宝石アモル

緋村燐

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ディコルの影響

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「じゃ、行こうか」

 翌日、先に合流ごうりゅうした永遠と一緒に柚乃との待ち合わせ場所に向かう。

「なんでトワが仕切ってるんだ?」

 不満そうに言うのは家を出てからすぐに具現化したリオくん。

『ホントだよね。招待しょうたいされてるのはカナメちゃんなのに!』

 リオくんに同意するようなオウちゃんの声も聞こえてくる。

「ははは……」

 なんだかさわがしい雰囲気に、私は力なく笑った。

 永遠には柚乃のお母さんが買ったブラックダイヤモンドのディコルをはらってもらわなきゃならない。
 でも柚乃に歓迎かんげいされてるわけじゃないから、できるだけ大人しくしていてほしいなって思う。

 だって、昨日の電話だって……。


『え……? 要芽のほかにも?』
「うん、永遠と私のいとこ。興味あるんだって」

 リオくんのことはいとこってことにした。
 私の親戚しんせきってことにするのが一番ブナンかなぁって思ったから。

『たぶん大丈夫だけど……』
「ごめん、ありがとうね」
『もう! でも本当は要芽だけの予定だったんだからね?』

 ってな感じで念押ねんおしされるくらいには不満そうだった。
 おととい感じたわだかまりはなくなってて安心したけど、また柚乃にあんな傷ついたような顔されたくないし。

 ただでさえ日程変えてもらったし、これ以上困らせたり怒ったりしそうなことしたくないよ。

 はぁ、とため息をはいて私はさわがしい二人とオウちゃんを連れて待ち合わせ場所に向かった。

 学校近くのコンビニで待ち合わせていた柚乃は、暑くなってきたのに店の中じゃなくて外に出て待ってた。

「柚乃! ごめん、待った?」
「かなめぇ……」

 あせって声をかけると、私を見た柚乃は今にも泣きそうに顔をゆがませる。

「え!? ど、どうしたの?」

 あわてて近づいて話を聞くと、柚乃は「お母さんの様子がおかしいの」と話してくれた。

「昨日までは普通だったのに、寝る前辺りからイライラしてて……今朝はいつもそんなことしないのに、ものに当たるくらいれてて……」
「そんな……」

 もしかして、ディコルのせい?
 柚乃のお母さんが買ったブラックダイヤモンドについているディコルは強い力を持ってるって宝石たちは言ってた。

 悪い感情をため込んで強い力を持ったディコルは、さらに悪い感情を吸い取るために持ち主がそういう感情をいだきやすいように誘導ゆうどうするんだよね?
 柚乃の言う通りおばさんの様子がいきなり変化していったなら、ディコルのせいって可能性が高いと思う。

「つい逃げるようにここに来たけどさ、今の状態のお母さんに要芽たちを会わせて大丈夫なのかなって思って……」
「柚乃……」
「本当に、どうしちゃったんだろ……昨日は要芽が来なくて落ち込んでた私に、『めずらしい宝石を買って見せて驚かせよう』なんて言ってくれたのに」
「え……?」

 ってことは、昨日おばさんがブラックダイヤモンドを買ったのは私に見せるためってこと?
 落ち込んでた柚乃を元気づけようとして?

 やっぱり柚乃、落ち込んでたんだ。

 ……私、バカだ。
 わだかまりがなくなってホッとしたとか思ってる場合じゃない。
 そんなの、柚乃にガマンさせただけじゃない。

 友だちにガマンさせて、自分だけ気分良くなるとか親友失格だよ。

 私は自分の不甲斐ふがいなさにくちびるをかんだ。
 くやしいって思いをこらえて、泣きそうな柚乃に言葉をかける。

「とにかく、柚乃の家行ってみよう?」
「え? でも、嫌な思いするかもしれないよ?」

 今一番不安なのは柚乃なのに、それでも私の心配をしてくれる。
 そんな親友をほうっておくことなんてできないよ!

