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◆23 王子同士の兄弟喧嘩、そして、いちゃいちゃカップルの仲違い!?ーーさらに、思わぬ者たちの復活と急展開!!
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新王を僭称するオネスト殿下に対して、最も有効な対抗馬ーー第一王子アレティーノがついに前に進み出て発言した。
「黙れ、オネスト!
我が弟ながら、恥ずかしい。
そのような心根で、良くも王冠を戴けたものだ」
見慣れぬ美貌の若者の登場に、多くの貴族たちは首をかしげた。
「誰だ? あれは?」
「知らぬ」
だが、一部の女性陣は「キャア!」と黄色い声をあげていた。
「あのお方は、『花園の貴公子』でなくて?」
「ほんとだわ。公の場でお姿を拝見できるなんて!」
「それにしても、オネスト殿下を『我が弟』とおっしゃられるということはーー」
黄色い声援を背景に、宰相ガッブルリは、美貌の青年に手を振り向け、大声をあげた。
「こちらは、ランブルト王国の第一王子アレティーノ殿下であらせられます」
貴族連中は感嘆の声をあげた。
そして、さまざまに語り始める。
「アレティーノ殿下だと!? 生きておられたのか?」
「てっきり、幼少のみぎりに亡くなった、と」
「私もそう思っていた」
「いや、病のために外国に療養に出向いたと、私は聞いていたぞ」
オネストが王太子になった段階で、誰も話題にしなくなっていた。
それが、王家の長男アレティーノであった。
宰相ガッブルリは厳かに言う。
「アレティーノ様は目を患っておられました。
ところが、この度、奇跡的に治療に成功したのです」
ああ、と膝を打つ貴族が多数いた。
だから、魔導国の皇太子がいるのか。
魔導国で治療がなされたに違いない、と判断したのだ。
宰相ガッブルリは、改めて胸を張った。
「王国宰相として、ここに宣言する。
王権代理はこの第一王子アレティーノ殿下にお任せする、と。
リリアーナとか申す淫売の言いなりになるような不甲斐ない男に、これ以上、国家の重責を担わせるわけにはいかない。
国王陛下もお目覚めになられたら、この私の判断を支持するものと信じる!」
おおおお!
居並ぶ貴族とご令嬢、ご婦人方は歓声をあげた。
「私も支持する」
「私も支持いたしますわ!」
「オネスト殿下は王太子としても相応しくなかった。
王に即位するなぞ、もってのほかだ!」
「リリアーナとかいう淫売と手を切らぬ限り、とても国王など」
「そこらじゅうの男に媚を売った元平民女が、王妃となって君臨するなど、許せるものか!」
うねりのごとく、オネスト、そしてリリアーナを断罪する声がこだまする。
そのうねりを背景にして、アレティーノはオネストの正面に立つ。
チチェローネの手を取りながら。
オネストとリリアーナを正面に見据え、アレティーノとチチェローネが対峙する。
アレティーノは碧色の目を輝かせた。
「弟よ。貴様の役割は終わった。
国を再建するために、チチェローネ公爵令嬢は起ったのだ。
そして、チチェローネ嬢との婚約は私がする。
貴様は彼女に濡れ衣を着せて、ランブルト王国を危機に陥れた。
それもこれも、貴様がチチェローネ嬢との婚約を破棄し、冤罪を仕掛けたからだ!」
オネストは突然、怯えた顔になる。
そして、胸元にしがみついていたリリアーナを、ドンと勢い良く突き放した。
目を丸くして驚くリリアーナを無視して、オネストは居直った。
「な、なにを偉そうに。
盲目の日陰者が兄貴ぶりやがって」
「今では目が見える。
となれば、長男である私が、王位継承権第一位の王太子だ」
「ふん、それはないよ。
なにせ、父上ーー国王陛下がお眠りになったままで、そのように裁可しておらぬのだから」
「私の立場を云々するのは、今は関係ない。
チチェローネ嬢の婚約者は、これからは兄の私だ、と認めよ」
オネストは、肩を揺らせて大笑いした。
「はっはははは! おかしな物言いだな。
俺はまだチチェローネとの婚約を破棄しておらぬ。
したいのはやまやまだったが、あいにく、国王陛下もサットヴァ公爵閣下もお眠りしておられるからな。
正式な婚約破棄手続きが踏めなかったのだ。
な、そうであろう、ガッブルリ!」
突然、話を振られた宰相ガッブルリは、苦虫を噛み潰した顔をする。
それを確認すると、オネストは得意げに話を続けた。
「ーーしたがって、盲目の兄上が、俺の婚約者に、いくら求婚しても無駄なんだよ!
