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◆14 不器用な新米教師のおぞましい趣味ーーなすりつけ女に懲罰を!
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学園は大騒ぎとなっていた。
昨日の下校中に、何人もの学園の生徒たちが拐われたからだ。
聞けば、血に塗れた甲冑をまとう騎士が、いきなり生徒たちを強奪していったという。
拐われたのは七人の男女で、みな、生徒会長、副会長をはじめとした、生徒会役員の面々だった。
学園の生徒会役員は成績優秀者で占められ、当然、高位貴族の子息子女ばかりだ。
昨年卒業したオネスト王太子ほどではないが、公爵家、侯爵家、伯爵家などの後継たちだ。
それが、いきなり下校中に拐われたのだから、両親も眠れない夜を過ごした。
自分たちの跡取りが、突然、奪われたのだ。
それでいて、翌朝になっても、犯人から要求がない。
身代金すら用意させてもらえないのだ。
誘拐の目的が掴めず、家族はヤキモキする。
結果、苦情が学園に殺到した。
じつは、学園に通う生徒たちとその親には、誘拐の動機が想定されていた。
誰もが、〈死刑判決を受けた公爵令嬢による報復〉と思っていた。
人々は、数々の疑問を口にする。
一体、学園では何が起こっていたのだ?
噂では、卒業生による舞踏会で、チチェローネ公爵令嬢が断罪されたという。
その挙句、ワガママで評判の王太子によって、彼女は勝手に婚約破棄を通告され、そのまま捕縛され、監獄塔に放り込まれたという。
しかも、チチェローネ嬢は監獄から脱走したと言うが、事実なのか?
その際、悪魔を召喚したとささやかれたが、そのような荒唐無稽な話は信じるに値しないとしても、深窓の令嬢が監獄からひとりで脱走できるとは思えない。
実家の力によって雇われた、脱獄を手助けをした者たちがいるのではあるまいか?
そして、その者たちを使って、チチェローネ嬢が、自分を告発した者に復讐しようとしているのではないのか?
生徒会役員は告発に加担した。
だから、今回の誘拐事件は、チチェローネ嬢による、筆頭公爵家の力をフルに使った犯行ではないのか?
その事件に、我が子が巻き込まれたのではないか?
子供が帰宅しない高位貴族の両親の頭に、次から次へと疑問が湧き起こる。
その〈チチェローネ公爵令嬢に対する断罪イベント〉の告発者に、生徒会役員のみならず、教師までが名を連ねたらしい。
だが、そもそも、そのこと自体が、おかしくないか?
チチェローネ公爵令嬢も卒業生ーーそれも、首席卒業生だった。
普通なら、生徒会も教師も、そうした不祥事が起きないように立ち回るものではないのか?
教師までが、オネスト王太子の横暴を許すばかりか、媚びて尻馬に乗ったのでは?
実際、チチェローネ公爵令嬢が婚約破棄を宣告されたというが、両方の親ーー国王陛下夫妻や公爵閣下夫妻の認証を得てのことだったのか?
それも、急転直下で死刑とは、罪が重すぎる。
本当に公爵令嬢チチェローネは死刑に値したのか?
