31 / 32
暗殺④
しおりを挟む
驚きからか、ゆっくりと流れるように見えた時は何かが床に落ちた音で通常のものへと戻る。
同時に頭のない晋以の首から血が噴き出した。
「っ!」
「ひぃっ!」
目の前の光景に、流石に明凜も喉を引きつらせる。
翠玉などは悲鳴を上げ明凜の胸に顔を埋めた。
晋以の体は血を流しながら臥床の上に倒れ、皇帝は毒に苦しみながら遺体となった晋以と返り血を浴びた令劉を交互に見つめる。
見つめられた令劉は一つ安堵するような息を吐くと、とても申し訳なさそうに明凜へと微笑んだ。
「……すまない、遅くなった」
見慣れぬ格好でも、返り血を浴びていても、その顔と表情は紛れもなく明凜の知っている令劉だった。
久々に見た愛する男の存在を実感し、喜びに涙が滲む。
死なずに済んだという安堵も相まって、力が抜けた。
「れい、りゅう……貴様、何をしているっ」
呼吸も荒く、皇帝が令劉を睨み上げる。
そんな皇帝の姿に、令劉は動揺することなく淡々と告げた。
「何、か……。そうですね、反乱軍の長をしています」
「なん、だと……反乱軍など、そのような報告は受けておらんぞ!?」
皇帝の驚きは最もだろう。
通常、反乱があったとしてもはじめは軍と言えるほどの人数ではない。
徐々に規模が大きくなってから軍と呼ばれるようになるのだ。
今までは令劉自身がその反乱を鎮めてきたと言っていた。
なのに何故、この数日で反乱軍を率いるようになったのか。
皇帝だけでなく、明凜も困惑した。
「今までこの儀国の反乱は私が鎮めてきました。その度に私は彼らに告げていたのです。『いつか来る滅びの時を待て』と」
その時がいつ来るかも分からない状態では、反乱を起こした者達は納得しなかっただろう。
だが、どうあっても成されず鎮められる結果にしかならない状況では、その時を待つしかなかった。
「此度、私は彼らに告げただけです『時が来た』と」
それだけで、令劉を中心に人が集まりだした。
それだけ、儀国を変えたいと思う者が多かったのだ。
「陛下……いえ、儀雲嵐。儀国はとうに滅びの時を迎えている。新たな時代にお前の血は不要だ」
「な、ぜ……お前には契約が……」
「私と儀国との契約は終了した。……番と結ばれたからな」
ちらっと視線をよこされ、明凜は場違いにも頬を朱に染める。
自分と肌を合わせたと明言している様なものなため、単純に恥ずかしい。
「番? そう、か……血が気に入ったのではなく、番だったとは……ぅぐっ」
悔しさからか、体を蝕む毒の苦しみのためなのか、その両方か。
脂汗を滲ませながら、皇帝は苦しげに呻く。
「だ、としても……お前にこの国への、情はないのかっ! 今まで守ってきた、この国をっ」
憎々しく睨む淀んだ目を令劉は真っ直ぐ受け止める。
静かな凪いだ目は、強い感情を内に秘めた深い青をしていた。
「あるに決まっている……あるからこそ、この手で滅ぼすのだ」
静かに令劉は語る。
契約をした初代皇帝は友だったのだと。
家臣の策略のせいで不当な契約となってしまったが、初代皇帝は番を見つけたのならすぐにでも会いに行く許可を出すと誓ったと。
代が変わり、状況やその時代の皇帝の意思によりそれは叶わなかったが、初代皇帝との友情は変わらずあったのだと。
「だが、その友に言われたのだ。『いつかこの国が理想郷ではなく腐りきってしまったら……そのときまだお前がこの国にいたならば。お前の手でこの国を滅ぼしてくれ』と。……友の願い、今こそ叶えよう」
語り終え、剣を振り血を払った令劉は皇帝の首にヒタと刃を当てる。
「毒か……そのままでは辛かろう、雲嵐。今楽にしてやる」
「ぐ、うぅぅ……」
唸る皇帝に、令劉は柔らかな笑みを向ける。
そして、子守歌でも歌うかのような優しい声で最後の言葉を告げた。
「もう何も恐れなくて良いのだ……ゆるりと眠れ」
「っ!」
