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第二章

第3節 フェリ

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「お二人!手を貸してくれませんか!」

控え室に慌てたようにヘラが現れた。腕には仔竜が2、3頭に足元にも数頭絡みついている。超級魔法使いというより牧場主のようだ。

「なぁにぃ?そんなにチビちゃん抱えて。ベビーシッターでもはじめたのぉ?」
「おうおうすげーな。さすがドラゴンマスター」
「だから!手伝って!ください!ってば!!!竜舎の管理人がぎっくり腰でおまけに竜舎の担当兵士は熱を出して休んでいるしッ!」

ドラックイーンとガーゴイルがソファーにゴロゴロしていた。ドラックイーンは待機で、ガーゴイルは非番だ。
ヘラは竜舎の管理、監督を任されている。管理人は何人か居るが高齢だったり、体調不良が続いている。竜舎の管理担当の兵士も皆面白いくらいに体調不良だ。まぁつまりストライキである。全員辞めてもらったようだが。ドラゴンの世話はドラゴニスタが一番向いている。話もわかるし、世話の仕方も知っている。問題は、竜舎の管理だ。一頭や二頭なら大したことはないが、数百頭管理するには管理の仕方や世話の仕方を知らなければならない。ヘラも、管理を任される様になってから学んだのだ。管理人がいないと世話が大変なのを今になって知ったのだ。
ここ数日、ヘラは寝ずに竜舎にこもりきりだ。王の護衛なんてやっていられない。

「大変ねぇ。でもよく考えてちょうだい?あなたにもわからないのに、私達がお世話できると思うの?」
「うーん…竜舎の管理ができそうなやつなら、一人心当たりがあるが…」
「なに?!誰でも構わないんです!猫の手も借りたいんだ、こっちは!紹介して!お願いします!」
「ロイ坊の彼女だ。ロイスに聞いてみな。大丈夫そうなら、俺がロイ坊と護衛変わってやるよ。ロイ坊もドラゴンの扱いはうまいからな」
「なんでもいいです!ロイス君!ロイスくーん!!!」

テレパシー使ってくださいよ、うるさいなぁ、と頭の中にロイスの声がした。つい先日ロイスはガーゴイルを大声で呼んだのは秘密だ。
超級魔法使いになるとまず教わるのはテレパシーだ。敵に会話を聞かれたりしないし、遠くの味方に話しかけるのに必須だ。広域魔法の一種である。一部の親衛隊員もつかうことを許されており、キルヒとはよくテレパシーで授業がつまらないとか、これからお菓子を食べに行くとかどうでもいい話をしたりしている。
ロイスはフェリに王城の竜舎の世話を頼んでみることにした。ガーゴイルに王子を任せたロイスは、学園に転移した。午前中の授業の真っ最中で、廊下にはさすがに誰もいない。ロイスはキルヒに一応学園に来たことと、フェリを探していることをテレパシーで伝えた。

<フェリ?今はええっと、時間割は~…あ、飛行訓練みたいだね>
<ふーん。王城の竜舎で待っててくれ。あっ、ノクを呼んでおいて。フェリを迎えに行ってくるから。>

テレパシーでさっと話を済ませたロイスは、竜舎に向かった。今は全学年のドラゴニスタ科の生徒が自分のドラゴンにのり飛行訓練を行っているようだった。竜舎から上を見上げると、白いドラゴンを見つけた。アンジェラとフェリだ。ふわりとロイスは浮遊すると、ヒュン、と移動しフェリの前に立ちはだかった。アンジェラを操っていたフェリはびっくりして乗っていたアンジェラのお腹を足で強く蹴ってしまった。