まさに、近年、稀に見る謎に満ちた事件だった。
そうした、不可解さが、余計に学園へのクレームを加熱させた。
実際、〈チチェローネ断罪事件〉に関して質問されても、学園は答えようがない。
当事者であった新米教師のフランは怯えた表情で、首を横に振り続けるだけ。
しかもここ最近は、登校しなくなっていた。
教師の不登校である。
じつは、フランは、チチェローネ公爵令嬢が監獄塔から脱獄した、との報を耳にしたときから、サッサと自宅から逃げ出していた。
そして、王都郊外の田舎にある倉庫に閉じこもっていた。
当地は、彼女が魔法を学んだ大学院がある場所だった。
倉庫は鬱蒼とした森の中にあり、フランが籠る部屋は半地下に位置していた。
窓の外には、草がぼうぼうと生えた、地面スレスレの景色が映っている。
フランは、この半地下部屋に食糧を溜め込んで、連日、籠っていた。
彼女は、外の光が差し込む位置に、祭壇を築いていた。
それでも半地下なので、薄暗い。
だから、何本もの赤い蝋燭に、火をともす。
両手を合わせて、必死に祈り続けていた。
(ワタシは悪くない……ワタシは悪くない……)
新米教師フランは、ガタガタ身を震わせる。
彼女が学園に基礎魔法の教師として赴任したのは、一年ほど前だった。
北方の田舎出身の彼女は、王都の巨大な公爵邸に住まうチチェローネ嬢が、ずっと気に入らなかった。
チチェローネ公爵令嬢は、田舎者だから、と差別しなかった。
赴任して三日後、公爵邸でのお茶会にも誘ってくれた。
その際には、お茶会や会食のときの作法を、細かく教えてくれた。
たしかに、フランは田舎出身なうえに、準男爵家出身だから、いろいろと知らないことが多かった。
だから、チチェローネ嬢が新米教師に気を遣ってくれたことは、わかっていた。
でも、それが気に食わなかった。
フランは往時を思い出しては、ギリリと奥歯を噛み締めた。
(なによ。都会人ぶって。
教師にとって、生徒から教わるのは屈辱なのよ。
そんなことも、わからないのかしら。
きっと、友達同士の歓談で、ワタシの無作法をネタにして笑っているに違いないわ……)
それに加えて、フランがチチェローネ相手に引け目に感じる決定的な事件があった。
放課後、裏庭で行なっていた、密かな趣味を見られてしまったのだ。
フランは、学園の裏庭に迷い込んできた猫や犬を拾っては、虐待していたのだ。
拘束魔法で動けなくさせてから、殴って骨を折ったり、ナイフで皮を剥いだ。
内臓を一つ一つ取り出して解剖し、最後には、焼却炉で焼いた。
解剖するのが面倒になって、餌付けした途端、火に焚べたこともあった。
その日も、放課後、犬や猫を生きながら焼却炉に放り投げていた。
ところが、その現場を、生徒に見られてしまったのだ。
「ああ、なんてこと!?」
驚きの声をあげた生徒が、チチェローネ公爵令嬢だった。
彼女は焼却炉を魔法で消火し、駆け寄ってきて、犬猫を取り上げた。
そしてワタシを咎めることなく、ただ犬猫を撫でてやり、死ぬのを見届けてから、スカーフに包んで埋葬した。
土を盛ったお墓に、花まで捧げた。
そして、立ち竦んでいるワタシに向かって黙って頭を下げ、立ち去っていった。
正直、罵倒してくれたほうが、まだマシだった。
悔しかった。
「ストレスが溜まってた」とかの言い訳すら、させてもらえなかった。
傷ついた。
そこへ、リリアーナ嬢が姿を現わした。
いきなり背後から、赤い目をくるくるとさせた女の子がやって来たのだ。
そして、フランを覗き込むようにして、語りかけた。
「先生。恥を掻いてしまいましたね」
「貴女……見てたの!?」
「ご安心を。私も、あのチチェローネ公爵令嬢の〈良い子ちゃんぶり〉が大嫌いですわ」
リリアーナは軽やかな口調で言うと、出来たばかりの犬猫の墓を掘り起こし、遺骸を包んでいたチチェローネのスカーフを取り出した。
「これは、動かぬ証拠になりますね。
フラン先生ではなく、あのチチェローネ公爵令嬢が、可哀想な子犬や子猫を地面に埋めた、というーー」
「!?」
それだけ言うと、リリアーナは微笑みながら、くるりと背を向け、立ち去った。
ワタシ、フランは、独り焼却炉前で取り残された。
そして、サットヴァ公爵家の紋章が入ったスカーフを、ギュッと握り締めた。
(そうよ。今度は、ワタシがアンタに恥を掻かせてやるんだから!)
