女神がアホの子じゃだめですか? ~転生した適当女神はトラブルメーカー~

ぶらっくまる。

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第一章 領地でぬくぬく編

第24話 お河童娘、偉大さを知る(★)

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「ふむ、まさかここまで酷いとは思わなかったわ」

 二本目の矢がハインツに命中しそうになり、ローラが嘆息する。

「行っていいわよ」

 そこでようやく、ローラがユリアの手を離した。

「アーチャーはこっちで対処するから矢は気にしなくていいわ」

 ローラの言葉を最後まで聞くことなく、ユリアは、バート目掛けて駆け出していた。

「ディビーは……ここで見ていなさい」
「……」

 幾ばくか見つめ合った後、ディビーから視線を切ったローラが徐に立ちあがる。ローラの前に火球が四つ出現し、瞬く間に矢の形を形成する。

 こういう場合、ローラはディビーにやらせる。むしろ、ディビー自ら立候補する。それでも、ディビーは、何もいえなかった。

(バレてる。私が居場所を見つけられていないのを。何が神使よ。あの冒険者も同じだと安心するだなんて……)

 悔しさからディビーが、顔を歪める。

 ディビーが内心で考えが甘いことに後悔していると、ローラからファイアアローが右と左へ二本ずつ発射され、意志があるように木々の隙間を縫っていく。遠くで炎の塊が四つ落下した。見事命中したようだ。

(やはり、凄い。私も早くできるようにならなければ)

 ローラの魔法の精度に唸りながらも、ディビーは不安ばかりが募る。

 最近、ディビーは、魔力操作の訓練でローラが出す課題を達成できていないのだ。初級魔法の無詠唱は完璧。中級魔法の一部も無詠唱で行使できるようになった。それでも、障害物を避けて攻撃魔法を当てることが出来ないのだ。きっと、それで任せてくれなかったのだろう、とディビーは受け取った。自覚しているからこそ、「どうせ、ディビーには無理なんだから」といわれたような気がしてならなかったのである。

「さあ、行くわよ。ミリアはあのハインツとかいう人の治療をしてあげて」
「待ってましたぁー!」

 ディビーが落ち込んでいるとも知らず、ミリアが嬉しそうに声を上げ、ローラがミリアの様子に苦笑しながら藪を掻き分けて歩き出す。

「ちょっと、ディビーも早く」
「……う、うん……」

 ローラから催促され、ディビーもそのあとを付いて歩く。

 どうやら、ユリアも上手くやったようだ。バートに手を貸して立ち上がるのを助けている。バートが突然の助太刀に驚いているようだが、素直にユリアの手を取って立ち上がった。ユリアに頭を下げていることから、感謝しているのだろう。それからすぐに、ユリアとバートが治療中のハインツの元へと向かってきた。

 治癒魔法を施しているミリアの顔がちょっと怖い。口を円弧に裂き、不気味な笑みを浮かべているのだ。ディビーは、それを横目に見て一人その場を通り過ぎる。ゴブリンアーチャーの様子を見に行くのだ。

 ディビーたちが隠れていた場所から、約三〇メートルの距離。その場からディビーが、自分たちが隠れていた場所を見るが、そこからでは木々が邪魔してよく見えない。しかも、ゴブリンアーチャーは、木の上にいた。それにも拘らず、ローラとユリアは、ゴブリンアーチャーの存在に気付いていたのだ。ローラに至っては、ファイアアローを四匹とも同時に命中させたのだった。

「…………」

 己の未熟さに嘆息し、ディビーがローラたちの元へ戻ると、何やらローラとバートが言い合いをしている。

「そんなの気にしなくてもいいわよ。むしろ、勝手に介入しちゃった訳だし」
「そこんとこは大丈夫だ。赤髪の姉ちゃんに事前に確認されて俺も承諾したからな」

 バートの言葉を聞き、ディビーが思案する。「姉ちゃん」とは、どういうことだろうか、と。赤髪というくらいだからユリアの燃えるような髪のことだと理解できる。それでも、一〇歳にも満たないユリアのことを表現するには些か不適切な気がする。実際、互いに自己紹介をする前は、嬢ちゃんとバートから呼ばれていたのだ。

「それに、神官様に治療をしてもらってタダって訳にもいかないぜ」
「だから、大丈夫だっていってるじゃないのよ」

 どうやら、ハインツの治療が終わっており、そのお礼に対することで揉めているようだ。それでもやはり、ディビーは、益々混乱するばかりである。

(神官様? この人は何をいっているの? どこをどう見たらミリアが神官様に見えるのよ)

 治癒魔法を使えるのは、大多数がデミウルゴス神教の神官であるが、ミリアみたいな子供が神官になれるはずがない。そもそも、ハーフエルフであるミリアは、神官にはなれないのだ。しかも、バートの視線がおかしい。ローラと会話しているハズなのに、ローラのことを見ていないのだ。まるで、ローラの後ろに大人が立っており、その人と話しているように見える。

