魔神と勘違いされた最強プレイヤー~異世界でもやることは変わらない~

ぶらっくまる。

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序章 伝説のはじまりは出会いから

第16話 対策会議とその裏で

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 ――翌朝。

 マイルームで朝食を済ませたアレックスは、軍議の間へと向かっていた。

 軍議の間は、ギルドメンバーがよく集まるサロンを設置した二階にあるが、城の西寄りにあるため昨日とは反対の西側階段を利用することにした。転移ポータルを使用しても良かったが、会議で話すべき内容をまとめるために、あえて歩いて行くことを選んだ。

 そうこうして、アレックスが目的地の扉の前に着くと、第一旅団に所属する近衛騎士役のNPC傭兵の二人が敬礼してから扉を押し開けた。

 その様子を見やり、しみじみと思った。

「ゲームのときには気付かなかったが、リアルとなるとやりすぎ感が半端ないな」

 昨夜、クロードが出て行った後、イザベルの報告やアニエスの誤解といったトラブルが続いた。
 結局、睡魔が訪れることもなくアレックスは眠ることが叶わなかった。

 眠れないことで持て余した時間を利用し、深夜の城を徘徊するように巡回兵の真似事をしたアレックスは、あることに気が付いた。それは、共有スペースの部屋という部屋の前に、必ずと言っていいほど二人組のNPCが待機していたのだ。

「まあ、それはおいおいだな」

 一先ず、心のノートにメモをしたアレックスは、軍議の間に足を踏み入れる。

 軍議の間の中央には、楕円形の二〇人掛けのテーブルがあるのだが、勢揃いした七人の従者は誰一人として座っておらず、そのテーブルを囲うように立っていた。

「なんだ、お前ら。突っ立っておらんで、座って待っていればよいものを」

 アレックスが当たり前のようにそう言うが、従者にとってそれはあり得なかったのだろう。その理由を、第三旅団長であるシーザーの言葉でアレックスは知ることとなる。

「殿、これまた御冗談を」

「冗談? そんなつもりはないのだがな」

「いけませぬぞ。殿と同じ席に参上することなど、拙者どもにてきる訳がありませぬ」

 困ったものだと言いたそうに首を左右に振っていた。

 言われたアレックスは、え、そういうもんなの? と、困惑した。

 いくら皇帝であってもゲーム内での話であり、アレックスは皇帝の所作や仕来り的なことに疎かった。そもそも、そんな決まりを作った覚えもない。

 数百年も続く王家じゃあるまいし、そんな固いこと言わんでもと、アレックスは思う。ゲーム内の経過時間でさえ、帝国になって皇帝と呼ばれるようになってたかが一〇年足らずで歴史は浅い。

 そこで、過去の記憶を探ったアレックスは、アニエス以外で確かに従者たちと同じ席に座ったことがないことを思い出した。

 一人目に創造したアニエスは、ギルドがここまで大きくなる前であったため、何をするにも一緒に行動を共にしていた。それだけではなく、ギルドメンバーと他愛もない会話をするときにも参加させていたのだ。

 それがどうだろうか。二人目以降の従者たちを創造したときには、ある程度の規模のギルドになっていたため、そんな彼らと会話をするのは、もっぱらパーティーを組んでモンスター狩りをするときくらいだった。

「……そ、そうであるか。それでは悪いが俺は座らせてもらうぞ」

 口調をわざとらしく変えてから苦笑いを浮かべ、アレックスが入り口から向かって一番奥の定位置に腰を下ろした。

 すると、全員が跪き、椅子の背もたれで姿が隠れてしまう従者がちらほら。

「ああ、そうされると顔が見えないから立ってくれて構わんぞ。ふむ、そうだな。右側のこっちへ」

 立ち上がったアレックスが座っていた椅子から左側の長手方向の真ん中に座り直す。その向かい側に従者たちに並んでもらうことにした。

(こんなことなら玉座ぎょくざの間にすれば良かった。だが、あそこは広すぎんだよ、な……)

 アレックスは、打ち合わせが長くなることと、少人数であることから軍議の間を選んだ。この二〇人掛けのテーブルの他には、書記机のようなものが一つ。天井に小ぶりなシャンデリア一つと、壁の四方に設置された八つの燭台で十分な明るさを維持できる程度の広さだった。
 
(まあ、この服装で玉座の間はカッコ悪いもんな……)

 アレックスが下を向いて改めて自分の服装を確認する。

 フード付きの赤いシルクローブを羽織りながらもその中身は、黒いチノパンに綿麻の白い七分丈のゆったりシャツという完全休日モード。

 そんなラフ感漂う見た目であっても装備品ランクは、幻想級で上から二番目の高級品である。それでも、見た目があまりにもオフモードすぎて、玉座の間では完全に浮く服装だった。

 打合せ一つ始めるのに、こんなに手間が掛かることを辟易しながらも、気を取り直してアレックスが顔を上げる。

「まあ、今回集まってもらった理由は、言うまでもないだろう。イザベルから事前に連絡した件だ」

 アレックスがアニエスの方へ視線を向けると、彼女は金髪を揺らし、プイっと顔ごと視線を逸らした。

(あー、完全に昨夜の誤解が溶けてないな……)

 アニエスに拒絶の態度を取られたアレックスは、諦めて対策会議の進行プランを変更せざるを得なくなってしまったのだった。


――――――


 時を同じくして二階中央にある大広間――サロン――は、賑わいを見せていた。

 サロンは、一度に二〇〇人近く入れる大広間で、カジノスロット、ビリヤードやダーツといった娯楽設備の他にバーカウンターも設置されているプレイヤーのたまり場用に設けられたスペースだった。

 それも今ではそのプレイヤーは一人もおらず、その代わりに七人の神の子セブンチルドレンと呼ばれる従者たちの副官に当たるNPC傭兵たちが、思い思いの話で盛り上がっていた。

「クロード殿、将官たちがこうも一堂に会すと圧巻ですね!」

 興奮気味にソフィアが問い掛けたが、ほんの少し顎を引いただけのクロードは、平静というよりも無関心に見える。

 どこから持ってきたのか、給仕台車の上でお茶の用意をしているクロードは、周りの様子よりも時間が気になるようで、左腕の時計をジーっと見つめていた。

 数十秒後、これまた小さく頷いたクロードがティーポットから押し棒を引き上げてから、ティーカップへとその中身を注ぎ始める。

「おお、ありがたい」

 ソフィアが無言で差し出された紅茶を両手で受け取り、さらに二つの満たされたカップがテーブルに置かれて訝しんだ。

「えっ――」
「よう、悪いな」

 ソフィアが疑問を声に発したとき、その真後ろからしゃがれ声がした。その声の主は、彼女が座っていたソファーに一人分ほどのスペースを空けて腰を下ろした。

 その声の主を認め、ソフィアが驚いたように立ち上がった。

「あ、これはガサラム上将軍! 何故、こちらに? 我らがここにいるのは招集があったからなのですが」

「何だよつれないなー。俺が居ちゃ悪いのかよ」

「いえ、そのようなことは……ただ――」
「大将の話に因ると他の神様や神使様たちはもう二度と訪れないとのことだ。だから、自由に使ってくれだとさ」

 ソフィアの言いたいことを察したガサラムが先回りし、その理由を述べた。

「それに、何やら隣の部屋では今後の作戦会議をしているって言うじゃねえか」

「あっ! そうですよ、そうです! それでは猶更ここに居ては不味いではないですか! もうとっくに始まっている時間ですよ!」

 ソフィアにクロード、そして他の将軍キャラのNPC傭兵たちは、軍議の間で執り行われている防衛対策会議の結果を速やかに遂行すべく、隣のサロンにて待機せよとの通達があったのである。

「かぁーっ! 全くお前さんは一々騒がしい」

 ガサラムが大げさに耳を塞ぐ仕草をし、悪戯な態度にムキになったソフィアが怒鳴る。

 一方、クロードは目の前の大騒ぎが耳に入らないのか、目を瞑り優雅に紅茶を啜ってから、

「それは、上将軍の中で唯一、その会議に呼ばれていないからですよ」

 と、ソーサーにティーカップを静かに置くなり、言葉を選ぶことをせずにそのまま述べた。その顔からは、どんな感情も読み取れない無表情だった。

 その会議の参加者は、皇帝であるアレックスを筆頭に、上将軍とされていた。それにも拘らず、上将軍であるはずのガサラムには招集の命が下されていなかったようだ。

(ふむ、私も知らないことをクロード殿は知っておられるのだろうか)

 首を傾げてクロードを窺うが、どうせ聞いても教えてくれないだろうと、ソフィアは紅茶を一口飲み下す。

「クロード、人が言い辛いことをあっさり言いやがって」

 ふんっと顔をしかめてからガサラムが吐き捨てる。

「事実ですから」

 不機嫌そうな顔でムッツリと返す。 

「なあ、一遍殴っていいか?」

 ガサラムにそう尋ねられたソフィアは、同情しながらも苦笑するしかなかった。が、同時に、ソフィアの頭に不安がよぎった。

「それは、やはり我らでは力不足だということなのでしょうか……」

 ソフィアたちNPC傭兵にとってアレックスとは、神の中の神そのものだった。それ故に、他の神使プレイヤーに仕えている者たちよりも、そんなアレックスの直属であることを誇りに思っていた。幾多の戦場で何度もアレックスの強さを見て、感じて、崇拝していた。

「さあ、どうだろうな。そればっかりは、俺にもわからん。ただ……俺たちの大将は優しすぎる」

 そう言ってからガサラムが紅茶を口に含み、乱暴にガチャリと音をさせてソーサーにカップを置いた。

「そうですね」
「ですな」

 このときばかりは、クロードも反応したことから、ソフィアと同様に不安なのかもしれない。

「魔人族たちとの戦闘で怪我をした者や死亡した者がいないか凄く気になされていた。あのときの言葉は、俺たちが傷つかないようにしてくれたんじゃないのか? と、思わなくもねえんだよ」

 シルファとかいう魔人族たちが突如現れたとき。アレックスのことを身を挺して守ろうとしたことが、反ってアレックスに迷惑を掛けたとガサラムは考えているようだった。

『お前らじゃ荷が重いって言ってんだよ!』

 神と崇める存在から荷が重いと言われたのだ。

 当然、ソフィアは、「鼻から期待などされていなかったのだ」と、心に大きな傷を負った。おそらく、そう感じたのはソフィアだけではないだろう。

 それを言われたとき、程度の違いはあるものの、

 その言葉が、己の力不足を感じさせ――
 その言葉が、胸に深く突き刺さり――
 その言葉が、自信を失わせた――

 三人は揃って身動ぎ一つできなくなってしまったのだ。

「これはあくまでも俺の憶測なんだが……」

 途端、意味ありげに声を潜めたガサラムに、無意識にソフィアとクロードが前屈みになり、彼の言葉に耳を傾ける。

「今朝方の話なんだがな。あの戦闘に参加した下級兵士たちの中に身体の不調を訴える者がいたんだ。しかし、調べてもどこも怪我をしていなかったどころか健康そのものだった。しかも、ランクが低い者ほどそれが顕著だった……」

「「それは!」」

「ああ、この転移の影響かは知らんが、もしかするともしやするかもしれん」

 その言葉を聞いたソフィアが曇り顔から次第に花を咲かせ、クロードは無表情ながらに小さく拳を握りしめるのだった。
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