それから一ヶ月ほどして開かれた舞踏会で、ワタシは教師として参加し、チチェローネ公爵令嬢を告発した。
そう。
ワタシがやってきたことを、ぜんぶ、あの女がやったことにすり替えてやった。
(あははは。ざまあみろ!)
今、思い出しても、気分が昂揚する。
あのとき、チチェローネ嬢が目を丸くしたのを思い浮かべては、悦に入った。
でも、そのチチェローネ公爵令嬢が、監獄塔から脱出したと聞いた。
考えてみれば、彼女は学園の一生徒とはいえ、筆頭公爵家のご令嬢だ。
権力を持っている。
手練れの傭兵でも雇って、脱獄したに違いない。
しかも彼女は、動物虐待をしていたのが、ほんとうはワタシなのを知っている。
(きっと復讐しようと、ワタシを狙ってるに違いない……)
フランの不安に応じるかのように、蝋燭の火がユラユラと揺れて、燃え盛る。
同時に、赤い蝋が、ゆっくりと滴り落ちた。
そして、あたかも血溜まりのように、ドロドロとした赤い蝋が広がっていく。
ぼんやりと蝋燭の火を見ていると、フランはいきなり背後から声をかけられた。
「アンタが祈ると、ほんと黒ミサのようね」
ビクンと飛び跳ねてから、恐る恐る首を回す。
声の主は、やはり、チチェローネ公爵令嬢であった。
フランは全身を小刻みに震わせながらも、大きく手を広げた。
「き、来たわね……来ると思ってた。
さあ、こちらに来なさい。
ハグして。ワタシを許して!」
チチェローネ公爵令嬢は、いつも通り、悠然とした足取りで近づいてきた。
軽く溜息をつきながら。
「フラン先生は、相変わらず、自分の事情ばかり喋る性格してるのね」
両手を広げて、互いに抱き締め合う。
その途端、石畳の床に魔法陣が浮かび上がり、強力な魔法が発動する。
フランは、チチェローネをギュッと抱き締めながら、甲高い声を張り上げた。
「炎よ、天を焦がせ!」
ボウッと、一瞬で、紫色をした炎があがる。
瞬時に、抱き合う二人の女性の身体を、高温度の炎が包み込んだ。
フランは、罠を仕掛けて、チチェローネ嬢がやって来るのを待ち構えていたのだ。
フランは大学院で魔法学を学んでいた。
が、研究職に就けるほど、優秀ではなかった。
だから、教職に就いた。
でも、知り合いには、天才と称された魔術研究者もいた。
彼女に、灼熱の炎で対象を焼く魔法陣を描いてもらい、ここ数日、その魔法陣の中で生活してきた。
いつチチェローネに生命を狙われても、返り討ちできるように。
フランは自分の身体に、炎上魔法を無効化する魔法陣を描いてもらっていた。
その魔法陣を消すことがないよう、入浴するのも我慢して、待ち構えていたのだ。
「やったわ! あははは! ザマあみろ!」
フランは叫ぶ。
チチェローネ公爵令嬢は、全身が一瞬で黒焦げになったかに見えた。
実際、彼女が身にまとっていた衣服は、すべて塵と消えていた。
だが、身体のラインが崩れていない。
(おかしいわ。骨まで燃えるほどの高熱を発揮したはずなのに……)
フランは怯えた。
(まさか、これほどの炎に焼かれても、死んでいない!?)