「だったらなおさらだよ! そんな状態の家に柚乃一人を帰せないよ」
「要芽……」
「それに、私たちが行くことでおばさんも気分が変わるかもしれないでしょ?」

 行って、永遠がディコルをはらうことができればもとにもどるはずだもん。
 香ちゃんのときもそうだったし。

「ありがとう……私、要芽は私のこと大事な友だちって思ってくれてないのかなって考えちゃってた……ごめんね」
「そんな……」

 そんなことない。
 私の宝石好きを知っても友だちでいてくれる人は少ないのに。
 親友って思えるくらい一緒にいてくれる柚乃を大事じゃないなんて思うわけないよ!

 ずかしいからって言わずにいた。
 でも、言わなきゃ伝わらないんだ。

 思ったことをちゃんと伝えてくれた柚乃に、私もちゃんと伝えようって決める。

「私、柚乃のこと友だちだって――一番仲の良い大好きな親友だって思ってるよ」
「要芽?」
「だから、柚乃が困ってるなら助けたい。……一緒に柚乃の家に行こう?」
「……うんっ!」

 泣きそうだった表情をやっと笑顔に変えてくれた柚乃と手をつなぐ。

 さあ行こう、って目を向けた先には永遠とリオくん。
 二人もうなずいて、行こうってこたえてくれた。

***

「いらっしゃい、どうぞ上がって?」

 玄関で出迎えてくれた柚乃のお母さんは上品な人だった。
 私のお母さんとも永遠のお母さんともタイプが違う。

 ジュエリー好きって聞いたけれど、たくさん身に着けてるってほどじゃない。
 指には結婚指輪以外は一つだけだし、他にはピアスとネックレスをつけているくらい。
 こういうのを趣味がいいって言うんだろうな。

「おじゃまします」

 靴をぬいで上がりながら、おばさんの胸元にかがやくブラックダイヤモンドを見る。
 この石にディコルがいてるんだよね?
 見ただけじゃわからないな。
 香ちゃんのときみたいに影が出てきてくれればわかりやすいんだけど……。

『……カナメちゃん』
(? オウちゃん?)

 いつも元気なオウちゃんの声が少しふるえてるように聞こえて、聞き返す。

『間違いないよ。今その人がつけてるブラックダイヤモンドにディコルがいてる……ちょっと、怖いくらいの強い力を感じるよ』
(そうなんだ……わかった、気をつけるよ)

 オウちゃんのおかげですぐに知ることができた。
 一緒に来た他の二人はわかったかな?

 見ると、リオくんはおばさんのネックレスをにらむように見てた。リオくんも石だからわかったみたい。
 でも永遠は確信が持てないのか、ブラックダイヤモンドと周りをチラチラと見ているだけ。やっぱりディコルの存在は石じゃないとわからないんだな。
 まあ、だから私みたいな石の声を聞く人が必要なんだろうけど。

「外暑くなってきたでしょう? ジュース用意するからリビングで待ってて?」
「はい、ありがとうございます」

 優しくほほ笑むおばさんは不機嫌ふきげんそうには見えない。
 れてるって言ってた柚乃の言葉がウソみたい。
 でも、柚乃がそんなウソつくわけない。

 そう思って警戒していたら、おばさんは柚乃に声をかけた。

「柚乃、みんなを案内したらジュース運ぶの手伝ってね」
「うん、わかった」

 普通の会話に見える。
 でも、柚乃の返事を聞いた後のおばさんの表情が一瞬変わった。
 なんていうか、イラッとしているような顔。

 でも柚乃は気づかなかったのか、リビングに案内してくれると嬉しそうにお礼を言う。

「ありがとう、要芽。みんなが来てくれたからかな? お母さんの機嫌も良くなったみたい」
「あ……」

 おばさんが機嫌悪そうな顔をしてたこと伝えるべきかな? って思ったけど、柚乃はすぐにリビングから出て行っちゃった。
 心配だからついて行こうか迷っていると、永遠が話しだす。

「で? ディコルがいてる宝石はあのネックレスで間違いないんだな?」
「そうだね、強い力を感じたよ」
「でもそれにしてはおばさん機嫌良さそうだったけど?」

 答えたリオくんにさらに聞き返す永遠。
 永遠はさっきのおばさんのイラついた表情見てなかったんだな。

「あのさ、ちょっと様子見てきていいかな? さっき、おばさんちょっとだけイラついてるように見えたんだ。……柚乃が心配」
「そうか? まあ、なんとかしてあのネックレスをしてもらわなきゃならないしな」

