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第12話・99階にて
最期の導き【視点混合】
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しかしユエルの手を取ろうとした瞬間。地の底から響くような低い唸り声とともにダンジョンが大きく揺れた。
「な、なんだ!?」
「ダンジョンの中で地震!?」
こんな現象ははじめてで、動揺する風丸と私をよそに
「違う。魔王が覚醒したみたいです」
「覚醒って、まだ期日は先だろ?」
「もしかしてネフィロスの力の影響? 魔属性同士、呼応し合って覚醒を早めたとか?」
「原因は分かりません。でも!」
ユエルはそう言いながら何かを見て剣を抜いた。視線の先には上階から降りて来たらしいモンスターたちが居た。魔王は動植物をモンスター化させると言う。しかしすでにモンスター化したものに対しても、さらに凶暴化させるなどの影響を及ぼすらしい。
そのモンスターたちは動けない私たちに代わり、ユエルが1人で倒してくれたが
「魔物たちが凶暴化しているのを見ると、やはり魔王はすでに覚醒したようです」
「だとすると今ごろ、上階のモンスターは地上に向かっているかもしれないね」
普通のRPGと違い、このゲームの魔物は1000年間完璧に、この地下ダンジョンに封印されていた。つまり地上の人たちには、モンスターとの戦闘経験が無い。そこにモンスターたちが出て行けば再び態勢が整うまで、人々はなす術なく蹂躙される。
モンスターが地上に溢れ出るまで、もう一刻の猶予も無い。
「ユエル。悪いけど、魔王は君が1人で倒して。私と風丸はもう戦えない。ついて行けば、かえって足手まといになるから」
ゲームでは100レベルに最強装備のユエルは単独で魔王を倒せた。ただし魔王に挑む前に、気力体力ともに全回復させてからの戦闘だった。私たちほどではないが、ユエルも消耗している。ただでさえ厳しい戦いを、勝ち抜けるか分からない。それでも
「そんな。またいつモンスターが襲って来るか分からないのに。僕が置いて行ったら2人は……」
ユエルは迷っているが、動けなくなった私たちを連れて、凶暴化した魔物が居るエリアを99階分も突破するのは不可能だ。私たちに退路は無く、全員でここに留まるか、ユエルだけ先に進むしかない。
「君が居ても最後には力尽きて、凶暴化したモンスターたちに殺されるだけだよ。世界を救うか皆で死ぬか。考えるまでもない選択だ」
「でもマスター。僕はそれでも」
理屈で割り切れない感情が、私を想う気持ちが、ユエルをここに留まらせようとする。でも私は
「人々の安寧のために、決して折れない強い剣にしてくれ。はじめて会った時、君が私に言った言葉だよ」
私の言葉に、ユエルはハッと目を見開いた。私は婚約者ではなく、導き手として厳しく彼を見据えて
「私は君の剣を鈍らせるために、ここに来たわけじゃない。君のいちばんの願いを叶えに来た。だから行って。自分のやるべきことをして」
こちらに来ようとする彼の胸に手を置くと
「皆を護れ、ユエル」
先へ進ませるように強く押した。ユエルはグッと迷いを断ち切ると
「……分かりました。でもマスターを死なせることはできません」
懐から転移石を取り出し、魔法を発動させた。送還の光が私を包む。転移石によって帰れる可能性には気づいていた。
でもこれから死地に向かうユエルと、ネフィロスの誘いを蹴ってまで私たちを助けてくれた風丸を置いて、自分だけ帰ることはできないと、ここに留まるつもりだった。例えそれがなんの役にも立たず、ここで一緒に死ぬだけのことでも。
それでも本当は仲間を置いて、帰りたくなどなかった。けどユエルが私を逃がそうとする気持ちも痛いほど分かるから、ただ死ぬためにここに留まるとは言えず
「魔王は必ず僕が封印します。……最後まで正しい導きを、ありがとう」
ユエルは送還の光の向こうで儚く笑うと
「あなたが僕のマスターで良かった」
その言葉を最後に私たちは別れた。
【ユエル視点】
マスターを見送った後、不思議と涙は出なかった。まだ彼女を失った実感が湧かないせいかもしれないし、差し迫る危機がそれ以外の感情を奪ったのかもしれなかった。
「すみません、風丸さん。あなたは僕を助けてくれたのに」
マスターだけ逃がして、風丸さんには何もしてあげられないことが申し訳なかった。本来なら風丸さんにも、逃げるチャンスがあったのだと知っているから余計に。
しかし風丸さんは、立つのも辛そうに壁にもたれかかりながらも
「いいよ、置いてけ。俺1人ならどうとでもなる。その代わりお前はキッチリ魔王を倒して来いよ。姐御の気持ちを無駄にすんな」
「はい。必ず」
