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第一章 領地でぬくぬく編
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デミウルゴス神歴八四三年、三月一二日、維持――ローラの曜日。
モーラが帝都へ戻る日の朝。別れのときだ。
ローラは、領主の館の前に停車した馬車を見上げ、どんな表情をすべきか困惑し、不思議な感覚に襲われていた。
モーラは、誘いを受けていたにも拘わらず、それを断るという結論に至った原因――魔法詠唱の問題――を改善できた。ただそれも、改善どころの話ではなく、この一週間の訓練で詠唱の省略化や魔法待機の術を体得するまでに至った。大変喜ばしいことであり、ローラも仮面を脱ぎ捨てた甲斐があったというものだ。
ローラが指導した結果、モーラは、憧れの翼竜騎士団からの誘いを受けることを決断してくれた。モーラが決意したことは、ローラにとって目的を達成できたことを意味し、嬉しいハズだった。それにも拘らず、ローラの心は落ち着かないのである。
一方、馬車の窓から顔を出しながら、モーラが何度目になるかわからない感謝をローラに口にする。
「ローラ、ありがとう。あなたのおかげで自信がついたわ」
モーラの表情は、清々しいほどに晴れやかで、完全に吹っ切れているようだ。
「わ、わたしはきっかけでしかないわ」
モーラとは正反対にローラの表情は、なぜか無愛想になってしまう。
「でも、それでいいのよ……そのきっかけのおかげで翼竜騎士団に入ることを決断できたのだから」
「ううん、お姉様の実力よ。だって、ダリルを見てごらんなさいよ」
ローラは、進歩のなかったダリルを矢面に上げて茶化すようにいったが、ぎこちない笑みだった。
「あー、それいったらまた拗ねちゃう、わよ……」
モーラもまた、声音は笑っているようで、その表情は笑顔を保てていない。
「いいのいいの、それくらいでへこたれないのは、お姉様も知っている、じゃない……」
「そ、それも、そうね……」
ローラが努めて明るく振舞おうとしても、次第に互いの声が小さくなる。いつの間にかモーラの顔は、涙でぐちゃぐちゃに崩れていた。目鼻立ちが整っており、セナ似の美人とテレサ村で評判の美しい顔が台無しだった。
それにつられてダリルなんてわんわん泣いており、相変わらずのポンコツぶりだった。
「それに……」
「……うん」
ローラが言葉に詰まる。
(それに心配なら……)
昨夜の決闘に勝利したローラは、モーラに何でも要望できる。権利をいまここで叫びたい衝動に駆られる。
(帝都に行かないで! テレサに残って、一緒にいてよ!)
なぜ、その言葉が浮かんだのかわからない。きっと、モーラならローラが望めば残ってくれるかもしれない。ミリアたちと一緒になって魔王討伐も悪くない。むしろ、モーラがいた方が近道である。
が、許されない。
湧き出た言葉を感情のままに吐き出してしまえば、もう後戻りはできない。ローラは、浮かんだ言葉を必死に掻き消す。
「何でもない! そ、それじゃあ元気でね」
ついにその雰囲気に耐えられなくなったローラは、無理やり会話を終わらせる。いままで感じたこともない感情がこみ上げ、ローラはどうすればよいのわからず混乱していた。
すると、ローラの隣にセナが歩み寄ってきた。セナは、そっとハンカチを出し、背伸びをしてモーラの溢れる涙を拭き、最後によしよしと、頭を撫でている。
帝都の騎士団に入団してしまうと、片道で一〇日は掛かるテレサ村には、なかなか帰ってこれないだろう。次に会える日がいつになるかは、わからない。普段だったらそんなことに心を乱されるローラではないのだが、この時ばかりは、熱いものを目頭に感じていたのだった。
神からヒューマンに転生したことで、知らないうちに変化が起きているかもしれない。
モーラがいった。
「みんな、行ってきます」
別れのときだ。
それを合図と受け取った御者が馬に鞭を打つ。二頭の馬が嘶き車輪が回る。詳しい事情を知らないハズの村人たちが、足を止めて見送るように手を振って歓声を上げている。
ローラが、村人たちがしているように手を振ろうと手を上げたとき、馬車からモーラが顔を出したのだった。
足が動いた。
けれども、ひどく重い。まるで、沼地を駆けているようだ。
(なんで? なんでよぉ!)
