異世界転移した優しい旅人は自分を取り巻く愛と呪いに気付かない

知見夜空

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竜神の手甲

番外編・竜の恋煩い【リュシオン視点】

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 フィーロ殿のアイディアで、アルメリア様の戴冠式に竜の姿で王都の空を舞うことになった。

 俺もかつては守護竜を崇める立場だったから、新たな王の戴冠式に竜が姿を見せれば、民がどれほど喜ぶか分かる。これでようやくエーデルワールにも平和が戻るだろう。

 戴冠式の日まで、俺とミコト殿は王都の宿屋に泊まることになった。

 アルメリア様との打ち合わせを終えて城から戻った夜。ミコト殿は俺が泊まっている部屋を訪ねると

「あの、実はリュシオンにお願いがあって」

 彼女が恥ずかしそうに打ち明けたのは

「竜になった姿が見たい?」

 目を丸くする俺に、ミコト殿は「ゴメンね」と眉を下げつつ

「リュシオンがどれだけ大きな犠牲を払ったか知っているのに、竜になって欲しいなんて酷いけど。この間は遠目だったし、すぐに戻っちゃったから。もっとよく見たいなって、好奇心を抑えられなかった……」

 先日、領主たちの前に竜の姿で現れた時。国の行く末に関わる重要な話し合いだったので、客人であるミコト殿は流石に同席できず、遠くから成り行きを見守ってくれていた。

 だから竜になった姿がよく見えず、ずっと気になっていたらしい。

 ミコト殿はすまなさそうだが、彼女らしい無邪気な願いが微笑ましくて

「そんな、すまなそうにしなくても。俺だって知人が竜に変身できると知ったら、ぜひ見たいと思うだろう。ミコト殿だけじゃないから大丈夫だ」
「あ、ありがとう。じゃあ、また竜になったところ、見せてもらってもいい?」

 とは言え、王都の真ん中で竜の姿になるのは、ものすごく目立つ。なるなら人気の無い場所がいい。

 翌日。俺はかつて竜の試練が行われていた青の洞窟にミコト殿を案内した。

「わぁ、すごい。静かで綺麗なところだね」
「ここは青の洞窟と言って、守護竜の住処として聖域に指定されている場所だ。新たな竜騎士を選ぶ竜の試練の時以外は、誰も立ち入れぬようになっている」

 普段は誰も来ないこの場所なら、人目を気にせず変身できるだろう。

 俺はさっそく竜神の手甲で青い竜の姿に変身した。

 洞窟の天井に頭が着きそうなほど巨大な竜になった俺を、ミコト殿は「わぁ~っ」と見上げて

「すごい! 大きいね! 青い鱗がキラキラして綺麗!」

 それこそ綺麗な目をキラキラと輝かせて、頬を紅潮させながらはしゃぐと

「中身がリュシオンだからか顔つきや眼差しに知性があって、ただそこにいるだけで偉大で神聖な感じがするね。確かに神様みたい」

 手放しの称賛が恥ずかしくて、俺は鋭い爪のついた竜の手で顔を隠しながら

「褒めすぎだ、ミコト殿……。姿は守護竜でも中身は俺なのだから、あまり持ち上げないで欲しい……」

 しかしミコト殿は聞いているのかいないのか、好奇心いっぱいの顔で俺に近づくと

「触ってみてもいい?」
「あ、ああ。どうぞ」

 了承すると、彼女は小さな手で俺の尻尾をペタペタと触った。

 鋼よりも硬い鱗で皮膚を覆われているせいか、女性の柔らかな手で触られたくらいでは、なんの感触もしないが

「わぁ、すごく硬くて冷たい。竜って、こんな手触りなんだ」

 ミコト殿が楽しそうだと俺も嬉しい。喜んでくれて良かったと見下ろしていると

「み、ミコト殿?」

 全身で足に抱き着かれて戸惑う。名を呼ばれたミコト殿は恥ずかしそうに離れて

「ゴメン。欲望を抑えられなかった」
「いや……俺は別に構わないが……」

 硬い鱗のせいで、こちらにはミコト殿の肌の感触は分からない。

 彼女が楽しいだけなら、抱擁くらい許されるのではないか?

 そう考えて許可を出すと、ミコト殿は再び俺に抱き着いてピトッと頬を寄せると

「リュシオン、すごい。大きくて恰好いいね」
「~っ」

 憧れの女性にたくさん触れられて、褒められて、堪らなくなってしまった俺は

「わっ!? 急にどうしたの!?」

 巨大な竜の尻尾が突然、ブォンブォンと揺れてビシィッ、バシィッと岩場を叩く。

「いや、自分でも分からない。尻尾が勝手に動いてしまう」

 まさか犬の尻尾と同じ原理なのだろうか? この体は人のように顔色が変わらない代わりに、尻尾が赤裸々に感情を語る。

 尻尾を止めようにも、ミコト殿は恐々と俺の足に縋りついている。

 愛しさと恥ずかしさと早く尻尾を止めたい焦りで混乱していると

「まぁ、竜の大きさと重量だと、ただの尻尾の一振りで我が君に致命傷を与えかねないから、そろそろ人間に戻ったほうがいいだろうな」

 いつも冷静なフィーロ殿の助言で正気に戻った俺は

「そ、そうか。ミコト殿。人間に戻るから離れてくれ」
「わ、分かった」

 人間に戻ったことで制御不能の尻尾も無くなり、事なきを得た。

 青の洞窟を出る前に

「また竜になってくれて、ありがとう、リュシオン。近くで見たら、もっと格好良かった」

 その笑顔があまりに眩しくて、俺は避けるように視線を落としながら

「そ、そうか。あなたが喜んでくれて良かった」
「また、たまに触らせてもらっていい?」

 触られたい。だが、尻尾がと返事を迷っていると

「あっ、ダメ? 流石に鬱陶しいよね?」
「いや、全然鬱陶しくは無いんだが。やはり尻尾が危ないかと」

 ゴニョゴニョと答えると、ミコト殿は不思議そうに首を傾げながら

「けっきょく尻尾は、なんで勝手に動いちゃうの?」
「そ、それは……」

 あなたに触れられると嬉しくて、勝手に動いてしまうなんて恥ずかしくて言えない。

 真っ赤になりながら言い淀んでいると、俺の代わりにフィーロ殿が

「我が君。人間には翼も尻尾も無いだろう? もともとのリュシオンには無い器官だから、うまく操れないんだ」
「なるほど」

 ありがとう、フィーロ殿と脳内で感謝の念を送る。

 それにしても今日は自分の未熟さを、よくよく思い知らされる日だ。意中の女性に身を寄せられたくらいで、犬のように尻尾を振ってしまう竜など、前代未聞な気がする。

 きっと歴代の守護竜で俺がいちばん情けない。今後こんな俺を守護竜と崇めることになるエーデルワールの民たちに申し訳なかった。
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