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しおりを挟む話を聞いていた御坂さんの計らいで、お店の端の方を使わせてもらえることになった。バイトの制服のまま席に着き、雅斗さんと向かい合う。
「改めて、湊の兄の雅斗です」
「も、望月心です」
「……心君は、湊の友だち?」
「は、はい。戸塚君には、いつもお世話になりっぱなしで……」
そう言うと、雅斗さんは「そっか」と微笑んだ。でも、すぐに暗い表情に戻って、水の入ったコップを両手でキュッと握る。
「湊……元気かな?」
その問いに、俺はどう答えていいのか分からなくて、口籠ってしまう。それを察した雅斗さんが、バツが悪そうに眉を下げた。
「湊から聞いてる?家のこと」
「す、少しだけ……」
「そっか……酷い兄だよね。一緒に暮らしていた時は良い兄を演じて、家を出た途端見捨てるなんて」
「見捨てるなんてそんな……」
(じゃあ、一ヶ月前の電話は?)
そう俺が聞く前に、雅斗さんはまた話をし始めた。自分を責めるような表情で、すごく苦しそうに。
「見捨てたんだよ。俺は家を出てから、湊を──家を避け続けた。その証拠に、俺、最近まで湊がこっちに出てきてるなんて知らなかったんだ」
「……」
「けど、たまたま友だちがこの店に来て、湊の名前を聞いたって言って……。こっちにいるって分かったら、どうしても気になって、久々に連絡取ろうとしたんだけど、全然つながらないから、とうとう店まで……」
「それで今日……」
「うん。今まで散々湊のこと避けて、今さら会いたいだなんて調子が良すぎだって分かってる。けど、やっぱり会いたくて……会って、謝りたくて、来たんだ」
(……やっぱり見捨ててなんかない)
お兄さんの話を聞いて、そう確信する。
だって、お友だちが会ったこともない戸塚君に気づいたってことは、それだけ雅斗さんがその人に戸塚君の話をしてたってことだもん。本当に見捨てたなら、そんなことしないよ。
見捨てた相手のことを、わざわざ話題に出したりなんかしない。俺はそれを、身をもって知っている。
だから、そんなに自分を責めないで欲しい。
俺はギュッと膝の上で拳を握って、「あの……」と切り出した。
「戸塚君、分かってるって言っていました」
「え……?」
「お兄さんが高校卒業まで家にいてくれたのは、自分のためだって。だから、お兄さんは悪くないって。そう言ってました」
「湊がそんなことを……」
「でも、戸塚君が寂しい思いをしたのは確かだと思うから、すぐに素直にはなれないと思うんですけど、でも、もしお兄さんに会えたら、きっと戸塚君、とても喜ぶと思います」
いつもの自分じゃないみたいに、スラスラと思ってることが言えた。それだけ俺は、この人に戸塚君の思いをちゃんと伝えたかった。
ただ、しばらくしても雅斗さんは無言のままで、俺は徐々にいつも通りの自分に戻って、出過ぎたことを言ってしまったと自覚しだした。
「あっ、す、すみませんっ、無責任なこと言って!」
慌てて頭を下げる。
俺なんかが生意気言って、気分を害してしまったかもしれない。そう思ったけど、それはすぐに杞憂だったと分かる。
「……いや。ありがとう」
顔を上げると、今度は雅斗さんが頭を下げ、そしてもう一度「ありがとう」と口にした。
「え、あ、あの?」
どうしてお礼を言われるのか分からず困惑していると、雅斗さんは顔を上げて、真っ直ぐに俺を見た。
「会いに行く。最初は受け入れてくれなくても、何度も行って謝って、今度はもう、湊に寂しい思いはさせない」
その言葉に俺は泣きそうなほど安心して、力一杯に頷いた。
「……はいっ」
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