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第二章 白鳥雛派遣:魔法使い編
◆42 二日酔いと恋煩(こいわずら)い
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ワタシ、白鳥雛は、とにかくバカ騒ぎが好きである。
高揚感に身を浸すのが好きなワタシにとって、重い空気は苦手だ。
だから、雰囲気を変えたい時は、パーッとしようよ、という提案をしてしまう。
が、貴族の令嬢たちは、連日の仕事で、疲れが溜まっていたようだ。
ただでさえ王女殿下の婚約準備に忙しく、体力がもたない。
それに、何度もヒナに付き従って「ナイトクラブ」に足を運ぶことによって、侍女たちはアルコールを口にするのを学んでしまった。
今では、就寝前に飲酒することが、彼女たちの間で流行していた。
飲酒すると、すぐに眠くなることに気がついたからである。
が、彼女たちは、深酒の副作用を知らない。
深い吐息とともに、侍女たちは重い声をあげる。
「ここのところ、毎晩でしょ。寝不足よ」
「ほんと、よく眠れたのは、初めのうちだけで……」
「そうそう。居酒屋にいる時は、あれほど眠かったのに。
いざ自室のベッドで寝ようとすると、目が冴えちゃって……」
「そうなのよ。
朝になって身体がダルいのは、忙しいからだけじゃないと思うの」
「私なんか、毎朝、頭が痛くなってるわ」
完全に二日酔いの症状である。
仕事で忙しく、本来なら王女殿下始終お仕えしていなければならない彼女たちにとって、姫様を独りにした挙句、ナイトクラブでバカ騒ぎする気など到底なれない。
だが、侍女長のクレアが背筋をピンと伸ばし、みなを叱咤した。
「みなさん、頑張って。
ヒナさんのお言い付けによく従うように、と姫様から仰せつかってるわ。
姫様については、私と補佐のサマンサに任せてちょうだい」
侍女たちがげんなりする中、ワタシだけがハイテンションだった。
「ありがとう、クレア様!
お姫様に良く言っといて。
さすがは、モノホンのお姫様!
寛容さと鷹揚さの格が、そこらの令嬢とは違うって!」
ワタシはクレアに向かって、朗らかに言い放つ。
頭の中には、これでロバートの望む〈お姫様へのサプライズ〉ができる、という喜びしかなかった。
◇◇◇
推しの王子様ロバートの求めに応じることができて、ヒナの機嫌が良くなったからだろう。
侍女たちとのお茶会の後、日本とヒナの通信回路が回復した。
上司である私、星野ひかりは、即座に反応する。
赤色の通信ボタンに手を伸ばして、ヒナと交信した。
「ヒナさん、聞こえますか? ひかりです」
「はい、はい。ひかりさん、おひさ!
なんか用?
コッチじゃあ、べつに問題ないけどぉ」
じつのところ、ヒナはこの後の就寝に際して、騎士部屋から美少年を二、三人調達する気でいたが、今はまだ眠くなかった。
通信するのに丁度いい頃合いではあった。
私がいきなり切り込んできたので、面喰らったようだ。
「ーーところで、ヒナさん。
あなた、異世界で恋人をつくったの?」
私は、侍女たちとのお茶席での会話が気になっていた。
彼女たちから、ヒナと宝石商ロバートとの仲を恋愛認定されていたからだ。
ヒナは開き直ったような口振りで答えた。
「そうよ。悪い?
ワタシたち、愛しあっているの……って、キャー、なに言わせんのよ。
まじで、ハズいんだけど。
でも、めっちゃいい男なんだよね、ロバート。
お金持ちで優しくて、イケメンだし。ヤバいんだよ、マジで。
だからもうワタシ、結婚しちゃおうって思って」
私は、正直、一瞬、耳を疑い、言葉を失った。
(う、嘘でしょ? ほんとに、なんなのこのヒト!?
あまりにも軽い。軽すぎる……!)
私は努めて冷静に話そうとしたけど、無理だった。
「けっ、結婚なんてーーそんな突然すぎるわよ!」
「ヤバッ。なんで、ひかりさんが怒ってんの?
ふふふ、でもねぇ、いつでも、恋は突然なんだよ? マジで」
「で、でも、いきなり結婚なんて。相手は承諾したの?」
「もちろん。ワタシのこと、お姫様にしてくれるって約束したもの。
それに宝石をプレゼントしてもらう予定なの。
だって、ティアラと指輪をもらうってことは、もうコレ、結婚じゃね!?」
「そうかもしれないけど……」
私とヒナさんの遣り取りを見て、東京異世界派遣会社では、兄の新一と東堂正宗《とうどうまさむね》の男二人が、顔を見合わせた。
「歌舞伎町だけじゃ飽き足らず、異世界に行ってまで、男に騙されているのか。
ホント、懲りないオンナだ」
正宗が面白そうに笑う。
が、彼に反して、兄は不機嫌そうに口をひん曲げていた。
そのくせ発言は、至極穏当だった。
「『誑しが、誑しに誑される』ってことわざもある。
人を騙すことだって難しいんだよ。
上手く騙し続けるってことは、特にね」
私は男どもの会話に加わった。
「ヒナさん、大丈夫かしら?」と。
「……とにかく、様子を見守ろう。
まだ騙されたとは、決まっていないし……」
そう言って、兄はそれ以上の言葉を飲み込む。
が、東堂正宗は笑い飛ばす。
兄のセリフに被せるように声を出した。
「そんなの、時間が経てば、すぐにわかるこった。
利用されて、ポイさ!」
私たちの心配をよそに、当事者のヒナさんは、はしゃいだ声をあげる。
「ひかりさん、そうゆうわけで、近いうちに、こちらでワタシ、結婚式するから。
その時は、みんなを招待するかも?
