没落港の整備士男爵 ~「構造解析」スキルで古代設備を修理(レストア)したら、大陸一の物流拠点になり、王家も公爵家も頭が上がらなくなった件~

namisan

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第2話 氷点下の錬金術(コールド・チェーン)

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 古代の土木作業用ゴーレム『トライデント』が再起動してから、一週間が経過した。
 ベルナ港には、今日も重低音の駆動音が響き渡っている。
 ズガンッ、バシャァァァ!
 六メートルの巨体が、海底のヘドロを豪快にすくい上げる。
 私が操縦席(肩の上)から降りて指示を出すと、トライデントは自律的に動き続け、正確なピストン運動で土砂を陸地へと運び上げていた。
 その光景を、港の桟橋から見つめる人影があった。
 私の父であり、この領地の主、ベルナ子爵その人だ。
「……信じられん。まさか、あのガラクタの山が動くとはな」
 父は潮風に乱れる栗色の髪を押さえながら、少年のように目を輝かせていた。
 その隣で、家令のガルシアが帳簿と睨めっこをしている。
「旦那様、感心している場合ではありませんぞ。確かに人件費はゼロですが、あの巨大なゴーレムを動かす魔石の燃料費が……む?」
 ガルシアが眉をひそめた。
「どうした、ガルシア」
「計算が合いません。あれだけの巨体を一日中動かせば、通常なら魔石の消耗は金貨十枚分にはなるはず。しかし、在庫の減りは金貨一枚分にも満たない。……アレン様、一体どんなカラクリを使ったのですか?」
 鋭い指摘に、私は苦笑する。
「カラクリなんてないよ。ただ『燃費』を良くしただけだ。無駄な熱として逃げていたエネルギーを、運動エネルギーに効率よく変換できるよう回路を書き換えたんだ。今のトライデントは、新車……いや、新品の時より三倍は効率がいいはずだ」
「なんと……」
 ガルシアが絶句する。
 父、ベルナルド・フォン・ベルナは、私の肩にポンと手を置いた。
「アレン。お前のその知識、やはりただの本好きというだけでは説明がつかんな。だが……ベルナルドの名において、礼を言う。お前は我が家の救世主かもしれん」
「よしてください、父上。まだスタートラインに立っただけです。それに――」
 私は視線を港の一角、水揚げ場へと向けた。
 そこには、漁から戻ってきた小船が数隻、停泊している。しかし、漁師たちの顔は暗い。
「水深が戻っても、肝心の『中身』がなければ意味がありません」
          ◇
 私たちは水揚げ場へと向かった。
 港湾長のゲンが、漁師たちに怒声を浴びせている最中だった。
「ええい! もっと丁寧に扱えねえのか! 魚は金なんだぞ!」
「うるせえな親方! 丁寧にやったって、どうせ王都に着く頃には腐っちまうんだよ! 二束三文にしかならねえゴミだ!」
 若い漁師が、網にかかった魚を木箱へ乱暴に放り投げている。
 銀色に輝くアジやサバ。それに、赤く美しい高級魚のマダイも混じっている。だが、それらは夏の暑さと直射日光に晒され、すでに生臭い異臭を放ち始めていた。
 ベルナ領は南方に位置するため、気温が高い。
 ここで獲れた魚を消費地の王都へ運ぶには、馬車で三日はかかる。
 当然、鮮度は落ち、腐敗が進む。だから漁師たちは「どうせ売れない」と諦め、扱いが雑になり、さらに価値が下がるという悪循環に陥っていた。
 干物や塩漬けにする手もあるが、それでは安値でしか売れない。
「もったいない……」
 私は木箱の中で死んだ魚の目を覗き込んだ。白く濁り、口が開いている。完全に「死に体」だ。
 これでは刺身はおろか、焼き魚にしても臭みが残るだろう。
「アレン様、こればかりはどうしようもありません」
 ガルシアがハンカチで鼻を押さえながら言った。
「当家には氷を作る『水魔導師』を雇う余裕などありません。王都の貴族向けに鮮魚を卸すなど、夢のまた夢です」
