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第五章 宿命【英雄への道編】

第31話 英雄と呼ばれて

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 僕がモーラさんと共に地上に降り立つと、沢山の騎士たちが出迎えてくれた。

「お二人が戻ったぞぉー!」

 割れんばかりの大歓声。そして、僕たちの無事と魔人討伐に対する賞賛の言葉が続いた。

「コウヘイ様! よくぞご無事で」
「モーラ殿もよくやってくれました」
「竜騎士コウヘイ様! さすがです!」

 その場にいる騎士たちは帝都の騎士団。僕が勇者ではない事実を知っている人たちばかりだ。故に、勇者と呼ばれはしなかったけど、

「コウヘイ!」
「モーラ!」
「コウヘイ!」
「モーラ!」
「コウヘイモーラ!」

 と巻き起こるコウヘイ、モーラコールにタジタジである。


 僕たちの名前を連呼する騎士たちは地上で壮絶な戦いを繰り広げたのか、鎧がへこんで傷ついていたり魔獣の返り血で汚れていた。怪我を負った者たちが多く、むしろ無傷の人を探す方が困難だろう。そんな風にボロボロになりながらも彼らの表情に疲弊の色は見えない。みな一様に笑みを浮かべていた。

 気恥ずかしさから頬が熱くなりつつも、少しずつ実感がわいてくる。

 倒した! 中級魔人を倒したぞ! 僕は足手まといじゃない、と死の砂漠谷でのドーファン戦と今回の僕の働きの違いを噛み締め、小さくガッツポーズする。

 その後、握手を求めてくる大勢の騎士の対応をしていると、人垣が割れた。ダリル卿を先頭にラルフさんと、先輩たち勇者パーティーが僕の下へとやってくる。

「コウヘイ殿。よくやってくれました。二度も魔族を撃退するとは、まさにテレサの英雄ですな」
「ど、どうしたんです、ダリル卿? 英雄だなんて。僕は自分のやれることをやったまでです。先輩たち、勇者の援護がなければ接近に気付かれていたでしょうし」

 僕は頬が緩むの堪え、謙遜するような言葉で返してしまう。確かに僕の攻撃がファーガルを地上へ落とし、メテオストライクでとどめを刺すきっかけになった。けれども、調子に乗るのはよくないと、いままで散々身をもって経験している。

 ダリル卿は肩を一瞬すくめ、「うむっ」と唸りながらも、結局は納得したように後ろを振り向いた。

「それもそうですな。勇者諸君もよくやってくれた」

 ダリル卿が振り返った先に僕も視線を向けると、内村主将は腕を組んでそっぽを向いていた。照れているのだろうか。心なしか口元が緩んでいる気がする。

 まあ、いままでダリル卿にぞんざいな扱いをされていた訳だし、ようやく感謝の言葉を掛けられて喜んでいるのかもしれない。

「しっかし、片桐ぃー。お前、やるじゃないか! 物語に出てくるような竜騎士みたいでカッコよかったぞ」

 子供みたいに目を輝かせて言ったのは山木先輩。相も変わらず軽いなと思う。この人は本当に流され易いというか、調子がいいというか……

「あ、いえ、山木先輩も二つ名の通り凄かったですね」

 苦笑いで答えた僕の言葉に、「お、そうだっただろ。俺も腕を上げたんだぜ」と山木先輩の鼻はすっかり伸びている。

「康平くん――」

 葵先輩が何か言い掛けたけど、僕を呼ぶべつの声によって遮られた。

「コウヘイ!」

 声がした方へ僕が視線を向けると、再び人垣が割れた先にエルサが立っていた。

 どうやらみんな合流してからやって来たようで、その後ろに、エヴァ、イルマやミラもいた。

 僕がみんなに声を掛けようと右手を上げた瞬間、エルサが顔をクシャっとさせた。そして駆け出したと思ったらその勢いのまま僕の胸に飛び込んでくる。

「おっと、大丈夫、大丈夫だから。もう泣かないでよ、エルサ」
「バカぁ、誰のせいだと思っているのよぉー」

 涙を湛えたエルサの目元を拭い、頭をポンポンとしてあげる。周りからのニヤニヤとした視線を一身に浴びながらも、エルサを心配させたのだから恥ずかしがってはいられない。

「ごめん、少し計画とは違ったけど、みんながいたから成功したんだよ」

 ホント? と上目遣いのエルサに頷いて答えた僕は、アドを抱えているエヴァに視線を送る。

 今回の作戦は、ファーガルが僕の弱点を突いてくるのを考慮し立案した。魔獣を作戦級魔法で一掃したのちに、ファーガルの攻撃を受けてやられたフリをする。つまり、油断させるつもりだった。