真っ黒な姿になったチチェローネの顔で、両眼がカッと見開かれた。
白く輝いている。
青い瞳と黒い瞳が復活する。
フランは驚きのあまり、尻餅をついた。
「バ、化け物!」
衣服が焼かれ、一糸まとわぬ裸体になりながらも、チチェローネ公爵令嬢は悠然としていた。
「なかなかの魔法ね。
普通の人間だったら、死んでたわ」
外に出ようとするも、今現在、出入口側にチチェローネが立っている。
仕方なく、フランは、半地下にある狭い格子付きの窓に取り付く。
が、もちろん大人の女性が通り抜けする広さはない。
次第に詰め寄るチチェローネに、石壁を背に、フランは言い訳を始めた。
「ワ、ワタシは悪くない! 唆されたのよ」
「誰に?」
「もちろん、リリアーナ! あの平民女に乗せられたの。
悪いのは、あの女なのよ。
一緒に、地獄に落としてやりましょう!」
チチェローネは両眼を輝かせながら、深い笑みを顔に刻んだ。
「ご冗談を。
あのオンナを地獄に叩き落とすのは、私、チチェローネよ。
アンタに、その大事な役はやらせるものか!」
いつの間にか、一本の黒い羽が、チチェローネの傍らで、宙に浮いていた。
その羽が青く光ったかと思うと、その瞬間ーー。
「ギャアアアア!」
金切り声をあげて、フランが地面をのたうち回る。
彼女の全身が青い炎に包まれていたのだ。
せっかく友人に描いてもらった炎上無効の魔法陣も役に立たなかった。
チチェローネは腰に手を当てながら、ジタバタする教師を眺め下ろす。
「この青い炎は地獄の火だからね。
その魔法陣では消せないわ。
それに、私の意向に従って、熱くなったり、緩くなったりできるの。
炎なのに便利でしょ?
もっとも、発火条件は、貴女に預けてあるんだけどーー」
意識が戻ったようで、フランは唇を噛む。
ギロッとチチェローネを睨みつける。
が、チチェローネはまるで動じる様子はない。
「あら。いいのかしら?
私に怒りの感情を持つと……」
「グワアアアア!」
ふたたび、フランの身体から青い炎が燃え上がった。
鉄板焼きにされた海老のように跳ね上がる。
やがて、またフランの意識が戻る。
チチェローネの笑顔が眼前にあった。
彼女が気まぐれで炎の熱さを緩めてくれたに違いなかった。
フランは、生徒の足に縋りついて、懇願する。
「ど……どうしたら、ワタシは助かるのですか?」
チチェローネはフランを鬱陶しそうに跳ね除けると、彼女の頭を踏みつける。
「べつに難しいことではないわ。
私に隷従を誓いなさい。
私のためなら、どんな嘘でもつけるぐらいに。
私のためなら、死刑になるのも厭わないぐらいに」
「そ、そんなことーー」
フランがうわずった声をあげると、また身体が燃え上がる。
「ギャアアアア!」
吐息とともに、チチェローネは、宙に浮かんでいた黒い羽を髪の毛に挟む。
「あと五、六回も焼かれれば、身の程を知るでしょう」
裏切り者の性悪教師が火ダルマになって、のたうち回る。
その姿を眺めながら、腕を組み、思案に暮れる。
これで、王太子とリリアーナを除いた、ほとんどすべての「告発者」に復讐を果たした。
それでも、平民女ーーリリアーナの弱味だけは握れなかった。
リリアーナが悪いと言う証拠は一切見つかっていない。
いつもいつも要所要所に姿を現わして、多くの者を唆しているのに。
虚偽の告発者どもの記憶の中にしか、悪事の証拠がないとは。
(でもどうして、あの女は、あんなにも私に突っかかってくるのかしら?
初めから、私が狙われていたようにしか思えない……)
私の中に溶け込んでいる大悪魔は、どうやらリリアーナについて、何かを知っているようだけど、問いかけても答えてくれない。
(ーーま、良いけどね。
私は当面、自分の復讐を果たすために邁進すれば良いんだから……)
チチェローネは倉庫を出ると、外で待っていた護衛の血塗れ騎士から長衣をかけてもらう。
そして、護衛騎士に、動物虐待教師をズタ袋に詰めて運び出すよう命じた。
あと、残るのは、私を悪魔崇拝者呼ばわりした、あの修道女の婆さんだ。
チチェローネは改めて拳を握り締めて闘志を燃やす。
(あの修道女ローレに告発されたことで、私の悪女認定が決定的になった。
まったく身に覚えのない言いがかりで、あの修道女は私を陥れた。
普段、接した時には、優しく微笑んでいたのに。
どうして、私に濡れ衣を着せたのかーーこの一連の動きの背後に何があるのか。
今度こそ、秘密を明らかにしてやるわ!)
