先生、おねがい。

あん

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 「俺……本当に真に受けてないですよ」
 「……なら良かった」

 先生は納得してくれたようで、腰に回っていた手を片方だけ俺の後頭部に添えて、ギュッと抱きしめてくれた。

 (伝わった……良かった)

 お互いちょっとだけ腕を緩めて、見つめ合う。先生はさっきの冷ややかな瞳から、いつも通りの優しい瞳に戻っていた。その黒い瞳に吸い寄せられるように、唇がそっと重なる。
 温かい。胸がホッとするような、そんな、口づけ。

 「ふふ」

 離れた途端、なんだか嬉しくなって笑い声が漏れてしまった。
 
 「んー?」

 不思議そうに覗き込んでくる先生に、俺ははにかみながら応える。

 「先生はやっぱりすごいなぁって」
 「え?」
 「いつもいつも、俺に幸せをくれるから」
 「……」
 「それに、戸塚君にも。……戸塚君、表情柔らかくなってました」

 ぐっすりと眠っていた戸塚君の表情を思い出す。つきものが落ちたような、そんな顔をしていた。

 「お母さんと話した後は、すごく苦しそうだったのに……先生が何か言ってくれたんですよね」

 俺じゃ駄目だった。戸塚君はありがとなって言ってくれたけど、泣いてばっかりで何も出来なかった。全然力になれなかった。

 「俺も先生みたいになれたら良いのに」

 絶対に叶いっこないことを口にしてみた。あまりに無謀すぎて、自分で言ったことなのに苦笑してしまう。すると、先生は優しく微笑んで、俺の前髪を上げながら「そんな必要ないよ」と言った。
 おでこに触れる冷たい温度が、スーッと頭を冷やしてくれる。

 「心はね、無意識に人を思いやれる子だから」
 「ふぇ?」
 「だから自覚はないんだろうけど、俺は心にいっぱい助けられてる」

 よく分からなくてキョトンとする俺を、先生はギュッと抱きしめた。

 「戸塚君だって、きっと、そんな心に救われてるんだと思うよ」
 「……そう、でしょうか」
 「うん。心のことよーく見てる俺が言うんだから間違いない」
 
 なぜだか自慢げに言う先生。自分に自信はないけど、先生がそう言うなら、ほんのちょびっとだけそんな可能性もあるのかもしれない。
 先生の背中をキュッと掴んで、「そうだと良いなぁ」と小さく呟いた。
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