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聖獣の愛し子である私は「王子の婚約者にしてやる」と王都に呼ばれましたので、仕方なく断りに来ました
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「断る、だと?」
「はい。お申し出はありがたく思いますが、聖獣さまは辺境でのんびり暮らすことを望んでおられます」
「その獣はおまえの言うことを聞くと聞いたぞ」
私は苦笑しました。
確かに聖獣様は私を愛し子として気に入ってくださっていますが、それ以上でもそれ以下でもありません。
「私は聖獣さまの主ではありません。もちろん聖獣さまはどなたにも仕えることはありません」
「ふん、畜生ごときがそのようなことを考えるものか。良いか、おまえのような田舎娘を、この俺の婚約者にしてやると言っているのだ。地にひれ伏して感謝せよ。そしてその獣をしっかりと躾け、王都を富ませるようにせよ」
王子はそのようにおっしゃいます。
私はため息をつきます。どうして王都の方はこのように、自分の言いたいことしか言わないのでしょうか。それで通るほど世界は甘くありません。
聖獣さまは確かに我が辺境を富ませてくださいましたが、それは気まぐれと偶然からなさったことです。その神秘の力が人間の扱えるものでないことを、辺境のものは皆知っております。
「無理なものは無理でございます」
「なんだと? さすが辺境のものは無知蒙昧であるな。いいか、このヒストニカ国は日の沈まぬ国。この国の王族である我々は太陽そのものである。おまえたちは我らに従い、ただ言われたまま動けばいいのだ。わかったら、さっさとその獣を檻に入れよ」
「無理なものは、無理でございます」
「不敬な。おい、その田舎娘とともに獣を檻へ入れよ」
「あ」
大人しく私の隣にいた聖獣さまが、光の早さで飛び出しました。
慣れている私だからこそ見えたことでしょう。周囲の方々は何も気づかず、玉座の隣から私を見下ろしていた王子も、自分の前に大きな体が現れるまで、聖獣さまの移動に気づかなかったようです。
「なっ、ああっ!?」
聖獣さまが大きな口をあけ、がぶりと王子に噛みつきました。
「ひぃっ!?」
「殿下!?」
「お、おい、娘、やめさせよ!」
「無理でございます。お手紙でも、さきほども申し上げた通り、私は聖獣さまの主ではございません。聖獣さまに命令することなどできません」
「くだらぬ言い訳はよい! やるのだ!」
「できません」
「殿下を離せ!」
「やめよ! その獣にどれだけの価値があると思っている!」
勇敢な兵士の一人が聖獣さまに槍を向けましたが、王様が止めました。
まだ聖獣さまを国のために利用できると思っているようです。辺境もこの国の一部ですから、最悪なことになる前に諦めてほしいです。
「父上!? お助けくださ……っ」
「ええい、おまえごときのために殺せるものか。唯一の力だぞ!」
「あ、あなた息子になんということを!」
修羅場が始まってしまいました。
「ああっ!?」
聖獣さまが王子をくわえたまま首を振ると、王子の体がぶらんと大きく揺れました。
ああ……。
聖獣さま、あれ、好きなんですよね。くわえてブンブンするの。されたほうはたまったものではないのですが。
そして同時に、兵士たちの槍は全て折れ、剣はどろりと溶けてしまいました。
「そ、そんな」
「なんという力だ! こ、これこそ我が手に入れるべき力! ……おい、女だ、その女を捕まえろ!」
「あ」
それはやめておいた方がいいですよ。
思ったのですが、遅かったです。私を狙われて怒った聖獣さまは暴れだし、謁見の間にいる人々を次から次になぎ倒しくわえ、ぶん投げました。
「ギャッ」
「きゃああああ!」
「ひっ、たすけ、たすけて」
「うあああああ!」
阿鼻叫喚とはこのことです。
ですが聖獣さまは無駄に命を奪うことを嫌っています。壁に、床に叩きつけられた人々は苦しげにうめきましたが、みな生きています。
聖獣さまは楽しくなってきたのか、手当たり次第にじゃれつき、とっくみあいを始めました。王都までの長い道でストレスが溜まっていたのかもしれません。
私は邪魔をしないようにそれを眺めます。辺境を出るときにお兄様たちに遊んでもらっていましたが、足りなかったのでしょうね。
帰ったらまた大遊びでしょう。お兄様たちも楽しそうですが、聖獣さまの遊びに付き合ううち、だんだん人間をやめている気がして心配です。
「ぐるるぅ……」
聖獣さまが不満そうな声をあげました。手応えのない遊び相手だったのでしょう。
「まあ、仕方ないですよ。王都の方々は都会人というやつですもの」
「うぉおおおおおおんっ!」
「お、許しを」
「どうかお許しを!」
「我々はあなた様のしもべです!」
「服従を誓います!」
聖獣さまが遠吠えをすると、すべての人々がひれ伏します。このように聖獣さまは、決して人に従えられる存在ではなく、やろうと思えば人を簡単に従えさせることができます。
ただ、それをお望みではないので、私たちは聖獣さまと家族のように暮らしているのです。
この王宮の方々にそれは無理だと思ったのでしょうね。彼らの心には聖獣さまへの服従が刻み込まれたでしょう。
王都にやってきた目的は果たしました。
これでもう、聖獣さまを利用しようと、何かとうるさく言ってくることはないでしょう。来たとしたら今度こそ戦いになるかもしれませんが、聖獣さまに鍛えられれた辺境の民が、都会の方々に負ける想像なんてできません。
一方的な蹂躙なんて見たくないので、本当、諦めてほしいです。