僕は風丸さんと別れて、魔王の居る地下100階へと降りた。ここまで連れて来てくれた皆の気持ちを無駄にしないために。最愛の人との約束を嘘にしないために。
「な、なんだ!?」
「ダンジョンの中で地震!?」
こんな現象ははじめてで、動揺する風丸と私をよそに
「違う。魔王が覚醒したみたいです」
「覚醒って、まだ期日は先だろ?」
「もしかしてネフィロスの力の影響? 魔属性同士、呼応し合って覚醒を早めたとか?」
「原因は分かりません。でも!」
ユエルはそう言いながら何かを見て剣を抜いた。視線の先には上階から降りて来たらしいモンスターたちが居た。魔王は動植物をモンスター化させると言う。しかしすでにモンスター化したものに対しても、さらに凶暴化させるなどの影響を及ぼすらしい。
そのモンスターたちは動けない私たちに代わり、ユエルが1人で倒してくれたが
「魔物たちが凶暴化しているのを見ると、やはり魔王はすでに覚醒したようです」
「だとすると今ごろ、上階のモンスターは地上に向かっているかもしれないね」
普通のRPGと違い、このゲームの魔物は1000年間完璧に、この地下ダンジョンに封印されていた。つまり地上の人たちには、モンスターとの戦闘経験が無い。そこにモンスターたちが出て行けば再び態勢が整うまで、人々はなす術なく蹂躙される。
モンスターが地上に溢れ出るまで、もう一刻の猶予も無い。
「ユエル。悪いけど、魔王は君が1人で倒して。私と風丸はもう戦えない。ついて行けば、かえって足手まといになるから」
ゲームでは100レベルに最強装備のユエルは単独で魔王を倒せた。ただし魔王に挑む前に、気力体力ともに全回復させてからの戦闘だった。私たちほどではないが、ユエルも消耗している。ただでさえ厳しい戦いを、勝ち抜けるか分からない。それでも
「そんな。またいつモンスターが襲って来るか分からないのに。僕が置いて行ったら2人は……」
ユエルは迷っているが、動けなくなった私たちを連れて、凶暴化した魔物が居るエリアを99階分も突破するのは不可能だ。私たちに退路は無く、全員でここに留まるか、ユエルだけ先に進むしかない。
「君が居ても最後には力尽きて、凶暴化したモンスターたちに殺されるだけだよ。世界を救うか皆で死ぬか。考えるまでもない選択だ」
「でもマスター。僕はそれでも」
理屈で割り切れない感情が、私を想う気持ちが、ユエルをここに留まらせようとする。でも私は
「人々の安寧のために、決して折れない強い剣にしてくれ。はじめて会った時、君が私に言った言葉だよ」
私の言葉に、ユエルはハッと目を見開いた。私は婚約者ではなく、導き手として厳しく彼を見据えて
「私は君の剣を鈍らせるために、ここに来たわけじゃない。君のいちばんの願いを叶えに来た。だから行って。自分のやるべきことをして」
こちらに来ようとする彼の胸に手を置くと
「皆を護れ、ユエル」
先へ進ませるように強く押した。ユエルはグッと迷いを断ち切ると
「……分かりました。でもマスターを死なせることはできません」
懐から転移石を取り出し、魔法を発動させた。送還の光が私を包む。転移石によって帰れる可能性には気づいていた。
でもこれから死地に向かうユエルと、ネフィロスの誘いを蹴ってまで私たちを助けてくれた風丸を置いて、自分だけ帰ることはできないと、ここに留まるつもりだった。例えそれがなんの役にも立たず、ここで一緒に死ぬだけのことでも。
それでも本当は仲間を置いて、帰りたくなどなかった。けどユエルが私を逃がそうとする気持ちも痛いほど分かるから、ただ死ぬためにここに留まるとは言えず
「魔王は必ず僕が封印します。……最後まで正しい導きを、ありがとう」
ユエルは送還の光の向こうで儚く笑うと
「あなたが僕のマスターで良かった」
その言葉を最後に私たちは別れた。
【ユエル視点】
マスターを見送った後、不思議と涙は出なかった。まだ彼女を失った実感が湧かないせいかもしれないし、差し迫る危機がそれ以外の感情を奪ったのかもしれなかった。
「すみません、風丸さん。あなたは僕を助けてくれたのに」
マスターだけ逃がして、風丸さんには何もしてあげられないことが申し訳なかった。本来なら風丸さんにも、逃げるチャンスがあったのだと知っているから余計に。
しかし風丸さんは、立つのも辛そうに壁にもたれかかりながらも
「いいよ、置いてけ。俺1人ならどうとでもなる。その代わりお前はキッチリ魔王を倒して来いよ。姐御の気持ちを無駄にすんな」
「はい。必ず」
僕は風丸さんと別れて、魔王の居る地下100階へと降りた。ここまで連れて来てくれた皆の気持ちを無駄にしないために。最愛の人との約束を嘘にしないために。
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