「フェーリ!」
「ロ、ロイス?!わっ、ご、ごめんね怒らないでアンジェラ」
「ぐるぎゃあ!ぐるる…ぐる…」

アンジェラがちょっと怒っている。ぐるると唸っていたが、悪いのはロイスなのでロイスを睨みつけることにしたようだ。
ロイスもごめんごめんとアンジェラを宥めておいた。

「悪いんだけど、これから王城に一緒に来てもらうよ。アンジェラもね。俺に捕まって?ほら、早く」

フェリは正直すごく困っていた。ただでさえ、ロイスは学園の女子人気1位、2位を争うほどだ。甘いマスクと強さを持っている。そしてロイスは男子はキルヒ、女子はフェリ以外と仲良くすることはない。だからこそフェリはロイスの彼女なのではないかと言われている。もちろん、その度に否定していた。もうすでに周りの生徒たちからの視線が痛い。いつか私刺されるんじゃないかしら、と遠い目になる。
実際は、女子生徒たちも男子生徒たちも特に嫉妬もなかった。学園いち凄いロイスと、学年いち可愛いフェリはくっついて当然というか、出会うべくして出会ったというか。早くくっついたらどうなのかと思っている人が大概だ。女子達はすでに多忙で滅多に来ないロイスではなく、ロイスの御学友キルヒを狙っている。男子はフェリではなくリリィ狙いの人ばかりである。
白馬の王子さまならぬ白いローブのロイス様がフェリをわざわざ迎えに来たのだ。授業だから、と言ったところでロイスに逆らえる魔法使いがどこにいるのだ。
フェリの抵抗も虚しく、アンジェラから降ろされたフェリは、ロイスと共に消えてしまった。



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一方その頃、ヘラは竜舎でてんやわんやだった。竜舎の掃除もしなければいけないし、食事も与えなくてはいけないし外に出して飛行訓練や水中訓練などこなさなくてはならないものがたくさんある。それなのに、ヘラはドラゴンに愛され過ぎる体質故に、仔竜がしがみついて離れないし大人のドラゴンも撫でてくれと集まってくるしで仕事にならないのだ。
そんな中、ロイスが友人二人を連れて竜舎にやってきた。3人のドラゴンも、人間体で顕現していた。

「ロイス君、助かるよ!これじゃあ身動きが取れなくて…」
「さすがドラゴンマスターというか…あ、紹介します。フェリです。ドラゴン農場が実家だから竜舎の管理は任せて大丈夫だと思いますよ」
「フェ、フェリ・クライストです!ヘラ様にお会い出来るなんて光栄です!!」
「よろしくね。こんな状態じゃ何にもできなくてね…竜舎の管理をひと通りお願いしたい。人員が必要なら言ってくれ」

超級魔法使いヘラはドラゴンから愛される体質の持ち主だ。どんなドラゴンもヘラを見ればコロリと腹を出し撫でてくれとねだり、本来主人のいうことしかきかない上位個体すら懐く驚異のドラゴニスタである。
フェリはざっと竜舎周りと、ドラゴンの様子を見渡すと、やるべきことを考えた。

「アンジェラ、仔竜達の世話をしてちょうだい。ノク、水属性のドラゴンを連れて水浴びに行ってちょうだい。ジュニアはそれ以外のドラゴンを連れてしばらく上空を飛んできて欲しいわ。ロイスとキルヒは竜舎の掃除ね。私は餌の仕入れとドラゴンの健康状態の確認ね」
「わ、私はどうすればいい?何でもするよ!」
「ヘラ様はここに連絡をして、迎えに行ってください。私の知り合いで…きっと力になってくれるはずです。あとは、ヘラ様はゆっくり休んでてくださいね」

さあ、みんなお願いね!と言ったフェリは、ヘラに連絡先を書いた紙を渡すと早速竜舎の食料庫を見に行った。アンジェラはヘラから仔竜を預かると仔竜を連れてどこかに行ってしまい、ノクターンは水竜を連れて王宮の池に行って、ジュニアは大人のドラゴンを連れて大空に飛び立った。ロイスとキルヒは竜舎の藁を転移魔法でガンガン出して水魔法で糞尿をはき出しはじめた。
あまりにテキパキと進んでいくので、呆然としてしまったヘラだったが、慌てて我にかえるとフェリから貰った連絡先に転移した。
転移した先は、王国の郊外にある小さな小屋だった。竜舎のようなものも見えるが、ドラゴンのいる気配はなかった。ただ、小屋からは笑い声が溢れ、中に人がいるのは伺えた。コンコン、とノックすると中から女性が出てきた。恰幅のいい、いかにも農家の女と言った風貌だが、穏やかな表情でなかなか美人であった。