昨日の下校中に、何人もの学園の生徒たちが拐われたからだ。
聞けば、血に塗れた甲冑をまとう騎士が、いきなり生徒たちを強奪していったという。
拐われたのは七人の男女で、みな、生徒会長、副会長をはじめとした、生徒会役員の面々だった。
学園の生徒会役員は成績優秀者で占められ、当然、高位貴族の子息子女ばかりだ。
昨年卒業したオネスト王太子ほどではないが、公爵家、侯爵家、伯爵家などの後継たちだ。
それが、いきなり下校中に拐われたのだから、両親も眠れない夜を過ごした。
自分たちの跡取りが、突然、奪われたのだ。
それでいて、翌朝になっても、犯人から要求がない。
身代金すら用意させてもらえないのだ。
誘拐の目的が掴めず、家族はヤキモキする。
結果、苦情が学園に殺到した。
じつは、学園に通う生徒たちとその親には、誘拐の動機が想定されていた。
誰もが、〈死刑判決を受けた公爵令嬢による報復〉と思っていた。
人々は、数々の疑問を口にする。
一体、学園では何が起こっていたのだ?
噂では、卒業生による舞踏会で、チチェローネ公爵令嬢が断罪されたという。
その挙句、ワガママで評判の王太子によって、彼女は勝手に婚約破棄を通告され、そのまま捕縛され、監獄塔に放り込まれたという。
しかも、チチェローネ嬢は監獄から脱走したと言うが、事実なのか?
その際、悪魔を召喚したとささやかれたが、そのような荒唐無稽な話は信じるに値しないとしても、深窓の令嬢が監獄からひとりで脱走できるとは思えない。
実家の力によって雇われた、脱獄を手助けをした者たちがいるのではあるまいか?
そして、その者たちを使って、チチェローネ嬢が、自分を告発した者に復讐しようとしているのではないのか?
生徒会役員は告発に加担した。
だから、今回の誘拐事件は、チチェローネ嬢による、筆頭公爵家の力をフルに使った犯行ではないのか?
その事件に、我が子が巻き込まれたのではないか?
子供が帰宅しない高位貴族の両親の頭に、次から次へと疑問が湧き起こる。
その〈チチェローネ公爵令嬢に対する断罪イベント〉の告発者に、生徒会役員のみならず、教師までが名を連ねたらしい。
だが、そもそも、そのこと自体が、おかしくないか?
チチェローネ公爵令嬢も卒業生ーーそれも、首席卒業生だった。
普通なら、生徒会も教師も、そうした不祥事が起きないように立ち回るものではないのか?
教師までが、オネスト王太子の横暴を許すばかりか、媚びて尻馬に乗ったのでは?
実際、チチェローネ公爵令嬢が婚約破棄を宣告されたというが、両方の親ーー国王陛下夫妻や公爵閣下夫妻の認証を得てのことだったのか?
それも、急転直下で死刑とは、罪が重すぎる。
本当に公爵令嬢チチェローネは死刑に値したのか?
