先生、おねがい。

あん

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83-高谷広side

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 「だから、やっぱり別れよう」


 きっぱりとそう言った俺に、希の声はまた震えた。


 「──え、なん、で」


 心と暮らして分かった。

 今まで自分がどれほどいい加減な付き合いをしてきたのか。

 今までの相手だって可愛いと思ったから付き合ってきたし、ちゃんと好きだった。けれど、こんなに本気で大切にしたいと思ったのは、心が初めてだった。幸せにしたい。笑顔が見られるなら、どんなことだってしてやりたい。

 心のことを好きになって、本当に大切な存在を知ってしまったのだ。

 知ってしまったどころで──叶うことは決してないけれど。


 「何で!?」

 「ごめん」


 スーツにすがりついて食い下がる希に、まさか生徒に恋をしたなんて言えるはずもなく、俺は謝り続けるしかなかった。

 
 「だって……だって、あの子いなくなったでしょ?私たちを邪魔するものは、なくなったでしょ?」

 「え」


 (今、なんて……?)


 「それなのに、どうして──っ!」

 
 気付けば俺は、ガッと希の肩を掴んでいた。

 
 「どういうこと?」

 「……っ」


 自分でも驚くほどの低い声に、希が肩を震わせる。


 「どういうことだって、聞いてるんだ」

 「え……」

 「心に会ったのか?」

 「だ、だって、私……本当に広君のこと好きで……だから……だから私……広君の未来を邪魔しないでって……」

 「なっ」


 (まさか、それで出てったのか……?)


 「いつ?」

 「え……」

 「いつ会ったんだって」

 「こ、この前の日曜日……夕方……」


 (日曜の、夕方……)


 心がいきなり出って行った日と、タイミングがピッタリだ。

 じゃあ、叔父さんが一緒に暮らそうって言ったのも嘘だということになる。


 「くそ……っ」


 希の肩から手を離して、自分の頭をかきむしる。

 なんで気付いてやれなかった。心は誰よりも優しい心の持ち主だって知ってたはずなのに。人のために自分を押し殺すような子だって分かってたはずなのに。


 「ひ、広君……」

 「悪い。帰って欲しい」

 「ご、ごめんなさい……私……」

 「帰って」

 「……っ」


 なるべく乱暴な言い方にならないよう気をつけたつもりだったが、希を萎縮させるには十分だったようで、希はビクリと肩を震わせた。目には薄っすらと涙が溜まっている。

 あまりに怯えきった希にさすがに心が痛んで、俺は頭を下げた。元はと言えば、中途半端なことをした俺が悪い。希が心にしたことは許せないが、彼女だけを責めるのは門違いだ。

 
 「……ごめん。俺、本当に心が大切なんだ。あの子を大事にしたい。だから、本当にごめん」

 「ただの……従兄弟なのに……?」

 「……ああ。ただの従兄弟でも、大切にしたい」

 「そっ……か……。わ、わかった。さよならっ……」


 震える声でそう言った希はそそくさと帰って行き、俺もすぐにアパートを後にした。


 (早く、心を迎えに行かなきゃ)

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