「…どちら様?」
「わ、私は王城に仕えるヘラと申します。ジェームズ様のお宅ですか?えっと、学園生のフェリ・クライストさんからの紹介でここにきました。私に力を貸していただけませんか?!」
「へ、ヘラ様?!超級魔法使いのヘラ様?!ちょっとあんた!ヘラ様がうちに訪ねてきたよぉ!」
「なーにを寝ぼけたこと言ってんだ。こんな田舎に来るわけねーだろが!嘘に決まって…」

ボサボサの髪をした男性がニュッと顔を出した。男性はヘラを見てゲェッと潰れたカエルみたいな声を出して驚いた。

「フェリさんから紹介していただきました。王城の竜舎の管理人がいなくなってしまって…フェリさんがあなたを呼ぶようにと…どうかお願いします!一緒に王城に来てくれませんか?」
「フェリお嬢さんが?ともかく、行きましょう。うちの嫁と子供達はドラゴンの扱いに慣れてますんで一緒に連れて行っても構わないですかい?」
「もちろんだ!人手は多い方がいいです!」
「母ちゃん、馬車の準備しねぇ!王城に行くぞ!」
「その必要はありません。私が一緒に転移しますので、必要な物だけ持ってください」
「!お、おう…母ちゃん、行くぞ!チビ達も一緒だ!」

男性の奥さんはチビというには幾分成長した娘と息子が数人と、まだ小さい子供数人を連れて出て来た。大家族である。
道すがら聞いたが、男性はフェリの農場に勤めていたそうで独立したものの、貧乏子だくさんな上にドラゴンの扱いは最高だが経営の才能はなかったようで農場をやめたところだった。フェリはそれを気にしていたらしい。
ヘラはすぐに王城に転移すると、彼らに部屋を用意し、竜舎の管理人として雇うことを決めた。ジェームズの奥さんは見たこともないお給金と王城に住めることもあり、ますますやる気になっていた。

「ああ、ジェームズ来たわね!じきにドラゴンが一斉に戻って来るわ。食事が朝以来だから気合い入れて行くわよ!」
「へい!お嬢さん!」
「ヘラ様、もう大丈夫ですよ!私とジェームズ一家に任せておけばまず心配は要らないわ!それより寝たほうがいいですよ。目の下すごい隈ですよ。ロイス、キルヒ、もういいよ~あとは私がやるわ!あっ帰って来た!ジュニア~、ノク~!ありがとう~!」

ヘラにはフェリが女神に見えた。テキパキと食事を用意し、竜舎の掃除や水浴びに飛行訓練まで済ませたあとは夜の食事をさせるようだ。ジェームズ一家も竜舎の中に入って準備をしているようだ。
ヘラはお言葉に甘えることにした。正直身体は限界だった。ヘラがぐっすり寝て起きた時、フェリがヘラの部屋の前でそわそわとしていた。なんでも、2日も起きてこないから倒れているのではないかと心配したらしい。
そんなことがあって以来、ヘラはフェリを重用し大事にするようになった。会議に連れて行ったり、ドラゴニスタの指導をしたり、逆にフェリにドラゴンの管理法を学んだり。
結局、管理人はジェームズ一家になった。フェリの農場から若いドラゴニスタが数人研修の形で働いてくれるようになり、今年の学園の卒業生を何人か雇うことにした。これですっかり竜舎は快適だと、ジュニア達はゴロゴロしている。
その話を聞いたドラックイーンが、フェリを親衛隊にしようと言うので、ヘラは焦った。

「フェリ!わ、私の弟子にならないか?!」

フェリはもちろん断らなかった。ヘラはあとあと冷静に考えて、ドラックイーンに焚き付けられたのだとわかったが、フェリを自分の親衛隊に加えることは後悔していなかった。優秀で、真面目で、ヘラにもそして王城のドラゴンにも愛されているのだ。大事に一人前の魔法使いにしてやろうと、ヘラは思った。
こうして、フェリもキルヒに数日遅れて親衛隊員になったのである。
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