身体強化の魔法を行使しても反応がない。馬車との距離が縮まらないのだ。それでも、ローラは駆ける。
「お姉様っ!」
ローラが悲痛に叫ぶ。
途端、足を取られたローラが、前のめりに倒れ込んでしまった。
「ローラっ!」
モーラの声に、ローラが顔を上げると、馬車が停止していた。そして、扉が開く。
(ああ、だめ……だめよ……)
御者がステップを出し、モーラが降りてくるのだった。
周囲の村人たちが、近寄って来たが、ローラは、「大丈夫です」といって自ら立ち上がる。
ローラが、両手で土ぼこりを叩くが、殆ど効果はなかった。わざわざ見送りのためにモーラをイメージした服、真っ白なシルクニットタートルネックのティーシャツとブルーのスカートでおしゃれをしたのに、これでは台無しである。
ローラがめいっぱい息を吸い込む。
「わたし、応援してる! 頑張ってきてね、お姉様!」
ここでモーラを引き止める訳にはいかない。ローラは、努めて明るく振舞うのだったが、上手くできた気がしない。視界がぼやけてよく見えないが、モーラが困ったようにオロオロしているのだ。
「大丈夫、大丈夫だから! 手紙、書くね!」
モーラが近付いてきたため、ローラが遮る。
「私も沢山手紙を書くわ! ローラに教わったことを活かして、頑張るから! 素敵な騎士になるから!」
「うん! お姉様なら絶対なれるわ!」
馬車に戻ったモーラは、再び顔を見せることはなかった。
今度こそ馬車が遠ざかり、どんどん小さくなる。やがて、馬車が北門を潜り、木杭を打ち込んで結わっただけの壁の向こうに消えるのだった。
姿が見えなくなったあとも、ローラはその場から動けずにいた。
そのとき――
意思とは関係なく、ローラは、透き通った青い双眸に涙を湛え、動けなくなっていたのだ。
「ローラ、良いのよ。悲しいときは思い切り泣きなさい」
突然、セナに後ろから抱きすくめられていわれるも、ローラは、ぎゅっと拳を握り、意地をはった。
「な、ないで……ない、もん」
けれども、止め処なく涙が溢れる。
声は、嗚咽を伴い、ちゃんと言葉にならなかった。
ただ、
「そう……」
セナは、何もいわずにローラを暖かく包み込んだまま、ずっと寄り添ってくれるのだった。
(わたしは、いったいどうしちゃったのかしら……こんなんじゃ、神になんて戻れないじゃない)
このあともローラは、扱えきれない感情を持て余し、泣き続ける。
五分、一〇分――
いや、いつまで経っても涙が止まらず、ひたすら泣き続けるのであった。
モーラが帝都へ戻る日の朝。別れのときだ。
ローラは、領主の館の前に停車した馬車を見上げ、どんな表情をすべきか困惑し、不思議な感覚に襲われていた。
モーラは、誘いを受けていたにも拘わらず、それを断るという結論に至った原因――魔法詠唱の問題――を改善できた。ただそれも、改善どころの話ではなく、この一週間の訓練で詠唱の省略化や魔法待機の術を体得するまでに至った。大変喜ばしいことであり、ローラも仮面を脱ぎ捨てた甲斐があったというものだ。
ローラが指導した結果、モーラは、憧れの翼竜騎士団からの誘いを受けることを決断してくれた。モーラが決意したことは、ローラにとって目的を達成できたことを意味し、嬉しいハズだった。それにも拘らず、ローラの心は落ち着かないのである。
一方、馬車の窓から顔を出しながら、モーラが何度目になるかわからない感謝をローラに口にする。
「ローラ、ありがとう。あなたのおかげで自信がついたわ」
モーラの表情は、清々しいほどに晴れやかで、完全に吹っ切れているようだ。
「わ、わたしはきっかけでしかないわ」
モーラとは正反対にローラの表情は、なぜか無愛想になってしまう。
「でも、それでいいのよ……そのきっかけのおかげで翼竜騎士団に入ることを決断できたのだから」
「ううん、お姉様の実力よ。だって、ダリルを見てごらんなさいよ」
ローラは、進歩のなかったダリルを矢面に上げて茶化すようにいったが、ぎこちない笑みだった。
「あー、それいったらまた拗ねちゃう、わよ……」
モーラもまた、声音は笑っているようで、その表情は笑顔を保てていない。
「いいのいいの、それくらいでへこたれないのは、お姉様も知っている、じゃない……」
「そ、それも、そうね……」
ローラが努めて明るく振舞おうとしても、次第に互いの声が小さくなる。いつの間にかモーラの顔は、涙でぐちゃぐちゃに崩れていた。目鼻立ちが整っており、セナ似の美人とテレサ村で評判の美しい顔が台無しだった。
それにつられてダリルなんてわんわん泣いており、相変わらずのポンコツぶりだった。
「それに……」
「……うん」
ローラが言葉に詰まる。
(それに心配なら……)
昨夜の決闘に勝利したローラは、モーラに何でも要望できる。権利をいまここで叫びたい衝動に駆られる。
(帝都に行かないで! テレサに残って、一緒にいてよ!)
