9 / 15
第9話 白い山と、海を渡る劇薬(スノー・ソルト)
しおりを挟むベルナ領の「水危機」は、海水淡水化プラントの稼働によって劇的に解決した。
蛇口をひねれば透明な水が出る。
この当たり前の日常を取り戻した領民たちの安堵は大きかったが、領主代行である私には、まだ片付けるべき「ゴミ」が残っていた。
「……若様。これ、どうすんですか?」
港の倉庫裏、海水淡水化プラントの横に案内された港湾長のゲンが、呆気にとられた声を出した。
彼の目の前には、白い砂山ができていた。
高さ三メートルほど。太陽の光を浴びてキラキラと輝いているが、砂ではない。
「舐めてみろ」
「え? うぇっ、しょっぱ!!」
ゲンが顔をしかめる。
そう、これは塩だ。
海水を沸騰させて真水を抽出した後、釜の底に残る残留物。
通常なら不純物(苦汁など)が混じって売り物にならないが、私のプラントでは【構造解析】で成分ごとに結晶化温度を管理し、純粋な「塩化ナトリウム」だけを自動的に排出するように設計してある。
「一日でこの量が溜まる。真水を作れば作るほど、この白い山は高くなるんだ」
「こいつはすげえ……。全部、売り物になるんですかい?」
「品質は保証する。だが、問題はどうやって売るかだ」
私は視線を北に向けた。
そこには、ベルナ領と王都を隔てるクレイグ男爵領がある。
現在、クレイグ男爵は「通行税十倍」というふざけた障壁を設け、陸の物流を完全に止めている。
◇
その日の午後。
銀鱗商会のメリッサが、執務室に怒鳴り込んできた。
「どういうつもりだい、若旦那! 陸路が使えないなんて、商売あがったりだよ!」
彼女はバン! と机を叩いた。
冷凍倉庫には魚が山積みになっているが、出荷できない。
鮮度が命の商売で、足止めは死を意味する。
「クレイグの豚野郎、足元を見やがって……! 『税を払えないなら魚を置いていけ』だとさ。悔しいけど、このままじゃ倉庫がパンクする。言い値で払うしかないのか……」
メリッサが唇を噛み締め、悔し涙を浮かべる。
彼女の商会も、ようやく軌道に乗ったばかりだ。ここでのつまづきは致命傷になりかねない。
「泣くな、メリッサ。税なんて払う必要はない」
「はあ? じゃあどうやって運ぶんだい! 空でも飛ぶのかい!」
「海を行く」
私は壁の地図を指差した。
ベルナ港から海路で北上し、クレイグ領を飛び越えて、その先の港町『ポート・ウェスト』へ荷揚げするルートだ。
「無理だよ。ポート・ウェストまでは船で半日かかる。今のウチのボロ船じゃ、積載量も足りないし、波が高くて荷崩れする。コストが合わないんだよ!」
彼女の言う通りだ。
通常の帆船では、陸路の税金を払った方がマシという計算になる。
だからこそ、クレイグ男爵も高を括っているのだ。
「普通の船ならな。……だが、私の『整備(チューニング)』を経た船ならどうだ?」
「え?」
「君の商会の遊休船を貸してくれ。一隻でいい。……明日までに、海の上を滑る『ソリ』に変えてやる」
◇
私はすぐにドックへ向かい、銀鱗商会が保有する古い中型帆船を【構造解析】した。
船体は古いが、竜骨はしっかりしている。
問題は「水の抵抗」だ。波を押し分けて進む従来の船では、速度に限界がある。
「ゴンゾ、木材を持ってこい! ゴーディは鉄板の加工だ!」
私が設計したのは、双胴船(カタマラン)のような安定翼ではない。
船底に取り付ける**「水中翼(ハイドロフォイル)」**だ。
速度が上がると、翼が揚力を生み、船体が海面から浮き上がる。
水に触れる面積が激減するため、抵抗がなくなり、爆発的な加速が可能になる。
「風魔法の応用だ。帆に風を受けるだけでなく、船底から海水を後方へ噴射する『ウォータージェット推進』を補助に付ける」