めっちゃ楽しみにしてて。
じゃ。マジで当分、連絡、いらないから」
かくして、再びヒナからの交信は切られてしまった。
一方的に。
いつの間にか、向こうの世界で日数が経っていたようだ。
マサムネを派遣した時は、時間の跳躍はモニター画面が砂嵐になってすぐにわかった。
が、今回の映像には、ほとんどなんの乱れもなかった。
私は呆れつつも、好奇の色を目に宿す。
「ねえ、ねえ、聞いた?
もう付き合ってるみたいよ。ヒナさんと仮面男」
兄が諦めた調子で口を開く。
「『恋は思案の外』と言うしなぁ。
まあ、ヒナちゃんも子供じゃないんだし、恋愛は自由だからね。
お互いが好きだというんだったら……」
ちなみに、東京にもたらされた映像には、アレックがドロレスと密会する場面もなければ、ターニャ王女殿下とレオナルドが先代王妃のお墓参りをする姿も、映し出されていない。
モニターに映るのは、魔法使いヒナの暴走ばかり。
ヒナの身の回りの映像だけだから、ヒナと視野の狭窄さを共有してしまっている。
おかげで、ヒナに限らず、現在、東京にいる星野兄妹や東堂正宗も、怪しい仮面男ロバート・ハンター宝石商が、王女殿下の婚約候補者であるアレック・フォン・タウンゼント男爵家子息と知らない。
だから、ヒナがロバートと付き合うといっても、いまだ異世界人との恋の逃避行ぐらいにしか認識できていない。
それでも星野兄妹と正宗には、仮面男の怪しさが、充分に察せられていた。
もちろん、ヒナが仮面男に誑かされているだけだ、とも。
ヒナの恋愛報告を始終ニヤニヤしながら聞き入っていた正宗が、口を開いた。
「あんなの、ヒナがバカだから騙されているだけだ。
あの男、かなりのしたたか者とみた。
ったく、なんでわからないのかねえ」
私たち、星野兄妹は、それぞれ交信用ヘッドフォンを棚に置いて瞑目するばかりだった。
高揚感に身を浸すのが好きなワタシにとって、重い空気は苦手だ。
だから、雰囲気を変えたい時は、パーッとしようよ、という提案をしてしまう。
が、貴族の令嬢たちは、連日の仕事で、疲れが溜まっていたようだ。
ただでさえ王女殿下の婚約準備に忙しく、体力がもたない。
それに、何度もヒナに付き従って「ナイトクラブ」に足を運ぶことによって、侍女たちはアルコールを口にするのを学んでしまった。
今では、就寝前に飲酒することが、彼女たちの間で流行していた。
飲酒すると、すぐに眠くなることに気がついたからである。
が、彼女たちは、深酒の副作用を知らない。
深い吐息とともに、侍女たちは重い声をあげる。
「ここのところ、毎晩でしょ。寝不足よ」
「ほんと、よく眠れたのは、初めのうちだけで……」
「そうそう。居酒屋にいる時は、あれほど眠かったのに。
いざ自室のベッドで寝ようとすると、目が冴えちゃって……」
「そうなのよ。
朝になって身体がダルいのは、忙しいからだけじゃないと思うの」
「私なんか、毎朝、頭が痛くなってるわ」
完全に二日酔いの症状である。
仕事で忙しく、本来なら王女殿下始終お仕えしていなければならない彼女たちにとって、姫様を独りにした挙句、ナイトクラブでバカ騒ぎする気など到底なれない。
だが、侍女長のクレアが背筋をピンと伸ばし、みなを叱咤した。
「みなさん、頑張って。
ヒナさんのお言い付けによく従うように、と姫様から仰せつかってるわ。
姫様については、私と補佐のサマンサに任せてちょうだい」
侍女たちがげんなりする中、ワタシだけがハイテンションだった。
「ありがとう、クレア様!
お姫様に良く言っといて。
さすがは、モノホンのお姫様!
寛容さと鷹揚さの格が、そこらの令嬢とは違うって!」
ワタシはクレアに向かって、朗らかに言い放つ。
頭の中には、これでロバートの望む〈お姫様へのサプライズ〉ができる、という喜びしかなかった。
◇◇◇
推しの王子様ロバートの求めに応じることができて、ヒナの機嫌が良くなったからだろう。
侍女たちとのお茶会の後、日本とヒナの通信回路が回復した。
上司である私、星野ひかりは、即座に反応する。
赤色の通信ボタンに手を伸ばして、ヒナと交信した。
「ヒナさん、聞こえますか? ひかりです」
「はい、はい。ひかりさん、おひさ!
