根来半四郎江戸詰密偵帳

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01 時蕎麦

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 1650年5月、江戸深川
  その日、江戸詰を命じられて間もない紀州の下級藩士根来半四郎正重は、コッソリと竹橋の藩邸を抜け出ては深川の「別邸」裏長屋に来ていた。
  三ノ輪の浄閑寺で近所の子供達に読み書きを教えた後に、生き悠々と深川まで歩いて帰る、「お、今宵は望月か」、深川の裏長屋が近づくにつれて潮の匂いがして来るのが何とも心地よい。
 長屋の近くには、いつも馴染みの夜鳴き蕎麦の屋台が出る。「よっ、オヤジいつものやつを頼む」、もう暮れ四つを回っている。三ノ輪から深川まで歩くといい加減に腹が減る。
  「いつも贔屓にして貰って有難う御座います。だけど今晩はね、チョット違うんでさ」、オヤジが喜色ばんで箸を動かす。
 「何処がどう違うというのだ?」、「今晩はね、深谷のネギと流山の鴨が入ったんでね、鴨蕎麦なんです」。「へぇ~そりゃ楽しみだ」半四郎は湯気の向こうを見て目を細めた。
 「うん?こりゃ美味い、でオヤジ幾らだ?」、「へぇ、二十と五文になりやす」、半四郎は値を聴いて魂消た。「何時もは十二文のはずだが?」、「深谷のネギに流山の鴨と来た日には、関東一の味だ。それぐらいは頂かないと」。
  「しまった」、半四郎は来る道すがら寺子屋の子供達に冷水をご馳走してしまい懐に二十文しか無いことに気がついた。
  半四郎が懐から銅銭を出して数え始める「ひい、ふう、みい.....オヤジ何時から店を出してる?」「へぇ、暮れ六つからで」、「なな、やぁ、ここの、オヤジ店を閉めるのは何時だ?」「へぇ、暮れ九つで」、「十、十一、....二十と五文と」。
 オヤジはそれをじっと見つめると、「時蕎麦をようご存知で、しかしもうお代はいただいておりますんで、あちらの方から」と半四郎の後方を目配せした。そこに立っていたのは、怒気を孕んだ江戸詰の上司橋本吉藏正義であった。
(続く)


  

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