 とりあえず様子を見に行こうとなってリビングから出たとたん、おばさんの怒ったような声が聞こえた。

「――どうして――! まったく――」

 なんて言ってるかちゃんと聞き取れなかったけれど、やっぱりイラついてるように見えたのは見間違いじゃなかったんだ。

「行こう、カナメの言う通りなんだか様子がおかしい」

 リオくんの言葉に、私たちは三人でキッチンのある部屋に向かう。

「お母さん、どうしちゃったの!?」
「だっておかしいでしょう? カナメちゃん、急に他の友だちを連れてきて。ジュエリーを見に来たんじゃなくて盗みに来たんじゃないの?」
「要芽はそんなことしないよ!」

 とんでもない言いがかりをつけるおばさんに、柚乃が泣きそうな声で否定してる。
 これってやっぱり……。

「まずいな、かなり誘導ゆうどうされてる。このままだと手が出てしまうこともありそうだ」

 私の思ったことを肯定こうていするような永遠の言葉に、サッと血の気が引いた。
 手が出てしまうって、たたいたりなぐったりするってこと?

 そんな! と思いつつ、伝説の呪われた石では人が亡くなることもあったことを思い出す。

「助けないと!」
「要芽、待て!」

 すぐにキッチンに入ろうとする私を永遠が止める。

「ヘタに止めたらディコルは出て来なくなる。ディコルをはらうには石からディコルが出てなきゃ無理なんだ」

 ディコルは基本的に持ち主の悪い感情を吸い取るときにしか出てこないんだそうだ。
 他にもちゃんと手順をふめば出すことはできるけれど、そのためにはおばさんからネックレスをしてもらわないとならない。
 でも、『盗みに来たんじゃ』、なんて言っているおばさんがしてくれるとは思えない。

「じゃあどうするの? おばさんが柚乃に暴力ぼうりょくふるうかもしれない状況なんでしょ? それだけは絶対に見過ごせない!」
「そりゃあ、そうなんだけど……」

 ハッキリしない永遠にイライラしてくる。

「迷うくらいなら止めないで!」
「でもカナメ、今止めてもディコルをはらうことはできない。ってことは、僕たちがいないときにまた同じことが起こるかもしれないってことだ」

 リオくんまで私を止めようとする。
 たしかに今すぐはらったほうがいいのは理解できるけど。

「リオくん……言いたいことはわかるけど、それならどうすればいいの!?」
「とにかく、もう少し様子を――」

 リオくんがなにか言いかけたけど、途中でキッチンの中の様子が変わった。

「え? あなた、誰!?」
「あっ!?」

 おばさんと柚乃の声が聞こえたかと思ったら、バタバタンってなにかがたおれる音が聞こえた。

 なにが起こったの?

 状況がわからなくて、不安ばかりがいてくる。
 ダメ、もう待っていられない!

「柚乃!?」

 ガチャッと音を立ててドアを開けた私は、真っ先に柚乃の無事を確認する。
 おばさんと二人でゆかに倒れている柚乃を見つけて、すぐに近づこうとした。
 でも、リオくんに止められる。

「カナメ、待って」

 どうして!? ってリオくんを見ると、かたい表情で一点を見つめていた。

「大丈夫だよかなちゃん。二人は眠ってるだけだから」
「え?」

 ここにいるはずのない人の声がして、思考しこうが一瞬止まる。

 どうしてこの人がいるの?

 声のした方を見るとそれはたしかにその人で……。

「まさかかなちゃんが石の声を聞けるようになっちゃうなんてね……敵対てきたいはしたくなかったんだけどな」
「……どうして?」

 彼の手には、柚乃のお母さんが身につけていたブラックダイヤモンドのネックレス。

「どうして? そりゃあ、僕が【アダマース】にぞくする闇の生き物・ヴァンパイアだからだよ」

 いつもと変わらない笑顔で、澪音くんはそう言った。
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