少なくとも、今はな」
呆気に取られたのは、リリアーナだけではない。
チチェローネもだ。
手にした扇子を、思わず折ってしまいそうなほど握り締めた。
(あれほど執着していたリリアーナを放り捨てて、今更になって、私との婚約を維持しようというの!?
一方的な婚約破棄宣言から始まった一連の事件を、すべて無かったことにしようと!?
虫が良すぎる!)
チチェローネが拳を握り締めて歩み出ようとするのを制するように、野太い声で横槍が入った。
「そうでもなかろうよ。
ランブルトの外であれば、婚約だろうと結婚だろうと思いのままだ」
皇太子ラオコーンが、大きな図体で前に乗り出したのだ。
「ランブルト王国において、濡れ衣をかけられて死罪となったチチェローネ嬢が、我がギララ魔導国に亡命を果たした。
それを皇太子である余が快く迎え入れ、輿入れを認めたーーそれで良いではないか。
あとは貴様らで仲良く兄弟喧嘩でもしておれ。
余は外野から眺めおろして楽しもうではないか。
可愛らしいチチェローネ嬢を傍らに据えて、な」
アレティーノの反対側の隣で、チチェローネの腕を取る。
二人の男性に挟まれて、チチェローネは顔を真っ赤にさせる。
「もう、なにを勝手にッ!」
チチェローネがうわずった声をあげると、アレティーノも憤慨する。
チチェローネの頭越しに、長身の皇太子を睨みつけた。
「チチェローネ嬢の処遇は国内問題だ。
外国人は口を出さないでいただきたい」
ラオコーン皇太子は愉快そうに笑う。
「良いではないか。
チチェローネ嬢にどうなりたいのか、すべて決めさせれば。
余のところに来れば、悪いようにはしない。
濡れ衣を着せることもなければ、跡目争いの道具にすることもない。
すぐにでも皇妃にしてやりたいところだが、あの婆さんが君臨しておるからな。
しばらくは、余の妻として好き勝手に暮らせようぞ」
次いで外国の貴公子は、視線を聖騎士団に向ける。
「それに、我ら魔導国は、貴女が召喚した大悪魔をも粗略に扱うことはない。
どこかの頭の硬い宗教団体のように、討伐対象になぞせぬよ。
少し、我が魔導国のために働いてもらうかもしれんがーー。
ああ、そうなれば、この国など、どのようにでも転がせよう。
はっははは」
オネスト、アレティーノの両者のみならず、ガッブルリ宰相も、聖騎士団長ベーオウルフも絶句する。
ギララ魔導国が〈漆黒の大悪魔〉と結託して、ランブルト王国をはじめとした諸国を踏み潰していくーー。
あってはならない未来図だった。
ランブルト王国とレフルト教会の重鎮が絶望を感じた、そのときーー。
謁見の間に、懐かしい声が響き渡った。
「やめないか!」
「すっかり聞かせてもらったわ」
居並ぶ貴族と奥様方は、いっせいに扉の方を振り向く。
声がする方に視線を向けたら、見慣れた男女の姿が目に入った。
ランブルト王宮の、本来の主ーーランブルト国王夫妻が、揃って姿を現わしたのだ。
彼らの後ろにはサットヴァ公爵夫妻もいた。
すでに宰相ガッブルリが気を利かせ、チチェローネと交渉して大悪魔を動かし、王様と王妃ご夫妻、そして公爵家の両親が目を覚ますよう手配していたのだ。
そして目覚めた彼らに、彼らが不在の間に起こった数々の事件と、オネスト王太子が勝手に新王に即位しようとしていることを、暴露していたのであった。
さらに、国王たちは王宮の一角に潜みながら、ギララ魔導国より仕入れた魔道具で、謁見の間での出来事の一部始終を見続けていたのだ。
血濡れた王冠を戴くオネストは、チチェローネに対抗するために今は玉座を離れ、リリアーナとともに立っていた。
それゆえ、慣れた足取りで、ランブルト国王は赤絨毯を踏み締めて玉座に腰を下ろす。
そして、オネストを睨みつけた。
「おのれ、オネスト。騙しおったな!
両親ともに眠らせて、玉璽を奪い、王位を乗っ取ろうとは!
余とサットヴァ公爵が眠った状態での即位は、謀叛に当たる。
さすがに野心が過ぎた。
本日より、王太子はアレティーノだ!」
王太子が勝手に新王に即位しようとしたと知り、謀叛だと思い、ランブルト国王は逆に彼らを断罪した。
サットヴァ公爵夫妻も揃って声を上げる。
「宰相から聞いたぞ!
良くも娘を陥れたな、オネスト殿下!」
「予言省の方からも、伺いましたよ。
チチェローネの無実は証明されている、と。
殿下は、この国を滅ぼそうとお思いなのですか!?」
良く言えたものだと呆れながらも、チチェローネは二人の男性に掴まれた両手を離し、声を上げた。
「国王陛下、それにお父様。
私、チチェローネは、このオネスト殿下との婚約を解消したく思いますが、お許しくださいますか?」
「もちろんだ。このような者、もはや息子とは思わん」
国王の即答に、息子のオネストは言い訳をする。
「そ、そんな。父上!
俺は俺なりに、国のことを思って……」
王は玉座を叩いて激怒した。
「なにが国のためだ!
そこの怪しげな女に誑かされておっただけではないか!」
オネストには返す言葉がなく、喉を詰まらせる。
今度は、母親の王妃様が金切り声をあげた。
「オネスト!
今すぐ、そのリリアーナとかいう国賊を手放しなさい!
すべての元凶はその娘にあります!」
彼女は自分が愚かな判断をしてしまったのは、リリアーナの怪しげな力のせいだと信じていた。
オネストは裏返った声を出す。
「も、もう捨てました。
捨ててますよ、こんな女!
なにもかも、この女のせいなんです。
チチェローネ嬢を陥れたのも、王冠をかぶったのも!」
リリアーナは、発狂したかのように、髪を振り乱した。
「オネスト様! 今さら、何を言うのです!?
このままでは大悪魔がーー」
「知らないよ。
君が『チチェローネ嬢が悪魔に魅入られて国を滅ぼす』と言うから、ここまで頑張ってきたのに。
君がふしだらに過ぎるから、俺の地位までが危うくなってしまったじゃないか!
どうしてくれる!?
この状況で、どうやったら、国王になれるんだ!」
本音がダダ漏れである。
居並ぶ卒業生や貴族たちまでが、白けた目をオネストに向ける。
この場に立つ誰もが思った。
無理だ。このような男を王として掲げるなどーー。
一方で、周囲からの冷たい視線に耐えられず、オネストは足掻く。
(そうだった。
リリアーナこそ、断罪しなければならない。
彼女こそが、一連の大混乱の元凶なのだ……)
オネストは、再び、お得意の責任転嫁を始めた。
先程まで胸元で抱きしめていた女性に向けて、指をさし、生唾を飛ばす。
「お、俺はリリアーナをこそ断罪する!
彼女は自らを『聖女』だと詐称していた。
だから、信じた。
それでも俺が悪いというのか!?
どうなのだ。教皇様はいかなる見解をお持ちか!?」
いきなり、オネストは聖騎士団に話を振る。
周囲からの睨みつけられ、わずか二十数名の聖騎士団員は身構える。
ベーオウルフ団長は正直に答えた。
「教皇様からのお言葉は先程、伝えたのみだ。
『オネスト・ランブルトに、ランブルト王国の王冠を正式に授ける。
以後、国軍を指揮し、対悪魔の聖戦の中核を担え』と……」
そこへ、玉座に座るランブルト王が割って入る。
「では、リリアーナとやらは、聖女として認定されておらぬのだな!?」
「それはーー聞いておりませぬ」
聖騎士団長による正直な返答によって、謁見の間は、またもやザワザワと騒がしくなった。
「な!?」
喧騒の中で、素っ頓狂な声を発したのは、リリアーナ本人であった。
「ーーおかしいでしょ!?
そんなこと、あり得ない!
私の職業は〈聖女〉なんだから!
マジで、アンタたち、教皇から訊いてないわけ!?」
実際、レフルト教会から、聖女と認定されるのは簡単ではない。
オネストが新王に即位できることを優先したあまり、自身についての手続きを正確に踏んでいなかった、リリアーナのミスであった。
「聖女と自称するのは大罪ですぞ!」
ここで大声をあげたのは、大司教バパだった。
チチェローネが宿す大悪魔の力によって、予言省長官シグエンサとともに、レフルト教会の大司教バパも目覚めていた。
彼ら大司教や予言省長官も、国王夫妻や公爵夫妻と同じように、今まで外で待機していて、ようやく謁見の間に乗り込んできたのだ。
ちなみに、国王夫妻同様、彼ら大司教らも、チチェローネ嬢の中に悪魔が融け込んでいるとわかっていない。
だから、昏倒する前に決めた方針に忠実であった。
大悪魔の手を借りず、自分たちの手でチチェローネの冤罪を晴らせば、契約は果たされず、国家の滅亡は避けられる、と信じて動いていた。
バパは怒りに声を震わせる。
「リリアーナとか申す、怪しげな魔女め。
聖女と自称したうえに、勝手に任意の者に戴冠しようなどと。
聖なる制度を悪用した痴れ者めが!
どちらにせよ、この偽聖女に誑かされた者こそが異端である。
オネスト殿下のみならず、聖騎士団の者どもも異端者だ。
私は教皇庁の枢機卿や各国の教会に働きかけ、聖騎士団に対して異端審問にかけることを提唱する。必ずだ。
教皇庁も惑わされたのだ。
司教べぺのみならず、多くの聖職者を殺戮した罪は重いぞ。
覚悟せよ、聖騎士団長! 必ず、報いをくれてやる!」
「黙れ、オネスト!
我が弟ながら、恥ずかしい。
そのような心根で、良くも王冠を戴けたものだ」
見慣れぬ美貌の若者の登場に、多くの貴族たちは首をかしげた。
「誰だ? あれは?」
「知らぬ」
だが、一部の女性陣は「キャア!」と黄色い声をあげていた。
「あのお方は、『花園の貴公子』でなくて?」
「ほんとだわ。公の場でお姿を拝見できるなんて!」
「それにしても、オネスト殿下を『我が弟』とおっしゃられるということはーー」
黄色い声援を背景に、宰相ガッブルリは、美貌の青年に手を振り向け、大声をあげた。
「こちらは、ランブルト王国の第一王子アレティーノ殿下であらせられます」
貴族連中は感嘆の声をあげた。
そして、さまざまに語り始める。
「アレティーノ殿下だと!? 生きておられたのか?」
「てっきり、幼少のみぎりに亡くなった、と」
「私もそう思っていた」
「いや、病のために外国に療養に出向いたと、私は聞いていたぞ」
オネストが王太子になった段階で、誰も話題にしなくなっていた。
それが、王家の長男アレティーノであった。
宰相ガッブルリは厳かに言う。
「アレティーノ様は目を患っておられました。
ところが、この度、奇跡的に治療に成功したのです」
ああ、と膝を打つ貴族が多数いた。
だから、魔導国の皇太子がいるのか。
魔導国で治療がなされたに違いない、と判断したのだ。
宰相ガッブルリは、改めて胸を張った。
「王国宰相として、ここに宣言する。
王権代理はこの第一王子アレティーノ殿下にお任せする、と。
リリアーナとか申す淫売の言いなりになるような不甲斐ない男に、これ以上、国家の重責を担わせるわけにはいかない。
国王陛下もお目覚めになられたら、この私の判断を支持するものと信じる!」
おおおお!
居並ぶ貴族とご令嬢、ご婦人方は歓声をあげた。
「私も支持する」
「私も支持いたしますわ!」
「オネスト殿下は王太子としても相応しくなかった。
王に即位するなぞ、もってのほかだ!」
「リリアーナとかいう淫売と手を切らぬ限り、とても国王など」
「そこらじゅうの男に媚を売った元平民女が、王妃となって君臨するなど、許せるものか!」
うねりのごとく、オネスト、そしてリリアーナを断罪する声がこだまする。
そのうねりを背景にして、アレティーノはオネストの正面に立つ。
チチェローネの手を取りながら。
オネストとリリアーナを正面に見据え、アレティーノとチチェローネが対峙する。
アレティーノは碧色の目を輝かせた。
「弟よ。貴様の役割は終わった。
国を再建するために、チチェローネ公爵令嬢は起ったのだ。
そして、チチェローネ嬢との婚約は私がする。
貴様は彼女に濡れ衣を着せて、ランブルト王国を危機に陥れた。
それもこれも、貴様がチチェローネ嬢との婚約を破棄し、冤罪を仕掛けたからだ!」
オネストは突然、怯えた顔になる。
そして、胸元にしがみついていたリリアーナを、ドンと勢い良く突き放した。
目を丸くして驚くリリアーナを無視して、オネストは居直った。
「な、なにを偉そうに。
盲目の日陰者が兄貴ぶりやがって」
「今では目が見える。
となれば、長男である私が、王位継承権第一位の王太子だ」
「ふん、それはないよ。
なにせ、父上ーー国王陛下がお眠りになったままで、そのように裁可しておらぬのだから」
「私の立場を云々するのは、今は関係ない。
チチェローネ嬢の婚約者は、これからは兄の私だ、と認めよ」
オネストは、肩を揺らせて大笑いした。
「はっはははは! おかしな物言いだな。
俺はまだチチェローネとの婚約を破棄しておらぬ。
したいのはやまやまだったが、あいにく、国王陛下もサットヴァ公爵閣下もお眠りしておられるからな。
正式な婚約破棄手続きが踏めなかったのだ。
な、そうであろう、ガッブルリ!」
突然、話を振られた宰相ガッブルリは、苦虫を噛み潰した顔をする。
それを確認すると、オネストは得意げに話を続けた。
「ーーしたがって、盲目の兄上が、俺の婚約者に、いくら求婚しても無駄なんだよ!
少なくとも、今はな」
呆気に取られたのは、リリアーナだけではない。
チチェローネもだ。
手にした扇子を、思わず折ってしまいそうなほど握り締めた。
(あれほど執着していたリリアーナを放り捨てて、今更になって、私との婚約を維持しようというの!?
一方的な婚約破棄宣言から始まった一連の事件を、すべて無かったことにしようと!?
虫が良すぎる!)
チチェローネが拳を握り締めて歩み出ようとするのを制するように、野太い声で横槍が入った。
「そうでもなかろうよ。
ランブルトの外であれば、婚約だろうと結婚だろうと思いのままだ」
皇太子ラオコーンが、大きな図体で前に乗り出したのだ。
「ランブルト王国において、濡れ衣をかけられて死罪となったチチェローネ嬢が、我がギララ魔導国に亡命を果たした。
それを皇太子である余が快く迎え入れ、輿入れを認めたーーそれで良いではないか。
あとは貴様らで仲良く兄弟喧嘩でもしておれ。
余は外野から眺めおろして楽しもうではないか。
可愛らしいチチェローネ嬢を傍らに据えて、な」
アレティーノの反対側の隣で、チチェローネの腕を取る。
二人の男性に挟まれて、チチェローネは顔を真っ赤にさせる。
「もう、なにを勝手にッ!」
チチェローネがうわずった声をあげると、アレティーノも憤慨する。
チチェローネの頭越しに、長身の皇太子を睨みつけた。
「チチェローネ嬢の処遇は国内問題だ。
外国人は口を出さないでいただきたい」
ラオコーン皇太子は愉快そうに笑う。
「良いではないか。
チチェローネ嬢にどうなりたいのか、すべて決めさせれば。
余のところに来れば、悪いようにはしない。
濡れ衣を着せることもなければ、跡目争いの道具にすることもない。
すぐにでも皇妃にしてやりたいところだが、あの婆さんが君臨しておるからな。
しばらくは、余の妻として好き勝手に暮らせようぞ」
次いで外国の貴公子は、視線を聖騎士団に向ける。
「それに、我ら魔導国は、貴女が召喚した大悪魔をも粗略に扱うことはない。
どこかの頭の硬い宗教団体のように、討伐対象になぞせぬよ。
少し、我が魔導国のために働いてもらうかもしれんがーー。
ああ、そうなれば、この国など、どのようにでも転がせよう。
はっははは」
オネスト、アレティーノの両者のみならず、ガッブルリ宰相も、聖騎士団長ベーオウルフも絶句する。
ギララ魔導国が〈漆黒の大悪魔〉と結託して、ランブルト王国をはじめとした諸国を踏み潰していくーー。
あってはならない未来図だった。
ランブルト王国とレフルト教会の重鎮が絶望を感じた、そのときーー。
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「やめないか!」
「すっかり聞かせてもらったわ」
居並ぶ貴族と奥様方は、いっせいに扉の方を振り向く。
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彼らの後ろにはサットヴァ公爵夫妻もいた。
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それゆえ、慣れた足取りで、ランブルト国王は赤絨毯を踏み締めて玉座に腰を下ろす。
そして、オネストを睨みつけた。
「おのれ、オネスト。騙しおったな!
両親ともに眠らせて、玉璽を奪い、王位を乗っ取ろうとは!
