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チュンチュンと小鳥の囀る声がして、ゆっくりと意識が覚醒していく。朝だ。ゆっくりと上体を起こして自分の掌を見てみる。やはり小さくまだ少し丸みを帯びた手をしていた。寝て起きたらあの世、なんてことはないらしい。まあ、死ぬよりは断然過去からやり直す方が良いから別にいいけど。寝起きがすっきりと清々しいのはいつぶりだろうか。学園に通う頃には、ストレスからか不眠気味だったから、いつも寝る前と朝は憂鬱だった。夜はいつ眠れるかも知れないのに、布団にくるまって朝を待たなければならなかったし、朝は疲れを残した体で活動を始めなければならかったのだから。しかし、昨日は眠れるかどうかの心配をする前に、すんなり就寝できた。幼い体故か、あの頃ほど色々な問題があるわけではないからかはわからないが、このまま安眠が続くといい。
そう考えていると、コンコンと扉がノックされる。メリアだろう。
「どうぞ。」
「おはようございます、おぼっちゃま。今日も起きていらしたんですね。」
「おはようメリア。うん、早く起きる習慣も必要かなって。」
普通に目が覚めただけだが、あながち嘘でもない。不眠の原因は幼少期から夜ふかしをして、朝……というよりは昼に近い生活を送っていたことも一つにありそうだからだ。正しい生活習慣は美容にはなによりも大切なものであるし、前世の僕も例え眠れなくても、早めに布団に入り目を瞑るようにしていた。
「それはよろしゅうございますね。では朝の支度を致しましょう。」
メリアが僕の着替えを手伝ってくれる。死ぬ前は一人で行っていたから、少しむず痒い。昨日は目覚めたばかりで混乱していて、照れる暇もなかったけれど、年頃の女性に着せ替えられるのは少し抵抗がある。しかし、この頃の僕には自分で着替えるなんて考えはなかっただろうから、もう暫くはメリアに任せるしかないのだろう。
「本日はアルベール家のご子息とお会いになられるので、いつもより格式張った服にしましょうね。」
昨日、メリアが散々悩んで決めた服を着せてもらう。この頃、癇癪を起こして汚しても大丈夫なように、高価な衣服は身につけていなかった。しかし、今来ているのは、布の質から普段とは違うもので、シャツは糊が利いていてボタン1つ1つは綺麗な乳白色の貝殻で作られているし、ベストのボタンには僕の瞳と同じ色のアクアマリンがあしらわれている。膝丈のボトムスもセンタープレスがしっかりとついていて、シルエットが美しい。
靴下止めとソックスも、今日おろしたてのものだ。これだけでも、驚くほどの美貌だがさらに、メリアがしっかりと僕の髪を櫛で整えてくれる。金髪で少しウェーブかかった僕の髪は寝癖がつきやすいから、大きくなってからも苦労した。しかし、メリアにかかればさほど時間もかからず優しい手つきですぐに美しくセットしてくれた。
ドレッサーの鏡に映る僕は、控えめにいって妖精のようだ。この可愛らしさだけで国、取れるんじゃないのか。……いや、今世では例え心中でも欲は抱き過ぎない方がいいか。せっかく慕われても、欲をかいてまた断頭台に送られては元も子もない。
「緊張されますか?」
鏡を見つめたまま動かない僕を見て、メリアが気遣わしげに聞いてくる。可愛すぎる僕に見蕩れていたって言っても彼女は笑ってくれそうだけど、
「うん、初めて会う人だし。」
無難に誤魔化しておこう。
「大丈夫ですよ。こんなに可愛らしいおぼっちゃまを見て、仲良くなりたいと思わないお方は居ません。」
僕もそう思う。けれど、あの堅物クレインだからなあ。前世の僕も、態度こそ悪かったけど見た目は同じだったはずだ。それなのにあの男はあの厳しい目を向けてきたのだから、恐らく見た目で流されるタイプじゃないんだろう。しかし、クレインはエイブラムスにも特に親しげにはしていなかったな。あいつは見目はまあそこそこだったし、聖人だなんだと言われていたから、中身も大衆にとっては良かったろうに……あいつ、もしかして不能か?まあいい。仮にそうだったとしたら、今度こそ婚約破棄してやるまでだ。
「そうかな?」
「そうでございます。」
「うん、じゃあ緊張するけど頑張るよ。」
胸の前で気合いを入れるようにぎゅっと手を握ると、メリアも真似をして頑張れと言ってくれた。
今回は、社交デビューもまだの僕に合わせて、クレインがフルーベル公爵邸を訪ねてくれることになっている。現在は社交シーズンで、多くの貴族は領地にある諸城とは別に王都に構えている邸宅で暮らしている。フルーベル家も例に漏れず、一家で邸宅に移り住んでいた。昨年までは、社交界に出る歳じゃなかった僕は領地で留守番だったけれど、今年は本来お披露目の年なので家族全員でだ。もっとも、癇癪を起こしてばかりの僕は結局今年は社交界デビューしなかったんだけど。
