没落港の整備士男爵 ~「構造解析」スキルで古代設備を修理(レストア)したら、大陸一の物流拠点になり、王家も公爵家も頭が上がらなくなった件~

namisan

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第1話 泥だらけの青写真(ブループリント)

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 腐った海藻と、錆びた鉄の臭い。
 それが、私の領地――ベルナ子爵領の「香り」だった。
 大陸の南西端、海に突き出た半島に位置するベルナ港。
 かつては王国随一の良港と謳われ、東方諸国からの香辛料や絹を運ぶ巨大なガレオン船がひしめき合っていたという。だが、それは私の祖父の代までの話だ。
 今、目の前に広がる光景は、繁栄の残骸でしかなかった。
「……若様。これ以上、桟橋の先端に行くと危ねえですよ。板が腐ってやがる」
 背後からかけられた嗄れた声に、私は振り返る。
 そこに立っていたのは、潮風で革のように硬くなった肌を持つ初老の男、ゲンだった。この港の港湾長を務めているが、その肩書きは今や何の意味も持たない。なぜなら、管理すべき船が入ってこないからだ。
「ゲンか。大丈夫だよ。この桟橋の耐荷重計算なら、歩く前に済ませてある」
「耐荷重……また若様の難しい話か。俺にゃあサッパリだ」
 ゲンはあきれたように肩をすくめ、懐から出した安タバコを噛み締めた。火をつける余裕すらないのか、ただ噛んでいるだけだ。
 私は視線を再び海へと戻した。
 灰色に濁った水面。波打ち際にはヘドロのような黒い土砂が溜まり、鼻をつく悪臭を放っている。
 さらに深刻なのは、沖合の風景だ。
 遥か沖、豆粒のように小さく見える商船が二隻、停泊しているのが見える。
「また、艀(はしけ)での荷降ろしか」
「ああ。今のベルナ港の水深じゃあ、あのクラスの船は座礁しちまうからな。いちいち小舟に荷物を積み替えて、ピストン輸送だ。日が暮れちまうよ」
 ゲンが地面に唾を吐く。
 それが、この港が死にかけている最大の原因だった。
 長い年月をかけて川から流れ込んだ土砂と、複雑な海流が運んできた砂が港内に堆積し、海底が浅くなっているのだ。
 大型船が入港できない港に、価値はない。
 積み替えの手間とコストを嫌った商船たちは、遠回りしてでも隣国の港へ向かうようになった。結果、ベルナの街は寂れ、倉庫は空になり、領民たちは貧しさに喘いでいる。
 ――あまりに、非効率だ。
 私の内側で、かつての記憶が警鐘を鳴らす。
 アレン・フォン・ベルナ、十六歳。ベルナ子爵家の嫡男。それが今の私の名前だ。
 だが、私の魂には別の記憶が刻まれている。
 日本という国で、港湾管理者兼エンジニアとして働いていた記憶が。
 巨大なコンテナクレーンが林立し、数万トンの船が分刻みで入出港する、システム化された物流の最前線。そこで私は、設備のメンテナンスや物流ラインの設計に人生を捧げていた。
 だからこそ、我慢ならなかった。
 技術不足でも、資源不足でもない。ただ「手入れ(メンテナンス)」を怠っただけで、この素晴らしい天然の良港が死んでいるという事実が。
「直そう、ゲン」
「あ?」
「この港を直す。まずは浚渫(しゅんせつ)だ。海底の土砂をさらい、水深を確保する」
 私の言葉に、ゲンは力なく笑った。
「若様、悪いことは言わねえ。屋敷に戻って勉強でもしててくだせえ。浚渫が必要なことくらい、俺たちだって分かってる。親父さんの代から何回も陳情してきたんだ」
「……金がない、か」
「その通りだ。人夫を雇う金もねえ、道具を買う金もねえ。ないない尽くしだ」
 ゲンは寂しげに笑うと、背中を丸めて去っていった。その背中には、諦観という名の重りがのしかかっているようだった。
 私は拳を握りしめる。
 金がないのは事実だ。父である子爵は、領民の税を少しでも安くしようと身を削り、結果として莫大な借金を抱えている。
 だが、エンジニアにとって「予算不足」は諦める理由にはならない。
 それは、工夫するための前提条件に過ぎないのだ。
          ◇
 港を見下ろす丘の上に建つ、ベルナ子爵邸。
 かつては白亜の豪邸だったのだろうが、今は壁の漆喰が剥がれ落ち、庭の手入れも行き届いていない。幽霊屋敷と呼んだ方がしっくりくる惨状だった。
 その一室、執務室のドアを私はノックした。
「入れ」
 短く、不機嫌そうな声。
 中に入ると、書類と帳簿の山に埋もれるようにして、一人の老人がペンを走らせていた。
 家令のガルシアだ。六十歳を過ぎているはずだが、その眼光は鋭く、まるで痩せこけた鷲のようだ。彼はこの家の財布の紐を握る、実質的な支配人である。