なんか用?
コッチじゃあ、べつに問題ないけどぉ」
じつのところ、ヒナはこの後の就寝に際して、騎士部屋から美少年を二、三人調達する気でいたが、今はまだ眠くなかった。
通信するのに丁度いい頃合いではあった。
私がいきなり切り込んできたので、面喰らったようだ。
「ーーところで、ヒナさん。
あなた、異世界で恋人をつくったの?」
私は、侍女たちとのお茶席での会話が気になっていた。
彼女たちから、ヒナと宝石商ロバートとの仲を恋愛認定されていたからだ。
ヒナは開き直ったような口振りで答えた。
「そうよ。悪い?
ワタシたち、愛しあっているの……って、キャー、なに言わせんのよ。
まじで、ハズいんだけど。
でも、めっちゃいい男なんだよね、ロバート。
お金持ちで優しくて、イケメンだし。ヤバいんだよ、マジで。
だからもうワタシ、結婚しちゃおうって思って」
私は、正直、一瞬、耳を疑い、言葉を失った。
(う、嘘でしょ? ほんとに、なんなのこのヒト!?
あまりにも軽い。軽すぎる……!)
私は努めて冷静に話そうとしたけど、無理だった。
「けっ、結婚なんてーーそんな突然すぎるわよ!」
「ヤバッ。なんで、ひかりさんが怒ってんの?
ふふふ、でもねぇ、いつでも、恋は突然なんだよ? マジで」
「で、でも、いきなり結婚なんて。相手は承諾したの?」
「もちろん。ワタシのこと、お姫様にしてくれるって約束したもの。
それに宝石をプレゼントしてもらう予定なの。
だって、ティアラと指輪をもらうってことは、もうコレ、結婚じゃね!?」
「そうかもしれないけど……」
私とヒナさんの遣り取りを見て、東京異世界派遣会社では、兄の新一と東堂正宗《とうどうまさむね》の男二人が、顔を見合わせた。
「歌舞伎町だけじゃ飽き足らず、異世界に行ってまで、男に騙されているのか。
ホント、懲りないオンナだ」
正宗が面白そうに笑う。
が、彼に反して、兄は不機嫌そうに口をひん曲げていた。
そのくせ発言は、至極穏当だった。
「『誑しが、誑しに誑される』ってことわざもある。
人を騙すことだって難しいんだよ。
上手く騙し続けるってことは、特にね」
私は男どもの会話に加わった。
「ヒナさん、大丈夫かしら?」と。
「……とにかく、様子を見守ろう。
まだ騙されたとは、決まっていないし……」
そう言って、兄はそれ以上の言葉を飲み込む。
が、東堂正宗は笑い飛ばす。
兄のセリフに被せるように声を出した。
「そんなの、時間が経てば、すぐにわかるこった。
利用されて、ポイさ!」
私たちの心配をよそに、当事者のヒナさんは、はしゃいだ声をあげる。
「ひかりさん、そうゆうわけで、近いうちに、こちらでワタシ、結婚式するから。
その時は、みんなを招待するかも?
めっちゃ楽しみにしてて。
じゃ。マジで当分、連絡、いらないから」
かくして、再びヒナからの交信は切られてしまった。
一方的に。
いつの間にか、向こうの世界で日数が経っていたようだ。
マサムネを派遣した時は、時間の跳躍はモニター画面が砂嵐になってすぐにわかった。
が、今回の映像には、ほとんどなんの乱れもなかった。
私は呆れつつも、好奇の色を目に宿す。
「ねえ、ねえ、聞いた?
もう付き合ってるみたいよ。ヒナさんと仮面男」
兄が諦めた調子で口を開く。
「『恋は思案の外』と言うしなぁ。
まあ、ヒナちゃんも子供じゃないんだし、恋愛は自由だからね。
お互いが好きだというんだったら……」
ちなみに、東京にもたらされた映像には、アレックがドロレスと密会する場面もなければ、ターニャ王女殿下とレオナルドが先代王妃のお墓参りをする姿も、映し出されていない。
モニターに映るのは、魔法使いヒナの暴走ばかり。
ヒナの身の回りの映像だけだから、ヒナと視野の狭窄さを共有してしまっている。
おかげで、ヒナに限らず、現在、東京にいる星野兄妹や東堂正宗も、怪しい仮面男ロバート・ハンター宝石商が、王女殿下の婚約候補者であるアレック・フォン・タウンゼント男爵家子息と知らない。
だから、ヒナがロバートと付き合うといっても、いまだ異世界人との恋の逃避行ぐらいにしか認識できていない。
それでも星野兄妹と正宗には、仮面男の怪しさが、充分に察せられていた。
もちろん、ヒナが仮面男に誑かされているだけだ、とも。
ヒナの恋愛報告を始終ニヤニヤしながら聞き入っていた正宗が、口を開いた。
「あんなの、ヒナがバカだから騙されているだけだ。
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