まさに、近年、稀に見る謎に満ちた事件だった。
そうした、不可解さが、余計に学園へのクレームを加熱させた。
実際、〈チチェローネ断罪事件〉に関して質問されても、学園は答えようがない。
当事者であった新米教師のフランは怯えた表情で、首を横に振り続けるだけ。
しかもここ最近は、登校しなくなっていた。
教師の不登校である。
じつは、フランは、チチェローネ公爵令嬢が監獄塔から脱獄した、との報を耳にしたときから、サッサと自宅から逃げ出していた。
そして、王都郊外の田舎にある倉庫に閉じこもっていた。
当地は、彼女が魔法を学んだ大学院がある場所だった。
倉庫は鬱蒼とした森の中にあり、フランが籠る部屋は半地下に位置していた。
窓の外には、草がぼうぼうと生えた、地面スレスレの景色が映っている。
フランは、この半地下部屋に食糧を溜め込んで、連日、籠っていた。
彼女は、外の光が差し込む位置に、祭壇を築いていた。
それでも半地下なので、薄暗い。
だから、何本もの赤い蝋燭に、火をともす。
両手を合わせて、必死に祈り続けていた。
(ワタシは悪くない……ワタシは悪くない……)
新米教師フランは、ガタガタ身を震わせる。
彼女が学園に基礎魔法の教師として赴任したのは、一年ほど前だった。
北方の田舎出身の彼女は、王都の巨大な公爵邸に住まうチチェローネ嬢が、ずっと気に入らなかった。
チチェローネ公爵令嬢は、田舎者だから、と差別しなかった。
赴任して三日後、公爵邸でのお茶会にも誘ってくれた。
その際には、お茶会や会食のときの作法を、細かく教えてくれた。
たしかに、フランは田舎出身なうえに、準男爵家出身だから、いろいろと知らないことが多かった。
だから、チチェローネ嬢が新米教師に気を遣ってくれたことは、わかっていた。
でも、それが気に食わなかった。
フランは往時を思い出しては、ギリリと奥歯を噛み締めた。
(なによ。都会人ぶって。
教師にとって、生徒から教わるのは屈辱なのよ。
そんなことも、わからないのかしら。
きっと、友達同士の歓談で、ワタシの無作法をネタにして笑っているに違いないわ……)
それに加えて、フランがチチェローネ相手に引け目に感じる決定的な事件があった。
放課後、裏庭で行なっていた、密かな趣味を見られてしまったのだ。
フランは、学園の裏庭に迷い込んできた猫や犬を拾っては、虐待していたのだ。
拘束魔法で動けなくさせてから、殴って骨を折ったり、ナイフで皮を剥いだ。
内臓を一つ一つ取り出して解剖し、最後には、焼却炉で焼いた。
解剖するのが面倒になって、餌付けした途端、火に焚べたこともあった。
その日も、放課後、犬や猫を生きながら焼却炉に放り投げていた。
ところが、その現場を、生徒に見られてしまったのだ。
「ああ、なんてこと!?」
驚きの声をあげた生徒が、チチェローネ公爵令嬢だった。
彼女は焼却炉を魔法で消火し、駆け寄ってきて、犬猫を取り上げた。
そしてワタシを咎めることなく、ただ犬猫を撫でてやり、死ぬのを見届けてから、スカーフに包んで埋葬した。
土を盛ったお墓に、花まで捧げた。
そして、立ち竦んでいるワタシに向かって黙って頭を下げ、立ち去っていった。
正直、罵倒してくれたほうが、まだマシだった。
悔しかった。
「ストレスが溜まってた」とかの言い訳すら、させてもらえなかった。
傷ついた。
そこへ、リリアーナ嬢が姿を現わした。
いきなり背後から、赤い目をくるくるとさせた女の子がやって来たのだ。
そして、フランを覗き込むようにして、語りかけた。
「先生。恥を掻いてしまいましたね」
「貴女……見てたの!?」
「ご安心を。私も、あのチチェローネ公爵令嬢の〈良い子ちゃんぶり〉が大嫌いですわ」
リリアーナは軽やかな口調で言うと、出来たばかりの犬猫の墓を掘り起こし、遺骸を包んでいたチチェローネのスカーフを取り出した。
「これは、動かぬ証拠になりますね。
フラン先生ではなく、あのチチェローネ公爵令嬢が、可哀想な子犬や子猫を地面に埋めた、というーー」
「!?」
それだけ言うと、リリアーナは微笑みながら、くるりと背を向け、立ち去った。
ワタシ、フランは、独り焼却炉前で取り残された。
そして、サットヴァ公爵家の紋章が入ったスカーフを、ギュッと握り締めた。
(そうよ。今度は、ワタシがアンタに恥を掻かせてやるんだから!)