「ガルシア。相談がある」
「金のかかる話なら、お断りですぞ。アレン様」
 顔も上げずに即答された。予想通りだ。
 私はガルシアの机の前に立ち、一枚の羊皮紙を広げた。昨日、徹夜で書き上げた港の改修計画書だ。
「港の浚渫を行いたい。現在の水深は平均で四メートル弱。これでは百トン級の沿岸船しか入れない。最低でも七メートルまで掘り下げる必要がある」
「……ほう」
 ガルシアの手が止まる。彼は片眼鏡の位置を直し、私の計画書をチラリと見た。そして、ため息をつく。
「おっしゃる通りです。水深があれば、大型船を誘致でき、入港税も倉庫使用料も入るでしょう。しかし、若様。その土砂を掘るのに、どれだけの人手と金がかかるか計算されましたか?」
「人夫三百人を三ヶ月雇用して、およそ金貨二千枚といったところか」
「左様。で、当家の金庫には今、何枚あると?」
「……五十枚くらいか?」
「三十枚です。しかも、来月の食費と使用人の給金を払えば消えます」
 ガルシアは冷徹に現実を突きつけた。
 彼は決して無能ではない。むしろ、この火の車のような財政状況で、破産もさせずに家を維持している手腕は魔法使い級だ。だからこそ、数字のない夢物語には乗らない。
「アレン様。旦那様……お父上は人が良すぎます。借金をしてまで領民に炊き出しを行うあの方の代わりに、私が嫌われ役にならねばならんのです。夢を見るのはおやめなさい」
「夢じゃないよ、ガルシア。これは投資だ」
「元手のない投資は博打と言います」
「金貨二千枚はかからない。私がやるからだ」
 私の言葉に、ガルシアが初めて顔を上げて眉をひそめた。
「あなたが? 鍬を持って泥の中に入れと? 次期当主がそのような……」
「違う。これを使うんだ」
 私は窓の外、港の西側にある「廃棄場」を指差した。
 そこは、数百年前に栄えた古代魔導文明の遺物が捨てられている場所だ。錆びついた鉄塊や、動かなくなったゴーレムの残骸が山積みになり、誰も近づかない禁足地となっている。
「あそこにあるスクラップを利用する。人件費はゼロだ。必要なのは私の魔力と、少しの潤滑油だけだ」
「……正気ですか? あそこにあるのは、ただの鉄屑ですぞ。過去に何人も魔導師を呼んで修理を試みましたが、誰一人として動かせなかった」
「彼らは『魔法』で直そうとしたからだ。私は『整備』をする」
「セイビ……?」
 聞き慣れない単語に、ガルシアが首を傾げる。
 私はニヤリと笑ってみせた。
「見ていてくれ。夕食までには、一番大きな『鉄屑』を、当家最強の働き手に変えてみせるから」
          ◇
 廃棄場は、死んだ機械たちの墓場だった。
 赤茶色に錆びついた歯車、半分埋もれたシリンダー、何を模したのか分からない巨大な腕。それらが雑草に覆われ、静かに朽ち果てようとしている。
 だが、私にとっては宝の山だ。
「あった……これだ」
 山積みになったガラクタの奥に、その巨体は鎮座していた。
 全高約六メートル。ずんぐりとした胴体に、太く短い足。右腕には巨大なショベル、左腕には削岩用のドリルが装備されている。
 古代魔導文明期に作られた、土木作業用ゴーレム『トライデントIV型』。戦闘用ではないが、そのパワーは重機並みだ。
 全身が苔と錆に覆われ、胸部の装甲は剥がれ落ち、どう見てもただの巨大なゴミにしか見えない。
 しかし、私には「視える」。
「起動……【構造解析(ブループリント)】」
 小さく呟き、魔力を瞳に集中させる。
 瞬間、視界が切り替わった。
 現実の風景の上に、半透明の青い光のラインが重なる。CAD(設計支援)ソフトの画面のように、ゴーレムの内部構造がワイヤーフレームとして浮かび上がったのだ。
「……ひどいな。血管が詰まりまくってる」
 私の目には、ゴーレムの全身を巡る「魔力回路(マナ・ライン)」が視えている。
 本来なら青く輝いて循環しているはずのラインが、至る所で赤黒く淀んでいた。
 この世界の魔導具は、大気中の魔素(マナ)を取り込み、動力源である魔石で変換して動く。だが、長年放置されると、取り込んだマナに含まれる不純物が回路内に堆積するのだ。
 それはまるで、エンジンの吸気バルブに煤(カーボン)が溜まっているような状態。これでは魔力を流しても、途中で詰まって爆発するか、そもそも起動しない。
 過去の魔導師たちは、無理やり外部から魔力を注ぎ込もうとして失敗したのだろう。
 必要なのは魔力の注入ではない。「掃除」だ。
「よし、オペを開始する」
 私はツナギに着替え(前世の作業着を模してメイドに縫わせた特注品だ)、腰袋から工具を取り出した。
 まずは胸部のメインハッチをレンチでこじ開ける。