「さ、急いで帰りましょうね」
「わおん」
私の言葉に、聖獣さまは嬉しそうに声をあげました。
「はい。お申し出はありがたく思いますが、聖獣さまは辺境でのんびり暮らすことを望んでおられます」
「その獣はおまえの言うことを聞くと聞いたぞ」
私は苦笑しました。
確かに聖獣様は私を愛し子として気に入ってくださっていますが、それ以上でもそれ以下でもありません。
「私は聖獣さまの主ではありません。もちろん聖獣さまはどなたにも仕えることはありません」
「ふん、畜生ごときがそのようなことを考えるものか。良いか、おまえのような田舎娘を、この俺の婚約者にしてやると言っているのだ。地にひれ伏して感謝せよ。そしてその獣をしっかりと躾け、王都を富ませるようにせよ」
王子はそのようにおっしゃいます。
私はため息をつきます。どうして王都の方はこのように、自分の言いたいことしか言わないのでしょうか。それで通るほど世界は甘くありません。
聖獣さまは確かに我が辺境を富ませてくださいましたが、それは気まぐれと偶然からなさったことです。その神秘の力が人間の扱えるものでないことを、辺境のものは皆知っております。
「無理なものは無理でございます」
「なんだと? さすが辺境のものは無知蒙昧であるな。いいか、このヒストニカ国は日の沈まぬ国。この国の王族である我々は太陽そのものである。おまえたちは我らに従い、ただ言われたまま動けばいいのだ。わかったら、さっさとその獣を檻に入れよ」
「無理なものは、無理でございます」
「不敬な。おい、その田舎娘とともに獣を檻へ入れよ」
「あ」
大人しく私の隣にいた聖獣さまが、光の早さで飛び出しました。
慣れている私だからこそ見えたことでしょう。周囲の方々は何も気づかず、玉座の隣から私を見下ろしていた王子も、自分の前に大きな体が現れるまで、聖獣さまの移動に気づかなかったようです。
「なっ、ああっ!?」
聖獣さまが大きな口をあけ、がぶりと王子に噛みつきました。
「ひぃっ!?」
「殿下!?」
「お、おい、娘、やめさせよ!」
「無理でございます。お手紙でも、さきほども申し上げた通り、私は聖獣さまの主ではございません。聖獣さまに命令することなどできません」
「くだらぬ言い訳はよい! やるのだ!」
「できません」
「殿下を離せ!」
「やめよ! その獣にどれだけの価値があると思っている!」
勇敢な兵士の一人が聖獣さまに槍を向けましたが、王様が止めました。
まだ聖獣さまを国のために利用できると思っているようです。辺境もこの国の一部ですから、最悪なことになる前に諦めてほしいです。
「父上!? お助けくださ……っ」
「ええい、おまえごときのために殺せるものか。唯一の力だぞ!」
「あ、あなた息子になんということを!」
修羅場が始まってしまいました。
「ああっ!?」
聖獣さまが王子をくわえたまま首を振ると、王子の体がぶらんと大きく揺れました。
ああ……。
聖獣さま、あれ、好きなんですよね。くわえてブンブンするの。されたほうはたまったものではないのですが。
そして同時に、兵士たちの槍は全て折れ、剣はどろりと溶けてしまいました。
「そ、そんな」
「なんという力だ! こ、これこそ我が手に入れるべき力! ……おい、女だ、その女を捕まえろ!」
「あ」
それはやめておいた方がいいですよ。
思ったのですが、遅かったです。私を狙われて怒った聖獣さまは暴れだし、謁見の間にいる人々を次から次になぎ倒しくわえ、ぶん投げました。
「ギャッ」
「きゃああああ!」
「ひっ、たすけ、たすけて」
「うあああああ!」
阿鼻叫喚とはこのことです。
ですが聖獣さまは無駄に命を奪うことを嫌っています。壁に、床に叩きつけられた人々は苦しげにうめきましたが、みな生きています。
聖獣さまは楽しくなってきたのか、手当たり次第にじゃれつき、とっくみあいを始めました。王都までの長い道でストレスが溜まっていたのかもしれません。
私は邪魔をしないようにそれを眺めます。辺境を出るときにお兄様たちに遊んでもらっていましたが、足りなかったのでしょうね。
帰ったらまた大遊びでしょう。お兄様たちも楽しそうですが、聖獣さまの遊びに付き合ううち、だんだん人間をやめている気がして心配です。
「ぐるるぅ……」
聖獣さまが不満そうな声をあげました。手応えのない遊び相手だったのでしょう。
「まあ、仕方ないですよ。王都の方々は都会人というやつですもの」
「うぉおおおおおおんっ!」
「お、許しを」
「どうかお許しを!」
「我々はあなた様のしもべです!」
「服従を誓います!」
聖獣さまが遠吠えをすると、すべての人々がひれ伏します。このように聖獣さまは、決して人に従えられる存在ではなく、やろうと思えば人を簡単に従えさせることができます。
ただ、それをお望みではないので、私たちは聖獣さまと家族のように暮らしているのです。
この王宮の方々にそれは無理だと思ったのでしょうね。彼らの心には聖獣さまへの服従が刻み込まれたでしょう。
王都にやってきた目的は果たしました。
これでもう、聖獣さまを利用しようと、何かとうるさく言ってくることはないでしょう。来たとしたら今度こそ戦いになるかもしれませんが、聖獣さまに鍛えられれた辺境の民が、都会の方々に負ける想像なんてできません。
一方的な蹂躙なんて見たくないので、本当、諦めてほしいです。
「さ、急いで帰りましょうね」
「わおん」
私の言葉に、聖獣さまは嬉しそうに声をあげました。
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