徹夜の作業だった。
ドワーフのゴーディが泣きながら鉄を打ち、大工のゴンゾが船底に翼を取り付けた。
そして翌朝。
港には、奇妙な姿に改造された船が浮かんでいた。
「……なんだい、この船底についたヒレは」
「乗れば分かる。メリッサ、積荷は魚だけじゃない。あれも積んでくれ」
私はプラント横の「白い山」を指差した。
麻袋に詰められた大量の塩。
「塩? ベルナで塩なんて採れたっけ?」
「『ベルナの雪塩』だ。原価はタダ同然。……これをポート・ウェストで、クレイグ領の岩塩の『半値』で売り捌いてくれ」
「半値だって!? 正気かい!?」
「利益は出るさ。タダなんだからな」
◇
出港の時。
舵を握るのは、元漁師のゲンだ。
風を受け、補助推進の魔石が輝く。
「全速前進!」
船が加速する。
そして一定の速度に達した瞬間――
フワッ。
船体が海面から持ち上がり、まるで空を飛ぶように浮上した。
「うわああああっ! 浮いた! 船が浮いてるぞ!」
「揺れねえ! 波を切り裂いてやがる!」
船員たちが絶叫する。
水中翼船となった輸送船は、通常の三倍の速度で海上を疾走した。
これなら、ポート・ウェストまで二時間もかからない。
クレイグ領の沖合を、白い航跡を残してあっという間に通過していく。
「見てるか、クレイグ男爵。これが技術の差だ」
私は甲板で、遠く霞むクレイグ領の海岸線を眺めながら呟いた。
◇
数日後。
王都の市場はパニックに陥っていた。
「おい、この塩を見てみろ! 真っ白だぞ!」
「ベルナ産の『雪塩』だって? 舐めてみろ、雑味が全くねえ!」
「しかも値段が岩塩の半分だぞ! どうなってるんだ!」
主婦たちや料理人が殺到し、雪塩は飛ぶように売れた。
一方で、クレイグ領の特産品である「岩塩」は、山積みになって売れ残った。
泥臭く、苦味があり、値段も高い岩塩を買う理由など、どこにもないからだ。
さらに、ポート・ウェスト経由で届けられたベルナの鮮魚(冷凍)も、相変わらずの高品質で市場を席巻していた。
陸路を止めても、商品は届く。
しかも、相手の主力産業(岩塩)を破壊するオマケ付きで。
◇
クレイグ男爵領の館。
報告を受けたクレイグ男爵は、ワイングラスを床に叩きつけていた。
「ば、馬鹿な! 関所は封鎖しているのだぞ! なぜ奴らの商品が王都に出回っている!」
「は、海です! 見たこともない速さの船が、我が領の監視船をぶち抜いて……!」
「おのれ、おのれぇぇぇ!」
男爵は頭を抱えた。
岩塩が売れなければ、鉱山の労働者に給料が払えない。
通行税も入らない。
完全に兵糧攻めを食らっているのは、自分の方だった。
「……男爵様、鉱山の労働者たちが暴動を起こしそうです。『給料をよこせ』と……」
「ひぃぃ! わ、分かった! 降伏だ! ベルナ子爵に手紙を書け!」
◇
ベルナ子爵邸、執務室。
私はクレイグ男爵からの詫び状を読み終え、暖炉の火にくべた。
「通行税の撤廃と、不可侵条約の申し出だそうですわ」
エレナが涼しい顔でお茶を淹れる。
「岩塩の価格は暴落。クレイグ男爵は王都の別荘を売って、借金の穴埋めをしたそうです。……少しやり過ぎましたか?」
「向こうが仕掛けてきた喧嘩だ。これくらいの授業料は払ってもらわないとな」
私は燃えゆく手紙を見つめた。
これで陸路も正常化した。
水問題も解決し、外敵も排除した。
ようやく、ベルナ領の足元が固まったと言えるだろう。
だが、この勝利がまた、新たな問題を連れてくる。
急激に豊かになった街。
そこで次に起きるのは、金を持った荒くれ者たちによる「治安の悪化」だ。
「……ヴァルガスを呼んでくれ。次は警備隊の強化だ」
領主代行の仕事は終わらない。
