根来半四郎江戸詰密偵帳

dragon49

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 それから数日、半四郎は峻厳な山伏に扮して、明けの九つ半時に虎屋の軒先をふらりと訪問していた。中年年増の如く両ほほに綿を入れ、大振りな法螺貝を持っての大仰な出で立ちである。
  「紀州は熊野からやって参りました、おしの小野潔斎に御座る。熊野講の先達として、江戸にもその教えを流布したいとの所願にてやって参った」。
  奥から恰幅のいい五十路の主人がいそいそと出て来て愛想よく応対した、「佐治から予々お話を伺っております。熊野では、高名な先達だとか。念の為、何か身分をあかすものがあれば拝見したいのですが?」。
 半四郎は、先般佐治から預かっていた熊野本宮の朱版を取り出して主人に重々しく渡した。主人は、目を細めて見ると、やおら半四郎を座敷に促した。「江戸に来たばかりで、拙者にはまだ道場というものが有りません。つきましては、当面新月と満月の夜にここの二階で熊野講を開きたい。さすれば、当虎屋の商売発展、家内安全、火災予防を祈祷致しまするが」。
 「それは願っても無いこと。しかし当家の二階は、やんごとなき身分の方々が茶会を定期的にお開きになる場、それと搗ち合わなければ結構でございます」、主人は快諾した。
 「拙者は、熊野講の先達としてだけでなく、熊野詣のおしもしておる。江戸と熊野の往復を三両チョットであげることも可能で御座る」、半四郎の布石に主人はその安さに内心仰天したが、江戸虎屋の主人たる者が紀州のおしに意地汚さを軽々に見せてはならぬと努めて平静さを保った。
 「江戸の人間にとって、熊野詣は伊勢詣と同じくらいに、一生に一度はと憧れるもの。棚から牡丹餅のような誠に有難いお話ですなぁ」、主人の信頼を勝ち得た半四郎は、おしに扮してまんまと虎屋の中に出入りする事が出来る様になった。
(続く)
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