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第3話 辞表とWi-Fiとカップ麺
しおりを挟む1月17日、水曜日。
昨日借りたばかりの選挙事務所(元電気店)は、底冷えがひどかった。
俺、神代湊は、朝から雑巾片手に床を磨いていた。
「……くしゅん!」
大きなくしゃみをして入ってきたのは、金髪の田中健太だ。両手にコンビニの袋を提げている。
「うぅ、寒すぎだろここ。湊、カップ麺買ってきたぞ。あと重要アイテムもな」
田中が袋から取り出したのは、カップヌードル(シーフード)と、高そうなWi-Fiルーターだった。
「お前、仕事はどうしたんだ? 平日の朝9時だぞ。役所に行かなくていいのか」
俺が手を止めて尋ねると、田中はズズッと鼻をすすり、ニカっと笑った。
「あ? 辞めたよ」
「は?」
「だーかーら、辞めたの。辞表叩きつけてきた。あんな『前例踏襲』しか言わないクソ部署、俺のクリエイティブが死んじまうっての」
田中は悪びれもせず、電気ケトルをコンセントに繋いだ。
「観光課にいたけどさ、俺が『インスタでインフルエンサー呼びましょう』って企画しても、課長が『黒田市長がSNSは分からんと言ってる』で却下だぜ? やってらんねーよ」
「……そうか。それで俺の誘いに乗ったのか」
「ま、タイミングが良かっただけだし? 湊が市長になってくれたら、俺を観光大使にしてくれよな」
軽口を叩いているが、コイツなりに覚悟を決めてくれたのだろう。
公務員という安定を捨ててまで、この沈みゆく船(チーム・ミナト)に乗ってくれたのだ。
「……悪いな。勝ったら、観光課長にしてやるよ」
「おっ、言ったな? 録音したぞ!」
***
午後からは、美咲も合流して事務所の環境整備だ。
美咲は実家の神社務めがあるため、平日の昼間は来たり来なかったりだが、今日は「ネットワーク構築」のために来てくれた。
「田中さん、ルーターのパスワードは?」
「『kuroda_taosu(黒田倒す)』にした」
「セキュリティ意識が低すぎます。変更しました」
美咲のテキパキとした指示で、廃墟同然だった店舗にインターネットが開通し、中古のプリンターが設置され、少しずつ「司令室」らしくなっていく。
俺は、壁に一枚の模造紙を貼り出した。
マジックで大きく書く。
【打倒・黒田! 当選までのロードマップ】
「さて、今日やることは一つだ。ポスターのデザイン会議」
俺が言うと、田中がスマホの画面を見せた。
「俺、昨日徹夜で何パターンか作ってみたんだけどさ。これどう?」
画面に映っていたのは、俺が腕を組んで仁王立ちし、背景に燃え盛る炎のエフェクトがかかった画像だった。キャッチコピーは『出雲の暴れん坊、爆誕』。
「……却下だ」
「えー! 絶対バズるのに!」
「プロレスの興行じゃないんだぞ。……美咲、お前の案は?」
美咲は静かに自分のPC画面を向けた。
白地をベースに、俺が優しく微笑む写真(いつ撮ったんだ?)。そして、洗練された明朝体で一言。
『理(ことわり)を、戻す。』
「……かっこいいけど、意識高すぎないか? 市民に伝わるかこれ」
「ターゲットは浮動票です。知性を感じさせるデザインが有効です」
「いや、中間をとろう。俺たちはまだ『政治団体』としての活動しかできない。だから……」
三人でああでもない、こうでもないと議論する。
外は雪がちらつき始めた。
ストーブの上で沸いたお湯で、三人でカップ麺をすする。
「なんかさ、文化祭の準備みたいだな」
田中が麺をすすりながら呟いた。
「文化祭か……。なら、最後はハッピーエンドで終わらないとな」
俺はそう返して、窓の外を見た。
1月17日。
事務所の掃除完了。Wi-Fi開通。
ポスターデザイン、難航中。
俺たちの革命は、まだ始まったばかりだ。
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