迷宮探索者の憂鬱

焔咲 仄火

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Phase 1 生まれ変わってもブラック会社に勤めていた迷宮探索者の憂鬱

第15話 悪夢の続き

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 満員電車に揺られるいつもの日常。
 電車の中であまりに強く押されてしまい、気分が悪くなってしまう。
 体が弱ってるせいかもしれない。
 でも会社を休むわけにはいかない。
 やらなきゃいけない仕事がいくらでもあるからだ。
 代わりにやってくれる奴はいない。
 そうして電車の乗り換えを待っていると、突然目がくらむ。
 ふわっとした感覚に上下の平衡感覚を失う。
 あ、これ覚えがあるぞ。
 確か小学校の全体朝礼の時、校長の話が長くて貧血になった時と同じだ。
 なぜか思考だけは鮮明で、短い時間でいろいろなことを夢想してしまう。
 いや今はそんな小学校の時の事などどうでもいい、貧血はやばい。
 はっと視界が開けた時、真横にこちらに向かってくる電車の姿が見えた。
 ほらみろ!
 電車を待っている間に貧血なんて起こすから、今線路の中に落下してる途中なんだ。
 ホームの方に視界を移すと、時間が止まったかのようにとても驚いた顔でこちらを見る人たちの姿が目に入った。
 貧血なんて持病は持っていない。
 これは絶対仕事のしすぎのせいだ。過労で体が正常じゃなくなっていたんだ。
 ああ、もしかして自殺したなんて誤解されるかもしれないな。
 そんなつもりはなかったんだ。
 でも俺が電車に轢かれて死んだたら、鉄道会社に賠償金っていくらくらい払わなきゃいけなくなるんだろうか?
 俺の貯金で足りるだろうか?
 いや、死んだ後の事なんて関係ないか。
 ああ、疲れた。
 これでゆっくり休めるかな?
 なんだか思い通りにならない人生だったな。
 40歳、40年か。
 長いような短いような一生だったな。
 せめて結婚くらいしてみたかったな。
 いや結婚して子供ができたりなんかしたら死んでも死にきれない。
 独身だったからこそ思い残すことなく死ねるのかもしれない。
 ああ、もうなにもかもどうでもいいな……

 痛みはなく、そこで全ての感覚はなくなった。

 真っ暗な世界の中、意識だけ残る。

 違う、思い残すことがないわけじゃない。
 なんで俺が死ななきゃいけなかったんだ?
 毎日遅くまで働いて、それでも何も報われなくて、クソみたいな人生だった。
 なんでだ?全部あのブラックな会社が悪いんじゃねえか!
 畜生!あんな会社に就職しなけりゃ良かった。
 いや、さっさと退職して、給料が少なくてもいい、もっと自分らしく生きられる仕事を探せばよかった。
 もう一度やりなおせるのなら、同じ失敗は二度としないのに……
 いや、違う。この記憶は違う。
 俺は迷宮探索者のロキ。電車で轢かれたのは俺じゃない……
 いや、違う。これは俺。
 電車で轢かれて死んだのも俺。迷宮探索者として生きているのも俺。
 この夢は……そう、この夢は俺の前世だ!
 そうだ。もう違う。俺はもう違う。
 いや、違わない。俺がいまいるレギオンだって、前世の言葉を借りるならブラック会社だ。
 なんだよ!生まれ変わっても同じじゃないか。
 畜生!畜生!嫌だ!もう嫌だ!ずるい人間に利用されて生きるのは嫌だ!
 畜生!辞めてやる!今度こそ辞めてやる!今度こそ自分のために生きてやる!

 利用されて、押し付けられて、罵倒されて、理不尽に恫喝されて、
 そんなの、そんなの……

「前世と同じやないかーーーーーい!!!」(なぜか関西弁)

 ★★★★★★★★

「前世と同じやないかーーーーーい!!!」

「きゃっ!」

「?!」

 目を覚ますと蜘蛛の糸に絡まって身動きが取れない自分と、目の前に大きなクモがいた。
 そうだ、さっきこのケイブスパイダーに腹を食いちぎられたのだった。
 さっき俺の上げた叫び声に警戒し、ケイブスパイダーは動きが止まっている。
 食いちぎられたはずの腹の痛みはない。

「≪着火イグニッション≫」

 生活魔法である着火の魔法を唱える。火属性の魔力を持っていれば、ごく少量の魔力で使える魔法だ。
 俺の体を束縛していたクモの糸に火が付くと、それは簡単に燃え広がり、俺の体の束縛を解いた。
 そう、ケイブスパイダーの吐く糸は燃えやすい。
 人間一人の体の動きを奪うほどの強靭さを持つ糸であるが、火をつけることさえできれば恐れることはないのだ。
 さっきは想定外の事が続いてしまい、とっさに着火の魔法を唱えるだけの判断ができなかった。
 疲労が祟ると判断力が鈍るのだ。

「だから俺は休暇と取りたかったんだよ!」

 ブツブツと独り言をつぶやく俺に、我に返ったケイブスパイダーは再び糸を吐いて襲い掛かってきた。

「≪着火イグニッション≫」

 だがその糸もすぐに火が燃え移ると、ケイブスパイダーはそれを嫌悪するように振り払う。
 そう、クモの糸も燃えやすければ、ケイブスパイダー自身も炎を苦手とする。

「本当は剣で切ればいいんだが、今俺は虫の居所が悪い」

 俺はケイブスパイダーに向け人差し指を向ける。
 力の差を察したケイブスパーダ―は逃げようとするが、すでに遅い。

「≪火球ファイヤーボール≫!」

 俺の少ない魔力で放った火球は、ケイブスパイダーに炸裂すると激しく燃え上がった。

「俺のはらわたを食ったお礼だ!」

 そういって自分の腹をさすると、そこの服が激しく引きちぎられているものの傷一つ付いていなかった。
 どうして?沸き上がった疑問はすぐに解けた。

「大丈夫ですか?」

 落とし穴の上から聞こえてきたのは、先ほど助けた魔法使いの少女の声だった。

「お前の回復魔法か?」

「はい!」

 元気のよい返答を聞き、改めて腹部の状態を確認する。
 傷の跡も無ければ、痛みも全く残っていない。ピットに落下した時に打った箇所の痛みもない。
 中級ポーションを使ったとしても、失血のだるさは残るはずだ。
 ここまで見事に治癒できているのは、見事な回復魔法だと言わざるを得ない。
 俺は落とし穴から這い上がると、改めて礼を言う。

「ありがとう。助かった」

「いえ……」

 礼を言うのはまだ早いかもしれない。辺りにはまだラットマンやゾンビの姿があふれている。
 おそらく俺が気を失っていたのは一瞬だろう。
 ケイブスパイダーに腹を食いちぎられ気を失った跡、この少女はすぐに助けに来てくれたのだ。
 この階層の魔物など恐れるに足りない。だが手に持った刃が欠けたカタナを見つめながら、この魔物たちをどう倒すか思案する。

「あの……良かったらこれを」

 そう言って少女が差し出したのは一本のショートソード。良くも悪くも普通の剣だ。
 だが、今のロキにとってこれほどありがたいものはなかった。

「最高だ。借りるぞ」

 ロキはその剣を受け取ると、辺りの魔物たちを睨みながらつぶやく。

「今悪い夢を見て寝覚めが悪いところなんだ。ちょっと待っててくれ。憂さ晴らししてくる」

 その後、ロキたち二人を取り囲む魔物たちの群れは、一匹残らず魔石へと姿を変えた。
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