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7 柿木和樹の人生

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 料理を注文して、数分が経過した。料理が到着するのを待っている間、私達はどこにでもあるような会話をする。休日は何をしているかとか、好きなテレビは何かとか、そして、話題が無くなれば周りを見渡して目についたものを話題へと変える。

 会話をしていて分かった事は、柿木さんの家は貧乏で高校卒業後は大学には行かずに就職するが、人間関係が上手く行かずに退職。そして、フリーターとなり生活費を稼いでいる。

 実家暮らしなのでお金が貯まっているかと思ったが、そうではない。何故なら、父親の柿木庄司が借金を作ってしまったからだ。その額、なんと、一千万。

 稼いだお金のほとんどは、その借金の返済に回しているらしい。借金を作った本人は働かずにパチンコに行っているのだとか……母親は既に亡くなっていて居ないようだ。

 なるほどな……と、私は依頼人である庄司の狙いが見えてきた。これは生命保険が絡んでいる。柿木さんを事故で亡くせば、生命保険が入って、それで借金を返す予定なのだろう。

 可哀想に……良い人であるが故に、カモにされている。柿木さん本人は、恐らく借金があるのは仕方ないと思っているのだろう。親のために頑張らないと、と思っているようだ。

 そうこうしているうちに、注文した料理が届き、私の前に置かれた。柿木さんはドリンクバーだけなので、さっき入れたメロンソーダをチビチビと飲んでいる。

「じゃあ」と私はナイフとフォークを持ち、食べる体勢に入る。「頂きます」

「はい、どうぞ」と柿木さんは私の方をニコニコしながら見つめる。私が柿木さんの方を見ると、彼は目をそらしてジュースをグビグビと飲んだ。

 私はハンバーグを一口大に切り、そしてそれをフォークで刺して柿木さんの口元に持っていった。その行動に柿木さんは驚き、動揺する。

「どうぞ、食べてください」

「いやいや、僕は……」

「女の人がここまでしてるのに、失礼ではないですか?」

 そう言うと、それもそうかという顔をして、「では、お言葉に甘えて」と、ハンバーグを口にする。少し恥ずかしそうにしていた。それからも二口、三口とハンバーグを口に運び、やがて鉄板の上は何もなくなる。

「ごちそうさまでした」と私は言い、柿木さんもそれに続く。

「柿木さん、美味しかったですね」

「そうですね。ありがとうございます。色々と気を使わせてしまい、申し訳ありません」

「あの……」と私はもう一歩近付くために、言葉を発する。「敬語、やめませんか?いや、敬語やめない?」

「え?」

「だって、私たち同い年でしょ?」

「そうですけど……」

「じゃあ、もっと気楽に会話しようよ。ほら、名前も……そうだな、私はカズ君て呼ぶ」

「え……えーー……」

 カズ君は照れながら、「じゃあ僕は……何て呼べばいいんですか?いいの?」

「カズ君の好きな呼び方でいいよ。私たち、友だちなんだから」

「モモ……モモさん。モモちゃん?いや、それは馴れ馴れしいか……」

 どうやら決めかねているようで、私は「モモちゃんでいいよ」と言ってあげた。

「あ……じゃあ、モモちゃん」

 カズ君恥ずかしそうに頭をかく。本当に慣れていないんだ……珍しい。今時こういうのは当たり前だと思っていたのだけれど、違うのかな?

 私は「はぁ……良かった」と安堵するフリをする。「実は、新しい場所で、友だちもいなくて不安だったんです。だから、カズ君と友達になれて良かった」

「あ……それは、良かった」と言ったカズ君は、「困った事があったら、いつでも相談に乗ります。……いや、いつでも相談に乗るよ」と未だに敬語が抜け切れていないが、優しい言葉をかけてくれた。

「じゃあ、また時間がある時にでも遊ぼうよ」

 私がそう言うと、「うん」と笑顔を見せてくれる。

「それじゃあ、お会計……」とカズ君は立ち上がり、伝票を手に取る。そしてレジで会計を済ませて、私たちは外に出た。

「これから、予定あるの?」

 私がそう質問すると、カズ君は「バイト……」と言って、その方向を見る。「今日は昼からだから」

「そうなんだ。じゃあ、途中まで一緒に帰ろ」

「うん……」

 毎日バイトをしているのだろうか?本当、苦労しているんだな……それから私たちは途中まで一緒に歩き、そして「またね」と言って別れた。

 私がアパートに帰ってくると、大家さんが煙草を吹かしながら「おかえり」とぶっきらぼうに言う。「あんた、仕事は何してんの?」

 突然の質問にビクっとなる。

「あれ?契約書に書いてたと思うんですけど……」

「あんまりよく見てなくてね」

 本当の仕事なんて言えるはずもなく……私は契約書に個人事業と書いておいた。まぁ、ある意味そうだし間違っていないだろう。

「個人事業やってます」

「へぇ、個人事業って何してんの?」

 突っ込んで質問されると困るんだよな……と私は適当に答える。

「ネットで物を売ってるんです。今はネットで色々と出来る時代ですから、スマホ一台あればなんだって出来ますよね」

 大家さんは煙草を地面に落とし、足で火を消す。

「そうかいそうかい。あたしには言えないって事だね」と意地悪な笑い方をして部屋へと帰って行った。

 たまにいるんだよなぁ……詮索好きの人。こういうタイプは苦手だ。ボロが出てしまう。あまり関わらないようにしなければ……と、私は階段を上がり、部屋に入った。

 さて、ターゲットとは友達になれたし、下の名前で呼び合う仲になった。我ながら早い。もう私に惚れているのではないだろうか?慣れていない人は、だいたいそうだ。すぐに人を好きになる。そして、都合の良いように利用されて、騙されるのだ……可哀想に……

 このまま毎日連絡を取り合えば、依頼を達成するのもそう遠くないだろう。私はバッグを放り投げて布団にダイブした。

 でもなんだろう。なんか……嫌だな……

 思いのほか、ターゲットのカズ君に感情移入してしまい、私の中でモヤモヤが溜まり始めた。でも、仕事は仕事だ。気持ちを切り替えないとな……と私はそのまま眠気に襲われて昼寝に突入する。
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