余とサットヴァ公爵が眠った状態での即位は、謀叛に当たる。
さすがに野心が過ぎた。
本日より、王太子はアレティーノだ!」
王太子が勝手に新王に即位しようとしたと知り、謀叛だと思い、ランブルト国王は逆に彼らを断罪した。
サットヴァ公爵夫妻も揃って声を上げる。
「宰相から聞いたぞ!
良くも娘を陥れたな、オネスト殿下!」
「予言省の方からも、伺いましたよ。
チチェローネの無実は証明されている、と。
殿下は、この国を滅ぼそうとお思いなのですか!?」
良く言えたものだと呆れながらも、チチェローネは二人の男性に掴まれた両手を離し、声を上げた。
「国王陛下、それにお父様。
私、チチェローネは、このオネスト殿下との婚約を解消したく思いますが、お許しくださいますか?」
「もちろんだ。このような者、もはや息子とは思わん」
国王の即答に、息子のオネストは言い訳をする。
「そ、そんな。父上!
俺は俺なりに、国のことを思って……」
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そこの怪しげな女に誑かされておっただけではないか!」
オネストには返す言葉がなく、喉を詰まらせる。
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「オネスト!
今すぐ、そのリリアーナとかいう国賊を手放しなさい!
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「も、もう捨てました。
捨ててますよ、こんな女!
なにもかも、この女のせいなんです。
チチェローネ嬢を陥れたのも、王冠をかぶったのも!」
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「オネスト様! 今さら、何を言うのです!?
このままでは大悪魔がーー」
「知らないよ。
君が『チチェローネ嬢が悪魔に魅入られて国を滅ぼす』と言うから、ここまで頑張ってきたのに。
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どうしてくれる!?
この状況で、どうやったら、国王になれるんだ!」
本音がダダ漏れである。
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この場に立つ誰もが思った。
無理だ。このような男を王として掲げるなどーー。
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(そうだった。
リリアーナこそ、断罪しなければならない。
彼女こそが、一連の大混乱の元凶なのだ……)
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彼女は自らを『聖女』だと詐称していた。
だから、信じた。
それでも俺が悪いというのか!?
どうなのだ。教皇様はいかなる見解をお持ちか!?」
いきなり、オネストは聖騎士団に話を振る。
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ベーオウルフ団長は正直に答えた。
「教皇様からのお言葉は先程、伝えたのみだ。
『オネスト・ランブルトに、ランブルト王国の王冠を正式に授ける。
以後、国軍を指揮し、対悪魔の聖戦の中核を担え』と……」
そこへ、玉座に座るランブルト王が割って入る。
「では、リリアーナとやらは、聖女として認定されておらぬのだな!?」
「それはーー聞いておりませぬ」
聖騎士団長による正直な返答によって、謁見の間は、またもやザワザワと騒がしくなった。
「な!?」
喧騒の中で、素っ頓狂な声を発したのは、リリアーナ本人であった。
「ーーおかしいでしょ!?
そんなこと、あり得ない!
私の職業は〈聖女〉なんだから!
マジで、アンタたち、教皇から訊いてないわけ!?」
実際、レフルト教会から、聖女と認定されるのは簡単ではない。
オネストが新王に即位できることを優先したあまり、自身についての手続きを正確に踏んでいなかった、リリアーナのミスであった。
「聖女と自称するのは大罪ですぞ!」
ここで大声をあげたのは、大司教バパだった。
チチェローネが宿す大悪魔の力によって、予言省長官シグエンサとともに、レフルト教会の大司教バパも目覚めていた。
彼ら大司教や予言省長官も、国王夫妻や公爵夫妻と同じように、今まで外で待機していて、ようやく謁見の間に乗り込んできたのだ。
ちなみに、国王夫妻同様、彼ら大司教らも、チチェローネ嬢の中に悪魔が融け込んでいるとわかっていない。
だから、昏倒する前に決めた方針に忠実であった。
大悪魔の手を借りず、自分たちの手でチチェローネの冤罪を晴らせば、契約は果たされず、国家の滅亡は避けられる、と信じて動いていた。
バパは怒りに声を震わせる。
「リリアーナとか申す、怪しげな魔女め。
聖女と自称したうえに、勝手に任意の者に戴冠しようなどと。
聖なる制度を悪用した痴れ者めが!
どちらにせよ、この偽聖女に誑かされた者こそが異端である。
オネスト殿下のみならず、聖騎士団の者どもも異端者だ。
私は教皇庁の枢機卿や各国の教会に働きかけ、聖騎士団に対して異端審問にかけることを提唱する。必ずだ。
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