「……どうしたの?」

 混乱の域を超え、ディビーが思い切って声を掛けた。

「ああ、グリーン、どこに行っていたのよ」
「ぐ、グリーン……?」

 はて、とディビーが首を傾げる。

「丁度いいわ。紹介すると、この魔法士がグリーン。神官がナッツブラウン。こっちの剣士がレッドで、わたしはブルーよ」

 ローラが自己紹介と称して発した名前は、でたらめだった。いや、規則性があるようだ。つまりは、それぞれの髪の毛の色からきているようだった。

「……ゴール――」
「グリーン、細かいことはいいのっ!」

 規則性に気付いたディビーが、それならローラはゴールドではないかと指摘しようとしたら、遮られてしまった。

「はは、それは変わったお名前で。俺は、バートだ」

 バートは苦笑いだ。他の荒ぶる剣の三人も微妙な表情をしている。それもそうだろう。明らかに偽名なのだから。というか、既に自己紹介をカールパニートで済ませているのだ。それにも拘らず、荒ぶる剣の面々が、律儀に順番に自己紹介をする。そして、自己紹介が終わると、アーダが先の話をぶり返す。

「何やら事情がおありでしょうが、バートがいった通り、救っていただいた上に治癒魔法まで施してもらって何も返さない訳にはいきません」
「もー、しつこいわねー。わたしが気にしなくていいって、いってんの! 黙って受け入れなさいよ! 何でわからないかなー」

 わかる訳がない。むしろ、お礼をもらってサクッと話を切り上げて別れた方がいいのではないかと、ディビーは思う。ユリアとミリアだって、この不思議な展開に困惑顔だ。偽名をいったところで既に素性はバレているのだ。アーダが何やら気を使ったようないい方をしているが、子供の茶番に付き合ってくれているだけだろう。

「しつこくて結構です。冒険者は持ちつ持たれつじゃないですか。私たちがあなたたちの窮地を救えるとは思えません。ですから、謝礼というより、救っていただいた報酬として受け取ってほしいのです」

 真面目な性格なのか、アーダが腰袋から小金貨を数枚取り出している。

 教会で受けられる治癒魔法の代金の相場を知らないディビーであっても、それが過剰なのがわかる。きっと、助けがなかったら全滅していた可能性を考慮して色を付けたのだろう。

(さて、ローラはどうこたえるのかしら)

 もう、これ以上は堂々巡りだ。そう思ったディビーは、ローラの次の言葉に期待する。

 が、

(いや……)

 ディビーは、何となく察しがついた。

「みんな!」

 ローラが大声を張り上げる。

「逃げるわよっ!」

 言下、アクセラレータを行使したローラが、脱兎のごとく姿を消したのだ。

「「「「「「え……」」」」」」

 これには、ディビー以外の全員が、唖然とした。

(ふむ、やはりそうきたわね)

 ディビーは、予想通りの展開に頷く。

「……では……私もっ」

 砂塵をその場に残し、ディビーがアクセラレータの脚力でローラを追う。後ろから、「あっ、ズルいぞ!」というユリアの叫び声が聞こえたが、ディビーは気にしない。逃げるが勝ちとは言い得て妙である。

 暫くすると、ディビーがローラに追いついた。

「ねえ……説明して」
「ん? ああ、アレはね……」

 細かくいわずとも、ディビーの表情を見ただけで、ローラは、理解したようである。

「ディビー、あなたはあなたらしくいればいいのよ」
「……」
「そのままよ。あなたには攻撃魔法士としての役割があるじゃないの。索敵はユリアがする。怪我してもミリアがいる。最悪、わたしがいるじゃないの」
「……いったい、何を……」

 ディビーは、意味がわからないという風に首を傾げたが、その実、理解していた。ドクリと心臓が鳴って、キューっと心臓が締め付けられた。

(嗚呼、全て見透かされていたのね)

 その証拠に、ローラは笑っていた。

「考えすぎなのよ、ディビーは。まだ一年半しか経っていないじゃない。それに……」
「うん……それに?」
「それに、あのバートのおっさんとか見たでしょうに。わたしたちの倍以上生きているのにあの程度なのよ。自信を持ちなさい。このままの調子で訓練すればすぐに上達するわ。そもそも、わたしと同じことをすぐにできると思ったら大間違いよ」

 ローラにいわれた途端、ディビーはさっき抱いた感情がバカらしく思えた。

「……わかった」
「うんうん」

 それからほどなくして、ユリアとミリアも合流したが、それ以上ローラが語ることはなかった。ユリアが、「さっきのアレはなんだったんだ?」と聞いても、「ないしょー」とローラは誤魔化していた。

 いつも自由気ままで行き当たりばったりなローラのことを、「なんだか女神らしくない」と思っていたディビーであったが、このときばかりは、女神ローラの愛に包まれた気がして、心がぽかぽかと温かくなるのを感じた。

 そう、これはきっと、一日早い誕生日プレゼント――女神の祝福なのだろうと、ディビーは考えて微笑むのだった。
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