「氷なら、あるじゃないか」
「は?」
「そこに。巨大な製氷機が」
 私が指差したのは、港の倉庫街の隅に建つ、窓のない石造りの建物だった。
 壁には霜のマークが刻印されているが、長年放置され、ツタに覆われている。
 古代魔導文明の遺物、『魔導冷凍倉庫』だ。
「あれですか? 確かに昔は氷室として使われていたそうですが、五十年前に故障して以来、ただの物置ですが……」
「直せるよ。見てくる」
 私はガルシアの制止も聞かず、その廃墟へと足を踏み入れた。
          ◇
 倉庫の中は蒸し暑く、カビの臭いが充満していた。
 壁には二重構造の断熱材(炭化したコルクのような素材)が埋め込まれているが、肝心の冷却機能が死んでいる。
 私は部屋の中央にある、巨大な金属製の装置の前に立った。
 『魔導熱交換ユニット』。
 現代でいう、冷蔵庫のコンプレッサーとラジエーターの役割を果たす魔導具だ。
「起動……【構造解析(ブループリント)】」
 再び、世界が青い設計図へと変わる。
 私は装置の内部を透視した。
「……なるほど。冷媒ガスが漏れているわけじゃない。循環ポンプの弁(バルブ)が固着しているだけか」
 この装置は、魔力を動力源として特殊なガスを圧縮・膨張させ、気化熱で周囲の熱を奪う仕組みだ。魔法というよりは、物理法則を魔力で強制的に起こす機械に近い。
 循環が止まっているため、熱交換が行われず、ただの鉄の塊になっていたのだ。
「これなら、叩けば直るな」
「た、叩く!?」
 後ろからついてきたガルシアが悲鳴を上げたが、私は構わずレンチを取り出した。
 精密機械を叩くといっても、闇雲に殴るわけではない。
 固着した弁の位置を【構造解析】でピンポイントに特定し、そこに魔力を乗せた衝撃を与える「衝撃療法」だ。
 ガンッ! ガンッ!
 鋭い金属音が倉庫に響く。
 そして三発目。
 カキン、という乾いた音がして、内部の弁が動いた感触があった。
「よし。魔力注入、再起動」
 私が手をかざすと、装置が低い唸り声を上げ始めた。
 ブゥゥゥン……シュゴォォォォ……。
 ガスの流れる音が聞こえる。
 数秒後。
 装置の排熱板から熱い風が吹き出し、逆に冷却パイプの周りの空気が白く凍り始めた。
「なっ……!?」
「成功だ。ガルシア、下がって。ここから一気に冷えるぞ」
 私の言葉が終わるか終わらないかのうちに、倉庫内の空気が一変した。
 肌にまとわりつくような湿気が消え、ピリッとした冷気が肌を刺す。
 パイプの表面に霜が降り、私の吐く息が白くなった。
 マイナス二十度……いや、三十度はいくだろう。急速冷凍(クイック・フリーズ)が可能なレベルだ。
「す、凄い……。魔法使いを何人も雇わなければ維持できない冷気が、たった一つの装置で……」
 ガルシアが震えながら呟く。寒さのせいか、興奮のせいか。
「これで『箱』は用意できた。次は中身だ」
          ◇
 私はすぐにゲンを呼び寄せ、獲れたばかりの魚を一匹用意させた。
 まだピチピチと跳ねている、体長四十センチほどのマダイだ。
「若様、倉庫が直ったのは分かったが、こいつを凍らせるだけじゃあ、解凍した時にドリップ(汁)が出て不味くなるぜ?」
 ゲンは長年の経験から、冷凍魚の不味さを知っていた。
 確かに、ただ凍らせるだけでは細胞が破壊され、味は落ちる。
 だが、私にはもう一つの武器がある。
「ゲン。魚が不味くなるのは、死ぬ時に暴れて、体内に『疲労物質』が溜まるからだ。それに、死後硬直が始まると身が割れる。だから――」
 私は懐から、一本の細い針金を取り出した。
 ミスリル銀を加工した、魔導伝導率の高い特注のワイヤーだ。
「魚を『即死』させ、かつ神経を破壊して、死んだことを体に気づかせない。それが最高の処理だ」
 私はマダイのエラ蓋を開け、背骨の上にある神経の穴を【構造解析】で視認した。
 青く光る神経のライン。
 そこへ、針金を迷いなく突き入れる。
 ビクンッ!