なぜ、その言葉が浮かんだのかわからない。きっと、モーラならローラが望めば残ってくれるかもしれない。ミリアたちと一緒になって魔王討伐も悪くない。むしろ、モーラがいた方が近道である。
が、許されない。
湧き出た言葉を感情のままに吐き出してしまえば、もう後戻りはできない。ローラは、浮かんだ言葉を必死に掻き消す。
「何でもない! そ、それじゃあ元気でね」
ついにその雰囲気に耐えられなくなったローラは、無理やり会話を終わらせる。いままで感じたこともない感情がこみ上げ、ローラはどうすればよいのわからず混乱していた。
すると、ローラの隣にセナが歩み寄ってきた。セナは、そっとハンカチを出し、背伸びをしてモーラの溢れる涙を拭き、最後によしよしと、頭を撫でている。
帝都の騎士団に入団してしまうと、片道で一〇日は掛かるテレサ村には、なかなか帰ってこれないだろう。次に会える日がいつになるかは、わからない。普段だったらそんなことに心を乱されるローラではないのだが、この時ばかりは、熱いものを目頭に感じていたのだった。
神からヒューマンに転生したことで、知らないうちに変化が起きているかもしれない。
モーラがいった。
「みんな、行ってきます」
別れのときだ。
それを合図と受け取った御者が馬に鞭を打つ。二頭の馬が嘶き車輪が回る。詳しい事情を知らないハズの村人たちが、足を止めて見送るように手を振って歓声を上げている。
ローラが、村人たちがしているように手を振ろうと手を上げたとき、馬車からモーラが顔を出したのだった。
足が動いた。
けれども、ひどく重い。まるで、沼地を駆けているようだ。
(なんで? なんでよぉ!)
身体強化の魔法を行使しても反応がない。馬車との距離が縮まらないのだ。それでも、ローラは駆ける。
「お姉様っ!」
ローラが悲痛に叫ぶ。
途端、足を取られたローラが、前のめりに倒れ込んでしまった。
「ローラっ!」
モーラの声に、ローラが顔を上げると、馬車が停止していた。そして、扉が開く。
(ああ、だめ……だめよ……)
御者がステップを出し、モーラが降りてくるのだった。
周囲の村人たちが、近寄って来たが、ローラは、「大丈夫です」といって自ら立ち上がる。
ローラが、両手で土ぼこりを叩くが、殆ど効果はなかった。わざわざ見送りのためにモーラをイメージした服、真っ白なシルクニットタートルネックのティーシャツとブルーのスカートでおしゃれをしたのに、これでは台無しである。
ローラがめいっぱい息を吸い込む。
「わたし、応援してる! 頑張ってきてね、お姉様!」
ここでモーラを引き止める訳にはいかない。ローラは、努めて明るく振舞うのだったが、上手くできた気がしない。視界がぼやけてよく見えないが、モーラが困ったようにオロオロしているのだ。
「大丈夫、大丈夫だから! 手紙、書くね!」
モーラが近付いてきたため、ローラが遮る。
「私も沢山手紙を書くわ! ローラに教わったことを活かして、頑張るから! 素敵な騎士になるから!」
「うん! お姉様なら絶対なれるわ!」
馬車に戻ったモーラは、再び顔を見せることはなかった。
今度こそ馬車が遠ざかり、どんどん小さくなる。やがて、馬車が北門を潜り、木杭を打ち込んで結わっただけの壁の向こうに消えるのだった。
姿が見えなくなったあとも、ローラはその場から動けずにいた。
そのとき――
意思とは関係なく、ローラは、透き通った青い双眸に涙を湛え、動けなくなっていたのだ。
「ローラ、良いのよ。悲しいときは思い切り泣きなさい」
突然、セナに後ろから抱きすくめられていわれるも、ローラは、ぎゅっと拳を握り、意地をはった。
「な、ないで……ない、もん」
けれども、止め処なく涙が溢れる。
声は、嗚咽を伴い、ちゃんと言葉にならなかった。
ただ、
「そう……」
セナは、何もいわずにローラを暖かく包み込んだまま、ずっと寄り添ってくれるのだった。
(わたしは、いったいどうしちゃったのかしら……こんなんじゃ、神になんて戻れないじゃない)
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