後宮に潜む黒薔薇は吸血鬼の番となりて

緋村燐

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儀国の膿⑤

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「私にもやることが出来てしまったようだ。話はまた後日にしよう」

 そう言った令劉は、紫水宮の近くまで明凜を送ってくれた後「次は逃げないように」と釘を刺して消えて行く。
 身近に感じていたぬくもりが離れたことで少し肌寒く思う。
 令劉に抱きしめられていた間は心地の良いぬくもりに包まれていたのだと実感し、熱くなりかける頭を振って熱を散らした。

(これでは抱きしめられて喜んでいるみたいじゃないの。駄目よ、令劉様が信用できるかはまだ分からないのだから)

 絆されてはいけない、と明凜は夜の冷えた空気を吸い込み心身共に引き締めた。
 何度か深呼吸をし、令劉に関してはまずはちゃんと知っていこうと決意する。
 逃げるなと釘を刺されてしまったし、避けてもいずれは今夜のように捕まってしまうのだ。
 もう向き合うしかないだろう。

(それに……)

 この膿みきった儀国に縛られた吸血鬼。
 彼の本心を知りたいと……そう思った。

***

 翌朝、ゆったりとしている後宮にしては早い時刻。
 普段より少し着飾った状態で玻璃宮へと向かう翠玉に明凜は付き従っていた。
 翠玉より前を歩く香鈴は澄ました顔をしているが、他の侍女たちは戸惑いを見せている。
 それもそうだろうと、明凜は乾いた笑いを零したくなる。
 むしろ香鈴が欠片も動揺していない方が不思議だ。

 夜のうちに毒を盛ったのが西昭儀だと翠玉に報告した。
 すると彼女は朝一番に明凜を含め侍女たちの前で告げたのだ。
「今日は西昭儀の玻璃宮に行こうと思うの」
 と、それはそれは華やかな笑顔で。

 一応先触れはしているが、他の宮へ向かうなど通常はこのように急に決めるべきことではない。
 何より、西昭儀と蘭貴妃ならば蘭貴妃の方が位は上なのだ。
 西昭儀を呼びつけるならばともかく、蘭貴妃である翠玉がわざわざ足を運ぶなどあり得ない。
 だと言うのに、翠玉はどうしても自分が玻璃宮へ行くのだとその微笑みで侍女たちを黙らせた。

 その理由になんとなく気づいている明凜は、自分が持っている籠に目を落としまた乾いた笑いが漏れそうになる。
 籠の中には翠玉のお気に入りが入っている。
 中身に関しては翠玉と明凜しか知らないため、これを持つようにと言われたとき他の侍女は不思議そうにしていた。
 このまま玻璃宮へ行くと嫌でも目にすることとなるが、知らないままでいた方が良かったのではないだろうかと思ってしまう。

「蘭貴妃様、貴女様の方からご訪問になるなど一体何事でしょうか? 呼んでいただければ西昭儀様が向かわれますのに」

 玻璃宮の西昭儀がいる房へ行く途中、侍女頭と思われる人物が待機しており声を掛けてきた。
 回りくどい言い方をしているが、つまりは「突然来るな!」と言うことだ。
 だが翠玉はそれを理解していても気付かぬふりをし、儚げな目元を緩め華やかな笑みで押し通す。

「どうしても西昭儀に受け取ってもらいたいものがあるのよ。遠慮されて受け取ってもらえないのでは悲しいわ」

 だからわざわざ持ってきたのだと、鈴が鳴るような軽やかな声で話す翠玉。
 玻璃宮の侍女頭は困り果てたように眉尻を下げ、諦めたのか「ご案内致します」と前を歩き始めた。


「西昭儀様、蘭貴妃様をお連れ致しました」

 扉の前で侍女頭が告げると、他の侍女によって扉が開けられる。
 中では美しく着飾った西昭儀を筆頭に侍女たちが礼を取り待機していた。

「ようこそいらっしゃいました、蘭貴妃様。ですがこのような早い時間に何事でしょうか?」
「顔を上げてちょうだい。ごめんなさいね、どうしてもあなたに贈り物をしたくて」

 はじめから警戒する西昭儀に、翠玉は花の様な美しい笑顔を向ける。
 だが、その笑顔を以てしても西昭儀の警戒は解けない。むしろ強まるばかりだ。
 つい一週間前に来たばかりの貴妃。西昭儀との面識も一切ない。
 そのような状態で贈り物と言われても、良いものを贈られるとは思わないだろう。
 何より、西昭儀には後ろめたいことがある。
 毒を盛った相手が翌朝突然訪ねてきたのだ。内心冷や汗ものだろう。

「贈り物、でしょうか?」
「ええ。明凜、籠を」

 翠玉の指示に明凜は前に出る。
 受け取るために前へ出てきた西昭儀の侍女に、少々哀れみを抱きながら籠を渡した。
 もう一人の侍女が中を検めるため「失礼致します」と籠の蓋を持ち上げる。
 開けられる直前、翠玉はとても嬉しそうな笑みを浮かべ告げた。

「是非とも受け取って欲しいの……昨夜の夕餉のお礼に」
「っ!?」
「きゃあ!」

 翠玉の言葉に息を呑み顔を上げる西昭儀と、悲鳴を上げる侍女の声は同時だった。
 視線が籠を持つ侍女に集まったときには、青ざめた侍女が籠を落としている。
 床に落ち、蓋が開けられた状態の籠からは数十匹の蜘蛛がわらわらと出てきていた。
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