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第36話 硬すぎる焼き菓子と、甘い革命の予感
しおりを挟むアパレルブランド『Milina』の立ち上げから数日後。
俺は、公式アンバサダーとなったカレンとアリシアを伴い、祖母スーナが主催する「カーラ侯爵家・午後の茶会」に招かれていた。
会場は侯爵邸のガーデンテラス。
スーナは例の『ブランド・ミリナ』のドレスを纏い、カレンはキュロット、アリシアはブレザー姿だ。
三者三様、新しい時代のファッションに身を包み、優雅に紅茶を傾けている……と言いたいところだが。
「……んぐっ、んんっ!」
カレンが苦しそうな顔で喉を鳴らし、紅茶で何かを流し込んだ。
「ぷはっ! ……な、なによこれ。石みたいに硬いわね」
「しっ、カレン。聞こえるわよ」
アリシアが小声で窘めるが、彼女自身も手元の皿にある「茶菓子」を前に、困った顔をしている。
そこに置かれているのは、王都で最高級とされる菓子店から取り寄せた「蜂蜜入りの焼き菓子(ビスケット)」だ。
だが、俺の目(前世知識)から見れば、それはただの「保存食(乾パン)」だった。
小麦粉を水で練って焼いただけの生地。膨らんでおらず、カチカチに硬い。
甘みは蜂蜜と干し葡萄だけで、ボソボソとして口の中の水分を全て奪っていく。
「あら、お口に合わなくて? これは王室御用達の逸品なのよ」
スーナが不思議そうに首を傾げながら、その硬い塊を優雅に(無理やり)齧った。
ガリッ、ボリッ。
……優雅なドレスと、野性味あふれる咀嚼音。
あまりにミスマッチだ。
「……お祖母様。王都のスイーツというのは、これが最先端なのですか?」
「ええ。砂糖は貴重品だし、これほど甘いお菓子は滅多にないわ。……ああ、でも食べるとボロボロこぼれて、ドレスが汚れてしまうのが難点ね」
スーナがナプキンで口元とドレスの膝上を拭う。
俺はその光景を見て、深い溜息をついた。
(……ダメだ。これじゃあ『Milina』の世界観が台無しだ)
洗練された服を着ても、食べているものが原始的すぎる。
それに、ファッション誌『Milina』で提案したいのは「優雅なライフスタイル」だ。
午後の一時、美しい服を着て、ふわふわのケーキを頬張り、笑顔で語り合う。
それこそが、女性たちが真に憧れる「絵」のはずだ。
(乾パンを齧るモデルなんて、写真映えしないにも程がある!)
俺の中で、新たな事業計画(野望)のスイッチが入った。
「……お祖母様、そしてお二人とも。少し残念なお知らせと、良いお知らせがあります」
俺が切り出すと、三人の視線が集まった。
「残念なお知らせは、今のこのお菓子が、お三方の美しさに全く釣り合っていないということです。歯が折れそうな美女なんて見たくありません」
「うっ……! はっきり言うわね、あんた」
カレンが図星を突かれて赤くなる。
「そして良いお知らせは――僕が、この固い世界を『ふわふわ』に変えてみせるということです」
「ふわふわ……?」
アリシアがキョトンとする。
「はい。雲のように柔らかく、雪のように口溶けがよく、そして宝石のように甘いお菓子。……次回の茶会は、僕が主催させていただきます。その時、本当の『スイーツ』をお見せしましょう」
俺は宣言し、不敵に笑った。
***
その日の夕方、俺は飛竜『クロ』で急ぎエルガレア領へ戻った。
屋敷に着くやいなや、セバスを呼び出す。
「セバス! 緊急プロジェクトだ! 『食文化革命』をやるぞ!」
「……また、唐突ですな。次は一体何を?」
俺はホワイトボードに書き殴った。
* 目標: ショートケーキ、プリン、シュークリームの完全再現。
* 課題1: 砂糖の精製(茶色の砂糖じゃクリームが濁る。白砂糖が必要)
* 課題2: 小麦粉の選別(強力粉しかない。グルテンの少ない薄力粉が必要)
* 課題3: 乳製品の加工(生クリームとバターの安定供給)
* 課題4: 冷却技術(冷蔵庫)
「……なるほど。服の次は『食』で王都の貴族を骨抜きにするおつもりで?」
「その通り。特に『生クリーム』と『スポンジケーキ』だ。この二つがあれば、王都の勢力図は塗り替わる」
この世界にはまだ「卵を泡立てて空気を含ませる(メレンゲ・スポンジ)」という調理法が存在しない。
菓子といえば「焼いて固める」か「煮詰める」しかないのだ。
そこに「空気を含んだ柔らかさ」を持ち込めば、それは食感の革命となる。
「セバス、遠心分離機の図面を書く。お前の風魔法で回してくれ。まずは牛乳から生クリームを分離するんだ!」
「やれやれ……。執事はパティシエも兼任しろと?」
セバスは苦笑しながらも、その目は職人の光を宿していた。
最強の執事と、前世の知識。
二人がタッグを組めば、作れないものなどない。
エルガレアの秘密工場(キッチン)で、甘い匂いのする実験が始まろうとしていた。
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