それから一ヶ月ほどして開かれた舞踏会で、ワタシは教師として参加し、チチェローネ公爵令嬢を告発した。
そう。
ワタシがやってきたことを、ぜんぶ、あの女がやったことにすり替えてやった。
(あははは。ざまあみろ!)
今、思い出しても、気分が昂揚する。
あのとき、チチェローネ嬢が目を丸くしたのを思い浮かべては、悦に入った。
でも、そのチチェローネ公爵令嬢が、監獄塔から脱出したと聞いた。
考えてみれば、彼女は学園の一生徒とはいえ、筆頭公爵家のご令嬢だ。
権力を持っている。
手練れの傭兵でも雇って、脱獄したに違いない。
しかも彼女は、動物虐待をしていたのが、ほんとうはワタシなのを知っている。
(きっと復讐しようと、ワタシを狙ってるに違いない……)
フランの不安に応じるかのように、蝋燭の火がユラユラと揺れて、燃え盛る。
同時に、赤い蝋が、ゆっくりと滴り落ちた。
そして、あたかも血溜まりのように、ドロドロとした赤い蝋が広がっていく。
ぼんやりと蝋燭の火を見ていると、フランはいきなり背後から声をかけられた。
「アンタが祈ると、ほんと黒ミサのようね」
ビクンと飛び跳ねてから、恐る恐る首を回す。
声の主は、やはり、チチェローネ公爵令嬢であった。
フランは全身を小刻みに震わせながらも、大きく手を広げた。
「き、来たわね……来ると思ってた。
さあ、こちらに来なさい。
ハグして。ワタシを許して!」
チチェローネ公爵令嬢は、いつも通り、悠然とした足取りで近づいてきた。
軽く溜息をつきながら。
「フラン先生は、相変わらず、自分の事情ばかり喋る性格してるのね」
両手を広げて、互いに抱き締め合う。
その途端、石畳の床に魔法陣が浮かび上がり、強力な魔法が発動する。
フランは、チチェローネをギュッと抱き締めながら、甲高い声を張り上げた。
「炎よ、天を焦がせ!」
ボウッと、一瞬で、紫色をした炎があがる。
瞬時に、抱き合う二人の女性の身体を、高温度の炎が包み込んだ。
フランは、罠を仕掛けて、チチェローネ嬢がやって来るのを待ち構えていたのだ。
フランは大学院で魔法学を学んでいた。
が、研究職に就けるほど、優秀ではなかった。
だから、教職に就いた。
でも、知り合いには、天才と称された魔術研究者もいた。
彼女に、灼熱の炎で対象を焼く魔法陣を描いてもらい、ここ数日、その魔法陣の中で生活してきた。
いつチチェローネに生命を狙われても、返り討ちできるように。
フランは自分の身体に、炎上魔法を無効化する魔法陣を描いてもらっていた。
その魔法陣を消すことがないよう、入浴するのも我慢して、待ち構えていたのだ。
「やったわ! あははは! ザマあみろ!」
フランは叫ぶ。
チチェローネ公爵令嬢は、全身が一瞬で黒焦げになったかに見えた。
実際、彼女が身にまとっていた衣服は、すべて塵と消えていた。
だが、身体のラインが崩れていない。
(おかしいわ。骨まで燃えるほどの高熱を発揮したはずなのに……)
フランは怯えた。
(まさか、これほどの炎に焼かれても、死んでいない!?)