揺れる目を大きく見開いた皇帝は、ゴフッと大きく咳き込んだ後僅かに笑みを浮かべる。
死を受け入れるように瞼が閉じ、首が刎ねられた。
また血しぶきが上がるが、明凜は目を逸らさない。
大きく、栄華を極めた儀という国の終わりをしかと見届ける。
国を愛し、守り、滅ぼした令劉という名の吸血鬼の姿を目に焼き付けた。
愛する人の、長い生を受け入れたいから。
令劉という一人の男の全てを受け入れたいから。
受け入れて、この先の生を共に過ごしたいから。
皇帝の体も臥床の上に横たわると、令劉は様々な感情を呑み込む様にグッと目を閉じる。
心を切り替えるかのようにゆっくりと瞼を上げた彼に、明凜は片腕を伸ばした。
「令劉様」
「明凜……」
伸ばした手を取った令劉は、すがるように自身の頬に明凜の手のひらを当てる。
愛したひとの慰めになるよう、明凜は頬に付いた血を拭うように撫でた。
「これからは、私がずっとあなたのお側にいます」
「ああ……頼む」
皇帝よりもこの国を思う吸血鬼。
哀れで優しく、全てを背負う彼の癒やしとなろうと、明凜は心に決めたのだった。
同時に頭のない晋以の首から血が噴き出した。
「っ!」
「ひぃっ!」
目の前の光景に、流石に明凜も喉を引きつらせる。
翠玉などは悲鳴を上げ明凜の胸に顔を埋めた。
晋以の体は血を流しながら臥床の上に倒れ、皇帝は毒に苦しみながら遺体となった晋以と返り血を浴びた令劉を交互に見つめる。
見つめられた令劉は一つ安堵するような息を吐くと、とても申し訳なさそうに明凜へと微笑んだ。
「……すまない、遅くなった」
見慣れぬ格好でも、返り血を浴びていても、その顔と表情は紛れもなく明凜の知っている令劉だった。
久々に見た愛する男の存在を実感し、喜びに涙が滲む。
死なずに済んだという安堵も相まって、力が抜けた。
「れい、りゅう……貴様、何をしているっ」
呼吸も荒く、皇帝が令劉を睨み上げる。
そんな皇帝の姿に、令劉は動揺することなく淡々と告げた。
「何、か……。そうですね、反乱軍の長をしています」
「なん、だと……反乱軍など、そのような報告は受けておらんぞ!?」
皇帝の驚きは最もだろう。
通常、反乱があったとしてもはじめは軍と言えるほどの人数ではない。
徐々に規模が大きくなってから軍と呼ばれるようになるのだ。
今までは令劉自身がその反乱を鎮めてきたと言っていた。
なのに何故、この数日で反乱軍を率いるようになったのか。
皇帝だけでなく、明凜も困惑した。
「今までこの儀国の反乱は私が鎮めてきました。その度に私は彼らに告げていたのです。『いつか来る滅びの時を待て』と」
その時がいつ来るかも分からない状態では、反乱を起こした者達は納得しなかっただろう。
だが、どうあっても成されず鎮められる結果にしかならない状況では、その時を待つしかなかった。
「此度、私は彼らに告げただけです『時が来た』と」
それだけで、令劉を中心に人が集まりだした。
それだけ、儀国を変えたいと思う者が多かったのだ。
「陛下……いえ、儀雲嵐。儀国はとうに滅びの時を迎えている。新たな時代にお前の血は不要だ」
「な、ぜ……お前には契約が……」
「私と儀国との契約は終了した。……番と結ばれたからな」
ちらっと視線をよこされ、明凜は場違いにも頬を朱に染める。
自分と肌を合わせたと明言している様なものなため、単純に恥ずかしい。
「番? そう、か……血が気に入ったのではなく、番だったとは……ぅぐっ」
悔しさからか、体を蝕む毒の苦しみのためなのか、その両方か。
脂汗を滲ませながら、皇帝は苦しげに呻く。
「だ、としても……お前にこの国への、情はないのかっ! 今まで守ってきた、この国をっ」
憎々しく睨む淀んだ目を令劉は真っ直ぐ受け止める。
静かな凪いだ目は、強い感情を内に秘めた深い青をしていた。
「あるに決まっている……あるからこそ、この手で滅ぼすのだ」
