没落港の整備士男爵 ~「構造解析」スキルで古代設備を修理(レストア)したら、大陸一の物流拠点になり、王家も公爵家も頭が上がらなくなった件~

namisan

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第8話 濁った水と、足元の時限爆弾(ライフライン・クライシス)

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 ツーバイフォー工法による「規格住宅街」が完成してから一週間。
 移民たちの住居問題は解決し、港の労働力不足も解消された。
 だが、息つく暇もなく、執務室には新たな問題――それも、領地の存亡に関わる二つの報告書が届けられていた。
「……アレン様。やはり、クレイグ男爵は本気です」
 筆頭執政官のエレナが、一枚の地図を机に広げた。
 彼女の指が、ベルナ領の北東、王都へと続く唯一の街道の関所を指し示す。
「通行税の引き上げは、全品目において十倍。事実上の『経済封鎖』です。銀鱗商会の馬車も足止めを食らっており、鮮魚の陸路輸送は完全にストップしました」
「あちらの言い分は?」
「『ベルナ領の移民が疫病を持ち込む恐れがあるため、検疫費用として徴収する』とのことです。……白々しい嘘ですが」
 エレナが不快そうに眉をひそめる。
 完全に言いがかりだ。移民を受け入れて発展するベルナ領への嫉妬と、自分の領地から逃げ出した領民への腹いせだろう。
「陸を塞がれれば、我々は干上がると踏んでいるわけか」
「ええ。実際、内陸からの野菜や小麦の輸入も滞り始めています。物価が上がり始めれば、移民たちの不満が爆発しかねません」
 家令のガルシアが青い顔で補足する。
 クレイグ男爵の狙いは明確だ。兵を使わずにベルナを自壊させる「兵糧攻め」。
 すぐにでも反撃の手を打ちたいところだが、私にはそれ以上に優先すべき「時限爆弾」が見えていた。
「クレイグ男爵の件は、少し放置する」
「は? 放置、ですか? しかしこのままでは……」
「向こうが『疫病』を理由にしたのは皮肉な話だ。……実際に今、ベルナ領は疫病(それ)の一歩手前にいる」
 私は席を立った。
 窓を開け、風を入れる。
 ……臭う。
 港からの潮風に混じって、鼻を突くアンモニア臭と腐敗臭が、風に乗って漂ってきていた。
          ◇
 私はエレナとガルシアを連れ、新しくできた住宅街の視察に向かった。
 一見すると、整然と並ぶ木造住宅。子供たちが走り回り、活気があるように見える。
 だが、路地裏に入った瞬間、エレナがハンカチで口元を覆った。
「……うッ。な、何ですの、この臭いは」
 足元には、黒く濁った水溜まりができている。
 家の裏手にある粗末な共同トイレからは汚物が溢れ、生活排水とともに側溝へ垂れ流されていた。ハエがたかり、野良犬が残飯を漁っている。
「人口が急増したせいで、処理能力が追いついていないんだ」
 私は屈み込み、地面に手を触れた。
 「起動……【構造解析(ブループリント)】」
 視界が青いグリッドラインに切り替わる。
 地下を透視する。
 ……予想通りだ。
 地表から染み出した汚水が、赤い「汚染エリア」となって地下水脈へと到達しようとしている。
 この地下水脈は、街の井戸へと繋がっている。
「あと三日だ」
「え?」
「あと三日で、この汚染水が井戸に混じる。そうなれば、赤痢やコレラが一気に広まる。……死亡率三〇%のパンデミックだ」
 私の言葉に、二人が息を呑んだ。
 クレイグ男爵の経済封鎖どころの話ではない。領民の三分の一が死ぬ危機だ。
「そんな……! どうすればよろしいのですか!?」
「『血管』を作る。それも、今日中に着工しなければ間に合わない」
 私は立ち上がった。
「ガルシア、港の拡張工事は一時中止だ。石材、人手、予算、すべてを『上下水道』の整備に回す。クレイグへの反撃は、自分の足元を固めてからだ」
          ◇
 緊急招集をかけた工廠長のゴーディと、建築棟梁のゴンゾが駆けつけてきた。
 私は地面に広げた図面を指し示した。
「やることは二つだ。一つは『出す』こと。もう一つは『入れる』ことだ」
 まずは下水道。
 ゴンゾには、街中の道路を掘り返し、各家庭の排水を一箇所に集めるための土管を埋設してもらう。
 集めた汚水はそのまま海に流さず、街外れに作る巨大な「浄化槽」へ送る。
 そこには、私が冒険者ギルドに依頼して捕獲させた「スカベンジャー・スライム(掃除屋スライム)」を住まわせる。彼らは有機物を分解し、綺麗な水に変えてくれる天然のフィルターだ。
「スライムにクソを食わせるってのか? へっ、考えもしなかったぜ」
「だが若様、一番の問題は『飲み水』だろ? 井戸がダメになったら、どこから水を引くんだ? 川の水量はもう限界だぞ」
 ゴンゾの指摘は鋭い。
 上水道の水源確保こそが最大の難問だ。
 だが、私には秘策があった。
「海を使う」
「はあ? 海水なんぞ飲んだら身体を壊すぞ」
「そのまま飲むんじゃない。……先日修理した『冷凍倉庫』を覚えているか?」