真っ黒な姿になったチチェローネの顔で、両眼がカッと見開かれた。
白く輝いている。
青い瞳と黒い瞳が復活する。
フランは驚きのあまり、尻餅をついた。
「バ、化け物!」
衣服が焼かれ、一糸まとわぬ裸体になりながらも、チチェローネ公爵令嬢は悠然としていた。
「なかなかの魔法ね。
普通の人間だったら、死んでたわ」
外に出ようとするも、今現在、出入口側にチチェローネが立っている。
仕方なく、フランは、半地下にある狭い格子付きの窓に取り付く。
が、もちろん大人の女性が通り抜けする広さはない。
次第に詰め寄るチチェローネに、石壁を背に、フランは言い訳を始めた。
「ワ、ワタシは悪くない! 唆されたのよ」
「誰に?」
「もちろん、リリアーナ! あの平民女に乗せられたの。
悪いのは、あの女なのよ。
一緒に、地獄に落としてやりましょう!」
チチェローネは両眼を輝かせながら、深い笑みを顔に刻んだ。
「ご冗談を。
あのオンナを地獄に叩き落とすのは、私、チチェローネよ。
アンタに、その大事な役はやらせるものか!」
いつの間にか、一本の黒い羽が、チチェローネの傍らで、宙に浮いていた。
その羽が青く光ったかと思うと、その瞬間ーー。
「ギャアアアア!」
金切り声をあげて、フランが地面をのたうち回る。
彼女の全身が青い炎に包まれていたのだ。
せっかく友人に描いてもらった炎上無効の魔法陣も役に立たなかった。
チチェローネは腰に手を当てながら、ジタバタする教師を眺め下ろす。
「この青い炎は地獄の火だからね。
その魔法陣では消せないわ。
それに、私の意向に従って、熱くなったり、緩くなったりできるの。
炎なのに便利でしょ?
もっとも、発火条件は、貴女に預けてあるんだけどーー」
意識が戻ったようで、フランは唇を噛む。
ギロッとチチェローネを睨みつける。
が、チチェローネはまるで動じる様子はない。
「あら。いいのかしら?
私に怒りの感情を持つと……」
「グワアアアア!」
ふたたび、フランの身体から青い炎が燃え上がった。
鉄板焼きにされた海老のように跳ね上がる。
やがて、またフランの意識が戻る。
チチェローネの笑顔が眼前にあった。
彼女が気まぐれで炎の熱さを緩めてくれたに違いなかった。
フランは、生徒の足に縋りついて、懇願する。
「ど……どうしたら、ワタシは助かるのですか?」
チチェローネはフランを鬱陶しそうに跳ね除けると、彼女の頭を踏みつける。
「べつに難しいことではないわ。
私に隷従を誓いなさい。
私のためなら、どんな嘘でもつけるぐらいに。
私のためなら、死刑になるのも厭わないぐらいに」
「そ、そんなことーー」
フランがうわずった声をあげると、また身体が燃え上がる。
「ギャアアアア!」
吐息とともに、チチェローネは、宙に浮かんでいた黒い羽を髪の毛に挟む。
「あと五、六回も焼かれれば、身の程を知るでしょう」
裏切り者の性悪教師が火ダルマになって、のたうち回る。
その姿を眺めながら、腕を組み、思案に暮れる。
これで、王太子とリリアーナを除いた、ほとんどすべての「告発者」に復讐を果たした。
それでも、平民女ーーリリアーナの弱味だけは握れなかった。
リリアーナが悪いと言う証拠は一切見つかっていない。
いつもいつも要所要所に姿を現わして、多くの者を唆しているのに。
虚偽の告発者どもの記憶の中にしか、悪事の証拠がないとは。
(でもどうして、あの女は、あんなにも私に突っかかってくるのかしら?
初めから、私が狙われていたようにしか思えない……)
私の中に溶け込んでいる大悪魔は、どうやらリリアーナについて、何かを知っているようだけど、問いかけても答えてくれない。
(ーーま、良いけどね。
私は当面、自分の復讐を果たすために邁進すれば良いんだから……)
チチェローネは倉庫を出ると、外で待っていた護衛の血塗れ騎士から長衣をかけてもらう。
そして、護衛騎士に、動物虐待教師をズタ袋に詰めて運び出すよう命じた。
あと、残るのは、私を悪魔崇拝者呼ばわりした、あの修道女の婆さんだ。
チチェローネは改めて拳を握り締めて闘志を燃やす。
(あの修道女ローレに告発されたことで、私の悪女認定が決定的になった。
まったく身に覚えのない言いがかりで、あの修道女は私を陥れた。
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どうして、私に濡れ衣を着せたのかーーこの一連の動きの背後に何があるのか。
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