 プシューッという音と共に、カビ臭い空気が漏れ出した。中には、心臓部にあたる巨大な魔石が埋め込まれているが、泥のような黒いスラッジ(ヘドロ)で覆われている。
「これじゃ息継ぎもできないわけだ」
 私はブラシを取り出し、丁寧にスラッジを掻き出し始めた。
 単なる汚れではない。凝固した魔力のカスだ。触れるとピリピリと静電気が走るが、構わず削ぎ落とす。
 三十分ほど格闘し、魔石本来の輝きが見えてきたところで、次は回路の洗浄だ。
 持参した「スライムの溶解液」と「植物油」を混ぜた特製洗浄液を、魔力パイプの注入口へ流し込む。
「循環ポンプ、強制バイパス接続……よし」
 私は自分の指先から魔力の糸を伸ばし、ゴーレムの動力伝達系に直接接続した。
 私の魔力をポンプ代わりにして、洗浄液を全身に循環させる。
 ゴボッ、ゴボボ……。
 巨体の内部から、詰まりが取れていくような湿った音が響く。
 【構造解析】の視界の中で、赤黒かったラインが、徐々に正常な青色へと変わっていく。背中の排気口から、黒い煙と共に燃焼しきれなかった不純物が吐き出された。
「排気よし。吸気よし。冷却ライン、正常。……いけるな」
 私は額の汗を拭い、ゴーレムの頭部を見上げた。
 錆だらけの鉄屑。だが、その中身は今、新品同様に研ぎ澄まされている。
 私は胸部の起動スイッチに手を置き、静かに魔力を送り込んだ。
「目覚めろ。今日からお前は、ベルナ領再生の第一号だ」
 ドクン。
 巨大な鼓動のような音が響いた。
 次の瞬間、ゴーレムの全身から「フォォォォン……」という、低く力強い駆動音が上がり始めた。かつての魔導師たちが聞いた唸り声ではない。完全にチューニングされたエンジンの、滑らかな回転音だ。
 頭部のモノアイ(単眼)が、緑色に強く発光した。
          ◇
 夕暮れ時の港。
 仕事を終えた(といっても仕事などほとんどないのだが)漁師たちが、網の手入れをしながら無駄口を叩いていた。
 その時だ。
 ズシン、ズシン、という地響きが聞こえてきたのは。
「な、なんだ!? 地震か?」
「いや、山の方から何か来るぞ!」
 漁師たちが騒然となる中、私はゴーレムの肩に乗り、悠然と港へ降りていった。
 夕日を背に、六メートルの巨体が影を落とす。
 錆びついた外見は変わらないが、その動きは滑らかで、関節からは蒸気を噴き出している。
 騒ぎを聞きつけたのか、屋敷の方からガルシアと父上が、そして港湾事務所からゲンが血相を変えて走ってきた。
「わ、若様!? なんですかいそれは!」
「化け物……いや、古代のゴーレムか!? アレン、逃げなさい!」
 父上の悲鳴に、私は操縦席(肩の上)から手を振った。
「父上、ガルシア。約束通り、働き手を連れてきましたよ」
 私はゴーレムに指示を送る。思考操作だ。私の意図を読み取ったゴーレムは、港の岸壁の端まで進むと、その巨大な右腕のショベルを海面へと向けた。
 ウィィィン……という駆動音と共に、上半身が旋回する。
「まさか、アレン様……それを動かしているのですか?」
「ええ。少し油が切れていただけですよ」
 嘘ではない。魔力という名の油だが。
 私はゴーレムの視覚とリンクし、海中の地形を見る。
 【構造解析】が、海底に溜まったヘドロの層を赤く表示していた。
 狙いをつける。
 振り下ろす。
 ズドォォォォン!
 激しい水しぶきと共に、ショベルが海底に突き刺さった。
 エンジンの回転数が上がる。唸りを上げる魔導シリンダー。
 引き上げられたショベルの中には、数トンもの黒い土砂が満載されていた。
 ザバァァァ!
 それを陸地のダンプ置き場(予定地)へと無造作に放り投げる。
 たった一掻き。
 だが、それは人力でやれば十人がかりで半日はかかる量だった。
 呆然とするゲン。口をパクパクさせているガルシア。そして、目を輝かせている父上。
 静まり返った港に、私の声が響く。
「さあ、始めようか。この港の膿(うみ)を全部吐き出させるんだ」
 ゴーレムが再び腕を振り上げる。
 その力強い音は、死にかけていたベルナ港が、再び息を吹き返した産声のように聞こえた。
 ここから始まるのだ。
 金もなければ人もいない、泥だらけのスタート地点。
 だが、私には「視えて」いる。
 この港が大陸中の船を集め、黄金色に輝く未来図(ブループリント)が。
「まずは水深七メートル、三ヶ月で終わらせるぞ!」
 私の号令に、ゴーレムが呼応して咆哮(汽笛)を上げた。
 これが、後に「魔導産業革命」の父と呼ばれる男、アレン・フォン・ベルナの最初の仕事だった。
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