして
「あっ、あれって、そういうことなのかな?」
「あれって?」
「実は何人か姿の見えない霊が居るんだ。ちょうど供養の後だったし、もしかして成仏しちゃったのかも……」
ウラメから姿が見えない霊がいると聞いたササグは、邪魔者が消えた事実に人知れず微笑んだ。
俺たちは、その暗い笑みにゾッとしながら
「ど、どうする? ウラメに言うかい? 霊を消したのはササグだって」
身の危険を感じた女が不安そうに問うが
「よせ。余計なことを言うな。俺たちのせいでウラメと仲違いでもしたら、ササグが何をするか分からん」
仲間を止める俺の横で、気弱な男の霊がえぐえぐと泣きながら
「なんで死んだ後まで、こんなおっかない思いをしなきゃいけないんだよぉ。怖いよぉ……」
とにかくササグについては、触らぬ神に祟り無しということになった。
神と言えば例の大蛇だが、ウラメの計画が成功すれば、生贄はササグではなくウラメになる。
しかしウラメが生贄になると知って、ササグが大人しく許すだろうか?
ウラメを連れて村から逃げるか。それとも自分からウラメを奪う者は神でも殺すか。
その時は「いやまさか」と一蹴したそのまさかが8年後に起こることを、この時はまだ知る由も無い。
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かるぼり様へ
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私もヤンデレが好きなので、一緒にヤンデレわっしょいしていただけて嬉しいです!
このお話は4月6日で完結ですが、最後まで楽しんでいただけましたら幸いです。
怨霊よりも恐ろしいヤンデレ達😱
…見てる分には美味しいけど❣️
tago様へ
コメントありがとうございます。
私もササグのヤンデレぶりは、とても楽しく書いていたので、tago様に気に入っていただけて嬉しいです。
最終話後のオマケでも、よりヤバいササグのヤンデレぶり(と可哀想な霊たち)がご覧になれますので、最後までお付き合いいただけましたら幸いです。
うわぁ、ぞわっと来た!!彼の登場、楽しみですね!更新お待ちしてます。ありがとうございます。
かるぼり様へ
こちらこそコメントありがとうございます。
更新を楽しみにしてくださっている方が居るんだ! と、とても嬉しかったです。
本編はもう少しで終了ですが、オマケが2話ほどありますので、最後まで楽しんでいただけましたら幸いです。