 マダイが一瞬だけ大きく跳ね、次の瞬間、その身の色がサッと鮮やかに変わった。
 目の色は澄んだまま、口も閉じて動かなくなる。
「なっ……!?」
 ゲンが目を見開く。
 一見すると死んだように見えるが、心臓はまだ微かに動いており、血抜きがスムーズに行われる状態だ。
 私は素早くエラと尾の血管を切り、海水の中で血を抜いた。
 その上で、さっき再起動した冷凍倉庫へ運び込む。
「これを『神経締め』と言う。こうして処理した魚を、マイナス三十度で一気に凍らせるんだ。そうすれば、解凍した時、獲れたてと変わらない……いや、旨味成分が増して、それ以上の味になる」
 ゲンとガルシアは、氷漬けになったマダイを、まるで宝石でも見るような目で見つめていた。
 カチカチに凍っているが、その鱗は虹色に輝き、目は透き通っている。
 今までの、白く濁った死魚とは雲泥の差だ。
「……アレン様。これを、王都へ?」
「ああ。氷漬けのまま、おがくずを詰めた木箱に入れれば、三日くらいは溶けずに持つ。王都の市場で、このマダイがいくらになると思う?」
 ガルシアが頭の中で素早く計算を始めたようだ。
 彼の目が、カシャン、カシャンと金貨を数える音を立てているように見えた。
「……通常の十倍。いや、この鮮度なら貴族たちが競って値を吊り上げるでしょう。二十倍は下りません」
「だろ? それが何百匹、何千匹と獲れるんだ」
「ひ、ひぃぃ……! 笑いが……いえ、計算が追いつきません!」
 ガルシアが恍惚の表情で震え出した。
 ゲンも、ごくりと唾を飲み込んだ。
「若様……あんた、とんでもねえよ。俺たちは今まで、宝の山を腐らせて捨ててたってことか」
「今からでも遅くないさ。ゲン、漁師たち全員にこの『神経締め』を教える。道具は私が作る。明日からは、獲った魚を一匹たりとも無駄にするな」
「おうよ! 任せとけ! 野郎どものケツを叩いてでも覚えさせる!」
 ゲンの顔から、先ほどまでの諦観は消えていた。
 そこにあるのは、職人としての誇りと、明日への希望だ。
 その夜。
 父ベルナルド、ガルシア、そして私は、試作品として解凍したマダイの刺身を食卓で囲んだ。
 海のない王都育ちの母上は恐る恐る口に運んだが、次の瞬間、その目を丸くした。
「……甘い。臭みなんて全くないわ。まるで果物みたいに甘い脂が……」
「うむ。これは絶品だ。アレン、これなら勝てるぞ。我が領の財政は、この魚たちが救ってくれる!」
 父上がワイングラスを掲げる。
 私は安堵の息をついた。
 港(インフラ)を直し、商品(プロダクト)を作った。
 第一段階は成功だ。
 だが、私の【構造解析】には、まだこの先の未来が見えている。
 単に魚を売るだけでは終わらない。
 この高品質な食材を欲しがる「巨大な顧客」が、まもなくこの港へやってくるはずだ。
 そう、海を統べるあの公爵家が。
(次は、海軍とのコネクション作りだな)
 私は皿に残ったわさびを舐めながら、次なる青写真を脳内で描き始めていた。
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