そういう訳で、せめて顔合わせだけでもと同じく王都のタウンハウスに来ているクレインが来てくれることになったのだ。これは、特にお父様が望んだ訳ではなく、アルベール家からの打診だった。幼少期に家同士の約束で決まっていた婚約で、本来はどちらかのお披露目パーティーで挨拶する予定だったのだが、こちらの事情でそれが叶わなくなってしまったのだ。そこで、別の手段を提案されれば断る訳にはいかなかったのだろう。お父様とて、十分な教育を受けていない僕を婚約相手に合わせたくはなかっただろうが、この婚約に執着しているようではないので、最悪婚約が破綻しても良いと考えていたのだろうか。
準備が終わって、朝食も食べ終わって、僕は廊下の窓から正門の方をぼんやり見つめてクレインを待つ。立っていたら疲れちゃうからとメリアが用意してくれた椅子に座って。朝食の時お父様とお兄様は、
「ルイスにとって良い相手か見極めて来なさい。」
「嫌なことがあったら僕に言うんだよ?」
と言ってくれた。前回は僕が会おうとしなかったから貰えなかった言葉だ。だから、今回は上手くやらないと怒られるとか、下に見られたらダメだとか考える必要はなくて、実はあんまり緊張していない。どちらかと言うと、クレインに良い子ぶりっ子が効くのかどうかの方が心配だ。
そう考えていると、黒くて綺麗な馬車が正門から入ってくる。あの紋章は間違いなく、アルベール公爵家のものだ。アルベール家は、北方を守護する武芸に秀でたものを多く排出している家系だ。王国自体が温暖な気候の国だからもっと北の国に比べると全然みたいだけど、冬には雪が積もって寒い所らしい。僕は寒がりだから、そこはちょっとマイナスかな。フルーベル公爵領は冬でもそれなりに暖かいし。
そんなことを思い出しているうちに、クレインを乗せているであろう馬車は屋敷のすぐ近くで止まり、扉が開く。中から出て来たのはやっぱりクレインだった。学園にいた時と同じように黒い髪を左側から立ち上げて右に流しており、琥珀のような黄色の瞳が遠くからでもよく見えた。クレイン、顔はそこそこ悪くないんだよなあ。
その時だった。急に上を見あげたクレインの目と、僕の目がバチンと合った。その視線は前世と変わらず鋭いもので、思わず身をかがめて隠れてしまう。だが、クレインに負けたようで何だか気分が悪いし、初対面で目が合ったのにすぐ逃げるのは流石に失礼だ。良い子はそんなことしないはずなので、すぐにもう一度窓の外を見てみたけれど、そこにはもうクレインはいなかった。
そう考えていると、コンコンと扉がノックされる。メリアだろう。
「どうぞ。」
「おはようございます、おぼっちゃま。今日も起きていらしたんですね。」
「おはようメリア。うん、早く起きる習慣も必要かなって。」
普通に目が覚めただけだが、あながち嘘でもない。不眠の原因は幼少期から夜ふかしをして、朝……というよりは昼に近い生活を送っていたことも一つにありそうだからだ。正しい生活習慣は美容にはなによりも大切なものであるし、前世の僕も例え眠れなくても、早めに布団に入り目を瞑るようにしていた。
「それはよろしゅうございますね。では朝の支度を致しましょう。」
メリアが僕の着替えを手伝ってくれる。死ぬ前は一人で行っていたから、少しむず痒い。昨日は目覚めたばかりで混乱していて、照れる暇もなかったけれど、年頃の女性に着せ替えられるのは少し抵抗がある。しかし、この頃の僕には自分で着替えるなんて考えはなかっただろうから、もう暫くはメリアに任せるしかないのだろう。
「本日はアルベール家のご子息とお会いになられるので、いつもより格式張った服にしましょうね。」
昨日、メリアが散々悩んで決めた服を着せてもらう。この頃、癇癪を起こして汚しても大丈夫なように、高価な衣服は身につけていなかった。しかし、今来ているのは、布の質から普段とは違うもので、シャツは糊が利いていてボタン1つ1つは綺麗な乳白色の貝殻で作られているし、ベストのボタンには僕の瞳と同じ色のアクアマリンがあしらわれている。膝丈のボトムスもセンタープレスがしっかりとついていて、シルエットが美しい。
靴下止めとソックスも、今日おろしたてのものだ。これだけでも、驚くほどの美貌だがさらに、メリアがしっかりと僕の髪を櫛で整えてくれる。金髪で少しウェーブかかった僕の髪は寝癖がつきやすいから、大きくなってからも苦労した。しかし、メリアにかかればさほど時間もかからず優しい手つきですぐに美しくセットしてくれた。