静かに令劉は語る。
契約をした初代皇帝は友だったのだと。
家臣の策略のせいで不当な契約となってしまったが、初代皇帝は番を見つけたのならすぐにでも会いに行く許可を出すと誓ったと。
代が変わり、状況やその時代の皇帝の意思によりそれは叶わなかったが、初代皇帝との友情は変わらずあったのだと。
「だが、その友に言われたのだ。『いつかこの国が理想郷ではなく腐りきってしまったら……そのときまだお前がこの国にいたならば。お前の手でこの国を滅ぼしてくれ』と。……友の願い、今こそ叶えよう」
語り終え、剣を振り血を払った令劉は皇帝の首にヒタと刃を当てる。
「毒か……そのままでは辛かろう、雲嵐。今楽にしてやる」
「ぐ、うぅぅ……」
唸る皇帝に、令劉は柔らかな笑みを向ける。
そして、子守歌でも歌うかのような優しい声で最後の言葉を告げた。
「もう何も恐れなくて良いのだ……ゆるりと眠れ」
「っ!」
揺れる目を大きく見開いた皇帝は、ゴフッと大きく咳き込んだ後僅かに笑みを浮かべる。
死を受け入れるように瞼が閉じ、首が刎ねられた。
また血しぶきが上がるが、明凜は目を逸らさない。
大きく、栄華を極めた儀という国の終わりをしかと見届ける。
国を愛し、守り、滅ぼした令劉という名の吸血鬼の姿を目に焼き付けた。
愛する人の、長い生を受け入れたいから。
令劉という一人の男の全てを受け入れたいから。
受け入れて、この先の生を共に過ごしたいから。
皇帝の体も臥床の上に横たわると、令劉は様々な感情を呑み込む様にグッと目を閉じる。
心を切り替えるかのようにゆっくりと瞼を上げた彼に、明凜は片腕を伸ばした。
「令劉様」
「明凜……」
伸ばした手を取った令劉は、すがるように自身の頬に明凜の手のひらを当てる。
愛したひとの慰めになるよう、明凜は頬に付いた血を拭うように撫でた。
「これからは、私がずっとあなたのお側にいます」
「ああ……頼む」
皇帝よりもこの国を思う吸血鬼。
哀れで優しく、全てを背負う彼の癒やしとなろうと、明凜は心に決めたのだった。
10
あなたにおすすめの小説
一級魔法使いになれなかったので特級厨師になりました
しおしお
恋愛
魔法学院次席卒業のシャーリー・ドットは、
「一級魔法使いになれなかった」という理由だけで婚約破棄された。
――だが本当の理由は、ただの“うっかり”。
試験会場を間違え、隣の建物で行われていた
特級厨師試験に合格してしまったのだ。
気づけばシャーリーは、王宮からスカウトされるほどの
“超一流料理人”となり、国王の胃袋をがっちり掴む存在に。
一方、学院首席で一級魔法使いとなった
ナターシャ・キンスキーは、大活躍しているはずなのに――
「なんで料理で一番になってるのよ!?
あの女、魔法より料理の方が強くない!?」
すれ違い、逃げ回り、勘違いし続けるナターシャと、
天然すぎて誤解が絶えないシャーリー。
そんな二人が、魔王軍の襲撃、国家危機、王宮騒動を通じて、
少しずつ距離を縮めていく。
魔法で国を守る最強魔術師。
料理で国を救う特級厨師。
――これは、“敵でもライバルでもない二人”が、
ようやく互いを認め、本当の友情を築いていく物語。
すれ違いコメディ×料理魔法×ダブルヒロイン友情譚!
笑って、癒されて、最後は心が温かくなる王宮ラノベ、開幕です。
王弟殿下の番様は溺れるほどの愛をそそがれ幸せに…
ましろ
恋愛
見つけた!愛しい私の番。ようやく手に入れることができた私の宝玉。これからは私のすべてで愛し、護り、共に生きよう。
王弟であるコンラート公爵が番を見つけた。
それは片田舎の貴族とは名ばかりの貧乏男爵の娘だった。物語のような幸運を得た少女に人々は賞賛に沸き立っていた。
貧しかった少女は番に愛されそして……え?
【完結】 異世界に転生したと思ったら公爵令息の4番目の婚約者にされてしまいました。……はあ?