 しかしながら、反射の魔法は計算外だったのだ。そのせいで、危なく本当にやられてしまうところだった。これも全て、アドが僕を庇ってくれたおかげだ。

「まったくあなたは、何度エルちゃんを泣かせれば気が済むのかしら」

 僕の痛いところを突いたエヴァは、アドを抱えて近付いてきた。

「ほら、エルちゃんが治癒魔法で回復してくれたけど、魔力がないんだと思うわ。マジックポーションでもいいけど、コウヘイが責任をもって回復させることね」
「そうだよね。ありがと」

 エヴァからアドを受け取り、僕が抱きしめる。ごめん、そして、ありがとうという気持ちを込めて。

「だ……だ、だいじょうぶなの、だぁー」
「だーめ、大丈夫じゃないよ。すぐに魔力を分けてあげるから」

 半目状態のアドが健気にも強がる。イルマよりもはるかに年上のはずなのに、本当に幼い子供のようだ。

 アドを抱いたまま集中して魔力を放出させる。僕の身体から青白い魔力のオーラが滲みだし、アドへと流れ込んでいく。

 傍から見たら何をしているのか不思議なのだろう。ガヤガヤと煩かった周りがシーンっと静まり返った。

「――ぬ……あっ、ふぁ……」

 気持ちよさそうにアドが声を漏らす。半目だったアドの瞼が少しずつ開き、透き通った青い瞳があらわになる。

「も、もう、だいじょうぶなのだぁ……あっ、ふっかーつなのだ!」

 身をよじらせ、アドが元気よく叫んで腕を伸ばすもんだから、僕の顎にクリティカルヒットする。

「いてて」
「あ、ごめんなのだ。よしよしなのだ」
「ううん、大丈夫。アドの方がもっと痛かっただろうに」
「アドは、コウヘイの相棒なのだ。守る。当たり前なのだ」

 思わず笑みが零れた。

「どうして笑うのだ?」
「いや、なんでもないよ。そっか、そうだよね」

 僕が一人で勝手に納得していると、周りから怪訝な目で見られた。

 僕は、毎度のようにエルサたちに言っていた言葉をアドに言われて胸が苦しくなったのだ。「守る」と言うけど、こんなにもこの言葉が相手を心配させるとは思っていなかった。

 だから僕が、「エルサ、イルマ、ミラ、エヴァ、そしてアド」とそれぞれの名前を呼ぶと、みなが何事かと佇まいを正した。

 正直、大したことではない。けれども、やっぱり、こういうことは口に出さないとね。

「いつもありがとう」

 僕は、満面の笑みで改めて感謝を伝える。

 反応は、まあ、予想通りだ。笑顔で頷いてくれたエルサとミラ。呆れ顔のイルマとエヴァだ。アドだけが不思議そうに首を傾げている。

 いつまでも、こんな温かい雰囲気が続けばいいのに――

 僕が感傷に浸っていると、ダリル卿が号令を掛けた。

「さあ、みなのもの。一旦引いて、歩兵部隊と合流するぞ!」
「え、ファーガルの生死は確認しないんですか?」
「ああ、確かに英雄殿の仰る通りなんですがね。ほら、魔獣たちがまだあんなに残っている状態で近付くのは危険ですよ。一旦体制を整えて再戦ですね」

 大地が抉れてクレーターのようになった周りとその奥の方には、メテオストライクから逃れた魔獣たちが健在だった。

「それより、英雄って、まだ言いますか」
「何を仰いますか。勇者でないのなら英雄ですよ。ちなみに私も英雄と呼ばれている口ですから、英雄同士今後ともどうぞよしなに」

 僕の疑問に答えてくれたダリル卿は、いままでと違い先程から丁寧な言葉遣いだった。なんとも実力主義国家らしいと言えば聞こえはいいけど、身体中がむず痒い。しかも、なんだが嫌な予感がする。

「はは、そ、そうですか。では、ダリル卿の案でいきますか」

 こうして僕たちは、残りの魔獣を殲滅するために、こちらに進軍中であろう歩兵部隊三千と合流を果たすべく、一旦この場を後にするのであった。
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