ドレッサーの鏡に映る僕は、控えめにいって妖精のようだ。この可愛らしさだけで国、取れるんじゃないのか。……いや、今世では例え心中でも欲は抱き過ぎない方がいいか。せっかく慕われても、欲をかいてまた断頭台に送られては元も子もない。
「緊張されますか?」
鏡を見つめたまま動かない僕を見て、メリアが気遣わしげに聞いてくる。可愛すぎる僕に見蕩れていたって言っても彼女は笑ってくれそうだけど、
「うん、初めて会う人だし。」
無難に誤魔化しておこう。
「大丈夫ですよ。こんなに可愛らしいおぼっちゃまを見て、仲良くなりたいと思わないお方は居ません。」
僕もそう思う。けれど、あの堅物クレインだからなあ。前世の僕も、態度こそ悪かったけど見た目は同じだったはずだ。それなのにあの男はあの厳しい目を向けてきたのだから、恐らく見た目で流されるタイプじゃないんだろう。しかし、クレインはエイブラムスにも特に親しげにはしていなかったな。あいつは見目はまあそこそこだったし、聖人だなんだと言われていたから、中身も大衆にとっては良かったろうに……あいつ、もしかして不能か?まあいい。仮にそうだったとしたら、今度こそ婚約破棄してやるまでだ。
「そうかな?」
「そうでございます。」
「うん、じゃあ緊張するけど頑張るよ。」
胸の前で気合いを入れるようにぎゅっと手を握ると、メリアも真似をして頑張れと言ってくれた。
今回は、社交デビューもまだの僕に合わせて、クレインがフルーベル公爵邸を訪ねてくれることになっている。現在は社交シーズンで、多くの貴族は領地にある諸城とは別に王都に構えている邸宅で暮らしている。フルーベル家も例に漏れず、一家で邸宅に移り住んでいた。昨年までは、社交界に出る歳じゃなかった僕は領地で留守番だったけれど、今年は本来お披露目の年なので家族全員でだ。もっとも、癇癪を起こしてばかりの僕は結局今年は社交界デビューしなかったんだけど。
そういう訳で、せめて顔合わせだけでもと同じく王都のタウンハウスに来ているクレインが来てくれることになったのだ。これは、特にお父様が望んだ訳ではなく、アルベール家からの打診だった。幼少期に家同士の約束で決まっていた婚約で、本来はどちらかのお披露目パーティーで挨拶する予定だったのだが、こちらの事情でそれが叶わなくなってしまったのだ。そこで、別の手段を提案されれば断る訳にはいかなかったのだろう。お父様とて、十分な教育を受けていない僕を婚約相手に合わせたくはなかっただろうが、この婚約に執着しているようではないので、最悪婚約が破綻しても良いと考えていたのだろうか。
準備が終わって、朝食も食べ終わって、僕は廊下の窓から正門の方をぼんやり見つめてクレインを待つ。立っていたら疲れちゃうからとメリアが用意してくれた椅子に座って。朝食の時お父様とお兄様は、
「ルイスにとって良い相手か見極めて来なさい。」
「嫌なことがあったら僕に言うんだよ?」
と言ってくれた。前回は僕が会おうとしなかったから貰えなかった言葉だ。だから、今回は上手くやらないと怒られるとか、下に見られたらダメだとか考える必要はなくて、実はあんまり緊張していない。どちらかと言うと、クレインに良い子ぶりっ子が効くのかどうかの方が心配だ。
そう考えていると、黒くて綺麗な馬車が正門から入ってくる。あの紋章は間違いなく、アルベール公爵家のものだ。アルベール家は、北方を守護する武芸に秀でたものを多く排出している家系だ。王国自体が温暖な気候の国だからもっと北の国に比べると全然みたいだけど、冬には雪が積もって寒い所らしい。僕は寒がりだから、そこはちょっとマイナスかな。フルーベル公爵領は冬でもそれなりに暖かいし。
そんなことを思い出しているうちに、クレインを乗せているであろう馬車は屋敷のすぐ近くで止まり、扉が開く。中から出て来たのはやっぱりクレインだった。学園にいた時と同じように黒い髪を左側から立ち上げて右に流しており、琥珀のような黄色の瞳が遠くからでもよく見えた。クレイン、顔はそこそこ悪くないんだよなあ。
その時だった。急に上を見あげたクレインの目と、僕の目がバチンと合った。その視線は前世と変わらず鋭いもので、思わず身をかがめて隠れてしまう。だが、クレインに負けたようで何だか気分が悪いし、初対面で目が合ったのにすぐ逃げるのは流石に失礼だ。良い子はそんなことしないはずなので、すぐにもう一度窓の外を見てみたけれど、そこにはもうクレインはいなかった。
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