 私は港の方角を指差した。
 現在、魚の冷凍保存のためにフル稼働している魔導冷凍庫。
 あれは内部をマイナス三十度にする代償として、外部に猛烈な「排熱」を放出している。今まではただ空気に捨てていた熱エネルギーだ。
「あの排熱を利用して、海水を沸騰させる。そして立ち上った蒸気を冷やせば、真水になる」
 海水淡水化プラント。
 現代地球でもコストがかかる技術だが、ここでは「廃熱」という無料のエネルギー源と、魔法による効率化がある。
 しかも、このプロセスにはもう一つ、とんでもない「副産物」があるのだが……それは後のお楽しみだ。
「よし、やるぞ! ゴーディは配管とポンプの製作! ゴンゾは穴掘りだ! 三日で終わらせろ!」
「「おうよ!!」」
          ◇
 その日の午後から、ベルナの街は戦場のような騒ぎになった。
 メインストリートが封鎖され、深い溝が掘られていく。
 だが、住民たちの反応は芳しくなかった。
「おいおい、なんで家の前を掘り返すんだ!」
「水洗トイレ? そんなハイカラなもんはいらねえよ! 汚物は畑の肥料にするのが一番だろ!」
「そうだ! ご先祖様からの井戸を埋めるなんて罰当たりだ!」
 特に古参の住民からの反発が強かった。
 彼らにとって、排泄物はリサイクル資源であり、井戸は生活の象徴だ。目に見えない「菌」の話をしても理解されない。
 作業が進まないことに苛立つゴンゾ。
「若様、どうする? 力ずくで黙らせるか?」
「いや、納得させないと維持管理ができない。……見せるしかないな」
 私は懐から、錬金術で磨いたガラスレンズを組み合わせた筒――「簡易顕微鏡」を取り出した。
 そして、路地の水溜まりから水を採取し、プレパラートに垂らす。
「集まってくれ! 面白い見世物があるぞ!」
 私が声を上げると、野次馬たちが集まってきた。
 その中で一番反対していた老人を呼び寄せ、レンズを覗かせる。
「じいさん、この水、綺麗に見えるか?」
「当たり前じゃ。ただの水溜まりじゃろ」
「いいから覗いてみろ」
 老人は訝しげに筒を覗き込んだ。
 数秒後。
 「ひぃぃっ!!」と悲鳴を上げて尻餅をついた。
「な、なんじゃあれは! 虫が……気味の悪い虫がうじゃうじゃ動いておる!」
「え? 虫?」
「俺にも見せろ!」
 次々と住民たちが覗き込み、そして青ざめていく。
 拡大された世界で蠢く、ボウフラや細菌の群れ。
「それが、あなたたちが『綺麗だ』と言っている井戸水に混ざりかけているものです。これを飲めば、腹の中でこの虫が暴れ回ることになる」
 私が静かに告げると、母親たちが子供を抱き寄せた。
 恐怖は理屈を超える。
 「伝統」よりも「生存本能」が勝った瞬間だった。
「……管を通してくれ、若様」
「俺たちの腹ならいいが、子供たちがこんなもん飲んでたなんて……」
 反対の声は消えた。
 むしろ「早く掘れ!」「俺も手伝う!」と、住民総出の突貫工事へと変わった。
          ◇
 三日後の朝。
 ギリギリで工事は間に合った。
 広場に設置された真鍮製の蛇口。私がバルブを回すと、シュワッという音と共に、透き通った水が勢いよく噴き出した。
 蒸留水に、味を整えるためのミネラルを添加した「安全な水」だ。
「……美味い!」
「泥臭くないぞ!」
 歓声を上げる領民たちを見ながら、私は執務室の窓辺でガルシアと並んで立っていた。
「これで疫病の危機は去りましたね。……しかしアレン様、この設備の維持費、タダというわけにはいきませんが」
「ああ。『水道料金』を徴収する。各家庭に『量水器(メーター)』をつけたから、使った分だけ払ってもらう従量制だ」
「水から金を取るのですか……。また住民が文句を言いませんか?」
「安く設定するさ。それに、この水事業には『裏の利益』があるからな」
 私は机の上に置かれた、小さな瓶を指差した。
 中に入っているのは、雪のように白い粉末。
「これは?」
「海水淡水化プラントの副産物だ。海水を沸騰させて真水を取った後、底に残るものがあるだろう?」
「……塩、ですか?」
 そう。
 廃熱を利用したこのプラントは、水を作ると同時に、超高純度の「精製塩」を自動的に生産し続けるのだ。
 燃料費ゼロ。原価はタダ同然。
 しかも、隣のクレイグ男爵が売っている、泥混じりの岩塩とは比べ物にならない高品質だ。
「アレン様。もしかして、これを……」
「クレイグ男爵は『疫病対策』と言って経済を止めた。だからこちらは、疫病対策のついでにできた『これ』で、彼の経済を止めさせてもらう」
 私はニヤリと笑った。
 足元は固まった。
 水も確保した。
 そして手元には、最強の経済兵器(ウェポン)がある。
「ガルシア、銀鱗商会のメリッサを呼んでくれ。……反撃の時間だ」
 濁った水を浄化した私たちは、次なる戦い――隣領との「塩戦争」へと舵を切る。
 内政で守りを固め、そこから生まれた余剰力で外敵を討つ。
 これぞ、領地経営の醍醐味だ。
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