はくら(仮名)
恋愛
ある日、リーゼロッテは前世の記憶と女神によって転生させられたことを思い出す。当初は困惑していた彼女だったが、とにかく普段通りの生活と学園への登校のために外に出ると、その通学路の途中で貴族のヴォクス家の令息に見初められてしまい婚約させられてしまう。そしてヴォクス家に連れられていってしまった彼女が聞かされたのは、自分が4番目の婚約者であるという事実だった。
※本作は別ペンネームで『小説家になろう』にも掲載しています。
【完結】2番目の番とどうぞお幸せに〜聖女は竜人に溺愛される〜
雨香
恋愛
美しく優しい狼獣人の彼に自分とは違うもう一人の番が現れる。
彼と同じ獣人である彼女は、自ら身を引くと言う。
自ら身を引くと言ってくれた2番目の番に心を砕く狼の彼。
「辛い選択をさせてしまった彼女の最後の願いを叶えてやりたい。彼女は、私との思い出が欲しいそうだ」
異世界に召喚されて狼獣人の番になった主人公の溺愛逆ハーレム風話です。
異世界激甘溺愛ばなしをお楽しみいただければ。
転生したので推し活をしていたら、推しに溺愛されました。
ラム猫
恋愛
異世界に転生した|天音《あまね》ことアメリーは、ある日、この世界が前世で熱狂的に遊んでいた乙女ゲームの世界であることに気が付く。
『煌めく騎士と甘い夜』の攻略対象の一人、騎士団長シオン・アルカス。アメリーは、彼の大ファンだった。彼女は喜びで飛び上がり、推し活と称してこっそりと彼に贈り物をするようになる。
しかしその行為は推しの目につき、彼に興味と執着を抱かれるようになったのだった。正体がばれてからは、あろうことか美しい彼の側でお世話係のような役割を担うことになる。
彼女は推しのためならばと奮闘するが、なぜか彼は彼女に甘い言葉を囁いてくるようになり……。
※この作品は、『小説家になろう』様『カクヨム』様にも投稿しています。
君は番じゃ無かったと言われた王宮からの帰り道、本物の番に拾われました
ゆきりん(安室 雪)
恋愛
ココはフラワーテイル王国と言います。確率は少ないけど、番に出会うと匂いで分かると言います。かく言う、私の両親は番だったみたいで、未だに甘い匂いがするって言って、ラブラブです。私もそんな両親みたいになりたいっ!と思っていたのに、私に番宣言した人からは、甘い匂いがしません。しかも、番じゃなかったなんて言い出しました。番婚約破棄?そんなの聞いた事無いわっ!!
打ちひしがれたライムは王宮からの帰り道、本物の番に出会えちゃいます。
溺愛最強 ~気づいたらゲームの世界に生息していましたが、悪役令嬢でもなければ断罪もされないので、とにかく楽しむことにしました~
夏笆(なつは)
恋愛
「おねえしゃま。こえ、すっごくおいしいでし!」
弟のその言葉は、晴天の霹靂。
アギルレ公爵家の長女であるレオカディアは、その瞬間、今自分が生きる世界が前世で楽しんだゲーム「エトワールの称号」であることを知った。
しかし、自分は王子エルミニオの婚約者ではあるものの、このゲームには悪役令嬢という役柄は存在せず、断罪も無いので、攻略対象とはなるべく接触せず、穏便に生きて行けば大丈夫と、生きることを楽しむことに決める。
醤油が欲しい、うにが食べたい。
レオカディアが何か「おねだり」するたびに、アギルレ領は、周りの領をも巻き込んで豊かになっていく。
既にゲームとは違う展開になっている人間関係、その学院で、ゲームのヒロインは前世の記憶通りに攻略を開始するのだが・・・・・?
小説家になろうにも掲載しています。
呪われた黒猫と蔑まれた私ですが、竜王様の番だったようです
シロツメクサ
恋愛
ここは竜人の王を頂点として、沢山の獣人が暮らす国。
厄災を運ぶ、不吉な黒猫─────そう言われ村で差別を受け続けていた黒猫の獣人である少女ノエルは、愛する両親を心の支えに日々を耐え抜いていた。けれど、ある日その両親も土砂崩れにより亡くなってしまう。
不吉な黒猫を産んだせいで両親が亡くなったのだと村の獣人に言われて絶望したノエルは、呼び寄せられた魔女によって力を封印され、本物の黒猫の姿にされてしまった。
けれど魔女とはぐれた先で出会ったのは、なんとこの国の頂点である竜王その人で─────……
「やっと、やっと、見つけた────……俺の、……番……ッ!!」
えっ、今、ただの黒猫の姿ですよ!?というか、私不吉で危ないらしいからそんなに近寄らないでー!!
「……ノエルは、俺が竜だから、嫌なのかな。猫には恐ろしく感じるのかも。ノエルが望むなら、体中の鱗を剥いでもいいのに。それで一生人の姿でいたら、ノエルは俺にも自分から近付いてくれるかな。懐いて、あの可愛い声でご飯をねだってくれる?」
「……この周辺に、動物一匹でも、近づけるな。特に、絶対に、雄猫は駄目だ。もしもノエルが……番として他の雄を求めるようなことがあれば、俺は……俺は、今度こそ……ッ」
王様の傍に厄災を運ぶ不吉な黒猫がいたせいで、万が一にも何かあってはいけない!となんとか離れようとするヒロインと、そんなヒロインを死ぬほど探していた、何があっても逃さない金髪碧眼ヤンデレ竜王の、実は持っていた不思議な能力に気がついちゃったりするテンプレ恋愛ものです。世界観はゆるふわのガバガバでつっこみどころいっぱいなので何も考えずに読んでください。
※ヒロインは大半は黒猫の姿で、その正体を知らないままヒーローはガチ恋しています(別に猫だから好きというわけではありません)。ヒーローは金髪碧眼で、竜人ですが本編のほとんどでは人の姿を取っています。ご注意ください。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる