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10 柿木和樹の告白

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 それから数時間後、カズ君から電話がきて、待ち合わせの時間と場所を決め、私は支度をして部屋を出た。そして、待ち合わせの公園へ向かう。いつも一緒に座り、弁当を食べているベンチに座り、私はカズ君を待つ。

 耳をすませば、色んな音が聞こえる。鳥の鳴き声や、近隣住民の生活音、子供のはしゃぐ声。時折公園の側を車が走り抜けていく。

 最初はどうなるかと思ったが、意外と早かった。ここまでに至るまでの思い出を、私は脳内に映す。カズ君は奥手で、女の人に慣れていないからこそ、純粋で真面目な好青年だ。とても優しくて、きっと私以外の人にも良くしてあげているのだろう。

 だからこそ、それを利用する人もいる。父親のように、ただのお金を生み出す装置のように思うやつもいる。カズ君は、いつか報われると思い頑張っているのだろうが……そんな人達に尽しても、何も良い事はない。

 そう、私もその残酷な人達と同じだ。依頼を受けて、殺そうとしている。私が一番酷い人間かもしれない……

 これまで死んできた人は、何かしら恨みを持っている人だった。何をしたかとか詮索はしなかったが、どこか黒い部分があったのだ。

 前の小林幸三もそうだったのだろう。ただ、一緒にいると情が移り、そういう部分に目を瞑るようになる。そして、良い思い出が増えていく。

 でも、彼は……何も悪い事をしていない……

 カズ君について考えながら数分が経過した。すると、遠くの方で自転車を漕ぐ音が聞こえてくる。その音の方向を見ると、カズ君が自転車に乗りながら私に手を振っていた。

「モモちゃん!」

 私はカズ君に手を振り返す。

「カズ君!お疲れ様!」

 カズ君は私の前で自転車を止めて、深呼吸をした。

「ごめん、待った?」

「ううん。ちょっと前に来たとこ」

「そっか、良かった」

 カズ君は私の横に座り、姿勢を正す。そして、モジモジしながら話し始めた。

「僕ね。今まで生きてきて、良い事が何もなかったんだ」

 いきなり重たい始まり方だ。

「お母さんは居ないし、お父さんは借金作って遊んでるし、その借金返すために、汗水流して働いて……でも、そのお金は何も残らない」

 私は黙って続きを聞く。

「何の為に生きているんだろう?って思ってた。でも、いつかきっと報われる日が来て、幸せになれるんだって……そう自分に言い聞かせてた」

 カズ君は立ち上がり、私の方を見る。

「そしたら、モモちゃんに出会えた。友達になれて、凄く嬉しかったんだ!報われる日がきた!って思ったんだ」

 私は照れたフリをして、目を伏せる。落ち着いて……悲しい顔を見せちゃいけない……

「今まで、信じてきて良かったって思えた」

 くる?駄目。言ってはいけない。その先は……

「僕は、モモちゃん……桃野百々子さんの事が好きです。友達としてではなくて、一人の女性として」

 カズ君は私の前に手を差し出して、頭を下げる。テレビの恋愛バラエティ番組で告白するときに見る姿勢だ。

「僕で良ければ、付き合ってください!」

 あぁ……さよなら……ごめんねカズ君。あなたは何も悪くない。悪いのは私だから……

 私は立ち上がり、カズ君の手を握り、「宜しくお願いします」と言った。

 カズ君の顔が赤くなる。そして、「あ、ありがとう!……ございます!」と涙を流した。

 だいぶ緊張していたんだな……泣くほどとは……でも、これでもう、依頼は終わった。あとは、その時がくるのを待つだけ。

 私は、「ちょっとトイレ行ってきていい?」とカズ君に言い、その場を離れた。さて、どこから事故は起こる?何も無い公園で、何が起こる?

 私はカズ君のほうを振り向いた。カズ君はベンチに座り、ずっと姿勢良くしている。すると、ベンチ横の電灯がチカチカと光り始める。

 そして、破裂音がして、大きなガラス片がカズ君に降り注いだ。

 私は目を背ける。前にも同じような死に方があった。ガラス片が喉を掻っ切って、血を吹き出しながら死んだのだ。きっとカズ君も……

「いっ!」

 とカズ君の叫び声が聞こえて、私は勇気を出してカズ君のほうを見た。すると、カズ君は地面に倒れ込んでいる。

 私はカズ君のもとへ走り、声をかける。

「カズ君!大丈夫?!」

 すると、カズ君は顔をあげて、「危なかった~」と、呑気に言った。

 あれ?無傷?

「怪我はしてない?」

「あぁ、うん」とカズ君は自分の身体を触り、確認する。「どこも、何ともない」

「よ、良かった」

 いや、でも、なんで?普通、死ぬんだけど?いつもなら、告白した直後に事故で……

「こういうのって、市役所に連絡したらいいのかな?子供が怪我したら危ないよね」

「そ、そうだね」

 カズ君は私の異変に気付き、「どうしたの?」と心配そうな目で見てくる。

 動揺を隠せていない……いや、だって、確実に死ぬ流れだった。だって……

 私は動揺を隠すためにカズ君に抱き付いて、「本当に良かったよぉ」と泣きそうな声を出す。

 カズ君は慌てて、どうしたらいいか困惑していた。いや、困惑してるのは私も同じだ。この後も事故死しなかったら、私達は本当にカップルになってしまう?

 いや、私、男の人と恋人として付き合うの、初めてなんですけど!どうすればいいの?!

 カラスの鳴き声が聞こえる。どうやら日が暮れてきたようだ。
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