私は伸びをすると、次の書類の山へと手を伸ばした。
65
あなたにおすすめの小説
英雄将軍の隠し子は、軍学校で『普通』に暮らしたい。~でも前世の戦術知識がチートすぎて、気付けば帝国の影の支配者になっていました~
ヒミヤデリュージョン
ファンタジー
帝国の辺境で、ただ静かに生き延びたいと願う少年、ヴァン。
彼に正義感はない。あるのは、前世の記憶と、母が遺した『物理法則を応用した高圧魔力』という危険な理論だけだ。
敵の大軍が迫る中、ヴァンは剣も振るわず、補給線と心理を切り裂く。
結果、敵軍は撤退。代償も、喝采も、彼には無意味だった。
だが、その「効率的すぎる勝利」は帝国の目に留まり、彼は最高峰の『帝国軍事学院』へと引きずり出される。
「英雄になりたいわけじゃない。生き残りたいだけだ」
謎の仮面メイド『シンカク』、命を取引に差し出した狼耳の少女『アイリ』。
少年は選択する。正義ではなく、最も費用対効果の高い道を。
これは、合理が英雄譚を侵食していく、学園ミリタリーファンタジー。
【※作者は日本語を勉強中の外国人です。翻訳ソフトと辞書を駆使して執筆しています。至らない点もあるかと思いますが、物語を楽しんでいただければ幸いです。】
婚約破棄?いいですけど私巨乳ですよ?
無色
恋愛
子爵令嬢のディーカは、衆目の中で婚約破棄を告げられる。
身分差を理由に見下されながらも、彼女は淡々と受け入れようとするが、その時ドレスが破れ、隠していた自慢のそれが解き放たれてしまう。
追放された地味村人、実は神々が恐れる最強存在だった件 〜本人はただの村起こし中〜
えりぽん
ファンタジー
辺境の村で“平凡な村人”として暮らしていた青年リアムは、村を豊かにするための独自魔術を開発していた。だが、目立たぬ努力は「禁忌の力」と誤解され、彼は追放される。落ち込む間もなく、流れ着いた地で助けた少女たちは、次々と国や神族の重要人物だと判明し──。本人はただの村再建を目指しているだけなのに、世界は彼を伝説の救世主だと崇めはじめる。
無自覚最強が巻き起こす異世界大逆転ストーリー。
ざまぁとハーレムと勘違い救国譚、ここに開幕!
魔王を倒した勇者を迫害した人間様方の末路はなかなか悲惨なようです。
カモミール
ファンタジー
勇者ロキは長い冒険の末魔王を討伐する。
だが、人間の王エスカダルはそんな英雄であるロキをなぜか認めず、
ロキに身の覚えのない罪をなすりつけて投獄してしまう。
国民たちもその罪を信じ勇者を迫害した。
そして、処刑場される間際、勇者は驚きの発言をするのだった。
転生幼子は生きのびたい
えぞぎんぎつね
ファンタジー
大貴族の次男として生まれたノエルは、生後八か月で誘拐されて、凶悪な魔物が跋扈する死の山に捨てられてしまった。
だが、ノエルには前世の記憶がある。それに優れた魔法の才能も。
神獣の猫シルヴァに拾われたノエルは、親を亡くした赤ちゃんの聖獣犬と一緒に、神獣のお乳を飲んで大きくなる。
たくましく育ったノエルはでかい赤ちゃん犬と一緒に、元気に楽しく暮らしていくのだった。
一方、ノエルの生存を信じている両親はノエルを救出するために様々な手段を講じていくのだった。
※ネオページ、カクヨムにも掲載しています
魔王を倒した手柄を横取りされたけど、俺を処刑するのは無理じゃないかな
七辻ゆゆ
ファンタジー
「では罪人よ。おまえはあくまで自分が勇者であり、魔王を倒したと言うのだな?」
「そうそう」
茶番にも飽きてきた。処刑できるというのなら、ぜひやってみてほしい。
無理だと思うけど。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる